叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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理想を追う者
アーサー王伝説


 我らが王(・・・)が焦った表情で神槍から手を離したのが分かったから、モルドレッドは渡してはならぬと神槍を腹に埋め込ませたまま後退した。早く距離を取らなくてはならなかったのだ。

 大量出血。致命傷の数々。そのおかげで意識はもはや朦朧としており、満身創痍。臓腑を突き破り腹の中身はすでに無く、子どものような夢を追った気力のみでそこに居る。呼吸をするたびに空ぶった息が漏れて、魔力解放せずとも時間の問題だろうと頭の何処かが冷静な判断を下した。手心を加えられても、神の手前となった父王と相対するのに命を燃やし続け、追っ手を退けられるだけの余力はもはや皆無である。

 今の自分では一介の騎士にすら叶わぬのではと危惧しながら、原因となったものはなんだったかと記憶をたどった。カムランでの激戦となった原因は、言ってしまえば神槍の乱用である。

 異形の大群は、とうとうブリテン島を埋め尽くし、エクスカリバーの鞘を失った王が不死性を取り戻すために神槍を操らなくてはならなくなるほどの異形による大侵略。それを相手取るには、鞘を失ったエクスカリバーと同等の―――もしくは格上の武器を要したのだ。エクスカリバーの鞘を隠され扱わなくてはならなくなった神秘の槍は、王から人間性をすこしずつ奪うものであった。

 救いを求めた民に願われて、彼はそれを手にした。しかし、異形の魔物を一掃した最後には、彼は神として審判を下し始めたのだ。それに反感を抱く騎士たちから離れてひそかな作戦を決行した。

 はたから見ればモルドレッドを中心とした部隊の、勝手な行動である。円卓の騎士たちには先んじて伝えてあったが、民草からしてみれば叛逆ともとれる行為。

 だが、その心は常にアルトリウス・ペンドラゴンへの忠義であった。理解してもらおうだなんて段階は、とうの過去に捨て去った。モルドレッドは王を取り戻すための一戦を、王の御心を慮って誰もおらぬ拓けた荒野。カムランの地で行ったのだ。

 騎士たちを遠ざけて、民草たちをキャメロットから避難させたうえでの激戦。敬愛するお方との苛烈を極める対話は、図らずともアーサー王伝説をなぞることとなったのは、モルドレッドの名前も相まって皮肉なことだった。

 これが、親殺しの罪を背負う我が身の定めとでも言うのだろうか。自嘲したモルドレッドのことをどう思ったのか、呆然としたままアルトリウス・ペンドラゴンは騎士の名を呼んだ。

 

 

「―――…モルドレッド…?」

 

 

 神槍に貫かれた痛みよりも、我が王と、我が友のその表情が何よりも痛かった。致命傷は負わせなかったはず。癒せる程度の傷ばかりのはず。

 だからといって、信頼できる騎士から刃を向けられたのだから、その御心は痛むばかりではあるのだろう。……でも、王の表情からは違う意味が見て取れるような気がした。またしても俺は失敗してしまったのか。でも、……何を?

 王を取り戻すことが出来て良かったと感情のまま崩れ落ちた身体には、もう力がほとんど残っていなかった。安心したからか、一ミリたりとも動けないような気がする。致命傷こそなかったが、同じく傷だらけの身体であるはずなのに、王が支えてくれた。

 どうか、どうか、悲しまないで。そもそも俺は存在していないはずの魂。証明してはならぬ命。産まれながらに短い生命を、己のエゴで幼い心に憧れた、若き騎士王アルトリウス・ペンドラゴンただ御一人に捧げた、自分勝手な男なのだ。

 その生のはじまりですら不慮の事故のようなものであったけれど、とても幸せだった。だから、我が王よ。俺の旅路を嘆いてくれるな。俺の行く末を悲しんでくれるな。母の言ったように、俺はあなたに人の王であってほしくて。人のまま王であってほしかっただけなのだ。

 

 ベディヴィエール卿が言ったように、誰かが得たヒトとしてのささやかな幸せに頬を綻ばせる、ささやかな他人の幸福を感じ取れるあなたが好きでした。

 

 

(まるで父のような兄のような顔をするから。)

 

 

 誠に手前勝手なことでありますが、そんなあなたの姿に、自分の親としてのあなたを重ねておりました。誰かが失われるたびに痛みで呻くあなたは、誰かのために心を動かせるようなお方で。

 

 

(だからこそ、最期まで御傍にありたかった。)

 

 

 あなたの心ごと、お守りすることを夢に見ておりました。おこがましくも、白亜を背に肩を並べる日を夢に見ました。

 

 

(叶わなかったけど。)

 

 

 ケイ卿が言ったように不器用な優しさで包んでくれるあなたが好きでした。あの顔はきっと、誰もが崇め奉る神などではなかった。あなたという人だった。

 

 

(ブリテン島の父と慕った。)

 

 

 悲痛な声を滲ませながら頭を悩ませて、どちらも救えることが出来れば、と零すあなたの憂いを断ちたくて、更なる高みを求めたのです。

 

 

(それでも足りなかった。)

 

 

