心得たとばかりに翼を広げる魔鳥は、モルドレッドの愛馬だ。傷口が開くのも無視して王を抱えて彼の背に乗せてベディヴィエール卿を近くに呼ぶと、彼もまた、彼の馬に跨ってモルドレッドを見下ろした。互いにやるべきことを理解した者同士。飾る言葉はなくていい。―――だからこそ、ただ一言。それだけを音に乗せればよかった。
「王を。」
聖剣の鞘は、湖の乙女の湖に。言葉は少なく、けれども意図を理解したベディヴィエール卿は深く頷きを返してくれた。愛馬の彼を自由にしてやれぬことが気掛かりだけれど、もう安心だ。
ゆっくりと離れた体温に肩から程よく力が抜ける。今一度、任せる旨を告げて、これで終わり。そのはずなのに、一向に進む気配がなくてモルドレッドは困惑する。早く行かなければ顔を合わせることになってしまう。馬に跨ったままのベディヴィエール卿は、一つの場所を指した。
「……モルドレッド卿、あなたに預けてほしいものがあります。」
意図を理解出来ずに居たが、武器は此れだけ。あとのものはモルドレッドの魔力が深く馴染んでいたから、すべて民草を守るために術の媒体としたのだ。
(―――…これは王を斬った、穢れた剣だ。何故?)
代用となる剣を貸してくれるのだろうけれど、それでも、王の血に濡れたその剣を持てば身を穢すことになる。
そのまま伝えると、ベディヴィエール卿は普段は穏やかな目を吊り上げて世話を焼く時のような声色で愛剣を持って行かれる。いいから、はやく、それを、渡してください。美女のような見た目に反して、彼はなかなかに強引なところがあるのだった。
「そして、此れを貴方に。貴き赤を背負う騎士モルドレッド。」
お役目を下さった王に深き敬愛を。やや強引に交換された血濡れた愛剣と、代用として渡された剣―――
息子と接したくて仕方がなかったそうですよ、我らが王アルトリウス様は。ベディヴィエール卿は茶目っ気たっぷりに微笑し、やがては表情を悲し気に揺らした。自分たちのそれとは違う、蹄の音が近づく。それを、察したのだろう。背を向けて、綻びかけた表情を引き縛ってモルドレッドは言った。
「卿、私は叛逆の名を背負って逝く。」
「何故あなたが……!」
「事実、神の庇護する国―――その道を潰したのは私だ。一部の民草にとっては、私以上の叛逆を知らぬだろう。」
神への叛逆者モルドレッド。その名を背負って逝くと言った騎士は、アルトリウス・ペンドラゴンにとっては宣誓不動の騎士であった。
最初に誓った言葉を違えることなく、最初から最後まで仕えてくれた騎士でもある。不名誉な汚名すら自ら被ることを選び、王であり父である身には傷を癒やすことだけを祈ってくれた。そんなあの子の最期が、コレだと言うのか。
抜き身のクラレントを誇らしげに担ぐモルドレッドは、正体が露呈したその日から外気に晒したままの顔で不器用な笑みを浮かべた。
愛する父と友の姿を焼き付けるようにを眩しげに細める瞳。ゆっくりと景色を閉じ込めるために伏せられた瞼。モルガンのように光を見つめる微笑みも、王のように幸せを魂に焼き付けるように閉じて微笑むお姿も。嗚呼、こんなにも似ているのに。
その身を戦乱の渦中に置くことを選ばれるだなんて。彼こそが、王をお連れする任を担うべきだと叫びたくなったのをベディヴィエールはなんとか堪えた。万が一を踏まえた決死の作戦、それをずっと反発するベディヴィエールとケイを説得し続けた彼の、覚悟を無駄には出来ない。
こういうのは卑怯と言われるかもしれないが、と憑き物が取れた表情で彼は微笑んだ。あどけない少年のはにかんだ表情に、ベディヴィエールも、アルトリウス・ペンドラゴンも息を詰めた。
「貴殿はどうか王を支えていてくれ。信頼なる我が友よ、貴殿が
「―――――――」
それは、モルドレッドの息子としての、はじめてのおねだりで。我儘だった。最後の最後でようやくほんのちょっとの我儘を自分に許したのだろう。このような結末を望まれたわけではないのでしょうに。やるせなさに頬肉を噛んだベディヴィエールは、せめてもの思いで反論した。
