星々の息吹は堕天し、マシュたちへ迫りくる。あらゆる生命を奪う星々の暴徒と化した聖なる剣のなれの果て。それに対して、マシュは盾を構えて守備に徹した。
仮想宝具ロード・カルデアスを展開して、一撃目はしのぎ切った。汗が滲む。同じ王が対峙する現状に安心を抱き油断したわけではなかったはずなのに、やはりギリギリのしのぎだ。
反転した星の息吹のなんと禍々しく強力なことか。アレをまともに喰らってしまっては、瞬く間に全滅してしまうとすら感じる。現実にさせぬために、何度も、何度も、マシュは盾を振るっては脅威を払う。後ろで自身へ指示を出すマスターを守るために、自分たちが明日を生き抜くために。迫りくる漆黒の剣を盾でひたすらはじく弾く。
そのうち、妙な責任感と呼ぶべきか、使命感と呼ぶべきか。彼女の胸の奥で不思議な感覚が、彼の代わりに御止めせねばならない、という気持ちから力が沸き上がった。
己の出自を悪とした彼。己の存在を悪とした彼。けれども、その在り方は常に光とともに正義の名のもとに剣を振りかざす騎士の彼。重々しく盾へと伸しかかった漆黒に染まりし聖剣をマシュは受け止め、その力強さに顔をしかめた。―――止められるのでしょうか、わたしに。
「マシュッ!!」
その重みから手に渡り、痺れるような痛みを感じたのだ。いいえ、ここで受け止めなくてはならないのです。後方支援をしてくれるマスターの存在が、彼女をその大地へと踏みとどまらせた。
「援護しますね。それ!」
競り負けそうな少女を見やり、少年王が抱える自慢の宝物庫から雨のように矢が降り注ぐ。アーサー王はそれらすべてを剣に纏う魔力を解放することで弾こうとして、気づく。神代の気配を強く纏うそれは、安易に弾けるものではないことに。
ならば、と彼女は地を蹴った。本来あるべき光はなく、歪んだまま酷使し続け、自らの魔力を制御せず思うままに振るわれる聖剣の悲鳴なのだろうか。星々の祈りそのもので美しかったはずの剣身や放たれる極光も黒く染まった聖剣は、とうとう属性を変質させ、魔力の粒子は光ではなく、光を呑む闇となってしまった。
それを見るだけでも、マシュは声が枯れるほど叫びたくなる。戦うことを、躊躇しそうになる。もうおやめください。どうかおやめください。泣き叫びながら、そう語り掛けたくなる。どうしようもなく泣きたくなった。肉体が、心が、魂が、まるで彼女―――アーサー王と戦うことを拒むようだった。
それは間違いなく、融合した英霊に魂に刻まれた何かなのだろう。泣きたくなる気持ちを殺してマシュは盾を振るって距離をとった。腕の痺れが広がりつつあったのもあるが、アーサー王と同じような、背後で慣れた気配が高まるのを感じたのだ。
「ううっ……!」
「―――落ち着くんだ。」
ゆるんだ気をすかさず弾く。大きく隙だらけの少女のからだに、漆黒に染まった剣が振り下ろされる。枷を外すなら今か。直感でセイバーは己の持つ剣に魔力を流し込んだ。
「あ…っ!」
「まずいっ!」
モルガンの手で“宿された”機能の一つ。それは、アルトリウス・ペンドラゴンという男を、人間の輪に叩き落して、ヒトの世界に、ヒトの社会に、留まらせるために必要なことだった。
カリバーンを破壊されて、新たな星海の剣を得た際に、モルガンが強引な手段でケイと協力して施した機能。ケイが義弟をただの弟して、騎士見習いとして扱った旅路。その途中に付き添った姉が姉としての、目に見える優しさを殴りつけたあの日の記憶がセイバーの脳裏を過る。
―――
―――何が為に揮うのか、誰が為に戦うのか。
―――そして、誓うのです。お前は、
聖剣の本来の権能を揮う承認式を行わなくてはならない手間が増えたけれど、アルトリウス・ペンドラゴンにとっては兄姉からの深き愛情の表われであった。
聖剣を揮う承認を得るためには、己の魂と結びつく魔力を流し込んで誓いを立てねばならない。その誓いを聞き、聖剣に宿した“円卓の騎士たちの意思”から承認を得るのだ。
アヴァロンにて、
それは。
「『卑王鉄槌』、極光は反転する―――――。光を呑め……!」
「我が
美しき極光、剣身。星の息吹が脈を打つ。鞘に納められたままのそれは、まごうことなく、断言できた。彼は誰がなんと言おうとも、
立香の瞳が見開かれて、ほどなくして歓喜に染まった。同じくしてマシュの表情も色づき、キャスターからはやっぱりなァと。
ケイ、ランスロット、ガウェイン。円卓の騎士たちからの承認を受けながらアルトリウスは、少しずつ高く空へと向けた。それを目にしてマシュはどうしてか懐かしい気持ちになる。
