叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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ただ一つの願い

―――太陽の陽炎と、美しき光がぶつかり合う。

 

 

 せめぎ合う中、王剣の輝きが陽光の中で盲目となった眼を焼く。曇天模様のようにくすんだ景色が一気に晴れ渡り、見えなかったものすら目に映った。

 クラレントだと。ガウェインは目を見開かざるを得なかった。今更ながらに、モルドレッドの持つ王剣クラレントの存在に気づかされたのだ。強奪したものではないことは、相対するガウェインの身が自ら証明してくれている。完全に権能を機能させた状態のものであることは、他の誰よりも理解できてしまった。

 モルドレッドが遠方に偵察へ向かう前に持って行ったのは、本人が討伐した赤竜の素材と銀で構成されたモルガン特製の『赤雷の竜剣(スプライト・ドラグーン)』である。王剣クラレントは、王か、ベティヴィエール卿が持ち歩いていたという記憶もあった。

 それを、彼が手にするということは…――――モルドレッドが授かったというのは、王剣の輝きから見て取れた。

 つまり、王は、みなが言う怪物になどなっていなかったということを示すのだ。

 ガウェインはようやく間違いに気づき、動きが鈍る。光線の打ち合いから再び接近した戦いを始めるつもりだった二人の間合いは近く、どちらも隙を伺っての状態だった。譲れるものを背にした騎士たちの真剣勝負。ほんの一瞬だけの好機を、どちらとも見逃すはずもない。

 何かが視界の中でブレたのを視た(・・)。糸のような、線のような、歯車のようなナニカ(・・・)。細くすり切れたそれを目掛けて剣を揮う。モルドレッドは容赦なく片腕を落とし、不自然に動きの止まった太陽の騎士の喉元へ剣を突き付けた。断ち切れたかどうかもう分からなかったが、手応えは感じる。曇る視界では何も視えず(・・・)。きっと役目を果たせたのだろう。と漠然とそう思った。

 とどめを刺す前に聞きたかったことがあったからの行為だが、その表情があまりにも絶望に濡れたものであったから、彼の絶望に気づく。からん、と滑り落ちた太陽の剣が彼の心情を物語り、ようやく同胞を取り戻せたのだと息を吐き出した。

 

 

「ああ、嗚呼、私は、なんということを……!」

 

 

 震える声で、震える指先で、片腕を失くした太陽の騎士は絶叫した。

 それが腕を失った痛みからではなく、またモルドレッドの強さに恐怖したモノでもなかったソレの正体に遅れて気づく。最後に相対した時の彼とは、気配が異なることに。彼もまた、正気では、なかったのだ。断ち切るべくが多すぎる。

 

 

「……嗚呼、やっと…。」

 

 

 仲間としての言葉遣いが、崩れ落ちた身体が、ガウェイン卿の心に深く突き刺さる。モルドレッドは素早く剣をおさめてガウェインの顔を覗き込むように姿勢を崩した。

 空きっぱなしの腹からはとめどなく血が溢れ、大地を汚す。赤く染まったそれを見て、ガウェイン卿は涙と嗚咽が止まらなかった。こんな状態で、無理をさせた。無理をした。誇らしさと同時に罪悪が胸に押し寄せる。

 ガウェイン卿の部下たちは、円卓の騎士が本気でぶつかり合ったことによる激戦に耐え切れず全滅し、荒野に広がる屍の数は酷くなる一方だった。今も遠くでは剣がぶつかり合う音がする。本来であれば止めねばらならないが、ここまで来ては止められぬだろう。しかし、ガウェインは周囲の異様な光景を気にも留めず言葉を掛けた。

 

 

「もしも、王がお許しになられるなれば来世でこそ、今度こそ王に絶対なる忠誠を誓いたい…! 嗚呼、我が甥子――モルドレッド…。あなたにも…っ申し訳のないことを…!」

「ガウェイン卿、間違いにお気づきになったのであれば今すぐ白亜の城へ戻れ。」

 

 

 反省するよりも、後悔するよりも、先にするべきことがあるだろう。あなたはまだ円卓の騎士が一人、太陽の騎士ガウェイン卿なのだから。―――…事態は一刻を争うのだ。

 民草に寄り添う暖かな陽光の人、と裏切り者と呼んだ口で友を呼ぶように謡った。ランスロット卿を連れ、生き残った者たちを安全な場所へと移動させるのです。王無き今、ブリテンは滅びへと向かうばかりである。故に、生き残った民草だけでもキャメロットのほかの安全な場所へ避難させる必要があるのだ。

 もはや、それが出来る実力を持った騎士はモルドレッドの記憶に久しく名を呼べぬものたちばかりであったから。

 

 

「…故に、私は卿とランスに頼みたい。」

 

 

