終幕より始まりて
――――――― 炎と瓦礫に包まれ、光に包まれた瞬間に見えた
マシュ・キリエライトはその鎧の男性を懐かしく感じ、同時に仕えるべき存在と胸に抱く。光がほどけて遠ざかる世界にどうしようもなく焦燥感に見舞われて、少女は手を伸ばした。
決して触れることはなかったけれど、赤銀の鎧の男性が胸の奥底で励ますように、不器用ながらも言葉をかけてくれたような気がして―――…ぐっと背を伸ばす。何があったのだろうと呆然する間もなく、彼女は燃える都市に足を付けたのだ。
潰れたはずなのに、身体が動く。気づけば見慣れぬ鎧に身を包んで。終わったはずなのに始まりであることを理解する。まるで何事もなかったかのように再生した肉体への恐怖や混乱が迫り寄るよりも早く、身にまとうそれが安全なものであることを肌身で感じ取った。
わたしの味方、なのですね。あまりの出来事に呆然してしまったマシュだったが、獣の声でハッとする。鎧にばかり気を取られてしまったけれど、嗚呼、そうだ、先輩を起こさなくては。
「フォーウ、フォウ、フォーウ!」
うろっと彷徨わせた視線を落として声の方へ。そこには、カルデアに在住する謎の獣。マシュ命名フォウが人類最後のマスター。藤丸 立香を叩き起こさんと声を張り上げている姿があった。そうだ、燃える建物の間では、
見渡す限り、火に囲まれた危険地帯。レイシフトに不慣れな身体に負担は大きく、コフィンの外からのあれでは更なる負荷だろう。眠ったままであるのは脳のダメージをやわらげるための防衛本能が機能してのこと。決して穏やかとは言えるようなものではなかったから休息は必要だろう。だからと言って、こんなところに先輩を寝かせては火傷してしまうし、現状がすでに命に関わる問題である。状況も把握しきれない中、マシュは懸命に立香を起こすために声をかけた。
いとあどけない少年のような声が零れた。―――しかし、目を覚ます気配はない。身体を揺すり起こそうにも、身の丈以上の盾を持て余してしまって声をかけるしか出来なかった。下手打って彼を傷つけてしまようなことはしたくなかったから、少女は懸命に声を掛け続ける。
「先輩、起きてください。先輩………起きません。ここは、正式な敬称で呼びかけるべきでしょうか。マスター。マスター、起きてください。」
おぼろげに、マシュが憧れた、空が見えた。閉ざされたそこは薄っすらと青色がのぞき見える。よかった、と緊張する空間で胸を撫でおろしてから再び気を引き締めた。
「良かった目が覚めましたね先輩。無事で何よりです。」
「ま、マシュ!? ぶじ、なの……? それに、その鎧は……?」
ゆっくりと上半身を起こした少年は、地面に手をつきながら立ち上がった。柔らかな声の主の方へと目を向けると、漆黒の鎧をまとった少女の姿がある。がれきの下に埋もれた悲惨なすがたは、夢だったのだろうか。寝ぼけたにしてはいやにリアルな悪夢であったと冷や汗をにじませて、少年は辺りを見渡してから言った。悪夢続行である。
燃える都市、蔓延る魑魅魍魎。ゾンビゲームなんて恐怖で握れなかったのに、リアルゾンビゲームを感じさせる光景。
なんだこれ。誰に対してでもなく呟かれた言葉に応える言葉を持たぬマシュは自身も混乱と恐怖に晒されながら、肌を刺すような空気に身を震わせてキュッと盾を握って立ち上がる。肌を突き刺すようなこの痛みは、戦闘の前触れだと鎧が教えてくれたのだ。
「マスター、ぼけっとしないでください。殺しますよ。」
「え!?」
「……言い間違えました。正しくは、殺されますよ、でした。」
心惹かれる少女から告げられる死の宣告にザッ青ざめた立香の様子に、よほど混乱したらしくマシュは冷静を心掛けながら言葉をすぐさま訂正した。
心なしか先ほどのマシュの発言で青くなった立香の顔色が戻ったような気がする。よろけながらも立ち上がった立香は近づく気配に表情を引きつらせた。何が起こると言うのだろうか。サバイバルゲームの一環、というわけではなさそうだけれど。もう泣きそうだった。
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――――!!!!」
咆哮を上げる、害獣のような
「―――言語による意思の疎通は不可能のようです。敵性生物と判断します。」
