最後まで一方通行の会話は、冬木のサーヴァント同士が消滅することによって終わりを迎える。連鎖するようにして、キャスターも消滅を示しながら立香を見やる。ライダーとは異なる赤が、剣呑な色から一変して親しい者を見るような色を宿して。
「やべえ、ここで強制帰還かよ!? 納得いかねえがしょうがねえ!坊主、あとは任せたぜ! ―――次があるんなら、そんときゃランサーとして喚んでくれ!」
「キャスター!」
光の粒となって、キャスターが消滅した。サーヴァントって、英霊って。人ではないと言っても痛みはあるのだろう。立香は怖くなった。人間は、あんな消え方をしないものだ。
手を伸ばしても溶けて消えてしまった。オルガマリー所長が消費するものだと言うたびに恐怖したのに。腹の底が冷えるようだった。あんなふうに最初から居なかったかのように消えてしまうだなんて、そんなのって寂しすぎると少年は思ったのだ。
でも。同時に。英雄たちには、これを口にしてしまってはいけないのだろうとも思った。たとえゲームの世界の話であろうとも、なんとなくこれが侮辱に当たってしまうと感じたからだ。
ドクターとオルガマリー所長が周囲を観測する。付近に感じられるサーヴァントの気配は立香が召喚した幼い相貌のギルガメッシュ、アーサー王、ライダーの三騎のみ。完全なる勝利を告げるドクターの声に、立香はようやく一息つく。しゃがみ込むのを通り越して、寝そべりたいぐらいの疲労感が全身にあった。
「我々の勝利、なのでしょうか……。」
アーサー王の猛攻を防ぎ切ってみせたマシュ・キリエライトは、
裏付けるようにドクターが労わる声を掛け、黒化したアーサー王の居た場所を見つめるオルガマリー所長が褒めの言葉をなぞった。
「よくやったわ、藤丸 立香、マシュ・キリエライト。不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします。まず、あの水晶体を回収しましょう。…セイバーが異常をきたしていた理由……冬木の街が特異点になっていた原因は、どう見てもアレのようだし。」
「はい、至急回収しま―――――――――…なっ!?」
カルデアへの帰還は目前である。おわりだあ、とほわほわとした空気で少年は立ち上がり、少女もこくりと首肯した。お疲れ様でした、と労わるオルガマリー所長の姿勢はやさしく、姉のよう。恐怖から迫りよる吐き気をぐっと押さえて、少年は照れくさそうにはにかんだ。
おそらくはすべての原因となったであろう聖杯の回収を命じた時―――…聖杯はゆらりと浮かび上がり、そこで制止する。不意に、悪意に満ちた声がした。
「いいや、それには及ばない。」
それは、居るはずのない生者であった。
薄気味悪い感覚が少年の脳を支配した。邪悪なる竜の化身と化した騎士王とは異なる、また違う妙な感覚。なに、あれ…。人だと言うには、あまりにもイヤなものの塊のようであった。
オルガマリー所長とおなじく管制室に居たと言うのであれば、助からぬはずのもの。奇跡はそう何度も起こることはない。奇跡も神秘の一つとして数える魔術師界隈の誰もが知るところ。
男は傷も、汚れも、何一つとして見当たらぬ綺麗な格好のままであった。前例としてマシュはどうかとあげようにも、彼女はデミ・サーヴァントとして覚醒によって復活した状態。オルガマリー所長は、おそらく爆発直前に粒子となってレイシフトした可能性を提唱し、ドクターもそんなことがあり得るかと納得。煤だらけでレイシフトした立香はそのままだから。
此処へと至るまでに戦闘を繰り返して泥だらけだしボロボロなのに、彼は綺麗な姿のまま。聖杯から受けた情報を手繰り寄せたライダーは、兜の奥の眉を潜ませる。
カルデアの状況が情報通りであるならば、あまりにも不自然。レフがゆるやかに仲間であるはずのカルデアが水晶体を回収することを拒むのは、とても可笑しなことだった。オルガマリー所長と同じであれば、あそこに浮かんで姿を見せられるのなら、合流することも容易かったはず。―――ならば、何故? 何故このタイミングで姿をあらわした。
水晶体を回収させることも、原因を回収することは意味のあることだと一般人へ理解させるための彼女なりの配慮である。本来であれば自分が駆けつけたかったであろうオルガマリー所長の葛藤を見抜き、ライダーは思案した。
友好的な態度でありながら、何処か冷えた瞳を看破した。迷わず前に出る。にこやかな笑みを浮かべたままのギルもまた天の鎖を腕にまとわりつかせ、男を見た。
セイバーの聖剣の一撃を受けたんだ。動くのも辛いだろう。そんな気遣うような言葉であるはずなのに、さめざめとした印象を受けるのは何故だ。
小石を拾うかのように水晶体を回収した男を、ライダーは、敵と見なした。もはや野生の感である。親譲りの直感は冴え渡り、ぴりりとした緊張感は伝播してゆく。
