叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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星読みとともに

 何をされそうになったのか分からずのまま大地に縫い留められたままのオルガマリー所長は現実を理解し、――――とうとう現実を受け入れた末に、壊れてしまった。

 白い頬に赤い線が走る。彼女自身の手で顔を引っかき、髪を振り乱す。呆然とした囁きから発狂する姿は見ていられない。そんなことがあってたまるものですかと強気な声は次第に弱まり、ダムが決壊した川のようにこぼれた涙が心情を語った。うそ、とそれでも諦めきれぬ希望を見上げて、少女の心は悪意に満ちた嘲笑を受ける。まるで塵でも見るかのような眼であった。

 

 

「―――……まだ、まだ何もできてない! まだ、何も叶えてないのに……! まだ褒められていない……! 誰もわたしを認めてくれていないじゃない……! どうして!? どうしてこんなコトばかりなの!?」

 

 

 苦しげに歪んだ立香たちに、まるで何事ものなかったかのように振る舞うレフの異常性が浮き彫りになる。あまりの気持ち悪さに立香は目を逸らしたくなった。

 少女を壊した男は悠々と自己紹介なんてものをしてくるが、ぞわりと肌を逆なでする感覚に少年は胃があるであろう服を握りしめる。彼女が受けた仕打ちはあんまりなもので、今にもありとあらゆる罵詈雑言で誹り、二度と顔をあらわすなと怒りのままに行動したかった。

 だが、少年を守るために、善人であるがゆえマスターの震えを機微に感じ取りながら、若き英雄王が制する。指ひとつ動かすだけでも一般人ならば簡単に摘み取れてしまうのが、あの化け物であるからだ。

 

 

「さて、では名乗ろう。レフ(過去)ライノール(未来)フラウロス(現在)だ。貴様たち人類を処理するために遣わされた2015年担当者だ。カルデアは不要になった。聞こえているな、ドクターロマニ。」

 

 

 2015年担当者―――と言うことはつまり、ほかの時代の“もしも”を破壊する者も存在すると言うことだろうか。

 アルトリウスは眉を潜めて、ライダーは確認のためにアヴァロンへと意識を揺らがせる。急でありながら言葉は紡がれ、花の魔術師からの答えは否でもあるし、肯定でもあった。しかして、未来の消滅―――現段階で分かる確実な情報は、それだけ。

 

 

「もはや、誰もこの偉業を止めることはできない。なぜならば! これは、人類史による人類の否定だからだ。自らの無能さに、自らの無価値ゆえに―――…我が王の寵愛を失ったがゆえに、終わるのだ!」

 

 

 盛大に腕を振り回し、舞台上の役者のようにふるまう男の言葉を静かに流した。兜越しにビキリと血管がきしむ音がしたけれど。

 まさか、と少年は一点を見る。握り込まれた柄は丈夫なようで変化はなく、不意にそこから離れた手は腕を組んで、顎で男をぐんとさして赤き雷の騎士は言ったのだ。

 

 

「貴様の王の寵愛を失ったとて、世界は終わらん。」

「ライダー!?」

「たしかに…」

「マシュ!?」

 

 

 お前の王が何するものぞ。最古にして最強の王の幼き頃の姿。そして、ライダーが敬愛する、彼にとっての唯一無二の王の姿。それらを視界におさめながら、何を言うのか。呆れてものも言えんとは此の事か。レフ・ライノール・フラウロスと名乗った男の前には、二人の王が存在すると言うのに、あまりに愚か。ある一点を除き、正直者の騎士は斬り捨てるように言った。

 怒りをあらわにしようとした男だったが、興味を失せたように辺りを見る。大地が揺れて、ヒビが大きく広がっていく。

 

 

「今ここで消してやろうかと思ったが、」

「―――…()はおまえ如きに消される騎士ではない。試してみるか、過去の亡霊(・・・・・)。」

 

 

