丈夫になるまで
―――○○月○○日。天候は、花たちが咲きほこるほどの快晴。
モルドレッド。6さい。
よみかきができるようになった記念として、まずは一ページうめる。母より与えられた手記に毎日のことをのこしていこうと思う。手記をうってくれた商人は、それを「日記」と教えてくれたから、日記をかくといいかえたほうがいいのだろうか。
日記をかくためのインクを、さっそくこぼしてしまった。うろたえていたら、未来を生きているらしい母の召喚したさーばんとがなんとかしてくれた。あかい服に身をつつんだ、かっしょくのお兄さんだ。インクをこぼしてしまうかもしれないときんちょうするわたしに、お兄さんは代用品をわたしへゆずって、作り方までおしえてくれた。しんせつだ。
しんせつだったけど、使い魔・弓兵とは、またみょうな名前のひとだった。でも、よく塔に顔をだすお兄さんも、花の魔術師となのってるから、流行ってるんだろうか。わたしの名前は、モルドレッドなのだけど。
―――○○月○○日。天候は、花が俯きがちな曇り。
モルドレッド。6さい。
一週間ぶりの記録である。……毎日かこうと思ったのに、体調をはげしく崩してしまって筆すらまともに手にとれなかった。文字がきたなく、またきちんとかけないのは、覚えたてだからということで許せ。未来のわたし。病み上がりでもあるし。
さて、今回はふしぎなことを弓兵から言われたことを記そうと思う。わたしは、彼の知るモルドレッドと―――なんだかちがうらしい。
どこかで似たような名の少女に出会ったのだろう。少なくとも、わたしと自分を呼称するが、わたしは男であり少女ではない。体調を崩しがちで色白でひんじゃくであろうとも、わたしはたしかに男なのだ。
ショウコをみせたら弓兵はわかりやすく固まって、母はしかめっ面をしてすごいケンマクで何かをまくし立てていた。半分以上はききとれなかったけれど、わたしのことで怒ってくれたのだと思う。そうして怒り狂う母の言葉をうけてもしばらくたっても反応ない弓兵の顔に、母はカイシンの平手打ちをくらわせて、弓兵はものすごくあやまってた。母からは、次から似たようなことをたずねらたら無視をするか、つぶせと言われた。弓兵は青ざめてた。
―――○○月○○日。天候は、花がしおれそうな曇り。
モルドレッド。6さい。
昨日ぶりである。よしよし、ちゃんと日を空けずに記録が出来る。三ページ目に入ったばかりだが、文字の形や覚えた単語もふえたから、ちょっと見やすくなってきた。
昨日の弓兵の話が気になって、わたしと同じ名前を持つ少女のことをたずねてみた。そもそもモルガンの手で育てられるモルドレッド、というのが、ありえないことなのだと言われてムカッとした。げんに、母はわたしを育ててくれている。わたしの表情に気づき、弓兵はすぐあやまってくれたから許した。
なんでも、本来ならば口にしないのだが、とつづけると、えいきょうはないだろうからと未来に起こり得るであろう出来事をすべて、おさないわたしにわかりやすくおしえてくれた。
モルガンは、アーサー王を殺すためにわたしとアグラヴェインという騎士を使う。そして、わたしが王を討つ人間であるとも。
弓兵には悪かったが、にかわに信じがたかった。だって、わたしの身体を見よ。すでに自分の魔力によってぼろぼろで剣を握るどころか、ペンを握ることすらあやうい日もある。アーサー王と言えば、聖剣の担い手。騎士王と名は伊達ではなく、剣術として最高峰の地位におわすお方である。
それに、わたしは今日の凱旋で、アーサー王を見てきたところだった。道端で転んだ少女に手を差し伸べて抱き起し、少女が落として潰れて汚れてしまった花冠を頭に被りながら白亜の白へ帰還する後ろ姿。最初から最後まで穏やかで優し気な微笑みを携えており、あのなんと素晴らしき王に、わたしが牙を向けるなどと。まるで意味が分からない。
