叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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ブリタニアの異変

 軽くぼやきながらトリスタン卿は琴を弾くように弓をつがえる。

 

 

「……数が多すぎます。」

 

 

 肉体の疲労はどうとでもなるが、取りこぼしてしまったかどうかの確認が間に合わない。目の前の異形の魔物たちの進軍は、まるで海の中から雫を探せと言われているようなものであった。

 

 

「すみません、遅れました。一掃しましょう。」

 

 

 瓦礫の中から帰還したモルドレッドはやはり無事だった。剣を構えて再び突撃しようとして、トリスタン卿へと合図を向ける。揃って最前線から退き、ガウェイン卿の名を呼んだ。

 

 

「ええ、―――お待たせしました! 行きますよ。此れは、あらゆる不浄を清める焔の陽炎!

―――……転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!!」

 

 

 ゴウッとその場を大きく焼き焦がした太陽の焔にモルドレッドは大きく跳び後退した。吹き飛ばされたとはいえ、最前線で敵視を集め続けた身はそれでも前線にあったのだ。

 近くに森があると思い出したモルドレッドは、持ち前の魔力を動かして剣を空に掲げた。先ほどとは違う、銀と赤の剣ではなく、銀と青の剣である。跳躍からの着地と同時に膨大な魔力がモルドレッドを中心に渦巻き、やがては天空へ昇った。さながら、竜が空へ舞い上がるような。あわや森へと焔が迫る中、モルドレッドは冷静に剣の力を解放した。

 

 

「太陽の騎士!範囲と威力を考え直せ! …降り注げ、清き水よ。我らが故郷を癒したまえ!

―――……涙せよ、我らが守護竜(キャメロット・オブ・ラクリマ)!」

 

 

 かつて、アーサー王と国を守るかわりに人の営みを近くで見るという契約をした蒼き竜がいた。その竜は、ある日を境に暴走してしまう。旱魃の中に得た恵みそのものだった彼女は、番を失った悲しみに耐えきれなかったのだ。

 竜にとって番とは、己のすべて。騎士にとってのアーサー王と言われてしまえば、ブリテンの誰もが彼女の身に起きた出来事を我が事のように悲しんだ。

 そうしてすべてを破壊し尽くす化身となった竜を討ったのは、モルドレッドである。彼女の最期の言葉は、破壊の化身となってしまった自分をキャメロットのために役立てよ、と言うある意味の懇願だった。亡くなった番の側に居たかったのだろう。それを汲み取り、モルドレッドはかの守護竜のすべてを剣の素材とし、雨を降らせる力を宿した剣を得る。かの剣が宿す能力は、キャメロット守護竜そのものなのだ。

 当然キャメロットの守護を象徴する剣なので、ブリタニアにとっての唯一無二。アーサー王へ献上するべきと声が上がったこともある。しかし、膨大な魔力を有するものにしか操れぬ剣は、そのままモルドレッドのものとなった。一部をべつの用途に回しているとは言えども、モルドレッドが保有する魔力は上質で、量もかなりのものだったからだ。

 そして何より、剣が戸惑った。契約者に振われることに拒否反応はなかったが、己を討ち取った騎士にこそ、と言わんばかりの力の震え。結果として、旱魃を潤わせる権能を行使することで民や騎士から認められて、名実ともにそれはモルドレッドの剣となったのだ。

 断続的に天から零れるしずくがやがて連なって、大粒の雨となる。冷たくザァァと水が打ち付ける音が、森へと降り注ぐ頃にはしっかりと雨だった。

 

 

「ガウェイン卿、自然を破壊するような行為は慎め。近年は作物が不足の予兆があるのだと王が仰った。水が不足するのであれば、私が如何様にでも雨を降らせることは出来るが……。」

 

 

 見事に陽炎に焼かれるがままの草原のみを濡らし火を食い止めたのでガウェイン卿は感嘆の息を呑み、トリスタンは安堵の息を零す。しかし、割れた鎧の部分を隠さず、病的なまでに白い肌を晒すモルドレッドは呆れたような雰囲気のまま無機質な声で言った。

 それが怒りを堪える声だと気づくと、ガウェイン卿は訪れるはずだった森の惨状を思い出して素直に反省する。また、竜の権能を揮うも同意儀なので、竜の因子を持つアーサー王ならばともかく、純粋な人間である彼は自らの命を犠牲にしなくてはならなくなる可能性が高い。アーサー王からは控えるようにと注意を受けたはずだ。