 方や怒りのままに、方や冷静に。意図して行われたのであろうけれど、流れるような煽りを前に立香の心臓は壊れそうだ。

 沈黙の末、先に折れたのは男の方であった。

 

 

「……チィッ! 貴様はいずれ! この! 私の手で! 英霊の座からも消してやる! だが、この特異点も消え去るようだ。では、巻き込まれる前に私は行くとしよう。なに、最後の祈りくらいは許容しよう。私も鬼ではないからね。」

 

 

 ライダーを物珍し気に見つめるアーサー王の視線もなんのその。ライダーは相棒の傍らに、剣を握りしめて男を見る。怒りをあらわに挑発に乗って来るかと思った男だったが、大地の揺れを前に逃亡を図った。

 

 

「……ちッ、負け犬め。」

「ライダーさん!?」

 

 

 まるで、最初から存在していなかったかのようにゆらりと姿を消したのだ。土俵に立つことすらせず逃げ出すとは、犬以下である。否、犬に例えると犬が可哀相だった。ゴミ以下、と言うべきだろうとかと呑気に立香へ尋ねる度胸がスゴイ。

 まさしく目の前で対峙した悪意の塊の失踪に、ひと段落がつく。だが、問題があった。心配した立香が声を掛けた途端、縋りつくように弱弱しく胸板に拳をぶつけるオルガマリー・アニムスフィアのことである。

 爆発の際に、彼女の肉体は死亡した。此処にあるのは魂だけの存在。魔術師素人である立香が妙案にたどり着けるはずもなく、狼狽えるしか出来ない。

 沈黙と発狂で塗りつぶされた空間で、アーサー王が己の騎士に一つを問うた。数々の無茶振りに応えてきた騎士への問いかけだった。

 

 

「我が騎士よ、問おう。そなたは魂を封印する不思議な水晶を所持していたな。…アレを使い、そこな少女を救うことは可能か?」

 

 

 しばし考えた末に、騎士は答える。

 

 

「我が王よ、救う―――その言葉の定義によりますが、肉体がなき今、彼女は人間として元の世界で生活することはまず不可能です。肉体は魂の器、魂とはカタチ無きエネルギーの塊。器なくして人として生きることは。」

 

 

 故に、答えられるのはこうである。

 

 

「完全に人間として救う。それが、“今回”王が仰った『救う』の定義であるならば現状不可能だと申し上げます。…しかし、あの水晶であれば『魂の保護』は可能です。」

 

 

 声が零れた。

 立香からなのか、オルガマリー所長からなのかは定かではなかったが、地獄の中で希望の糸が垂らされたのをしかと耳で聞き取ったのだ。

 

 

「―――また、条件によっては、人間としては在れなくなりますが、核とする水晶と相性の合う肉体があれば……限りなく人に近しい存在として日々を送ることが出来るはずです。とは言え、魂の衰えはありますから、人として彼女が抱える寿命……何割かは削れてしまう可能性はありますが、その時だけを刻むことが出来るでしょう。」

 

 

 赤雷の騎士の頭部を覆う兜の奥から、紅色の瞳が真摯にアーサー王を見つめる。彼なりに何かを案じるような眼差しだと気づくと、アーサー王はかすかに微笑を浮かべて頷いた。

 

 

「では、魂の保護を命じよう。」

「―――…我が王の仰せの通りに。」

 

 

 騎士は愛馬を帰し、一つの水晶を取り出した。

 あの時代にしては珍しく、美しい球体に研磨された水晶玉であった。澄んだ魔力を帯びたそれをオルガマリー・アニムスフィアへと向け、意思を確認する。ただ一言。少女のような声色で、たすけて、の四文字を聞き届けてから術を発動させた。

 光が溢れて、視界が弾ける。―――それと同時に、立香たちは意識を失った。崩れ逝く世界の崩落を見送りながら、ライダーたちは立香たちをそれぞれ抱えて帰還する。

 

 

 

