これまで完璧な王として振る舞い、人々の笑顔を護るために苦渋の決断をしてこられた。だが、人間の王として生きても、救えないことは多くある。それを騎士や人々に批判され、その都度ケイ卿を筆頭とした”アルトリウス・ペンドラゴン”の生を肯定する騎士たちに庇われてきた。
ケイ卿やベディヴィエール卿もまた、アーサー王にとっては守るべき家臣。騎士を束ねる王を名乗ったその日から、彼はすべての守護者であることを己に課した。
ゆえに、そんな現実を、それを良しとはしない。騎士としても、王としても、神の代弁者とは名ばかりで不甲斐ない己を。完璧な王として国を導けず、手間を掛けさせている己の無力さを。
「なりません。
神槍ロンゴミニアド。
世界の現実と幻想を繋ぎ止める「光の柱」そのもの。万一これが解かれれば現実は世界から剥がれ落ち、幻想のみの世界となる。神の代弁者たるアーサー王に授けられた、神秘そのもの。それを手に振るおうとするアーサー王を留めたのは、帰還したばかりのモルドレッドであった。
「止めないでくれ。民が傷つき、苦しみに斃れ、文明が滅び逝く世界に、私は終止符を打たねばならない。」
「いいえ、それはあなたのお役目ではありません。人の王であるあなたの為すべきことではないはずです。」
「何……?」
「アーサー王。キャメロットを統べる我らの王よ。あなたが望んだ未来は”そんなもの”ではなかったはずです。」
人間の身でありながら神槍ロンゴミニアドを篭手越しに強く押さえこむ。肌が焼けるように熱く、けれども離すことはない。玉座から立ち上がろうとする肩をもやわく押さえ、モルドレッドは兜越しにその翡翠をじっと見つめた。
光の柱と同じ、黄金色が瞳を陰らせる。本来の生命を感じさせる翡翠は濁り、纏う雰囲気も厳格で、どこか神秘めいたものへと。―――こんなところまでアルトリウス・ペンドラゴンを追い詰めたのは一体”何”なのだ。ぞわりとしたものが身体を走る。母のように怒りで支配されてしまいそうな精神を落ちつけながら、モルドレッドは二人を促して前に呼んだ。
「円卓が騎士。モルドレッド、ベディヴィエール、ガラハッド。我らはあなたの手足。あなたの命に従い、民を新たな領地へ集めました。」
「あらたな、領地へ……」
「っええ! 民を守る為の一手、そうでしたよね。陛下。」
「民はみなキャメロットへと集まり、城下町がとても広がりました。不安でしょうに、異なる文明を寄せ合って民は笑顔を見せてくれています。それもこれも全ては、アーサー王の命があってこその光景です。」
無礼だぞ、というアグラヴェイン卿の声は入らなかった。アーサー王の様子がおかしいということには気づいていたのだろう。あからさまに肩から力が抜けている。
ゆっくりと手放された槍をベディヴィエール卿が受け取り、再びタペストリーに置かれた神槍用の台座へと飾られる。キャメロットに近づく異形の化け物をアーサー王自らが一掃するため、あらゆる武器がタペストリー近くに鎮座するようになったのだ。あの槍もその一つ。
しかし、神聖なる武器の配置はケイ卿やベディヴィエール卿だけではなく、円卓の騎士たちがそれぞれ選んだものが置かれている。
たとえば、生き残る為の戦を掲げるケイ卿は、普段使いの出来る片手直剣を。己よりも強大または強敵を倒す為の戦を掲げるベディヴィエール卿は、全体に向けた強力な光を放つあれではなく、一転突破できる槍を。
報告を終えたモルドレッドは、アルトリウス王の顔色を見た。ケイ卿へ軽く意見を飛ばし、了承を受けたところでベディヴィエール並びにガラハッドを連れて自室へ。
アルトリウス・ペンドラゴンを神なぞにしてたまるものかと決意を胸に、さっそく秘密を共有したばかりの友へ相談を寄せてみることにしたのだ。
「すでに円卓の様子がおかしいとは思わないか。」
顔色を変えた二人はモルドレッドの意見に同意する。おそらくは、人として、王であろうとするかのお方の御心を乱し、焚きつけるような輩が円卓の騎士の中に居るからだろう。珍しく顔をしかめながらガラハッド卿は言う。
「―――よもや堕ちるころまで堕ちたか。」
「ランスロット卿ではないと、思いますよ。彼はあれでいて女性関係においては全く信頼できませんが、アーサー王の信奉者としての面は信用できますから。」
ベディヴィエール卿がやんわりと、彼の息子が幻視した可能性を否定した。異形から支配を受ける島の開放をうたうもの。太陽が翳りを見せてから、騎士たちの間では不安が飛び交うようになってしまったことも原因だろう。神の力を宿す槍を揮うべきかと、すべてを救わんと己を削ってきたかの王が悩まれる姿を見る回数が増えたのは。
思いとどまるようにと説得したのは、ベディヴィエール卿とガラハッド卿の二人で。きっと目に見えぬところでケイ卿やアグラヴェイン卿も阻止してきたはずだ。―――なら、他の騎士は?
