異形に関する報告を。姿勢を正したモルドレッドから離れたベディヴィエール卿は、彼から紙の束を受け取った。ベディヴィエール卿は内容がすべて異形に関するものであることを確かめ、読みやすく紐でまとめたそれは、アーサー王の手元へ渡る。
一枚ずつめくって内容を確かめると、襲撃を受けた日にちから街の名前。異形の集団を目撃した位置や討伐した異形の集落の位置など。発見した異形の集落の間隔や数の多さ。
すこしずつガウェイン卿から報告を受けた場所から離れては、キャメロットへ帰ろうとするたび遠ざかってしまう足取りが追えて、モルドレッドの帰還が大幅に遅れた理由を理解した。
さながら押し寄せる波の如し。すでに島を跋扈する異形の魔物たちは、そこにある風のように、海のように、何処かしらか大量に繫殖してしまっているようだった。
「キャメロットの滅び、か……。」
「時代に飲まれるってこういうことかよ…」
世界が急速に神秘から遠ざかる昨今、未だ神秘を抱えるブリテンを滅ぼさんと時代が迫りよる。やるせなさにケイ卿は溜息を吐き出した。いくら義弟が善政を敷こうとも時代がそれを許さないだなんて、こんなことってあってたまるかよ。全部駆除してやる。
それをしっかり試してきたのが、このモルドレッドである。片っ端から討ち取っても、また何処かで悲鳴が上がってしまう。まるで虫のような、いいや、ヒトを襲う凶悪な存在である以上、虫よりも性質の悪い存在だったのだ。
この島は、かろうじてキャメロットの騎士たちが討伐を進めるが、異形の魔物たちに支配された島となってしまった―――裏付けをしてしまった。
「会議を開く。円卓を集めよ。」
「承知。」
「お任せを。」
王は13の騎士を招集した。
化け物どもが跋扈するブリテン島の異変を解決すべく、それぞれが案を出し合う。唯一の決定事項は、数多の異形の魔物を屠ったモルドレッドの期間を空けながら行われる長期遠征だった。
それ以外の件を決めるためにも、情報を共有するためにも、解決策を求めるためにも、円卓の会議は日をまたぎながら続けられた。
異形の魔物に関する情報は、モルドレッドが集めたものを最たる参考とした。ヒトならざるものの意見として、花の魔術師へも召喚状を送りつけ、引っ張り出す。
アーサー王のそばに控えながらマーリンは白い袖を揺らしてページを捲って。よく調べ上げたものだと感心した言葉を零しながら、ある一点を見つめて目を丸くした。
「おや、……うん? これは、ゾンビではなくてヒトを食べる屍だね。
「……マーリン、グールとは何だい。」
「やれやれ、花の魔術師であるこの僕を此処まで働かせる王様は、きっと君ぐらいだろうね。私たちもあまり詳しくは知らな……っとと、真面目な騎士様たちは怖いねえ。そう睨まないでくれたまえよ。光栄なことだと言っているのさ。」
他にも異形の魔物たちに名前がそれぞれ付けられる。夢魔たちの間で結ばれた情報網で共通の呼び方があるらしく、以降それで統一することとなった。
それでも細部を知らぬようで、花の魔術師マーリンは意識を繋げて情報収集を行った。再び彼の目が開かれたころを見計らって、静かにモルドレッドは詳細を尋ねる。病のようなものだろうかと疑問は正しく、そして異なるものだとマーリンは言った。
夢魔たち曰く、所謂、グールとは一つの大きな感染症の病のようなもので、一筋縄では病原の根源は断つことが出来ないだろうと。
「病、ですか……」
「人から人へと移ってしまうものだね。モルドレッド卿の報告に上がった、町全体がゾンビともなり得てしまうそれだ。」
「治すことは?」
「不可能だね。現状では殺してあげること以外の救いはない。だが、彼らが苦手とするものはたくさんあるから予防は張れるだろうね!」
「それしか……」
相変わらず胡散臭く言ったマーリンに我らが王は対処方法を聞き出した。すこしでも対策が出来るのならば、それにかけるしかないのだ。
銀製の武器や道具をブリテンの民らに出来得る限りを配布することが決定した。無論、騎士が駆けつけるつもりだが、お守りとして持ち歩いてもらうことにしたのだ。