 ガウェインは顔を上げた。顔をあげ、どう言葉にしようと詰まって、それからモルドレッドの言葉に応えるように立ち上がる。

 異形の魔物たちと相対した騎士たちはさておきとして。明らかに不倫騒動の事件でやらかしたランスロット卿と、今回の件で暴走したガウェイン卿の反乱が原因である。責任を強く感じて、神妙な表情で引き受けた。

 

 

「ガウェイン卿、もう一つ頼まれてくれないか。」

「なんでしょう。」

 

 

 ガウェイン卿は弟たちに問うように、腕を失いながらも太陽の騎士は笑みを携えてモルドレッドへ愛情を向けた。どことなく父と似たものを感じた。

 少したじたじになりながらモルドレッドは、自ら斬りおとしたはずのガウェイン卿の腕を拾って患部にくっつける。術を展開し、腕を再生させ(・・・・)、己の鎧の一部を持たせた。幾ばくか己の残された時間を削るような行為であったが、未来のためとあらば致し方のないことだと割り切る。ガラハッドが怒るだろうな、と不安は後回しだ。

 太陽の騎士の生還。討ち取った証拠ともなり得る鎧の一部。付着した血液。それぞれの単語を繋ぎ合わせて理解したガウェイン卿は、弾かれたようにモルドレッドを見た。

 

 

「―――まさか…!」

「そのまさかです。」

 

 

 モルドレッドは、ベディヴィエール卿へ伝えた内容と同じことを口にした。自身を、叛逆の騎士として世に伝えてくれと。太陽の騎士は、それを打ち破ったのはアルトリウス・ペンドラゴンその人―――我らがブリテンの王、アーサー王であると。しかし深手を負ってアヴァロンへ傷を癒すために行かれたのだと。

 

 

「そう、伝えてくれ。」

「しかし、モルドレッド!」

「私が王を切ってしまったのは本当のことだ。乱心を起こしたモルドレッドと戦い、王は傷ついた―――民草にそう伝えよ。」

 

 

 モルドレッドの口から大量の血が溢れ、顔色がさらに失われてゆく。もう伝えるべきことは何もないとばかりに背を向けられたガウェイン卿は、伸ばしかけた手を降ろすしか出来ない。

 ふらつく瀕死の体を動かし、緑生い茂る森の中へ歩き出したモルドレッドに、もうすでに会話する時間さえも惜しいのだと理解した。一歩、その一歩ですら彼の命を蝕む、痛みとなる。ガウェインは唇を強く噛んで、一礼すると即座に駆け出す。

 崩壊が訪れる前に、少しでも多くの民を安全な場所へ逃がせとモルドレッドからの言葉を無駄にせぬために。かつては肩を並べて戦った、湖の騎士を探すべくブリテンへ。

 

 誰かの泣き声が響く。引き裂かれたような声だった。もう手を伸ばして拭ってやることも出来ない身体は、せめて最期の仕事のためにと雨に濡れた大地を歩む。

 おわった。…やくめが、おわった。悲願を、―――……母の、そしてモルドレッド自身のものとなった悲願を果たすことが出来たのだ。

 吹き抜ける風が剥き出しの臓腑を撫でた。目的の場所にたどり着いたことを、ぼやける意識でかろうじて理解する。細く命を繋ぐ吐息が震えた。モルドレッドが忠義の騎士であったことの証拠を残すわけにはいかないから、ゆっくりと転落に身を預ける。あとは崖から落ちるだけだった。ふと会えるかな、と期待をした。最後に、最期の、夢を見たかった。

 

 

「ちちうえ……モルドレッド、は…がんばり、まし…、た……」

 

 

 子どものような言葉遣いをしたのはもう何年ぶりだろうか。恥をかなぐり捨てて、心の内側に秘めたあの人の子どもとして名を呼ばれたかったという小さな願望のままに言葉を吐露した。

 ゆらりと宙へと放り投げられる身体は、重力に従って落ちていく。視界が薄れる中、己に手を伸ばす何かが見える。ひかりだった。あたたかくて、やわらかくて、でもきびしくて、モルドレッドが素直に言い出せなかった家族のような陽だまりだった。

 きっと最期だから、もう本当に最期だから、これはモルドレッドの夢だから、もう、がまんしなくても良いだろうか。膝を抱えてひたむきに進み続けた子どもは、ようやくのことで顔を上げる。風に吹かれてしずくが空気にとけた。

 

 

「モルドレッドーーーーーー!!!」

 

 

 名を呼ばれる。あのひとに、ちちうえに。限界を迎えた肉体は、それでも陽だまりを求めて、手を伸ばす。

 かつて目指したひかり、まもりたかったやわらかなそれ。神との繋がりを絶った今、きっともう大丈夫だと。虚ろう夢のなか、蒼く美しい鎧を纏った父の背に、モルドレッドは美しい花々が咲き誇る幻想を見た。

 ほらやっぱり、見知らぬ誰かのために世界の歯車()となろうとした、やさしいあなたが描く理想(ゆめ)はだれよりもうつくしいのだ。

 モルドレットの意識は暗転した。それが彼にとっての最後の夢だった。

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