 きっと人のために躊躇いもなく酷使するだろうから、周囲が気を付けるように。ケイ卿やガラハッド卿からも念押しするよう言われたのだったとガウェイン卿は肩を落とす。今まさに身をもってそれを理解したのだ。

 

 

「食料の危機にはあのような森林で、少しばかり恵みを頂くことも叶おう。しかし、焼き焦がせば精霊たちが怒り、その恩恵を受けるばかりか呪を受けるやもしれん。」

「ええ、申し訳ありません。つい私としたことが、加減を忘れていました。…報告には伺っておりましたが、あのような異形は初めて見ましたからね…。」

「はじめて……?」

「? え、ええ。」

 

 

 力が入ってしまったのだと言ったガウェイン卿には、一瞬ばかり硬直した。あれは島全土で確認される、総称”異形の化け物”である。しかし、モルドレッドは静かに同意を返した。言われてみれば蛇と女性が混ざり合ったような獣とは、モルドレッドもはじめて遭遇したのだ。

 すべてが焼き尽くされるまでを見届けたあと、周辺の調査をしながらガウェイン卿から質問を受ける。普段は見られないであろう戦い方をしたモルドレッドに、出来ることならば異形の相手との戦闘方法の教授を願いたかったのだ。

 

 

「モルドレッド卿は、修行の最中にお見えになったことがあるのですか? 対応が、その……」

「―――いいや、私が戦ったのは竜の類。あのような異形は混ざってはいなかった………と思う。おそらく……?」

 

 

 モルドレッドは何やらやり取りに違和感を覚えた。ぴたりと足を止めたモルドレッドは、ガウェイン卿の顔を見る。そう言えば、彼は対人戦闘が多かったような気がしたのだ。

 兜に覆われたまま見つめてしまったからガウェイン卿を困惑させたが、何か、と声を絞り出してくれたので、遠慮なく質問する。異形、と呼ぶのは泥のような、先ほどの戦闘で遭遇したような化け物のことか。ゴブリンなども入る、と返答を受けた。通りで食い違う。

 モルドレッドは軽く衝撃を受けながら、なるほど、と零した。どうやら自分が今まで相手にしてきた異形の存在は、非常識な存在だと認識を改めたようである。それならば異形を相手にしたことがある、と今度は迷わず告げた。

 

 

「意識して異形を見たことはなかったが、……ゴブリンやオークと言った種類のオーガならば相手をしたことがある。……あとスケルトンやゾンビ、だったか? ああ、町を占領した吸血鬼や暴走したドライアドもだったか。」

 

 

 図鑑なるものが欲しくなるほどの情報量にトリスタン卿は目を丸くした。最初に戦ったのがゴブリンだったと言われたガウェイン卿は、さらに驚く。

 はじめて塔の外に出たときにモルドレッドが遭遇したのが、ゴブリンの群れだった。あの頃は病み上がりだったから討伐するまでは出来なかったが、倒せる人物―――母が来るまでの時間稼ぎは出来たのだ。

 モルドレッドの異形の知識としては、相手に知能がなく、手当たり次第に人間を襲う存在であることのみ。であるならば、研究は必要だろう。そう言った内容は、ケイ卿が今は専門的に情報収集を行ってくれているはずだ。キャメロットまでの旅路で共に手伝ったから。

 そう締めくくられた言葉に、ガウェイン卿はぼろぼろになって落ちたままの腕を拾って布に包む。先ほどの下半身が蛇だった女性の腕だ。

 

 

「一部でも持ち帰れば宮廷魔術師殿におそらくは協力を頂けるでしょう。叶うのであれば、その正体を知っていてくださると有り難いのですが……。」

「そうですね。」

 

 

 辺りを見渡した。…何もない。

 瓦礫の下とかに埋もれていないだろうか。モルドレッドは瓦礫を退かせたり、岩陰をのぞき込んだり、辺りを探す。見当たらない。

 

 

「…何かお探しですか?」

「………ベディヴィエール卿の腕、が…」

「食べられてしまったのでしょうか。…あれは、食いちぎられたようなあとでしたから…。」

「ベディヴィエール卿……。私の前に戦闘を行った騎士は彼だったのですね…。お前たち。」

「はっ!」

 

 

 結局、ガウェイン卿が率いる部隊総出で探してくれたが、目当ての腕は見つからなかった。しかし、ブリテンの脅威を一つ払えたと言えるだろう。それだけは僥倖であると思うしかない。

 

 

「……さて、王への報告もあるが、トリスタン卿。貴卿はベディヴィエール卿の件を頼みます。私は近隣の村などを巡回してから帰還します。ガウェイン卿は先に部隊を率いて帰還し、異形の件をどうか王のお耳に。」