その身を以てアルトリウス王が望む未来の為に忠言を口にした騎士の存在は、なくては逆におかしいというもの。そもそもアーサー王があんなに追い詰められるまでモルドレッドが気付かなかった時点で相当な問題だ。
熱心に自分を使えと言うモルドレッドが、自らが使える主の不調に気づかなったという現実は可笑しなことだった。他の騎士でも気づけなかったなどと弁明するつもりはなく、アルトリウス・ペンドラゴンを主人として己に定め、周囲に宣誓した日から、彼の憂いを先んじて絶つ剣として―――そうあらねばならないのだから。
とはいえ、確かに異形の化け物を消し去る解決策はない。現状を打破できなくても、遅らせることぐらいは可能なのだが……。要は昼夜問わず、異形の魔物を狩り尽くせば良い。
妥協案としてそれを提案したことのあるモルドレッドは、兜で覆われた顔をしかめる。どうにも嫌な予感がしてきてしまった。胸騒ぎがする。近々、本当に割れる。
「……まずはガウェイン卿に話を伺ってみます。太陽が翳って以来、実力を出し切れずやきもきする彼を見てきました。行動する理由はある。」
「では、私は財政関係を担当するアグラヴェイン卿やと王の身の回りを担当するケイ卿から様子を伺ってみます。何ならこちらにも引っ張り込んできますね。彼らならではの悩みがあるのやもしれませんし。」
「私はランスロット卿をぶん殴ってでも聞いてみます。それが出来るのは、不本意ながら息子である私だけでしょうから。」
温厚な顔をしてわりと過激な単語を吐き出した二人に目を丸くしながら、モルドレッドは窓から空を見上げる。こうして、三人で、友として並んで語り合うことはしばらく出来そうもない。なかなかどうして悪くないどころか、任務でありながら楽しかったとすら思える旅路であったから名残惜しく思う。
「結局、星を読むことは出来なかったな……。俺もまだ勉強中だったけど、よ。」
星々が煌めく夜を見つめながら、惜しむように手を伸ばした。遠くで輝く光は掴めそうなのに、やはり届かない。取りこぼしてしまわぬよう、広げたままの掌を握りしめて胸の前へと寄せて息をつく。モルドレッドのその手を、二つの手が包み込むようにして握りこんできた。
ベディヴィエール卿が片腕を失った日。
あの日の約束は、未だ果たされぬままである。あの日は、とても空が綺麗に晴れ渡ると花の魔術師の言葉を受けて、三人で空を観測しようと約束した日であったのだ。
「見に行きましょう! こうして三人で。」
「ええ。そのときまでに僕も君も星の勉強をしなくてはいけませんね。……またの機会までに星を語れるようになっておかなくては。」
重症のベディヴィエール卿を思って延期した約束は、未だ果たされぬまま。けれども、時だけは残酷に進むばかりであった。兜の下で、モルドレッドは微笑む。きっと、果たされることのない約束だろう。―――そして、此れが最後なのだ。
あの旅でも、寝ずの番をつとめるのは、本来モルドレッドであった。しかし、倒れてしまったあの日から、たびたび不定期に体調を崩すようになった身体を気遣ってか。記録を担当するベディヴィエール卿が引き受けると言ってくれたのだ。
それほどまでに弱った身体は、モルドレッドの気持ちすらも弱くする。星を見れなかった、と言葉は彼が零した弱音。そこから立ち直すために、大事な二人につかせてしまった”嘘”の約束。―――それを破らせてしまうことも、破ってしまうことにも気づきながら、三人は穏やかな時間を共有する。これはすべてを成し遂げるまでは死ねないな、と言ってモルドレッドは珍しくも不器用な笑みを浮かべた。この友と交わした約束を胸に、まだ歩んで行けそうだ。
気持ちを新た持ち直したモルドレッドは、聞き込みに赴く。ガヴェイン卿の状況と、彼の知るランスロット卿のことを聞きたかったからだ。
