叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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白亜の塔
大いなる女王


 赤き竜の亡骸が横たわる泉の傍らに、白亜の塔がそびえ立つ。

 かの塔に居わすは、ブリテン島の唯一無二。理想郷を統治する我らが王、アルトリウス・ペンドラゴンの異母姉弟―――モルガン・ル・フェイ。純粋な人間ではなく、精霊と人間の間に生まれた美しき娘である。彼女は己の出自はさておきとして、異母弟の出自を、そして後に背負わされる運命をひどく哀れんだ。

 そこで、運命が違えたのだろう。―――汎人類史でモルガン・ル・フェイは、アーサー王を死へ至らしめる悪しき魔女だった。だが、この世界の彼女は、異母弟の運命を憂う姉である。

 精霊としての側面に引きずられながらも彼女は確かに“姉”としての己を確立した。聖剣を引き抜き、ヒトならざる王となれと謳われた我が弟の顔面をひっぱたき、王であるならば人であれと叱りつけるような。度々、聖剣の方へ意識を引きずられがちになる弟の顔面やら尻やらをひっぱたき、我が身を引き裂かれようとも、彼女は異母弟(おとうと)の無事を優先し、“姉”として幾度となく窮地に手を差し伸べた。

 運命の精霊として、彼女はその存在を確立した。“アーサー王が紡ぐ運命”を曲げてしまった彼女は、弟が赤き竜を討伐した際につくりあげられた塔へその身を幽閉されてしまったのだ。

 一度限りの夜に、弟の無事を祈るべく“ちょっと無体”を強いたが。女性として一度限りの奇跡を“術”として転換し、“加護”を授けることに成功した。身の内側に放たれた、弟の異性としての欲望は実を結び、人知れず子を育てることになったのは想定外のことであったが、愛する弟との間に恵まれた我が子である。

 花の魔術師の手を借りながら、閉ざされた白亜の塔で我が子と顔を合わせた。血に濡れた赤ん坊の体内に渦巻く魔力の強さに驚き、咄嗟のことで封印の術を掛ける。人間の肉体と、精霊と竜が混ざった魔力が反発し、生まれたばかりの我が子は痛みに苛まれることになってしまった。なんてことなの。嘆きを口にしながら、モルガン・ル・フェイはその名に誓った。

 

 

「アルトリウスの分も、わたくしがあなたを愛します。ただ大きくなって、幸せになってくれさえすれば、……かの運命のように騎士になれずとも良いのです。…母は、あなたの成長ばかりを喜ぶでしょう。」

 

 

 健康に、どうか大きくなってね。生まれたばかりの我が子は、ただ平穏に日々を育つことのみを最重要事項とすべきだろう。器と魔力の質が反発し合う中で難しいことだろうけれど、それをどうにかするすべ探すのは、術者として名を馳せる母の努めである。

 白亜の塔で、モルガンはひっそりと涙を流す。判断を誤った。家族のことを、弟や息子のことを想うのであれば、“生むべきではなかった”! なんてことなの。髪を振り乱した彼女は、最後の夜に願われた幸福の人生を考えられなくなってしまった。

 残酷な運命を選ばざるを得ない。息子をとるか、弟をとるか。嗚呼、どうしてわたくしのそばの家族は、過酷な運命ばかりを背負わされるのでしょう。

 ブリテン島の王となったアルトリウスも、―――彼とモルガンの息子として誕生したばかりの…このモルドレッドも。

 数多の運命を覆した、この運命を見通す瞳が、今だけは恨めしかった。幾度となくアルトリウスの窮地を跳ねのけた誇り高き瞳であったと言うのに、我が子と顔を合わせただけで見せた未来の―――なんと痛みに濡れた未来であろうか。

 我が子モルドレッドは、父アルトリウスの神槍に貫かれて腹に風穴を開けて。それでも、母の願いを己のものとして膨れ上がらせたモルドレッドは、アーサー王を“人の王”とするためにカムランの地で神としての彼を打ち破り、見事悲願を果たした。神として人を支配する獅子王となったアーサー王を討ち取るべく狼煙を上げた円卓の騎士たちを払うべく、信頼する友人騎士へ王を預けその場に残り、儚くなってしまったのだ。

 人として王の座に帰還した王は、愛する我が子を己の手で討った事実に打ちのめされた。あれではアヴァロンで傷を癒したとして、ブリテン島へ戻っては来られないだろう。アヴァロンは、傷を癒やすまで外に出られぬ理想郷である。見えぬ傷も同じこと。永く時が掛かったとしても、モルドレッドが思い描くようにキャメロットの復興は夢のまた夢である。

 

 

「……あなたが自分の運命を決するその時まで、母があなたのことを守ります。……ですが、あなたと道が別った時、きっと母はあなたの前に立ちはだかるでしょう。」

 

 

 モルドレッドの夢を、キャメロットで再び復活した王の膝元で騎士となる夢を。両手を放しで喜んであげられるような母でなかったことに、モルガンはひそりと息を詰める。アルトリウスの息子と平穏な日々を過ごしてみたいと言う、ささやかな願いに歓喜した。覗き見た未来の中で、王としてのお勤めから離れた小さな願い事はモルガンの心をひどく揺さぶり、彼女の中でひとつの決意を抱かせる。

 あなたの味方になってあげられない母でごめんなさいね。ほろりと涙を零しながら、赤ん坊の輪郭をなぞるように伝う雫を指で拭って歪な笑みを浮かべながらモルガンは言った。

 

 

「わたくしは、モルドレッドよりアルトリウスを選びとってしまった。……あなたにとっては、とても悪い存在です。その時になったら、しっかりとこの母を打ち倒すのですよ。」

 

 

 母として、唯一してあげられることは。近くて遠い未来、相対する我が子に悪しき魔女として討ち取られてやることだった。

 その日が来るまでは、せめて幸せな記憶で溢れますように。額を合わせながら、我が子の肉体を強化する術を施す。此れでしばらくは普通の赤ん坊として……ちょっと体調を崩しがちになってしまうだろうけれど、過ごせるはずだ。

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