「いやぁ、まさか、君たちがここまでやるとはね。48番目のマスター候補。一般人で、特に役にも立たない子供だと思って善意で見逃してやった僕の失態だよ。」
酒のつまみに失敗談を語るような軽さで、命を語った。善意で、見逃してやった。つまり、それが意味するものを感じたライダーは愛馬から降りて剣を召喚する。
赤雷の剣はとうに失せ、けれども、宝具として登録されたためか呼び出すのは容易かった。身元を特定できる素材は一つでも少なければ良い。おそらく誰も知らぬであろう剣を鞘から引き抜けども、やはり誰も驚く様子はなかったから。
「レフ、教授……?」
明確な
『レフだって!? レフ教授がそこにいるのかい!?』
「おや、その声はロマニじゃないか。君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに―――まったく……どいつもこいつも、統率の取れていないクズばかりで吐き気がするな。」
なんで、どうして。いつ、かえれるんだろうとこぼした不安を理解してくれた人だったのに。紳士を装った何かが、毒を吐く。仕方がないなと友人を赦すような声色だったレフの、最後の一言から纏う雰囲気が一瞬で変わったのだ。
なんだアレは。教授はあんな―――。
馬鹿も休み休み言え。震えがとまらず、ぞわりとした悪寒がやまない。滑稽だと嘲笑われても反論する余地なく、その場に足が縫いつけられたかのように動けなくなる。立て続けに襲ってくる恐怖にもう、気が狂ってしまいそうだった。
立香の意識が遠ざかる。ギルが言葉をかけてくれてもそれが言葉として耳に届くことはなく、アーサー王もともに声をかけてくれて、ようやく呼吸が出来た。
そして、ライダーは再び看破した。あの、男は―――。レフ教授などと魔術師の世界で息をするヒトなどではなく、まったくの別物である。剣を構えたまま立香とマシュを背に庇い、その背越しにマシュもまた盾を構えた。
「先輩、下がって。あの人は、危険です。アレは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません。」
警戒を露わに構える立香たちとは異なり、オルガマリー所長の表情は迷子の子どもが自分の親を見つけたときのような晴れやかな表情を浮かべて両手を叩く。
「レフ! レフ、レフ! 生きていたのね! よかったわ! あなたがいないと私―――」
「ああ、オルガ、良かった元気そうでなによりだね。君も大変だったようだね」
「ええ、ええ、そうなのよレフ! 予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだのよ。でも、貴方がいればどうになかるわよね!」
「所長、待って! だめだ、
「―――承知しました。縫い留めます。」
「え!?」
オルガマリー所長が飛び出そうとして、その足元に矢が突き刺さった。手元は構えたままの剣のほかには、光そのものの矢が握られている。一度で無理ならば二度撃つまでという言葉から、立香の言葉に従った行動を取ったつもりのようだった。
親に再会できて安心する子のような無邪気な笑顔を浮かべて足を動かすオルガマリー所長は、自分の
そのままレフ教授へと駆け寄ろうとするけれど、決して一歩も動かされることはなかった。行動に反して、大地に止められたままの彼女の姿に何を思ったのか。レフは嘲笑った。心の底から滑稽だと知らしめるような下卑た笑みだ。
ひとしきり嗤った男は、まるでゴミを見るかのような眼差しがオルガマリー所長へ向く。驚いたのは誰だったかなどと気にしている暇などなかった。
「ああ、本当に、予想外のことばかりだ。爆弾は君の真下に設置していたというのに、なぜ、生きて―――……ああ、なんだ、そういうことか。」
あまりにも滑稽だ、とレフは言った。
「生きているのではないのか。」
「れ、れふ……?」
「え…?」
恐れの混じった瞳が、オルガマリー所長も何処かしらのタイミングで思慮したことであったとサーヴァントたちも悟った。
「君は死んでいるんだよ。―――だって、君にはレイシフト適性がなかったんだから。ないない尽くしのオルガマリー・アニムスフィア! 余りある魔術の才能はあっても、肝心のレイシフト適性も、マスター適性も皆無の君が、ここにいられるわけがないだろう!?」
激しい喜色のまま告げられる残酷な
それは、オルガマリー所長が死んでいるということで。無傷であったのは、魂の損傷はなかったから。今こうして冬木で話している彼女は残留思念のようなもので、本当の所長の肉体は既に死を迎えているということだった。
「良かったじゃないか。死んだことで、あれほど切望した適性を得ることが出来たのだから。」
「え、え?」
「だが、残念なことに君はカルデアには戻れない。そんなことをすれば、今の君は完全に消滅してしまう。それでは可哀想だ。」