風に覆われて隠され続けた剣が姿を見せ、神聖が強まる。どちらとも偽物というわけではないが通信越しにドクターの「その聖剣は“本物のエクスカリバー”だ。」と叫ぶ声がした。ベールから姿をあらわした聖剣に立香を含むその場の皆が驚きに息を呑んだ。
おそらくは彼女の世界では異形の化け物は少なかったのだろう。おかげであまり使われることの無くなった剣を泉へと返還した。ある意味外れで、ある意味正解。―――彼女との差異は、そう、
「……ッ構うものか!!」
「我が力、悪しき力に苦しみ抗う民らのために振るうと誓おう。」
禍々しい魔力の集まりが遅くなる。力を、と柄に額を当てて願う。あの子は悪しきを挫き、弱きを助ける騎士だった。
苦しみにもがく人々に手を差し伸べられるような騎士だから、きっと迷わず力を揮うことを許してくれるのだろう。そして、終わってからあの三騎士はそれぞれの形で気遣ってくれるのだ。
今は傷を癒やすべく、理想郷で眠る我が愛しき息子よ。また、力を貸してくれるかい。風が、光が、答えるように聖剣に集まってゆく。
モルドレッド、ベディヴィエール、ガラハッド。鞘が光に包まれて姿をなくし―――――眩いまでの極光が聖剣に集った。
「我が力は、今ここに集いて悪しきを滅ぼす為に放たれん」
此れより放つのは、理想郷よりかき集められた星の息吹。ゆえに、その“宝具”としての在り方も少し形を変えたもの。
「
「
二つの聖剣がぶつかり合った。大空洞は揺れ、大地が砕け、様々な衝動に立香が吹き飛ばされそうになる。解放直前にセイバーからの目配せを受けたマシュはすかさず盾を突き立た。大きな盾で衝撃を阻んだおかげで、オルガマリー所長ともども衝撃で吹き飛ばされずに済んだのだ。
しかし、暴風によって不用心にもポケットに入れたままだった聖晶石が地面に突き立てられたマシュの盾に吸い込まれていく。
「あ……っ!」
下手に手を伸ばせば命の危険がある。本能レベルで感じ取った立香は手を引っ込めて、地面にしがみつく。爪の間に泥が入ろうが、口の中に砂が入り込もうが、関係はなかった。キャスターも杖を地面に突き立てて場を凌ぎきる。
「何故そのような姿へと変貌したのか、多少なりとも見当がつく。けれども、
「―――ふん、
二人のアーサー王が相対する中、悠々と動けるはずのギルは赤い瞳を細めて笑った。盾に吸い込まれた聖晶石が呼ぶのは、―――否、来る者は。まったく予想外のことをしてくれる。ならば今だけは活躍の場を譲ってあげるとしよう。頑張れば石を取り出すこともできる古来の王の幼き姿は、新たな仲間を密やかに歓迎する。
マシュの盾が突き立てられた真正面に、突如、赤雷が迸る。衝撃波から守るように赤雷と共に召喚された赤銀の騎士の存在に、立香は目を奪われた。味方だ、と思った。
「―――……無論です。
立香の知らぬことだが、彼はその言葉通り、その為に命を張った騎士である。姿が見えるのに意識が見えない愛するひとを追っかけて、世界の壁を越えて時間の壁を越えた騎士である。
件の赤雷の騎士は、聖剣同士の衝突が生んだ余波にまったく堪えていないようだった。マシュが構える大きな盾からゆっくりと立香を見下ろして、マイペースにも膝を軽くつき、視線を合わせてくれる。だから、立香も頑張って身体を起こして赤い騎士の兜を見つめた。
「……此度の件、詳細は召喚の折に情報として得ました。」
「エッ、今それ話さなくちゃダメ!? マイペースだね!?」
「しかし、……幼き民よ。私は、生涯お仕えするお方を定めております。聖杯にかける願いなどなく、世界が危機に瀕した今だからこそ応じた異例の存在です。」
本来であれば英霊の座に登録されることもない、泡沫の中にしかありはしない
「貴方を、たとえ仮初としても、泡沫の夢としても、
「え、あ、はい…! じゃ、じゃあ、あの、僕の事は立香って呼んでください。」
「……ええ、感謝します。私のことは、そうですね、どうぞライダーと。」
「は、はい!」
彼女と融合した英霊がそのような気持ちを抱えているのだろう。死にゆくマシュ・キリエライトと融合して命を助けてくれた英霊と、ライダー、そして、カルデアのアーサー王は何か深い関係があったのかもしれない。メンタルの揺れが、そう思わせるほどに尋常ではなかった。それでもと盾を握りしめる。先輩を守るのは自分の役割なのだから。
星が唄う。赤雷のあの子が来たのだと、歓喜に震える。聖剣に迸る力が、色を変えた。あの子の瞳の、紅が混じった光の渦がアルトリウス・ペンドラゴンを避けるようにして後方から嵐のように流れてくる。二人のアーサー王は、驚愕した。