 結果は御覧の有様ですが、自分にしては、上出来な結果を出せたと思うのです。

 

 ガラハッド卿の言葉に同意したように、誰も彼もが“アーサー王”としてのあなたしか見なかったから、私だけでもアルトリウス・ペンドラゴンの剣となりたかったのです。ベディヴィエール卿もケイ卿も、優しくも厳しいお方でしたから、”アーサー王”になるあなたを間近で見て来た人たちだから、アーサー王としてのあなたを引っ張り出すこともありましたね。

 

 

(俺はずっとアルトリウス・ペンドラゴンのままが良かった。)

 

 

 用事が終わったらすぐ素のあなたを引っ張り出す瞬間、あれがとても好きでした。

 

 

(まるでありふれた家族のようで。)

 

 

 母はきっと、そんな人としての当たり前の人生をあなたに送ってもらいたかったのだと思う。

 けれども、モルドレッドはよく知っていた。アルトリウス・ペンドラゴンが、どれほど王らしくあろうとしたのか。その結果、誰からも共感を得ずに孤高の君主となってしまったのだ。

 

 

 

―――故に、モルドレッドは願った。

 

 

 

 魔女モルガンの最期に、王からの解放を。彼女は泣きながら、息子からの剣を受け入れた。討ち取った母の―――ううん、アルトリウス・ペンドラゴンの姉モルガンへと心を寄せて告げる。

 

 

 

―――……悲願を、果たしましたよ。母上。

 

 

 

 一撃で五百人程度の兵士を吹き飛ばす対軍事用の神槍ロンゴミニアド。約束された勝利の剣と並ぶアーサー王の宝物だが、ヴォーティガーンの討伐以来にその姿を見せたそれは、愛する息子の血に濡れてそこに在る。人の手に渡る前に保管しなくてはならない。分かってはいても、アルトリウスは動けない。

 竜を討ち果たした力は健在のようで、抉られた腹の内側を風がなぞる。言葉に出来ぬ痛みが奔るも目の前の王を見るとそれすらどうでも良くなって、モルドレッドは掠れる呼吸を零す。痛みが走るが、それでもしなくてはならないことがあるのだ。

 再び手にさせては本末転倒で。だからこそ、溺れる前に口から血を吐き出したモルドレッドは身体からそれを引き抜き、カムランの地に突き立てた。

 

 

「どうか、触れぬよう。」

「あ、嗚呼、なんということを…わた、しは…」

 

 

 悲痛な思いを閉じ込めて、何度もうなずくアーサー王は。ただのアルトリウス・ペンドラゴンのように見えた。おそらくずっと母が見たかったのであろう―――……人としての顔だ。

 ぱちり、と瞬きを繰り返した王は、次第に瞳を恐怖の一色に引きつらせる。支える相手の状態をようやく認識することが出来たようだった。

 

 

「…モルドレッド、モルドレッド、しっかりしてくれ…! 我が騎士よ、どうか、嗚呼、どうか頼む、目を開けてくれ…! ぼくは……嗚呼、まだちゃんと君を息子として……――――――ッ!」

 

 

 嗚呼、そんな。王とあらんとした、アルトリウス・ペンドラゴンの心を乱してしまった。なんと罪深きことなのか。王の意に反する我が行為。けれども、ままならぬのです。どうかお許しを。

 などと口にすると、単独で異形の集落を潰しに行った時のように彼らは顔をしかめるのだろう。でも、だけど、今回の此れだって王の手で腹に重傷を負ったが、私も王を刺したり斬ったりしたのだから。

 

 

「おあいこ、……で、しょう……。」

 

 

 言葉を返したからか、屍が広がる草原だった荒野に倒れ伏したモルドレッドを抱えるアルトリウス王の逼迫した表情がかすかに緩んだ。

 体中は傷だらけだし、中身は暴走した魔力でぐちゃぐちゃな上、腹にはデッカイ風穴。もはやまともに喋ることも不可能であるはずなのに、モルドレッドは気力で強引に誤魔化した。

 認識さえしなければ傷などではない、ありもしないに等しい。母モルガン―――否、魔女モルガンの手によって王は不死性を失われて、それを利用し、王を悪が跋扈する世界から解放せんとした手段である。自己暗示を強く掛けたのだ。それは強い自己暗示だった。

 

 

(このお方の息子なのだから、同じことが出来るはず。むしろやれや。)

 

 

 息子だと思ってくれるあなたに、同じことが出来るのだと表現するのは、この場面ではとても卑怯なことなのだろう。父が泣いてしまうことを率先して行ってしまうのだから、叛逆の名は相応しいのかもしれない。エミヤのように、反抗期って言われそうだけれど。

 

 

「…私は、貴方に叛逆してしまった…。罪深き騎士です…」

「そのようなことはっ…! モルドレッド、貴方は私を人間であらせようと、ただそれだけを胸に剣を振るってくれていたではないか…! それを叛逆などと、どうして言えよう…!?」

「貴方に刃を、―――こ、ふッ」

 

 