光や炎以外の弱点であれば、ニンニク、銀製の何か、聖水と、数をあげられたからである。配布しきれなかった場所にはニンニクやら聖水やら松明やらを余分に配る。少しでも多くの民が助かるように、安心できるように、アグラヴェイン卿が計算を弾き出した。
「ローマからの要請を受け入れるのですか…?」
「思うことはあるだろうけれど、民草には何の罪もない。……それに、あの皇帝にこちらの財政状況を悟られるわけにはいかないからね。」
そんな敵国との、ちょっとした
そうして確保した財産で配布は確実なものとなる。キャメロットの外側、すなわち、遠方を中心として巡回するモルドレッドをのぞく、円卓の騎士たちが直接配布した。その騎士たちの真摯な姿に民は心を打たれて、異形に怯えるどころか、かの王やかの王が率いる騎士が存在するのであれば安心だと元気なくらいである。それは非常に喜ばしく、同時にやや誇らしかった。
モルドレッドは島の外周を回り続ける。内側はケイ卿を含めたアーサー王の腹心たちを中心とした部隊を編成し、交代で巡回することになった。
彼らとときおり情報交換しながら、ひときわ大きな異形の魔物たちの進軍を一掃する。かの皇帝が危惧した通り、海を挟んだ彼方の地、ローマでも似たような出来事が起きているようだった。貿易の合間にそんなことを聞き込みながら、モルドレッドは民草を守るために奮闘する。それでも遠方まで来て分かったことは、『異形は神秘に近い荒野に定期的に現れる』ことだけだった。
キャメロットにおわす王へ伝書鳩で報告を入れる。しばらくすると、帰還命令を受けたので、モルドレッドは愛馬を走らせた。
―――…対策をはじめてからずっと遠方の巡回を続けたモルドレッドの約1年ぶりのキャメロット帰還である。
白亜の城は変わらず美しく、外敵の侵入をことごとく防ぎ切ったようだった。しかし、周辺の集落の荒れた様子に眉を潜める。騎士の数をはるかに上回る民たちの安寧は、ゆるやかに脅かされつつあると肌身で感じたからだ。
剣の力を幾度となく解放してきたモルドレッドの肉体は、すこしずつ生命力を削った。丈夫な身体を維持するために、常時保持しなくてはならない魔力を回してまで一掃したからか、母がかけてくれた術に綻びが生まれ始めたのだ。
時間もなければ、人手もなかった。一度きりの魔術だと聞かされたことを思い出し、細く息を吐き出す。馬小屋に繋いだばかりの愛馬は、キュウ、と喉を鳴らしモルドレッドの身を案じるように顔を寄せてくれる。まだ大丈夫、まだ。
モルドレッドの愛馬は、馬というか、鳥のようなものなのだが。愛馬と言ったら愛馬なのだ。……ただの暴論である。
―――…
あたたかな手のひらが頬に当たる。兜の上から撫でられる感覚がどこか心地よくて、手を伸ばした。剣を握ってきた騎士の、無骨な手だ、と―――意識が覚醒する感覚に、モルドレッドは飛び起きた。
「け、ッケイきょ……」
「寝てろ寝てろ。」
「へい、!? !?」
「寝てろ寝てろ。」
転がされたそこには、王の顔があった。モルドレッドは硬直した。
まるで石化を受けたように硬直したモルドレッドの様子に、ケイ卿は爆笑状態。水差しを手に部屋へ戻ってきたケイ卿が笑いながら状況を説明してくれた。
それは、キャメロットへ帰還し、謁見の間にて報告を終えると同時に、モルドレッドが倒れたのだというなんとも情けないものだった。ケイ卿は、むしろよく遠方で持ちこたえてくれたと褒めてくれる。最後まで倒れるつもりはなかったのだと言えば、過労だとよと返された。
「かろう……」
「一人で粘り続けたんだから、まァ当然っちゃ当然だわな。俺たちも肩慣らしに出陣するかね。復活したらまた戻らせるが、今はしっかり休んどけ。」
「……はい。」
アーサー王がベッドの縁で座りながら眠る姿の理由は単純なことで、難解なことだった。
謁見の間で倒れたモルドレッドをケイ卿に部屋まで運ばせ、わざわざマーリンを引っ張り出して治療を受けさせてくれただけでも寛大な処置。それでも目の前で倒れたからか、暇さえあればアーサー王は様子を見に来てくれたそうだ。