害獣が迫って、―――立香へと接近した害獣を阻んだマシュに彼は目を瞬かせる。同じ年頃の少女が、瓦礫に押しつぶされたあの子が、誰よりも前で戦う姿。恐怖の色を抑え込もうと必死に表情を引き締めた。
「…ッマシュ、先に左のやつを! ごめんだけど近づけないでくれ!」
「はいっ、マスター!」
なだれ込んでこようとした群れのボスらしきものを優先してほしい旨を、頑張って短く伝える。必死に目を凝らし、脳を働かせ、震える体に叱咤して強引にマスターとして、サーヴァントに指示を出す。前線で身体を張る彼女と違って、若干は客観できる位置に居るのだ。
迫る害獣の位置をサーヴァントに伝え、小柄な少女が戦場に身を投じる。少女が出す力とは思えぬほどの怪力で倒されてゆく害獣たち。後方からの指示を出せるアドバンテージを崩さぬように、敵を近づけるなと無茶ぶりを前によくやってくれた。リアル青の鬼。漏れた敵から逃れながら最後の一匹を倒し終え、落ち着いた様子のマシュは安全の確認をとる。―――…どちらも無事だ。
そうすると、抑え込んでいた混乱が反動のように押し寄せてきた。呼吸が荒くなる。害獣を見つめていると端末が震えて見知った医者の顔が浮かび上がる。通信系統の魔術だ。
ようやく見知った大人の声が聞けた。通信もつながる。ホッと安心したような表情を浮かべる立香は普通の少年だ。
『ああ、やっとつながった! もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!』
「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにレイシフト完了しました。」
一般の出である彼と違って、マシュ・キリエライトは立派にカルデアの襲撃を受ける前に結成された最高峰エリートチームへ属した魔術師だ。
レイシフトも幾度か経験している。完全に今回がはじめてのレイシフトとなる立香の、なんの説明も受けた様子のない姿にはマシュも混乱した。
マシュはへたり込みそうな彼を見て、ドクターへ現状の報告をする。すでに座り込みそうなほどに疲労した立香の様子に気づきながらも、どうすればと考えながら報告を続け、現段階でハッキリと分かったことだけを告げたのだ。
『―――話は分かった。どうやらそちらに無事シフトできたのはキミだけのようだ。すまない。事情を説明しないままこんなことになってしまって…』
困惑したまま立香はドクターの言葉を聞く。もうすでに何がなんだかさっぱりだ。
レイシフトだって気絶するようなコワイ装置であることしか分からなかった。誘拐されたうえでファンタジーな世界に放り込まれたかと思えば、運命に出会うだなんて何処のライトノベル。燃える街に囲まれて青ざめたままの立香に、ドクターは告げた。
『…ともかく安心していい。キミには強力な武器がある。マシュ、という人類最強の兵器がね』
「最強、というのはどうかと…。たぶん言いすぎです。後で責められるのはわたしです。加えて、最強とは別に存在します!そう、我が友が存在するのです!とわたしの中の何かが叫んでます」
少女を兵器だと告げた男が信じられなかった。しかし、戦える術を持つのが彼女だけであることは何となく察している。露出した鉄の棒やらを握りしめようとしたが、手が近づくだけで熱気を放つものだから持てなかったからだ。
何ならマシュにも止められてしまった。そんなマシュからドクターへの反論は、ずいぶんと熱烈であったのだが。
『…えと……―――ゴホン。それでも、少しは安心していい。マシュ、つまり、サーヴァントは頼もしい味方だ。けれど、弱点ももちろんある。それは、魔力の供給源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう。』
力説したマシュの姿に初めてのことにやや驚きながらもドクターは言葉を選んで、立香を元気づけるように頷く。消える、の辺りで青ざめた。
『ああ、確認した限りでは大丈夫だろうね。キミとマシュの間で契約がなされている。つまり、キミがマシュのマスターだ。』
「契約? 俺が……?(なんで魔法少女の話……?)」
魔法少女ではなく魔術師の話である。一般人の内側に芽生えた疑問と勘違いが訂正されるのは、今よりずいぶん後のことであった。