「しょう、めつ? な、なにを、言っているの、よ、レフ……?」
「……どの口が。」
「うそだ……」
そんな、と声を零したのはだれだったのだろう。
あまりにも残酷な真実を前に、立香はとうとう涙が堪えきれなくなった。だって彼女はあんなにも残酷な現実を前にしても頑張ってたのに、そんな。今まで抑えつけてきたせいか、涙腺がすっかり緩んで止められない。涙を零す立香を案じるように見やってから、英雄王の過去が、ひやりとした瞳のままレフを睨みつけた。
現実を受け入れたくなくて困惑する彼女にレフは嗤った。
可哀相だと告げたその口が、言葉の意味を理解したくなくて、それでも理解してしまって、受け入れたくなくて困惑する彼女の姿に滑稽だと嘲笑を浮かべ、オルガマリーをただ嗤う。
死したはずの人間が、生きた人間のように振る舞うことの―――滑稽にも程がある悲劇だ。自分が、死んだことを忘れて自らの異常性にも気づかずに、のうのうと歩き回って、今を必死に、懸命に生きる生命であるかのように振る舞って、此処まで来たのだから
彼女は生きる人だ。懸命に、今もなお、あがくひと。レフの眼差しが物語るたびに、深く立香は傷つく。よく知る子どもだと言った口で、彼女の努力を否定する男は、何なのだ。
「―――だから、君のカルデアがどうなったのか、見せてあげよう。」
「え……?」
オルガマリー所長を絶望に叩き落すためだけに、男が腕を振るった。
レフの背景が崩れ落ち、別の景色が現れる。
「見ると良い。人類の生存を示す青色はどこにもない。あるのは燃え盛る赤色だけだ。これが今回の任務の結果だよ。よかったねえ、今回も君の至らなさが、この結果をもたらしたんだよ。」
そこにカルデアスがある管制室が現出した。
地球を写し取ったもう一つの世界。青々しく輝くはずのヒトの生命がすべて潰え、赤く染まったカルデアスが、そこにはあった。
それが、オルガマリー所長が現場を仕切った初任務の結果だと言う。紛れもなく、疑う余地もなく、世界が終焉を迎えたのだと事実が、そこにはあった。
けれども、褒めるように世界の滅亡を語った男に向かって彼女は強気に吠える。現実であると頭の警鐘が知らせてくるのをねじ伏せながら、カルデアとカルデアスの現状を見て、ロードとしての彼女のプライドが絶望のまま挫け折れそうな彼女を立ち上がらせてみせた。
「あ、あんた、何者よ! わたしのカルデアスに何をしたの!?」
「アレは君のではない。まったく、最後まで耳障りな小娘だったな。」
最後まで、と言ったところでオルガマリー所長が身体を震わせた。
伸ばされる手から身体を掴むようにして引っ張り上げる感覚がする。服がゆっくりと引っ張られて、上着が千切れる。や、と拒む女性の声はか細く、散った上着と一緒に胸元のリボンがほどけて落ちた。
「な、なに…!?」
「殺すのは簡単だが、芸がないからね。最後に、君の望みをかなえてあげるよ。君の宝物に触れると良い。私からの慈悲だよ」
「な、なにを、わたしの宝物? そ、それって、カルデアスのこと? じょ、冗談はやめてよ、カルデアスよ? 高密度の情報体なのよ? 次元が異なる領域なのよ!?」
恐怖に震える彼女は、浮かび上がろうとする身体を震わせて必死に堪える。カルデアスにひとたび人間が触れてしまうと、分子レベルまで分解されてしまうのだ。
生きたまま無限の地獄となる。だからこそ、誤って触れてしまわぬように浮かせて、カルデアスを囲うようにガードを組んだというのに。どうしてこんなことに…?
今度はスカートが浮かんで裾から散り散りになろうとして―――、布を片手に抱えてオルガマリー所長へと近づくライダーの姿に身体を強張らせた。何もかもが敵のように思える。
だが、彼女の考えとは裏腹に、何処からか取り出された純白のマントを肩からかけてくれた。大地に縫われた影が揺らぎを見て、その影を濃くするために、ライダーは剣を大地に突き立てて赤雷を招く。
「レディ、ご安心を。此れは私の宝具に持ち上げられたものの一つに過ぎません。留めよ、とのことでしたので大地に縫わせて頂きましたが、どうやら正解だったようですね。流石です、幼き魔術師―――リツカ。」
「そ、そんなつもりなかったけど……あ、ありがとう?」
ドクターが開示してくれたライダーのステータスには、直感Aというものがあった。おそらくは何かしらの予感を直感として感じ取って予防線を張ってくれたのだろう。
「それで、アレを
神と相対した―――否、神への叛逆を制した
お望みとあらばいつでも、と姿勢を見せる二人の騎士を前に、少年は安心感から息をそっと吐きだした。本当は嫌ですけど。前置き一つ。ぼくは半神ですよ、と朗らかに微笑んで見せる少年王の輝きもさることながら、どうしてだか負ける気がしなかったのだ。