円卓、第一の衝撃
王の命令を忠実に熟すベディヴィエール卿のメンタル面はともかくとして、弱きを助けることの一点を主体として行動するガラハッド卿にとっては、今回の任務は板挟み状態になってしまうだろう。
人の命あってこその文明。と言うほどの、弓兵の言葉を借りるなら“ちょっとノウキン”な側面のある彼のことだから、ベディヴィエール卿は王の指示に従うだろうけれど、精神面の方では相当な負担を抱えるはずだ。
そんな人情に厚い友人が気を病むようなことにならなければ良いのだが、そうも言ってはいられない。かく言うモルドレッドも情に厚けれど、人命を優先する面が濃く出る。人間が人間のまま生きるのであればなんとでもなると考えがあるからだろうか。
「彼らも彼らの文明に誇りがある、説得に時間が掛かりそうですね…。」
「ええ、それこそ命を懸けるほどに……。」
そうして迎えた翌日。
案の定、外の村で揉めた。今まで築き上げてきた文明もまた命と豪語されては、騎士たちの出る幕ではない。説得役のガラハッド卿が狼狽えながら、文明を持ち込む方法を考える。村ごと移動できれば良かったのだが、そんな便利な術はないだろう。
冗談半分で告げられた言葉に、モルドレッドは心当たりがあった。術は、ある。実行できるかどうかは定かではないけれど、術だけならば。
モルドレッドは、身体の都合で転移系の術は使えない。その身に施された“枷”を外せば、なんとかなるかもしれないが。
「枷、ですか?」
「ええ。……一度しか使えませんし、一度使ってしまえば数秒後には命を落としますが。」
「絶対に、やめて、ください、ね!」
「そんなことせんでください!!」
「ですが、それはあなたたちにとっての命なのでしょう。ならば、微々たるものではありますが同じ命を差し出すのは当然のことなのでは―――…」
「恩人である騎士様の命を引き換えにして守るもんでもねぇさ! また作りなおしゃええ!」
枷を外したときのデメリットを口にすると村人もガラハッド卿も揃って制止した。酷い当たり方をしたというのに、困っていると言うだけで村を救ってくれた救世主にそんなことをさせるわけにはいかない。
村を救われたときにも体感したが、モルドレッドという騎士は些か自分のことを雑に扱い過ぎなのではないだろうか。滝のような汗を流しながら村長は村人たちの同意をもぎ取った。そうでもしなければ、有言実行をモットーとするこのモルドレッドという騎士は実行しかねない。このご時世を生き抜くためにも、文明を伝え抜くためにも、あの若くて強い騎士様を失うわけにはいかないのだ。
モルドレッドの存在によって一つ目の村は説得を完了した。持ち運べるものであれば、後日、騎士たちの手で運ぶことを約束する。村人たちはいたく喜んだ。
しかし―――……モルドレッドの発言によって凍り付くような思いをしたのは、何も騎士だけではなかった。枷を外せば死ぬ? なんですって? ゆらり。と蠢く怒りのままに揺れる髪は、ベディヴィエール卿の魔力の揺らぎを表現するかのようだった。
「モルドレッド卿! モルドレッド卿! 後ろ、後ろを!」
「……? ベディヴィエール卿がどうかなさいましたか?」
「嘘でしょうあなた!? 怒られてるんですよ!」
叫ぶガラハッド卿は涙を浮かべ、村人たちの誘導を徹底することにした。今から少しよろしいですか。構わないが。後ろで行われたそんなやり取りを、ちょっとぼやんとする救世主の性格が読み取れたような気がして村人たちは温かいまなざしで見送る。うちの村に来てくれたのが貴方たちのような人間みのある騎士様たちで良かったと言われて、その背景に背負う仲間に叱られる仲間の図があるため、ガラハッド卿は素直に喜べなかった。