 赤が、零れた。刃を向けて、あまつさえ傷つけた。騎士がお仕えすると忠誠を誓った主に、剣を向けたのだから、それはまごうことなく叛逆だろう。

 ブリテン島の、国の未来を思うのであれば、神へ転じる王を御止めするべきではなかったのだろう。国のことを本当に思うのであれば。しかし、モルドレッドはあくまでも私利私欲で行動した。騎士あるまじき行為で。人間であれと願った母の言葉に従い、王を引きずり下ろしたことは、民草を思うならば決して、赦されることではない。

 

 

「私、は……、最初の言葉を、違えるつもりはありませんでした…。あなたの騎士でありたい、しかし、けれど……王を傷つけた、それはあなたへの誓いの裏切りです…。」

「そのようことは、ない! ない、ない、のだ………っ!」

 

 

 王は優しいから、モルドレッドの行為を叛逆ではないのだと否定して、そう言ってくださるけれど。仕事に向かってしまう大事な父親を家に引き留めたがる子どものような。そんな気持ちもすこしはあった。モルドレッドがかのお方にお仕えしたいということだって、言ってしまえば私情に過ぎないそれで。()より庇護を受ける我らが母国(ブリテン)。至高の国が誕生する手立てをモルドレッドが打ち砕き、粉々にしてしまったのだ。

 王の道を阻むどころか破壊することが騎士ではない。王が歩まんとする道を守り、その足跡すらも守るものこそが、モルドレッドが望んだカタチである。

 王の役に立つことこそ、モルドレッドの至高。最初にした、あの誓い。王の騎士であろうというのは、子ども心の理想でしかなかったけれど、王に受け入れられた時より常に考えたのは、最強である自分―――そして、王の笑みだった。どうするべきだったんだろう、と思う反面、やり遂げた気持ちがある。

 なら、此れでいいのではないか。あの、一度限りの笑みを。穏やかな笑みを。ベディヴィエール卿と会話する中、かすかに、ほんの一瞬だけではあったが、確かに見たそれを守ることが出来たのならモルドレッドは報われる。

 トリスタンが耐えられなかった守るべきお方の重荷となる騎士と矛盾を抱える状況。王の肩へのしかかる不要とすら思えようなあらゆる重責までもを抱えて進み行くヒト。王であるが暴君ではない、暴君になり切れぬ優しさが渦巻く中、天秤にかけて一を切り捨てでも多くの命を救わんとした王の葛藤は壮絶なものだっただろう。

 モルドレッドにはとてもではないが考えが及ばず、故に、王から息子と呼ばれることを拒んだ瞬間であった。あの船での運命に抗い、騎士として名を連ねた自分には身に余るものだと。ガウェイン卿との決闘によって兜が割れ、出生が露見されてからは『私のような不義の子は、王の子に相応しくありません。どうか今までの御無礼をお許しください。』と立ち去ろうとしたのは何度もあったが。

 その都度、多くの騎士や同僚に囲まれて。何なら『認めて差し上げては……』と普通なら逆の人物に投げるであろう言葉をかけられて、逃亡を極めようとしたら王からも留まるように説得されたものだ。嗚呼、思考が脱線する。

 けれども、此処にはきっと、もうすぐ、人ではなくなった化け物と悪辣に評価された、王を討たんとするガウェイン卿が到着するだろう。

 近くには、此処に至るまでに数々の戦を乗り越えてボロボロになった片腕の騎士。そして風穴があきっぱなしのモルドレッドと、傷だらけの王の姿しかない。度重なる異形の襲撃によってケイ卿はすでに儚くなっており、ランスロット卿には民の避難を任せた。

 追っ手をどうにかしなければ。でも戦えるものは。―――…此れで、戦えるものが居ないなどと何を戯けたことを。まだ、動けるのが居るだろう。とびきりの暴走騎士(モルドレッド)が。此処に一人。

 

 

「王よ……私を想うのであれば、どうか、我が願いを聞き入れてはくださりませんか…。」

「……許すよ、話してみてごらん。」

 

 

 思わずごめんなさい、と言いたくなるほど罪悪感を掻き立てられる。この期に及んでモルドレッドは息子としての己を封じたままでいるつもりなのだ。

 ほんのすこし嬉しそうに目尻を落とした王は、父の顔だった。耳をモルドレッドの口元へ近づけてくる。どうやら、そうさせるほどにもう声も小さくなってきているようだった。

 

 

妖精の住まう郷(アヴァロン)へ傷を癒しに。あの島ならば、その傷は癒えましょう…。」

 

 

 あれだけ鍛えたのに、嗚呼、あまりにも情けない…。己の情けなさ、弱さに失ったはずの涙が出そうになる。息を引きつらせながら、モルドレッドは懸命に言葉を探した。アヴァロンの入り口にある白亜の塔で生まれ育った身だからこそ、告げられるものがあるのだ。

 

 

「そんな、僕のことよりモルドレッドの方が重傷じゃ…!」

「私では神に転生することを阻めても―――傷ついた心を癒すことは出来ないのです…。ですからどうか、私の願い――、王がアヴァロンにて傷を癒されることを、どうか……」

 

 

 それは、アヴァロンの近くで生まれ育ったモルドレッドから、お仕えする主への。アルトリウス王の騎士としての言葉だった。

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