方や援護する騎士の存在に、方や目を覚ました喜びに。ぐん、と引っ張るようにして光の渦の中心に聖剣をもって移動する。合わせるように渦が揺れて、アルトリウス・ペンドラゴンの背をただ支えて、押した。
「我が騎士よ!」
「―――…
呼び声に応えるように、騎士は愛馬に跨って曇天を駆る。空を取り巻く暗雲から赤雷が奔り、耳の奥から鳴るような重音に立香は腰を抜かした。しかし、恐怖はなくて、不思議と先ほどまで近くにあった死の感覚が遠ざかってゆくように感じる。
マシュの盾の後ろに身を隠したまま、立香はちらと戦闘が続行される場所を見やる。指示を出す間もなく、彼らだけの攻防が繰り広げられていた。
召喚されたばかりのライダーは器用に魔鳥の上から矢で漆黒の王を翻弄し、大地に突き立てた剣が青き王の背を押す。青き王は驚いたようだったが、それは一瞬。そこからは彼の剣技が徐々に激しさと鋭さが増して、同一の存在でありながら―――安易に彼女を退ける。
「はあっ!」
「くっ……!」
「……申し訳ありません、異なる世界の王よ。……撃ち込む―――!」
「ぐあっ!?」
ライダーは愛馬からの落下を利用して剣を振り下ろした。燃えるような瞳が、アーサー王の心を射貫く。私の■■■■■■ではないのだな、そなたは。
相対する存在をアーサー王であることを認めながら、主ではないのだと訴える瞳が、ライダーが一切の躊躇なく剣を揮う理由であった。彼女の思った通り、彼女の■■■■■■ではなかったからこその攻撃だ。
もしも相手が、反転した彼の主と定めた騎士王であったのなら、ほんのちょっと躊躇って、敬愛する王に案山子役を徹させた原因を探し出してぶちのめしていた。ヒトならざる者へと進化した我が主を引きずり落とすことこそが、己に課したものであるから。かの騎士は穏健派に見えて、その実とても過激派だということは他でもないアーサー王こそが知るものだった。
漆黒の王が膝を貫く。血まみれの彼女は、それでも王の矜持として立ち上がってみせた。剣を大地に突き立てたまま一つ息を吐き出し、戦闘の勝敗を表す。
「まさか
何処か晴れた様子に、立香は胸を撫でおろして。
その瞳がライダーに向けられ、自嘲的な笑みを零したのに、びくりとした。
「そうか……。そうなのか…。異なる世界と言えど、そのような未来が存在するとは―――……信じられんが、私の目の前に存在するから事実なのだろう。ああ、…しかし、結局、―――どう運命が変わろうと私の末路は同じということか。」
饒舌に語りだす漆黒の王は、血を零しながらそう言った。
そして、カルデアの唯一のマスターを睥睨し―――静かな声のまま「王よ。」と、咎めるように声が掛かる。まるで、彼女を人外とするための旅路でさんざ聞いた義兄のような色を伴った声だった。おまえが、―――私の世界のお前もそう在ってくれたのなら。
滅びゆくばかりの王国を抱えながら、少女としての己を捨てきれなかった彼女は燃えるような眼を受けて一瞬だけ目を伏せた。結末は変わらぬ。結末は変えられぬ。再び討ってみせたのが、お前であるのならば尚。
「……どういう意味だ、それは。」
「いずれ、貴方も知るだろう。アイルランドの光の御子よ。」
「―――だからテメェ何を知ってやがんだ。」
一方通行のまま、澄んだ穏やかな瞳ではなく、アーサー王の邪悪なる竜の化身そのものであるかのような濁った瞳がキャスターを見た。
「
聖杯とは名ばかりの混沌の泥に飲まれた最初のひとりが立香を見る。おかげですっかり歪んだ在り方になってしまったが、それでも、小さな民を思う心はとこしえに胸中にあった。騎士を名乗る以上、決して切り離すことのできない一線。それこそが、彼女を未だ騎士王アーサー・ペンドラゴンの座へと結ぶものであったのだ。
偉人のプレッシャーを受け、平凡な高校生には荷が重かった。心臓が縮こまり、身体が震え、今にもひっくり返りそうになる。
だけども、戦ってくれた人たちが居るのに、背を向けて走り出したくなかった。じっと見つめ返すだけでもかなりの体力を消耗させ、じわりと汗が零れる。何の役にも立てなかったけど、だからこそ、見ることだけは諦めたくなかったのだ。
「―――よもや、このような者が、……いや、貴方だからなのだろう。」
ひとり何かに納得して、黒に染まった王が爪先からゆっくりと。最後の最期で、騎士としての言葉を空気に漂わせた彼女は完全に消滅する。なんとも言えない後味の悪い勝利であった。
最近(?)見た「傍観者」のキーワードはここからもうすでに始まってたんだな、とイメージでリツカくんの行動で決して外せないものに「見ること」を入れました。
(※オブラートに包み隠した表現→喝采のビースト物語)