「―――ええ、お任せを。我が信頼なる友よ。ですが、あなたは叛逆などと名には遠き、強く清らかな騎士だったことは私の胸に秘めておきます。」
「ベディヴィエール……」
あなたを叛逆と呼ぶぐらいなら、あの騎士こそがそうであった。ベディヴィエールは、心の内側でかの騎士へ憎悪を叫ぶ。言葉をゆったりと交わす時間すらない。
「別れは惜しいですが、また会える日を願って……。どうか、ご武運を。」
きっと、もう最期なのだ。
彼がガラハッド卿へ言葉を送った日のように、ベディヴィエールは親友に見送ってもらうことしか出来ない。父親譲りの不器用な優しさを持った彼に、もう会うことはないのだろう。
馬の蹄が遠ざかり、屍をかき分けるような蹄の音がした。
身を焦がすほどの熱を帯びた気配がより強く感じられる。モルドレッドは、
アーサー王がいれば認められたのだと教えてもらえるはずの感覚は知ることの無いまま、モルドレッドは静かに振り返る。来たか。最期の務め、最後の役割。
これで、今ここで、完全に”人を神へと担ぎ上げる”見えざる力を断ち切るのだ。因果律だとか、運命力だとか、抑止力だとか、そんなものは彼には関係なかった。目の前にあるのは、愛する父や友を仇為す力の塊。同胞へと繋がれた因果を。倒すべき目に映らぬもの。相対する敵を知るのは、それだけで十分だった。
「な、モルドレッド、卿……!?」
「―――何も言わず、剣を構えよ。」
今もなお、大地を血で穢す肉体に、かの騎士は目尻を引きつらせる。そのような体で何を、と。言おうとしたようだが、遠ざかるばかりの気配に気づいたらしく表情を硬くした。
赤雷の騎士。紅瞳の騎士。その称を頂く実力者が、兜のない、何処か王の面影を感じさせる美貌を険しくさせた。その上で、わかりきった答えをお互いに問う。
「あなたは化け物を、逃がしたのですか…? 人の心が残らぬ、人ならざる、化け物を…!」
「―――…あのお方は我らが父祖、我らの王、我らの全て。それが分からぬ騎士ではなかろうに、よもや知っての狼藉か。太陽の騎士、ガウェイン。」
殺気を浴びたガウェインは咄嗟に剣を構えようとして、一点に目が奪われる。甥子の腹部に空いたままの穴をみて、恐怖に震えた。何故あのようなことをされて尚、あの王へ忠誠を誓おうと言えるのか。何が彼をそこまで突き動かすのか―――否、彼は最初に宣誓していたからなのだろう。
王の剣となり、王の盾となり、あらゆるものになって、王にお仕えする騎士。それが、モルドレッドの目指した騎士だ。
それはもはやガウェイン卿と顔を合わせたモルドレッドの本心で、口癖。しかし、決まって口にするのはガウェイン卿が取り返しのつかない阿呆をやらかそうとした時に限る。
たとえば、ランスロットを切り殺そうとしたときだとか、暗にモルドレッドは王の命令なくして私刑をとり『王を裏切るのか』と問うたのだ。
ガウェイン卿の立場を羨ましがるモルドレッドは、その気持ちをバネに鍛錬に打ち込む。太陽の騎士を上回る騎士となるのだと意気込む姿は、とても健気だった。
“やらかし”組の片割れであるランスロット卿は、不倫の罰を受けて、今では騎士の称号を剥奪された民として、ギネヴィアと共に静かに暮らしていると聞く。
男として、失ってはならぬ機能を失ったまま故に子をなすことは出来ないが、ランスロットには既にガラハッド卿が存在した。息子と紅瞳の騎士から口々に「不要だろう」と言葉にやや顔色の失った様子で同意し、当時の刑でランスロットは土下座したまま王への裏切りを謝罪し、愛を選び去勢することを選択し、王と皆からの許しを得たのだ。
ランスロット卿の相談にのって、王へ報告を入れながらも様子見で、ランスロットが激情し行動的になる前に手を打ってくれたのはきっとアグラヴェイン卿との『ランスロット卿やガウェイン卿の女癖が出たらどうにかしてくれ。』という、半ば命令にも似た約束を守ったに過ぎなかったのかもしれない。
アグラヴェインという弟は、人間不信の気はあったものの、あれはあれで健気に王を慕うモルドレッドのことは可愛がっていたし、何かと約束しては結果を持ち帰る甥の実力を認めていた。それこそ、複雑な家庭事情を抱えるアグラヴェインが、モルドレッドを身内として認識するぐらいには気を許していたよう感じるほど。