しかし、話しを聞くにモルドレッドはどうやら数日は寝たきりのようだった。多大な迷惑をかけてしまったのだと分かる。やはり寝たままでは失礼だろう。と思って、起き上がろうとすればケイ卿に押さえられて、コロコロとベッドに転がされる。その動きで目を覚ました王は、やや硬かった表情を和らげた。
「おはよう、モルドレッド卿。よかった、目を覚ましたんだね。体調はどうだい。」
「だ、……大丈夫、です。意識もはっきりしてます。」
それは良かった、と言って。
「卿のことは、何故だかとっても失ってはならぬ存在だと思えてしまって…。少し無理を言って、我儘を通させてもらったんだ。」
心臓が止まったかと思った。兜は装備したままである。安心した。
一瞬の硬直は、そこまで王に想われることへの感激だと思われたのか。さして不信感を抱くでもないケイ卿の三白眼が、じとりとモルドレッドを射貫く。
「おい、モルドレッド。テメェまたぶっ倒れてでもみろ、次は公の場で姫抱きして部屋まで連れてってやるから覚悟しやがれ。」
「……倒れぬよう、努力します。」
「ったく、努力の仕方が違うだろうが。…変なところでコイツに似やがって。」
またしてもどきりとした。
命を捧げたからと言って、生き方まで真似るなと叱られてからホッと安堵した。どうやらモルドレッドの秘密に気づかれたわけではないようだ。
執事長であり騎士であるケイ卿と、珍しくもそんな会話をした一日だった。無論、目を覚ましたからには騎士としての責務を全うしようとしたが、ケイ卿には『だから! テメェは今日、休むのが仕事だ馬鹿野郎!』と怒られ、久々にベッドの住民と化した。
しかし、鎧を纏ったままベッドに臥せるとはなかなかに奇妙な光景である。傍から見た自分の姿を想像しつつ、柔らかな風の音を聞きながら瞳を閉じた。
「―――ッ!」
その日の夜。モルドレッドは夢を見た。
母には、「坊やの見る夢には必ず意味があります。」と常々口にされてきたそれは、確かに簡単に馬鹿には出来ぬ何かの予兆を伝える夢と確信があった。
模擬体験をしたとでも言うのか。神槍ロンゴミニアドの一撃で貫かれたはずの大きな穴は腹に触れる。ひやりとした銀の鎧に覆われたそこには傷にはない。
加えて、解けたはずの母の術も施されたまま機能していた。だからこそ、モルドレッドは王に剣を向ける己を―――夢のものとして認識できたのだ。
だが、王を切った感触は残っている。彼の腕を切り落とした感覚も。母モルガン。否、魔女と成り果て意識を喰らわれた女を切った感触は。意識がなくなる中、誰かに腕を引っ張り上げられた感覚も。
そのどれもが、嘘ではなかった、偽りなどではなかった。夢だけれど、現実。おそらくは、体験談で行けば、遠からずの未来でも予知したのだろう。
夕焼けに染まった空を小窓から眺めていると、木製の扉が鳴る。敬愛する友の声がした。どうぞ、と声をかけると、扉が開かれた。ベディヴィエール卿が顔をのぞかせ、心なしか安心したように息をつく。
謁見の間で倒れてしまったのだから、当然ベディヴィエールの前でもある。目の前で倒れてしまったのだから当然心配を掛けただろう。この通りだと体調をアピールすると、あまり無理はならさぬよう、と注意を受けてしまった。
「といっても私とガラハッド卿とモルドレッド卿の3人で、明日より遠征に赴きます。私は記録係として、ガラハッド卿は民を誘導し護衛する者として、」
「私が戦力だな。承知した。……敵は?」
「異形の魔物です。キャメロットの近くであれば守りを固めやすくなりますから、一年を掛けて作った避難用の街を開放すると王は決断されました。」
まずは異形の魔物に呑まれつつあるブリテン島の外周側の町々から人々を避難させる。ひとかたまりにまとめたところで、一騎当千の戦力を誇る円卓の騎士たちの出番というわけだ。
守るべきものを一か所にまとめることにより、騎士たちの最大火力を引き出して一掃する。伝統や文化を燃やし尽くしてしまう行為ではあるが、なるほど、それならば人命を救えるだろう。なかなかに思い切った決断をしたものだ。