ベディヴィエール卿から命を大切にするようにと叱られるモルドレッドは、最初は年齢相応の―――どころかキョトンとした様子を見せた。伝わりにくかったのだと察して、訴えを変える。悲しいと言えば雰囲気を引き締めてコクリ、コクリと納得した様子を見せてくれた。
「……すまない。どうも自分のことになると…その、わからなくなるようだ。」
「…そのようですね。ええ、わかりました。その分、私があなたを大切にします。」
「それはそれでどうなのか……。いや、私も自分を大切にする? 努力を……ん? する?」
「お任せを! しっかりと友を大切にしてみせます!」
首を捻り始めたところで、ベディヴィエール卿は声をあげて宣言した。やっぱり可笑しくないかと言いたげな眼差しを笑顔で押し留める。
騎士であるから、やはり最優先にするのは弱き者になってしまうのだろうけれど。それは誰もがお互い様と言うべき騎士としての感覚だろう。
転移関係の術については、地雷とやらになってしまいそうだったから言わないことにした。そんな奇跡の術があるなら縋りたくなるのは当然のことで、枷を嵌めたままの身では出来ないが、枷を外せば出来ると素直に言ってしまいそうになるからだ。
じゃあ頼む。となったら、願われたからと自ら枷を叩き壊しそうだとモルドレッドが言うと、ベディヴィエール卿もガラハッド卿も沈黙を貫く姿勢に同意した。むしろ、交渉に関しては護衛の任務を引き受けた守りの騎士の仕事である。
気を取り直してそれぞれの仕事に取り掛かった彼らは、日が暮れる頃には、島の外周にある村のうちの10分の3を誘導することが出来た。
夜になると異形の化け物が活発に行動するため、誘導にも護衛にも向かぬ。そのため、三人は野営の支度をして、明日の活動に備えることにした。今日はもう身体を休めながら、明日の巡回ルートを頭に叩き込む予定である。
ベディヴィエール卿とガラハッド卿がテントと焚き火の準備をする間にモルドレッドはべつの担当を遂行する。パーシヴァル卿から耳に挟んだ情報なのだが、野営時のベディヴィエール卿の得意料理は“ゲイザーの串刺し”だと言うのだ。
腹に蓄えることが出来る食べ物であればなんとでもなる、とはベディヴィエール卿の持論で。しかし、エミヤのおかげで舌の肥えたモルドレッドはせっかくならば料理を堪能したい。今回は名誉挽回のために任せてほしいと言って、食事の準備権利を受けたのだ。
ワイバーンを仕留めたモルドレッドが、その皮をはぎながら食事の準備を始めた。また竜種を狩ってきましたよ。そう言わんばかりの眼差しを受けながらモルドレッドは眼差しで反論する。訓練のおかげで一介の騎士も、団体ではあるがワイバーンを狩れるようになったはずだ。
それはそうなのだけれど。無自覚ながら単騎で竜種を狩るのは、今でも我らがアーサー王とモルドレッドの二人だけである。
「……そういえばワイバーンの肉、食べられるのですね。」
「……ワインで煮込むと臭みも質感も柔らかくなるから、食べやすくなる。」
「そうなのですか。」
二人はしげしげとモルドレッドが煮込む鍋を見つめる。テントも焚き火の準備も、三人分だからすぐに終わるもので手持ち無沙汰。―――周囲の警戒は怠らず、それでもまァ要するに、やることがほとんどなくなってしまって暇だったのだ。
モルドレッドはそんな視線を受けながら作業を続ける。村人から分けてもらったワインを水の代わりに沸騰させて、手際よく一口サイズのブロックに刻んだワイバーンの肉を投下した。
腹を空かせる香りを漂わせた辺りで、人参とジャガイモ、玉ねぎが大ぶりなサイズで刻まれて鍋へと放り込まれる。「パンと器を」と言われるがままにベディヴィエール卿が切り分け、ガラハッド卿が器を取り出した。
「美味しそうですね……」
