少年のような無垢な人、大人のような厳格な人、その間の時間を切り取った青年の甘い顔は、いつも厳格で凛々しい表情をなさっていたの。そんなアーサーさまのお顔も、わたくしを見つめるときだけ、何処か優し気なものに変わってくれるから、しかと彼の愛情をこの身に感じております。
アーサーさまの麗しい風貌も、若き身でありながら重ねた月日を思わせる聡明さも、彼が抱き続ける高潔さも、そのすべてがただの女の子であるギネヴィアを余すことなく魅了した。…だから、不満など感じていないはずなのに。―――気づけば、彼の一番の騎士、ランスロットと一夜を共にしてしまっていた。
『わたくし、この方と結婚するの。』
そう父王や愛した国、民から祝福を受けて、キャメロットへと嫁いできたばかりの日が蘇る。恋に恋する多感な年頃の少女にとって、素敵な王子様との結婚は理想そのもの。結婚してからも彼はとてもやさしくて、国全体がやさしさで溢れるように祈るような人でもあると知ることが出来て、うれしく思った夜もあった。―――そう、ギネヴィアは、ただ普通の少女であった。普通の少女であり続けてしまったから此処に居る。
希望を胸に色とりどりの花を飛ばし祝福してくれた民は、憎々しげに唸り睨みつけてくる。あんなにも幸せいっぱいに馬に乗って進んだ道は、今ではすっかり恐怖ばかりだった。
「……どう、して…?」
城下町の広間に作り上げられた立派な木造建造物は、王妃ギネヴィア処刑のためだけに民の手によって作られたものだった。よく燃えるよう発火の細工もしており、キャメロットの守護者―――民にとっての唯一無二の王を苦しめた”悪しき魔女”を神なる炎で浄化するものとまで簡潔な説明が記された看板が立てかけられている。
こうして飾り付けられた椅子に腰かけさせてもらえるだけでも、アーサー王からの温情であることは、ただの姫君であったギネヴィアにも理解できた。
その証拠が椅子。そして、傍らに控える三人の騎士。太陽の騎士を兄に持つ有能な騎士たちを側につけてくださることの意味を、王妃ギネヴィアは魔術師より伺ったのだ。
財政を管理するアグラヴェイン卿、今まで王妃ギネヴィアの食事を届けてくれた騎士ガレス、王妃ギネヴィアの専属護衛騎士ガヘリスも。かの王愛情は不変だった。妃として迎え入れられたギネヴィアとて民のひとり。キャメロットの民すべてに注がれる不変の愛である。
「……どうして…、」
わたくしが微笑めばアーサーさまが甘やかすように笑みをお返しになって、許して下さるはずなのに…。今までだってずっとそうだった。会議がある日にお茶会へ誘っても許して下さったから、モルガンさまとの秘密の共有も許して下さったから、今回もきっと微笑んでおねがいすれば許してもらえるだろうという考えがギネヴィアにはあった。
栄えある白亜の理想郷。キャメロットの王妃であるわたくしが、どうしてこんな目に遭わなくてはならないのかしら。ぼんやりと怒りや憎しみで歪む民衆たちの顔を見つめながら、その相貌を、まるで白き妖精のようだと称えられた美姫ギネヴィアは呟く。
彼女は、憎悪に燃える民衆の顔を見た。彼らの表情はそのままアーサー王が民衆たちに愛されている証拠である。だが、己の生き方を変えなかった彼女には理解が出来ない。幾度となくケイ卿やベディヴィエール卿、魔術師であるマーリンのほかに、実父からも指摘や指導があったのに彼女は変えなかったのだ。
愛されるべきはギネヴィア、愛おしまれるべきはギネヴィア、立って歩くだけでも人から好かれるのもギネヴィア。そうあってしかるべき。美しき白の妖精のような姫君。
しかし、それは彼女の生まれ育った国で。なおかつ姫君であったからこそのもの。王妃となったその日から、ギネヴィアはひとりの女性としても、家臣としても、アーサー王に誠実であり忠実であるべきだったのだ。
信頼を裏切った者には罰を下せ、と声を上げたのはアグラヴェインである。一介の騎士である己が望む望まぬは関係なく、罪人に罰はあって然るべき行為であると信じたうえでの行動だった。今もなお、その考えは変わっておらず兄弟であるガヘリスやガレスが王妃を慰めるような言動をとるたびに虫唾が奔るほどだ。
それがランスロットへの行き過ぎた敬愛のように感じて鳥肌も立つ。お前たちが仕えるのは誰なのだ、と声高に問うてやりたかった。