―――此処が、カルデア。星読みの機関。

 

 

 

 沈痛な表情のまま迎え入れられて、くったりと脱力しきったままライダーに抱えられる立香を職員が医務室へと運び込む。

 マシュも連れられて、子どもたちが居なくなった空間で、聖杯より与えられた情報以上の説明を聞くことになった。

 

 

「まずは、おかえりなさい。…所長を助けてくれて、ありがとうございます。」

「…彼女の仮初めの肉体については私に任せてもらえないだろうか。…おっと、失礼。私の名はレオナルド・ダヴィンチ。カルデアの協力者だよ!」

「ああ、その方が良いだろう。最初に名乗るのは、少年が起きてからでも構わないかな。」

「もちろんだとも。そっちの君も?」

「―――いえ、霊基を安定させるためにも、どうか私のことはライダーとお呼びください。」

 

 

 無理矢理2つに分けて飛ばしたからか、霊基が不安定なのだ。すこしの間だけでも抑えられるかもしれないと、座から直接自分の分身のような。

 つまるところ、異変を察知して歪を正すため野良サーヴァントとして己を切り分け、カルデアとは異なる時空へと叩き落したと言ったライダーは、その影響で霊基があやふや。とは言え、自分でクラスチェンジすること自体は可能である為、戦術の幅として数えてくれとも言った。

 そして、カルデア側の説明だ。あの男が赤く染まったと言った、直径六メートルくらいの地球儀を示されて。霊長類である人の理、すなわち、人理を継続させ保障すること。それがカルデアの絶対的な目的である。

 だから、カルデアはこれまでこの工房で百年先までの人類史を観測してきた。「地球環境モデル―――カルデアス。」惑星には魂があるとの定義し、その魂を複写する事により作り出された極小の地球。地球とカルデアスに分けて言うと、カルデアスとは位相が異なる場所にあるため、地球側の眼では細かなことは観測不可能であったが、大陸にある都市の光は専用のレンズ、シバによって読み取ることを可能とした。

 すなわち、もっと簡単に噛み砕くと、カルデアスは未来の地球である。青が生命の証。半年前からカルデアスは変色し、未来の観測は困難と化した。

 観測できる最後の文明の光は一年後まで。つまり、あと一年で、人類の絶滅が観測してしまうことを証明した。言うまでもなく、ある日突然人類史が途絶えるなんてことはありえない。何か原因があるはずだと。

 アニムスフィア―――カルデアは、未来焼死の原因を究明し続け、未来に原因がないのならばあるとすれば過去にあると仮定した。過去2000年前での情報を事細かに洗い出し、過去に存在しなかった事象や異物を探す試みを決行。

 

 

「そして発見したのが、君たちが居た”冬木市”だったのさ。」

 

 

 ここに存在しえない観測できない領域を発見。それが、あの大聖杯のあった場所だったのだろうとドクターは続けた。今まで観測の寄る辺になっていた文明の光が不可視状態になってしまったことを危惧し、アニムスフィアは表面化に組織を名乗り上げたのだ。

 カルデアはこれを人類絶滅の原因をこれと仮定し、量子転移の技術──―…レイシフト実験を国連に提案。人間を量子化させて過去に送り込み、事象に介入することの承認を受けた。今日まさしく冬木の調査を行い、世界を救わんとする一歩を踏み出そうとした日であったのだと職員の一人が俯きながら呟く。

 

 

「そう、だったんだね…。では尚の事、私の剣をあの少年に。私の力を君たちに。預けよう。それが、世界を救うためならば。」

「世界の滅びには無関心ではいられませんしね。」

「私は、私の全てを、ただ一人に捧げました。……その為、力を預けることしか出来ませんが。あなた方の力になること、約束します。」

「僕は構わ……」

「……」

「―――うかな。」

「!」

 

 