「ええ、承りました。」

「ありがとうございます。モルドレッド卿。」

 

 

 モルドレッドはとんとん、と指先で露出した自身の肩を叩き、術式を展開する。まるで何事もなかったかのように、欠けたはずの鎧が再生した。これは昔、母から教わった魔術なのだ。

 服や鎧の修復が出来る術で、対価として修復するものと元素を使用する。物質転換、と似たようなものだと聞かされたが、モルドレッドはこの術を感覚で覚えたため説明が難しい。異形の残骸の中から銀製のものが消えたから、それを消費したのだろう。

 嗚呼、そうだ。何かに納得したように頷くとモルドレッドは二人を呼び、術式を展開した。鎧などの欠損した箇所はなかったからか、今度は赤銀の魔法陣がトリスタン卿とガウェイン卿を囲んで足元から頭に向かってあがるだけ。なわけがなく、泥や血まみれだった装いが綺麗になる。

 

 

「今のは……?」

「一体何、を……おや、ありがとうございます。」

 

 

 王の騎士であれば身なりはしかと整えるべきです。怪我人の近くに行くならば悪化させぬためにも清潔さを心掛けねばなりません。今のはそのための術です。

 それでは、と言ったきり、モルドレッドは黙り込む。騎士たちの背中を見送った赤雷の騎士は驚きの脚力で飛び上がり、空を蹴るような動作で駆けるように移動した。

 まるで、隕石が落下(・・・・・)するように、その方向へと炎に包まれながら飛び降りる。激しい爆発音が遠く離れたブリテンにまで届き、のちにガウェイン卿からの報告で心配した王や騎士たちに囲まれることをモルドレッドは知らなかった。

 

 村々を巡って、ならず者を討伐しながら異形を消し飛ばすこと数日。島全土を外から内へ巡回を続けているうちに、キリがないということに気づく。

 ゾンビなるものに遭遇すること何十回。大きな街すら丸ごと爛れた肌の人間らしき―――否、おそらくはヒトだったもの。魑魅魍魎が跋扈する世界へと変貌してしまったのだ。

 病のようにうつるもの、なのだろうか。そんなゾンビの弱点はなんだろうか。ガウェイン卿のエクスカリバー・ガラディーンでひと撫ですると、どんな敵でも太陽の熱に焼き焦がされてしまったから。倒せるという意味では、火は有効なのだろう。しかし、弱点と呼べる弱点は?

 

 倒せたのだから太陽―――“陽”は弱点となり得るはず。

 

 そう仮想の結論をつけて、モルドレッドは町に潜伏する。昼間の活動も見かけなかったし、試しに囮になって引きずり出してみると肉が焼けるような音がして塵となった。知能がある連中は陰に身を隠したままモルドレッドを攻撃しようとする。―――どうやら正解のようだ。

 では、光と炎は弱点と呼べるのかもしれない。ふむ、と化け物が跋扈する夜中の街でモルドレッドはひとつ頷く。魔術を剣に纏わせて、物陰から飛び出し化け物に向かって一閃。見事、ゾンビは消え去った。

 

 

「記録しなくては。」

 

 

 ケイ卿への提出。研究効率を上げるために正確な情報を。紙の上でペンを走らせ、白亜の城から離れたところの異変を記録する。かつてキャメロットまでの旅路で彼から学んだことを実践するときが来たのだ。

 それから一月過ぎた頃、モルドレッドは白亜の城へと帰還する。あれからずいぶん遅れてしまったが、伝書鳩にて軽めの報告は上げてきたから騎士たちからの喜びはほどほどに。今まで遭遇した異形の魔物たちに関する報告書をしたためて、王のもとへと顔を出した。

 

 

「ベディ―――」

「っおかえりなさい、モルドレッド卿。」

「た、只今帰還しました。」

 

 

 銀色の腕が迫る。その気配をゆっくりと受け入れて、モルドレッドは名を呼ぼうと。言葉は帰還を喜ぶ声に遮られて、おずおずと告げる。

 

 

「何故これほどまで時間が、」

「その報告を、と……その…先に顔を見せるべきでしたね。無事でよかった。おかえりなさい、ベディヴィエール卿。」

「っええ、心配をおかけしましたね。不肖ベディヴィエール、ただいま帰りました。」

 

 銀製の義手を装備したベディヴィエール卿からあつく抱擁を受けた。震える声で帰還を喜んでくれる彼を抱き留めながら、モルドレッドは言葉を返すのであった。ブリタニアの異変が気になるところではあるけれど。本当によかった、おかえりなさい。

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