母モルガンには確かに幼少の頃から、あなたは王になるために産まれて来た、のだと言われて続けはしたけれど、わたしの直感どころか肉体が悲鳴をあげる中でそんな話は絵空事だと何処か他人のように考えていたことが原因だろうか。ううん、母も。あんなことを口にはしてるけど、ずっと目が悲しそうだったから。きっとほんとうのことじゃない。
王のそばに控える騎士に弱き者は不要である。そうでなければ、王のお役に立つどころか、そのお手をわずらわせてしまう。わたしは肉体が弱く、また心もそこまで強くはない。だからきっと―――その少女とわたしはちがう存在だろう。力強く語ると、弓兵は瞳を細めて「そうか」と言った。わたしの頭をなでまわして、どうかそのまま素直に育ってくれと。だから、わたしは、あのほんのちょっとの時間で感じた王の素晴らしさを弓兵に熱く語ることにした。
―――○○月○○日。天候は、あたまがいたい。
モルドレッド。6さい。
昨日ぶりである。日にちを空けずにかきたいとお願いしてとってきてもらったが、思ったように筆をすすめられそうもなかった。雨がふりはじめてからというものの、頭痛がひどいのだ。
じわじわと体温もあがってきたのを感じるから、たぶん熱を出してしまったのだろう。大人しく休むことにした。
―――○○月○○日。天候は、気分もすっきりするほどの快晴である。
モルドレッド。6さい。
二週間ぶりである。あの日からずっと体調を崩して寝込んでしまったから、かなり日にちが。まあ、かけることもなかったし。
看病をしてくれてる間、母はずっとたくさんの魔術を駆使した。なんでも、わたしの身体を丈夫にするための下準備だとか。わたしの身体は、肉体とそれに通る魔力の強度がめちゃくちゃだから壊れっぱなしなのだと言う。だから、肉体の方を魔術で強化して生活を送らせてもらってきたわけだが、永続的にそれを掛けられる方法を精霊たちの間で試験中なのだと言った。その中で最も効果的なのがあったから、かけてくれてたようだ。
言われてみれば、術をかけてもらってから体調が回復した。成功した、と心なしかどや顔の母が可愛かったし、かっこよかった。
―――○○月○○日。天候は、気分がすっかりと萎えそうな雨の日。
モルドレッド。6さい。
昨日ぶりである。寝込んだきりだったからか、体力はすっかり落ちてしまった。ちょっといつも通りにしただけで軽い熱を出してぐったりとするわたしの様子を気にしながらも、会話相手として弓兵を置いて母は精霊たちの会議に行った。理想郷と名高きアヴァロンを管理する女王である母抜きで、始められるものではなかったのだから仕方がない。
彼はやや困った様子で笑って、けれども依頼として引き受けてくれた。嬉しかった。ぼんやりとするだけで、気持ちとしては元気だったから彼の故郷の話を寝物語に強請った。
此処よりはるか遠方。東洋の諸国で、「にーふぉん」と言うらしい。どうも発音が違うようだけれど、わたしにはよく分からなかったので少しずつ「にーふぉん」についておしえてもらう。なんだかんだいって、わかるまで説明してくれる彼だ。そのうち覚えるだろう。
捻くれた喋り方をするが、基本的に性根がまっすぐだと分かる。彼と会話すると、わたしも成長したような気持ちになれるし元気になるから、母もその腕を見込んだのかもしれない。
午後からは全身を引き裂かれるような激しい痛みに襲われて寝込むばかりであったけれど、仕事で大変な母の代わりに弓兵が片時も離れずに看病をしてくれた。いつもは会議に出るときに弓兵を引き連れて行くから、今回は側に誰かが居てくれて心強かった。
―――○○月○○日。天候は、……晴れ?
