叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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騎士の姿を思い描くまで

 モルドレッドはあれから体調を魔力にくすぶらせることもなく順調に冬を迎え、すくすくと騎士の名に恥じぬよう実力と礼儀を身につけている。

 この間は、とうとう反抗期か、とエミヤから感慨深げに言われるようになるほどには順調な成長ぶり。モルガンも大喜びで、ほのほの笑って獲物を狩る息子を褒め称えた。

 そんな母からは魔術に次いで、”かのアーサー王”の騎士に加わるつもりなのだから、と日々の終わりによくよく教育を受けたため礼儀作法は身に付けているのだが、その実、暴力至上主義(勝てばよかろう)の側面がある。叛逆の騎士の名は伊達ではない。魂の属性として当たり前のように付随するそれは、騎士を目指す中で騎士の教えを説いたときに彼の中へすとんと根を生やさせた。―――権力()に対して割と反逆したがる傾向が出たのだ。

 そして魂に”叛逆”の属性を紐づけた彼は、驚くことに戦闘技術も一変した。剣士としての能力は非常に高く、儀礼や騎士道といった形式的な物をなぞった綺麗な戦闘スタイルが、モルドレッドが最初に身につけた剣術である。

 文字通り、血反吐に濡れながら我がものとした”最初のスタイル(それ)”を躊躇なくかなぐり捨て、ひたすら実戦本位の効率的かつ最適化された生存と殺戮のための剣技を磨き始めたのだ。

 相手はわざわざ用意せずとも、ふらっと白亜の塔から離れてしまえば母の結界の外。異形の化け物たちが溢れかえるそこでは、修行相手を探す手間もなくモルドレッドの糧となった。

 人間ではなく、化け物を相手取ることに特化した戦闘スタイルを第二段階に迎えた彼は、それでも満足しなかった。当然だ、目指すのは竜殺しの騎士。アーサー王のおそばに仕えるのならば、それぐらいは出来て当然だという漠然とした希望や期待でモルドレッドを修行へとかき立てた。

 本来剣士の命である剣を投擲したり、空中の敵を踏み台にして連撃を放ったり、風の魔術で一時的に足場をつくって方向転換してみせたりと、柔軟にしてアクロバティックな戦い方を最終的に彼の戦い方の”最善”とした。

 母モルガンと親密な戦場を司る精霊曰く、「剣士」としての技量と「狂戦士」の如き獰猛さが絶妙に鬩ぎ合うそれ。簡単に言ってしまえば、いつぞやエミヤが寝物語にと口にしたモードレッドと似通った戦闘スタイルを我が物としたのである。ようやく見知った共通点だが、そんなところが似るのか。とエミヤは肩をすくめていた。モルドレッドの知らぬところではあるのだが、似るというか、(異世界の自分という)ある意味では同一人物なのだが、彼は彼でモルドレッドのことを我が子のように思っているようだった。つまり、認識のバグ(母親の目線)

 そんな血の繋がった母(モルガン)と、育ての母(エミヤ)の手で騎士への道をプロデュースされながらも迎えた7歳の冬の頃。5月1日に生まれた子どもを船に乗せ、島へと流す国からの命令が出た。精霊であるモルガン・ル・フェイの家に生まれた子どもも例外ではなく、迎えに来たのだと花の魔術師は言う。

 

 

「何が預言ですか。外道(マーリン)め。過去に流した罪なき子どもたちの悲劇が、そんなにも気に入ってしまったのですか。幸福な物語(ハッピーエンド)を好む、と豪語するわりに、ずいぶんと趣旨が異なるように思えますけど。」

「あっはは、可笑しなことを言うね。ここ百年は何もしなかったはずだよ。だが、今年は星が言うのさ。5月1日に生まれた子どもを殺すために島へ流せ、ってね。」

「語るはずがないでしょう。その運命は、他でもないこのわたくしが覆しました。今後一切そのような真似を赦さぬと、お前に宣言したつもりでしたが。」

「もちろんだとも! だからこれは! 神々のお導き! まったく、あまり手を煩わせないでくれよ。友人の子どもだからわざわざ出向いてやってるんだよ?」

 

 

 不審者(マーリン)(推定)との応戦が続く中、道化ぶった銀髪の男の動きを目で追う。身のこなしはまったく隙のない、けれども、相手の激情を利用した戦法を得意とするのだろうと思う言動。交互に応戦する二人の顔を見つめる紅色の瞳に気づき、自らをマーリンと名乗った男はすかさずモルドレッドを小脇に抱えた。

 悲鳴をあげるモルガンをよそに、彼は花たちを巨大化させた。精霊である母モルガンは自然を愛する傾向がある。燃やせと叫ぶことも出来ぬ身は、塔に結ばれたままで、連れ行かれる息子がただ遠ざかるばかりを見送るしか出来なかった。

 

 

「彼女がアーサー王どころか、君の運命まで曲げようとしてくれたおかげで私はとんだ迷惑を被ってしまったよ。幾ら友人だからとは言え、ただ働きをするものではないね。―――というわけだ、さあ、行っておいで。」

 

 

 真のハッピーエンドを迎えるなら、まずはちゃんと困難を乗り越えてこそだろう?