「ワイバーンですから。」
「ワイバーンの肉は美味しいんですか?」
「調理できる腕さえあれば美味くできる……って母が言ってました。」
竜種の骨付き肉を作ってくれた母との記憶に浮かべながら、モルドレッドは肯定した。肉が分厚くて、肉汁が染み込み、歯ごたえもバッチリ。噛めば噛むほど肉汁が溢れて食を誘って、おかわりを誘惑するほどであったのだ。
ワイン煮込みのワイバーンシチューで鋭気を養いながら、思い出を語る。普段は目玉の魔物の串刺しを食べてばかりのベディヴィエール卿も、此れには舌を唸らせた。
食べ盛りの男性たちのおかわりは鍋が綺麗に空っぽになるまで続き、料理の腕前を褒められたモルドレッドは嬉しそうに笑って片づけた。最初は母の喜ぶ顔が見たかっただけなのだけれど、彼女以外に料理を揮ったのは今日が初めてである。食べてくれる人の喜ぶ顔が、また包丁を握らせると言ったエミヤの言葉の意味が理解出来た。
「……今回の遠征では食事の担当を任せてもらおう。久々に腕を振る舞う機会があって、嬉しくなってしまった。」
「ふふ、ではお任せしますね。テントや焚き火は我々が担当します。」
「明日も楽しみです。」
ささやかな楽しみを挟みながら、彼らは任務を全うする。一日、一日と時が過ぎる中、とうとうやって来た最終日。
焚き火を囲みながら彼らは目視できる距離にある白亜の城を見つめた。ようやく島全土の民の避難が完了する。白亜の付近には、新たな街があった。こんなに近いところにある村人たちからも、己の村を捨てさせなくてはならない。けれども、命を守るためあの町に、キャメロット外部の住民たちを集めてきたのだ。
ぱち、ぱち、と爆ぜる焚き火の揺らぎを聞きながら、母の言葉を胸に刻む。遠くの情報―――ケイ卿からの伝書鳩で、得たばかりの内容があまりにも“報われなかった”からだ。
これが、円卓の第一の衝撃。ランスロット卿の不義である。
「―――……では、ランスロット卿はずっと王を裏切っておいでだったのですか。」
「なんということを……」
「仲は良好だったと見受けられたのですが…」
きっと民衆たちを納得させるために、アーサー王は非道な選択をする。ギネヴィア妃の処刑、ランスロット卿の忠義を図る行為。どちらも行われるはずだ。
何か、何か、円卓を欠かさず処罰を与えられる方法は。兜越しに額をおさえながらモルドレッドは深く息を吐き出して、記憶を手繰り寄せる。そもそもランスロット卿は男として軽すぎるのが問題なのだ。……―――男として軽すぎるのが問題? そう、そうだ。問題が判明しているのだから、それを摘み取ってしまえば良いのだ。
なお、このモルドレッドの正気度は疲労具合で1割程度である。9割は疲労による狂気。まともな思考なんて出来るはずもない。大切にするという宣言をベディヴィエール卿から、その後ガラハッド卿からも受けて、旅の道中うんと甘やかされたことで疲労を隠さなくなってきたために起きた悲劇でもあった。
そんな状態での妙案(?)を相談し、打倒ランスロットを掲げるガラハッド卿は後押し、心優しきベディヴィエール卿はやや戸惑った末に妥当と判断し、結果はお察し。
意訳、去勢した上で外から守らせれば良いのでは。と言った内容の手紙を連名で綴り、ケイ卿へと送り返した。また、上記二名は完全なる正気である。
日記を書きながら、ランスロット卿についての案を読み返して。見なかったことにする。今更正気に戻っても送ってしまったあとなのだ。
人ならざる道へ向かわんとする王を止めるのは家臣の務めである。そうモルドレッドは日記を締めくくり、夢でたどった己の結末を受け入れた。決意表明。己の心ごと。それは、燃やして、次なる意思に繋ぐ。