「そう、ですね……。私の知るランスロット卿は、最優の騎士でしょうか。」
ガウェイン卿の知る中でもランスロット卿は武勇でも騎士道を守る心でも、円卓の騎士の中で並ぶ者がなかった。しかし、アーサー王の王妃グィネヴィアと恋に落ち、騎士道と不義の恋との板挟みになってしまってからは分からなくなってしまったのだと言う。信じた者に裏切られた、という気持ちは騎士たちの中で日に日に膨れ上がっている。
かつて、ブラデメイガス王の子どもマリアガンス王子がグィネヴィア王妃に横恋慕し、彼女と護衛のケイ卿を攫った事件があった。
救出に向かったのは、他でもないランスロット卿である。マリアガンス王子の部下の待ち伏せを受け、馬を射殺されながらも森で荷車を発見。罪人か不浄な者しか荷車に乗ることはなかったが、非戦闘員であるギネヴィア妃を救うために動き回るための乗り物は必要であり、ランスロット卿はこれに乗った。
荷車に乗って国中を走り回る。汚名を自ら被ったランスロット卿の姿は噂となり、幽囚の王妃やケイ卿の耳にも入った。王妃らはランスロットが騎士道に背く行いをしたために、罰として荷車に乗っているのだと誤解するも、それを解く術はない。彼らは幽閉されていたからだ。
いくつもの冒険を超えてランスロット卿はマリアガンス王子を討ち破り、王妃を救出したが、王妃からはひどくなじられ、半狂乱になりながらもアーサー王に事情を説明して誤解を解いてもらうという悲劇に襲われた男でもある。
しかし、そんな汚名を被りながら、アーサー王への忠義を行動で示した男でもある為、ガヴェイン卿らは最も優れた騎士と彼を称賛したのだ。
「今に思えば、王妃への横恋慕をしていたのやもしれませんね…。」
切なげに瞳を伏せて、ガヴェイン卿は溜息をつく。信じた仲間の愚行が夢であれと、どうやら受け入れたくないようだった。処罰を受けたうえで、仲間として復帰するか否かはその時になるまで分からないし、仲間として受け入れられるかもわからない。アーサー王の信頼を裏切り、騎士たちの憧れをも裏切った男の話題は、今やタブーのようだ。
それも当然のこと。よもや仲間である
「王妃様はどのように……」
「おそらくは火刑、でしょう。」
アーサー王を裏切ったことに憤慨する声は多く、国王として奮闘する王を支えるべき王妃の不義にはマイナスな声ばかりだ。
悪しき者を燃やして浄化する風習のある民の声が広がり、王が民衆たちの不満を聞き入れて、そのようになりそうだと告げる。悩みながらの決断だと付け加えると、ガヴェイン卿は表情を歪めて俯く。
「何故、かの王ばかりがそのような目に……」
「だからこその円卓の騎士、…であるはずなんだがな。」
「ケイ卿!」
ぶらりと現れたケイ卿は、爆弾を投下する。ギネヴィア妃の火刑には、二つの意味を持たせることにしたと言ったのだ。
まずはモルドレッドを含めた三名の騎士の案を採用。と言っても、すぐさま実行するわけではなく、選択肢を提示する。剣を与え、鎧を与え、牢のカギを開けておく。ギネヴィア妃の処刑を示す日時をあらかじめ教えておき、そこでランスロット卿の真偽を問うのだ。
「オマエが仕えるのは誰か、とな。そこで王妃を選べば斬死刑。手間は掛かるし、被害も大きくなりそうだが、まァ二心を抱くような輩なんざ騎士じゃねェ。生かす価値なしってこった。」
現場にランスロット卿が駆けつけられる環境を作り、様子を見る。武装したままやってきたら敵であり、無防備な姿のままやってきたら二人の存命を認めることになった。
「男として終わンのか、騎士として終わンのか。……それを選ばせるっつうんだから、まァ相当な温情を与えられてるわな。」
「そ、れは……」
不義を働いたランスロット卿へ憤りは感じても、男としての矜持を自ら捨てるか否かの選択肢には思うところがあるようだ。今度は別の意味でガヴェイン卿が表情を引きつらせていた。