 そうして、ころん、と甲板に転がされたモルドレッドは瞬きを繰り返した。見知った顔に連れられた先は古びた船の甲板だったのだ。

 動くたびに足元がキィキィと鳴る。帆をあげることも、たたむことも出来ぬオンボロな船に乗せられたのは数十人を超える子どもたちであった。モルドレッドと同じほどの年頃の、男女混ざった子どもたちである。

 事情を聞いてみると、問答無用で連れ出されたのだと言う。騎士たちに引きずられるようにしてたどり着いた先は、今にも沈みそうな船。乗れ。と蹴りつけられて転がるまま乗船させられて、船は行き先も分からぬまま、舵を取るものもいないまま出航した。

 モルドレッドは船乗りではないから舵の切り方は知らない。だが、直感(・・)には自信があった。だから、何も告げぬままぐるぐると自由に回り続ける船の方針まで駆け寄り、手を伸ばす。荒れる波を制御するのは不可能で、だからこそ、波の流れを読んで運んでもらうことだけを考える。

 舵を握り、軌道に乗せる。うまく乗せることが出来たモルドレッドの腕前に、嘆くばかりだった子どもたちはそれぞれの仕事を見つけ、取り掛かった。

 

 

「デッカイ布あったよぉーー!」

「登れるやつが登ってハタにするんだ! オヤジたちがそうやってた!」

「どうやるのー!?」

「ああ、もう! 今から行くよ! そっちは任せるぞ!」

「おう、任せとけ! で、オマエ、舵を任せてもいいんだよな? じゃあ、他のことは俺たちがやんないとな。」

「汗ふいたげるね。ほらお水もどうぞ。」

 

 

 子どもたちはそれぞれ協力し、甲板の上を駆け回る。舵を手にしたモルドレッドを気遣うのは、彼よりも年上の子どもたちだった。

 

 

「倉庫の方を確認しろォ! 海水が入り込んでたらみんな沈んじまう!」

「アタシ行って行ってくる! ねえ、余ってる木の板とか釘とか探してきて!」

 

 

 水音がすると、船の構造に慣れた子どもが叫ぶ。その声に反応するのは、大工の娘であった。指示を受けると悲鳴から一変し、パタパタと駆け回る足音が響く。モルドレッドは懸命に助け合う少年少女たちを見渡して、決して死なせてはならぬと舵を握る力を込めた。

 ギィギィ、バッタン、ガタガタ。今にも壊れそうな音がするのに、船は耐える。風が吹きすさび、雷が踊る―――嵐がやってきたのに、それでも船は耐えてみせた。

 暴風で飛ばされてしまった子どもたちも居た。荒波に飲まれて帰って来なかった子どもたちも居た。数百人と居たはずなのに、片手で数え切れる程度の人数に減って。飲まず食わずの日々に発狂し、仲間を襲う地獄絵図が広がった。気づけば船の上に立つものは、最初の日から舵を取り続けたモルドレッドだけ。

 それでもモルドレッドは陸地を探して舵を切る。最初に声をかけてくれた少年や、貴重な水を分けてくれた少女の亡骸を船に乗せたまま。痩せ細って虚ろな瞳が、ころん、と揺れる甲板でモルドレッドから海へとうつる。寝返りを打つように、海からモルドレッドへとうつる。繰り返す。

 

 モルドレッドは眉を寄せて、息を詰めた。

 

 

「……こんな、こんなものが、()の、命令―――であるはずがない。此れは、()の命令、…だ。……だって、あの人は、こどもをみて、ほほえんだ、から……」

 

 

 陸地に到着した頃に、船は倒壊する。支え続けたマストから崩れ落ち、甲板をぶち破って倉庫を貫く。海水がごぼごぼと上がってくる中で、モルドレッドは同胞の亡骸たちを抱えて陸地へと避難した。

 墓を立ててやらねば。ひとりひとりの名前を聞き、誰もが代わる代わるにモルドレッドを気遣ってくれた。船の舵を取ってくれたのはモルドレッドだけだからと、誰も彼もが見送るように。モルドレッドだけを生かすように、その身を投じた。

 

 

「……あぁ…、献身的な守るべき人たちよ。あなたたちを守れなかった不詳の身でありながら、それでも騎士を目指す愚かな私をおゆるしください…。」

 

 