『そう。キミが初めて契約した英霊。それが、マシュ・キリエライトさ。まあ、マシュは普通のサーヴァントとは少し違うのだけれど、それはまたあとにしよう。まず、この事態を終息させなければ。―――………ともあれ、まずはそこから2キロほど移動してほしい。不安定な通信を、安定させるにはレイラインを確保する必要があるからね。』
「了解です、ドクター。」
言われてみれば不安が臨界点を超えたのかして、ノイズには気にも留めなかったが、確かに通信が不安定だった。大人の声がなくなって不安がまた戻ってくる。
どうすれば良いのかは指示が出された、“ではその通りに動くべき。”と割り切るには立香は『普通の少年すぎた』。燃える街の中にポツンと放り出されたら、どう感じるのが普通だろうか。
周りは、炎。大気に油分は混じっていないために、人間の死体などはないのだろう。あらゆる全てが消えて、焼却されてしまっている。燃える街の中を進むなど正気じゃない、また襲われでもしたらどうしよう。怖くて、怖くてたまらない……。
恐怖しかなかった立香の心に、しっかりしなければと強引に精神を叱りつける。熱で息が苦しくなって、煙を吸わないように袖を口元へ当てて一歩ずつ。
足元を確かめるように慎重に足を出して、また一歩。そうして一歩、一歩を歩き、害獣らしき何かに遭遇し戦闘。戦って、歩いて、戦って、そうして――――――何時間経ったのだろう。
何をしてるのか、わからなくて。何が起きてるのか、わからなくて。
だって、本当なら、とっくの昔に自宅でゴロゴロして学校に通っている頃だった。何かが燃えて、世界が燃えたと言ったけれど。世界に何が起きたと知らぬまま家族と一緒に、平穏な日々を過ごせたはずなのだ。
けれど今は何を? ただ骸骨が七色の結晶を落とすたびにそれを拾わなければと使命感らしきものに駆られてポケットに入れてまた戦う。
まるで一種のゲームのようだったけれど、熱が肌を焼く感覚が些か暴力的に現実だと叩きつけてくる。繰り返されるそれに精神をすり減らしながら、一歩を踏み出さなくてはならなかった。もう何がなんだか、気が狂ってしまいそうだ。
RPGのモノマネでなんとか指示を出せている状態は一体いつまで続くのか。―――続けることが出来るのか。立香には分からなかった。最新型のゲームだと思わなければやっていられなかった。
「先輩、もうじきドクターに指定されたポイントです」
「そ、そっか」
「はい。先輩のおかげで、何とか無事に到着できそうです。さすがは、先輩です」
ポケット型召喚獣ごっこしてきたおかげかな。
現実逃避を交えた言葉を頭に浮かべても、彼女の称賛を素直に喜べなかった。実際に戦ったのはマシュ・キリエライト。彼女で、自分はただ指示を出したに過ぎなかった。そんなこと、と謙遜しつつ礼を述べる。彼女の瞳を見ると実感が湧いたのだ。
褒められたのであれば素直に受け取って礼を言うべきである。と脳裏に浮かんだのは、遠くの故郷に居るはずの母の言葉だった。従っておこう。
「それにしても辺り一面火の海です。資料では、フユキは、平均的な地方都市であり、2004年にこんな災害が起きたことはないはずですが……。」
燃える街のニュースは、立香の記憶の何処にもなかった。
まだ幼かったはずの少年時代のどこにも、テレビで放映されたことのない冬木の惨状。マシュの言葉に同意する。
大規模な火災があったら、注意勧告のために放送されるはず。町ひとつが燃えたのなら道徳の授業ですこしでも触れるはず。これは、そのどちらもなかった。日本が故郷だからこそ分かることだった。
「大気中の
「え? あ、あぁ、熱さで気持ち悪いのはあるとは思うけど……うん、あとは何ともないよ」
「そうですか、よか―――――」
――――――――――――!!!
マシュの言葉を遮るほどの。けれども、遠くで女性の甲高い悲鳴が鳴った。生存者が、居る。こんな燃え盛る街で。どうするべきか震える立香の様子に気づかず、マシュは言った。
「女性の悲鳴です。急ぎましょう、先輩!」
「う、うん」
次から次へとやってくる困難に、疲れ切った立香はそれでもへこたれそうになる自分に叱咤して足を動かす。これは彼の人間性のあらわれである。生来、立香は困っている人を見捨てられない人種であったことも重なって、その足は先ほどよりも早かった。