モルドレッド。7さい。
驚くことに、あの日からまるまる一年も寝込んだ。
わたしが目を覚ましてすぐに、発狂する母の姿があった。普段は編み込んで花のように束ねられた髪を振り乱し、「目覚めなかったら」と半狂乱に泣き叫ぶ姿はなかなかに衝撃的で。ふきんしんだけれども、それほど大切に想われてるのだと嬉しくなった。
弓兵の一声でわたしに気づき、安心したように抱きしめられながら一刻を過ごした。そのあとわたしは母が抱える医者に診てもらって、「長くは生きられません」と診断を受け、母モルガンの目が怒りの一色に染まるのを見た。怒り狂って魔術を医者に発砲しようとして「わたくしから息子まで奪うのか」と発狂する母を抑えながら、医者を帰した。
淑女とはなんだったか、そんな疑問を抱かせる一面を見てしまった今日である。どうにもこうにも、わたしには時間がないようだった。親孝行を少しでも、と思って泣き叫ぶ母の頭を抱きしめながらよしよしと頭を撫でてやる。なんだかもっと昔に、誰かにしてたような気がする。わたしには、弟も妹も居ないはずなのだけれど。
―――○○月○○日。天候は、……雷がすさまじい。
モルドレッド。7さい。
あの日から、母の様子が可笑しくなった。宝石を集めながら、わたしの周りをくるくると歩き回っては術式を書き換える毎日だ。
おかげでわたしはベッドの上から出られない。もともと……そこまでベッドの上以外に居られたことはないが、食事のときは母と一緒に円卓を囲んでいたのに。今はそれすらもままならず、ベッドの上でひとりさみしく食事をとっている。対面で、時には隣で、穏やかな母の微笑みを受けながら食事をするのが楽しみの一つだったから、とても寂しい。
―――○○月○○日。天候は、……雷が相変わらず鳴り響く。
モルドレッド。7さい。
また。前回の日記から5日間も空いてしまった。前回も一週間あけてしまったのに。こうして起きて居られる時間が、すこしずつ減ってきたのが分かる。
でも、今日は、久しぶりに母と円卓で食事を囲んだ。すこしやつれてしまったようだけれど、わたしがフォークで食べさせてあげると、母は戸惑った様子を見せながらも食事をとってくれたから。弓兵に頼んで、料理をちょっと多めに。円卓に並ぶのは、頑張り屋さんな母好みの果物をメインとした料理ばかりにしてもらった。
母が自分を労わったり、がんばったねって優しくしないのだったら、その役目は息子であるわたしのものだろう。中でも凍らせた果物で彩られた、プリンというものを気に入ったようなので弓兵から作り方を教えてもらうことにした。
普段はその表情を曇らせてしまうばかりだから。何処かで、わたしの手でつくったもので、母を笑顔にしたかったのだ。
―――○○月○○日。天候は、……雷が相変わらず。
モルドレッド。7さい。
また倒れた。ああ、なんで。せっかく母の笑顔が見れたのに、また曇らせてしまった。俯きがちな母は、大きな宝石をベッドの横へ設置したランタンに入れるとわたしの頬を撫でて言った。今にも壊れそうな瞳で、わたしの身体に付与する術の説明をしてくれる。揺れる意識を保たせ、懸命に聞き逃さぬように目を見つめた。
一つ。わたしの身体に流れる膨大な魔力の性質は、母側の“精霊”の性質と、父側の“竜”の性質を色濃く引き継ぐものである。
一つ。しかし、肉体は人間の脆さ。その為、わたしの肉体は、常に崩壊を続けては、母の術によって再生が行われてきた。
一つ。現在ではわたしの成長に合わせて魔力も成長してしまい、母の術との均衡が崩れ始め、簡単に言ってしまえば死にかけの状態に陥りつつある。少し前にかけた術も付け焼き刃のようなもので状況を遅らせることしか出来なかった。
一つ。膨大な魔力の3分の2を生命力に転換させる術式を誕生させた。魔力の保持量が多ければ多いほど寿命が延びる代物ではあるが、常時発動型となる。常日頃から魔力を消費し続けて術を展開するため、わたしのように魔力が無尽蔵に湧きあがるような存在でなければ掛けられるようなものではないから、秘密にすることを約束した。
一つ。術式を肉体に刻む際には、もともと生命力でないものを半ば強引にべつの存在へと転換させるために激痛が伴うし、今後は今まで出来た大きな魔術や魔法が使えなくなる。全力で戦えば一度きりの術は解けて、付与した“半不死性”が失われてしまう。
つまるところ、わたしが気を付けるべきなのは、母曰く。
「術式を刻む間は痛みに耐えなさい。」
「術に関しては尊敬するアーサー王であっても秘密にしなさい。」
「戦う以外のときでも全力を出してはなりません。」
この3点のみのようだった。
驚きに硬直した弓兵をよそに、うなずくわたしに母は頬に祝福をしてくれた。苦し気な表情を浮かべる母からの応援を受け取って、わたしは襲い掛かった痛みに耐える。その痛みに耐え抜いたとき、わたしの身体は丈夫になるのだ。頑張らなければ。