焚き火にくべようとすると白銀製の腕が一冊の本をさらって行った。目で追う。菫色の瞳をぱちくりと瞬かせた騎士は、ベディヴィエール卿である。
「あ……――――あっ! す、すみません、モルドレッド!」
「……日記が気になるか、ベディヴィエール。」
「あの、えと、―――……は、はい…。すみません。正直とても。」
慌てた様子で何かしらの言葉を取り繕おうとしたようだが、失敗に終わった。素直に謝罪しながら気になると告げてくる友人に、モルドレッドは良いのだと笑う。
羞恥からかますます顔を俯かせたベディヴィエール卿の様子に気づいたガラハッド卿が大きな盾を器用に木に凭れさせるようにして持ち、モルドレッドが持つ本に視線を落とす。おそらくは先ほどの声の原因となったものだろうけれども。
純粋な瞳に応えるようモルドレッドはその本を、しかし己の人生の一部をつづった記録ゆえにややどう扱おうかと迷った。その末に己の膝に置き、短く、日が飛んだり抜けたりしてますが、日記であることだけ口にする。納得したとガラハッド卿は頷く。
「ああ、噂に聞きましたが本当に一日の出来事を書に記されていたのですね。…しかし、それを燃やすというのは……?」
「幼少の頃は、することがなかった故に文学に打ち込んだ。気持ちを落ち着かせるにも、文字を書くのは丁度良かったからだ。コレは、その延長線上とでも言おうか…。そんなものだが、そうだな、燃やして決意を固めようと思ったのだ。」
夜空の星々を、星海の剣を手にした王と見立てて、煙を空へと舞わせる。言葉以上の意思表明になるかと思って、と衝動的に行ってしまったのだと言った。
円卓は、きっと……近々崩壊してしまうだろう。きっかけは誰であれ。今のように、焚き火を囲んで肩を並べるような関係は最後。そんな
「だが、……そうだな。自分を大切にすると約束したばかりなのだった。」
「も……」
「これも俺の一部だと言うのなら。ベディヴィエール、ガラハッド。我が友よ、どうかそれらを預かってくれないか。俺の生きた証を、俺の意思を。」
周囲の気配は無である。覗き見られる心配もない。
モルドレッドは念入りに確認し、“不貞隠しの兜”に手をかけた。今までキャメロットの誰にも見せなかった顔を外気に晒しながら、隠し事をしたくなかったからと理由で友に見せる。どちらの友も目を瞑ったままだったから、しばらくはそのままに。
「二人のことを思うのなら教えるべきではないのだろうが、…俺にとっては大事な友達なんだ。―――だから……その覚悟があるのなら冥土の土産に“俺の顔を見た”という、その記憶を持って行くといい。」
誰にも告げてはならぬ。誰にも教えてはならぬ。誰にも気づかれてはならぬ。記憶を持って行くことが出来るのは、墓の中。けれども、二人は躊躇なく目を開け。見開く。
「……ありがとう、ございます。モルドレッド。」
「…………ああ、なるほど…通りで…。」
ベディヴィエール卿が篭手を外した手でそうっとモルドレッドの輪郭をなぞった。凛々しく引き締まった印象の受ける甘く穏やかな顔は、まるで。紅蓮に燃える瞳は、モルドレッドの性格を表すようにまっすぐだった。燃やし尽くしそうだと感想を抱くのはきっと、“彼女”の方。どちらの良いところをしかと受け継ぐ面立ちは、嗚呼、奇跡だ。
キャメロットに不和を招かぬため、隠し続けるつもりなのだろう。それが、わかってしまったから二人の友は、騎士としての彼をより強く労わるのだ。
「ええ、ええ、教えてくれて本当にありがとう……。」
「内緒にします、必ず、内緒にしますから。」
おう、と何処か幼げに言葉を返したモルドレッドは兜を被りなおして薪をくべた。ぱちり、と爆ぜた火の粉が空を舞う。―――……一度入ってしまった亀裂は、修復できないだろう。だが、それでも、きっとあんな未来は阻止してみせるのだ。