 アーサー王に連なる騎士らしきライダーは構わない、と言おうとした王の言葉を、見るからにしゅんとして。雰囲気だけで回避させた。そのことが、ほんのちょっと人間味があって安心したのもあった。サーヴァントがそれぞれ力を貸すと宣言したことで、ドクターとレオナルド・ダヴィンチの表情もすこしやわらぐ。

 燃えてしまった未来のことは後回しにして、今はしっかり立香たちのことを見なくてはと。ドクターとしての仕事のため席を外した彼の背を見送り、サーヴァントたちは今後のために霊体化してカルデアの内部を探索させてもらうことになった。

 

 ライダーが廊下を歩いていると、不意に聞き覚えのある獣の声がした。敬愛する王とわかれて探索を続けていたライダーは、その声につられるようにして医務室へと入る。

 医務室、と言えば怪我人や病人を運び入れる癒しの場だ。獣の滞在は衛生的によくないのではないだろうか。医療用の召喚獣であるならば良いのだが、もしも誤って入り込んでしまったのだとしたら、部屋から連れ出すことも視野に入れなくてはいけないだろう。

 

 

「フォウ、キュゥ、フォウ!」

「君はいいこでちゅねー。ほら、食べるかい? んー、ネコなのか、リスなのか不明だねぇ。…まあいっか、ふわふわだし、可愛いからね―――あっ!」

「フォーウッ!」

 

 

 猫なで声の女性の声がした。

 花の魔術師の細工で、聖杯に繋がれた知識を引っ張り出して確認する。先ほど紹介を受けたサーヴァントの、レオナルド・ダヴィンチ。―――天才的な芸術家、だったはず。

 くるりと回ってライダーの足元を跳ねまわる獣の声は、なんとなく聞き覚えがあったような気がしたのだが、知らぬ獣であった。見た目だけはなんとなく似てるのに、気配がまるで違う。何故だか懐かれているのが不思議だ。

 じゃれつかれてしまっては動きづらく、下手に足を動かせば踏んでしまいそうだったからその場に留まる。困ってしまった。

 

 

「……足に引っ付かれると歩きづらいのだが。これは、……医療用の魔獣(召喚獣)だろうか。」

「おや、その子に気に入られたみたいだね。違うよ? カルデアのマスコットみたいな子さ。」

 

 

 確認したうえで、ライダーはゆっくりと頷く。

 母から教わったことがあるのだが、病や怪我で運び込まれた室内に毛のある動物を置くのは衛生面であまり好ましくない行為なのだとか。意識が朦朧とする中での説明だったからか詳しくは記憶に残っていないけれど、確かに患部に入ってしまったり、咳による誤飲をしてしまったり、小さなことではあるがそれなりに危険性はあるだろう。

 医療用の魔獣ではないのなら部屋から連れ出さなくては、たとえ、彼らを案じる心は善いものであったとしても。むしろ尚の事。

 

 

「では部屋から連れ出しておこう。彼らのことを案じる心は善きものだが、此処は怪我人や病人を治癒する部屋だ。」

「ふぉーう…」

「お前が悪いわけではないが、部屋の在り方としては……私が気になってしまうから協力してくれないか。」

「フォウ!」

「……良いのか。そうか。では、失礼する。レオナルド・ダヴィンチ殿。」

「おっと? 待って待って、待ってくれたまえ。せっかくだし、私とお喋りしていかない?」

 

 

 流れるように目的を達成したライダーが外に出ようとしたところで、小さな獣を抱えた側の袖を掴まれて足を止める。

 そう言われて拒むような性格をしていなかったので、こくり、と頷く。よかった、と目元をやわらげた彼女は紅茶を淹れて持って来てくれた。ありがたく頂き、膝の上に獣を乗せる。意外と大人しくされるがままの獣の頭を指先で撫ぜ、レオナルド・ダヴィンチのあらましを聞く。

 それで分かったのは。その、彼女? 彼? ……レオナルド・ダヴィンチという人物は、どうやら、とても個性的な英霊のようだということだった。


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