円卓の騎士を実際には欠かさなかったモルドレッドは、そんなアグラヴェインとの約束事を一度たりとも違えたことはなかった。むしろ、そんな彼だからこそ今の状況は納得に値する。
しかとアグラヴェイン卿との約束を果たしていると言えるだろう。今の状況をアグラヴェインが見たら、目じりをつりあげてコンコンと叱られるのはガウェインの方である。
「平行線だ。認めぬ限り。―――……故に、剣を抜け、ガウェイン卿。たとえ、叔父であろうとも、王を侮辱し、罵声を浴びせ、化け物と呼び、害成すのであれば、容赦しない……!」
「そのような体になってまで―――……いいえ、わかりました。では、力づくでも退いてもらいますよ、モルドレッド卿!」
馬によって弾かれた小石が地面につくと同時に、赤雷の竜は咆哮を上げ、太陽の騎士は大地を蹴った。
ガウェイン卿の愛剣は、アーサー王の持つエクスカリバーの姉妹剣となる。本来の持ち主はエクスカリバーと同じく、湖の貴婦人だ。
伝承ではエクスカリバーの影に隠れ多くを語られることはなかったが、その実力は相当なものだろう。モルドレッドが装備する、全てを隠蔽する術が施された鎧の半身を吹き飛ばすほどの威力だった。無論、ただの鎧ではなく、むしろあのエクスカリバー・ガラディーンを直で受け切った鎧の守備の力がどれほど凄かったことか。
―――故に、モルドレッドは全ての魔術回路を開放した。
術を施されたその日、母とした約束。
モルドレッドがただ一人の人間として
「―――道を阻む者よ、疾く去れ! 我が守り抜くべきは、父上の往く先!」
このガウェイン卿との戦いが、本当の意味でモルドレッドにとっての最期になるのだろう。余裕に見えたのは、おそらく母モルガンが施してくれた術のおかげである。
不思議と死が迫ってくる感覚が、徐々に遠ざかるようだったのだから。しかし、今はどうだ、力を解放して一線を凪いだ今は。
「―――この剣は太陽の映し身…。もう一振りの星の聖剣…!」
「―――我は王に非ず、その後ろを歩むもの。彼の王の安らぎの為に、あらゆる敵を駆逐する!」
不思議と恐怖はなかった。けれども熱が爆ぜた。
燃える。燃えてしまう。からだがあつい。何かが身体の中で暴れるようだった。魔力である。凍えるような寒さと、燃えるような熱がモルドレッドの身体を襲った。まるで、全てが壊れたかのように感覚が失われてゆく。
「あらゆる不浄を清める焔の陽炎!!」
「我が生涯に得たすべての力、術、業を今ここに!!!」
それでも―――否、だからこそ、モルドレッドは剣を手放さなかった。
血が零れる喉が避けるほどの雄叫びをあげ、アヴァロンに向かう父の背を想って限界をも超える一撃を捻り叩きつける。奇しくも、それは、異なる世界であろうとも変わらぬ
「
「
最初の宣誓通り、魂をも捧ぐそれ。人が王を殺すなら、人から王を守る騎士となる。彼の王の安らぎのため王の抱える重荷を共に背負わんとする意思の表れそのもの。
守る為に己のすべてを攻撃に回した今、モルドレッドに後退するという選択肢はなかった。押し切る為に一歩を前に、弾ける雷が我が身を裂こうとも、ただ前に。この背の後ろには、何よりも愛する人たちが居るのだと大地を踏みしめて。
※ガヴェイン一家
アーサー王の義理の甥っ子。ここではモルガンとの親子関係はなく―――、とも言えず。「名前借りるぞ。」「? え、ええ、必要なことでしたら。」 一時期前線から退きへそを曲げたケイが領主(国王)となったところの養子。彼の婚姻届の欄を見ると、妻の項目に妖精魔女の名前があるかもしれないしないかもしれない。
その為、両親のことを尋ねるとガヴェイン一家は自国の国王夫婦(故人)を語るだろう。一応は養子に身を置きはするものの、関係者みんな家系図に関しては記憶の彼方である。
ガレスとは冗談だと分かってるからきゃきゃとしたのにガヴェインからのガチ目だったので「弟扱いはちょっと…」と言われて、ガチ目に甥っ子扱いしてたら正解だったってワケ。