王自らの警護は不可能であるので、王の腹心であるアグラヴェインを側に置くのはランスロットの乱心を中和するためである。移動したくても出来ない状況では、麗しき姫君の声をアグラヴェインは憎悪に燃える瞳で一瞥し、無意味な問答だと沈黙を貫くことしか出来なかった。
あの日は。あの日の出来事は、円卓に影を落としたのだ。
わずかに晴れた空から差し込む黄昏の光がキャメロットを黄金に照らし出す刻のことであった。雲が流れて、緩やかに影に覆われる白亜の城は相も変わらず美しく。
栄光なるキャメロットの中庭で風に吹かれながら見つめ合う男女が、そうっと顔を近づけるのをアグラヴェインは見た。一人は騎士で、恋人たちの逢瀬だと思った。邪魔をせぬよう遠ざかるそんな情緒もあったのだ。―――…もう一人の姿を認めるまでは。
騎士の対面に居たのは、たおやかな微笑みを浮かべる貴ぶべき女性であった。アーサー王が特注した白く華やかな耳飾りを揺らす女性だ。
『……、っは…』
王が、我らの王が、その現場を―――御覧になっておられる。目撃してしまった、否、目撃をさせてしまった、と言うべきかもしれなかった。本来であれば、あんなことになってしまう前に気づくべきであったし、アーサー王の騎士であるランスロット卿を諫めるべきであったのだ。
それが出来なかったから、アーサー王の御心をお守りすることが出来なかった。仲間の裏切りや己の無力さが爆発し、アグラヴェインは激情のままに二人へ追求。ランスロットが暴れて重傷を負わされたものの、現場を取り押さえることには成功したのだ。
ギネヴィア妃はアーサー王の妻で、ランスロットはアーサー王の最上の騎士で、それ以外になりはしなかったはずなのに。何処で違えてしまったのだろう。捕縛後は王が、そのような苦悩を吐露された。頭部を槌で殴りつけられたような衝撃が、近くに居たケイに、アグラヴェインに、ベディヴィエールに走ったのだ。
王と最上の騎士の不和。后の姦通。落胆と、怒りと、憎悪と、哀切と。しかしそれでも彼らはブリテンの民だから、負の感情に蓋をして。あの真実は隠しておくつもりだったのだと。ひとりで抱えてしまえば、目や耳を閉ざしてしまえば、何もなかったのと同じことだからと。
奴らの行動で生じたアホな責任までテメェが背負う必要はねェ! と粗暴な口調でケイが王の顔をぶん殴る不敬極まりない行動をとり、ベディヴィエールが素早く手拭いを渡すまで、アグラヴェインは何も出来なかった。だが、気持ちは同じである。―――何故ランスロットの責任を、ランスロットの不義を、王の責任とするのだ。
ほどなくしてベディヴィエールは王命を受け、ブリテン中を駆け回ることとなった。彼が不在の間、怒りのままモルドレッドへの報告書を綴るケイへ、案の一つでも出させろと指示を出すほどにはランスロットの行動に呆れかえり処罰を探し。―――…結果として、怒涛の返答を受け、キャメロットを唖然とさせたのはモルドレッドである。連名であったことが、さらに驚愕させた。
あの優しきベディヴィエールと、純白の騎士ガラハッドですら同意したうえに、明確な案を書き出し(絶対にランスロットを叩き潰さんと言わんばかりの意思を感じるガラハッド作)、あまつさえ書庫にあったはずと参考書の場所まで提供(ベディヴィエール)してきたのだ。
少なからず円卓の同胞として、剣の稽古を頼むほどには懐いていたのであろうモルドレッドからの威烈な攻撃。王に仇名す敵を討つ剣となると宣言は、過激すぎるような気もしたが、今もなお、不変のようで逆に彼のその態度がアグラヴェインを安心させたものだ。
今日はその作戦を実行する日。
ギネヴィア妃の処刑にて、ランスロットの真偽を問う日。あれは敵か、味方か。あんなものでも、アーサー王の御心を思うのであれば味方であれと願ってしまう。民や騎士の負担を減らすために、その身を粉にして働く騎士王の安らぎを奪ってくれるなと願ってしまう。
―――それはそれとして。
「―――あンの馬鹿野郎ッ!」
遠慮なく、両の睾丸を潰すのだが。
武装して乗り込んで来たランスロットという男の未来は確定した。閃光のような刃を前に、アグラヴェインは「黒」とだけ叫ぶ。遠くからケイの罵声が耳に届く。最期に聞くものがまさか貴様の罵声とはな。やがて視界は口にした同じ色へと塗り替わり、彼の身体は地に伏した。
「アグラヴェイン卿!」
「―――貴様ァッ! それでも円卓の騎士か、あァ゛!?」
「よもや血迷ったか!!」
護衛である為アグラヴェインは武装をしたままではあったが、王妃の精神面を保護するべく控えていたガヘリスやガレスは、民と同じ装いをしていたのだ。
それすらも容赦なく斬り捨てて、ただ王妃へと一直線のランスロットは誰がどう見ても真っ黒であった。アーサー王が抱える円卓最強の騎士の裏切り。金属がぶつかり合う音。ガヴェインの兄弟を三人葬り去った鬼畜生めが王妃を連れて去ろうとした瞬間、赤雷が奔った。
「今すぐ男としてくたばりやがれ、クソ野郎。この俺が手ずからテメェの矜持を斬り捨ててやる。とっととその頸差し出せや、害虫めが。」
今まで礼節を重んじる行動ばかりをとって来たモルドレッドから、かような言葉遣いが出てくるとは思わなかった。混沌に荒れる広場に静寂を落とし、怒りのままに赤雷を弾けさせた彼の眼はアグラヴェインをちらと見やる。かの騎士の真偽は如何に。その問答へ黒と叫んだままの唇の形で、忌々し気に憎悪で燃える瞳は虚ろ。―――それでも縁の下の力持ちを自ら買って出るほどにはブリテンを愛する男だった。
こんなところで、仲間の手によって斬り捨てられるような命でなかった。心臓をおさえて蹲ってしまったばかりに割って入ることも出来ず、失ってしまった同志であった。
此度の件。モルドレッドの不調を見抜き、休めと言ってくれたのに。無理を押し通し、アーサー王のそばで控えたから。一番遠くで見ていたから。
アグラヴェイン、ガヘリス、ガレス。
かの世界では異父兄弟であったはずの彼らとモルドレッドの関係は、この世界では、親しき友人であり、アーサー王をお守りする同志であり、仲間であった。モルガンを親切な淑女と慕い、魔女として恐れ、友人の母として敬愛する、そんな関係だった。
男としての苦悩を吐露しても苦言を零すのは、相手側へ。どうあっても善く在ろうとするお方だからこそ、問題があるのはあちらなのだと言ってきかぬような男でもあったが。あれは数少なく、アーサー王を、アルトリウス王として認める男だったのだ。
ケイやモルドレッドと同じ土俵に登らせるまで時間は掛かったが、根本的な想いは一緒だった。それほどまでにアルトリウス・ペンドラゴンを思ってくれる存在であったのだ。
「ギネヴィア、どうか下がって!」
「ええ、ええ、ランスロットさま…!」
ランスロットを処刑することは、現状ではおそらく無理だろう。アレでいて信奉者は多い。身体のガタを感じながら、モルドレッドは冷静にそう判じた。
「吠えるな、暴れんな、ゴミ野郎。我らが敬愛して止まぬ王を傷つけ、我ら騎士が庇護すべき民草の不安を煽り、栄光なるキャメロットを混沌に陥れ、みなの信頼を裏切ったこと。―――…また、背を預けるべき仲間を殺したこと。そのすべてを、男としての死で贖え。」
押し返そうとするランスロットの
頭の上に躍り出たモルドレッドは、すかさず再び踵を叩き落した。弾かれたばかりの剣は、赤雷でさらに弾き出されて追えない。
「ぐっ、…ガッ……!」
「ランスロットさま……!」
「最優の騎士だと。はん、笑わせんな。最低の騎士だろうが。」
「モルドレッド卿に同意見です。最低です、ランスロット卿。」
「ガラハッド卿!?」
逃げられぬよう、その背に足を乗せて魔力を流す。雷を纏った魔力であるうえに、ランスロットの魔力性質は水。効果は抜群だ。しばらくは麻痺で動けないだろう。
守るべき民が居たのですよ、と地を這うような声でガラハッドは唸る。民衆たちの避難状態を確認しながら戦闘を誘導したモルドレッドと、被害を気にせず暴れまわったランスロットでは比較するまでもなかった。父親としても、騎士としても、慕う気が一切なくなった瞬間である。
「モルドレッド卿、口調がすこし激しくなっておいでですよ。」
「……御前で失礼いたしました。未熟ゆえ、感情を抑えきれませんでした。」
そうして、期日はランスロットへの刑が執行されるまでの間。一組の男女はキャメロットの塔へと幽閉されることとなる。
あの狂ったように暴れまわる男はギネヴィアと一緒になれるのならば大人しくなる、と分かったからである。不安要素ばかりの時世で、戦力かつ友人であった彼を斬り捨てるような真似をしたくないのだと苦悩を零す王のための救済処置でもあった。
叛逆の騎士≠(キャラクターイメージ解説ver.ギネヴィア妃)
活動報告にてupしました。