 モルドレッドが祈るのは、何時だって名も知れぬ誰か(天上の神々)ではなく、名も知れぬ誰か(地上の隣人)である。手を組みながら項垂れるように俯き、子どもたちを丁寧に弔ってから”魔術”で居場所を特定した。

 神代の影響を強く受けるブリテン島から離れた無名の島である。結界を通った覚えもないし、縄張り意識のようなものも感じない。元が花の塔やら湖やらを棲み処とする母だから嵐のような環境下では自由に身動きできなかったはずだが、今は快晴。澄み渡る空の色とは異なり、あの船があった場所は地獄そのものと化した。

 とは言え、空模様だけで言えば、自分を探してくれているであろう母親がすぐに気づいてくれるだろう。ぐらぐらとする頭を抱え、息をつく。

 生きていてほしかった。誰も彼もが、生きていてほしかった。何も分からないまま船に乗せられて揺られたのはモルドレッドも同じこと。今できる最善を探し、舵をとることを決めたものの、あれだけではきっと不十分であった。もっと出来ることがあったはずなのに、何も出来なかった。

 あまりの無力さに肺に溜まった熱を吐き出すように溜息をつく。ずるずると座り込んで、5日間の航海の記憶をたどろうとして、―――止めた。昨日喋った相手が、次の日には転落して消える。嵐の中では似たようなことは多々あって、その度に、誰かが声を上げるのだ。

 

 

『進めェーーー! 進めェーーー! みんなを連れて、陸へ行けェ!』

『アタシのことはもういいから! だからもう、誰も落ちてこないで!』

 

 

 耳を塞ぐ。

 彼らの記憶が零れてしまわぬよう、彼らの声がなくなってしまわぬよう。両手で耳をつよくおさえて、助けられなかった彼らの悲鳴()をただ強く。

 たら、れば、だなんてもしものことは考えない。船が丈夫だったら。舵をとるのがオトナだったら。―――あの時、出来る最善のことをした。やりきった、という感覚はモルドレッドの中に確かにあったから、舵をとりつづけた後悔はしていない。だからこそ、取りこぼしたものの多さに打ちのめされながらでも、次のために反省をしなくてはならないのだ。

 今後一切、このようなことがなければいい。それが一番だと分かっていながら、モルドレッドは息を潜めて身を縮こまらせた。どうしてあんなことを……。

 

 

「―――ト―――ッ!」

 

 

 王は、国は、どうしてあのようなことをしたのだろう。予言だと、マーリンと母の会話の中で聞き取れた単語には、予言というものがあった。未来を予測すること。未来の可能性を知ることの、何があの地獄を生む経緯となったのだ。

 肩を掴まれる。身体を揺すられる。分かるのに、相手が誰か分かってるのに、なのに、声だけが聞こえなくて。

 

 

「………っ」

 

 

 虚ろな瞳が、ころん、と揺れた。幻だ、わかってる。だけど、船の上で揺られる亡骸たちの動きが目に焼き つい て―――モルドレッドは、忘れてはならないと両手の力を込める。

 耳を塞ぐ。彼らの声は、生きた証。出来ることをしたはずなのに、何も救えなかったときの絶望をただその身に焼き付ける。お前には何も出来ぬのだと言い聞かせ、だからこそ何をおしても為し通さねばならぬと心に現実を叩きつけた。―――それこそ、海で散った彼らのように。献身的までなそれを。

 

 

「……―――ド…ッ」

 

 

 ゆっくりと耳から両手を外した。

 肩を揺さぶる正体は、赤銅色の装飾に身を包んだ褐色の男性である。悲痛な表情を浮かべてモルドレッドを抱えようと手を広げる彼を拒み、ゆっくりと自らの足で立ち上がってみせた。

 

 

「だい、じょうぶ、です……。」

 

 

 鈍くなった反応のまま、モルドレッドはコクリコクリと頷く。そう、大丈夫。立ち止まっていられる時間はない。

 此れが王の意思で行ったのであれば、その蛮行を止めねばならぬ。此れが王の意思に沿わぬ行為であったのであれば、王を守らねばならぬ。その身すべて。その命すべてを用いてでも王を、―――そのためにもまずは武功を立てねばならなかった。

 白亜の塔に帰還したモルドレッドは、強さを求めて修行に打ち込む。騎士とは弱きを守るべき。強敵を前にしても怯まず、ただその背に守るべきを庇う。純粋なモルドレッドは、それを信じて修行に明け暮れる。王の威光の在り様は、きっと地獄のような世界なのだろう。母の、モルガンの言葉が耳で響くような気がした。

 ヒトであれ、ヒトのまま。言葉を噛みしめる。きっと本当の意味では理解できていないのだろうけれど、せめて王の―――アーサー王ではなく、アルトリウス・ペンドラゴンの意思に従う騎士であろうとモルドレッドは心に誓った。

 予言を授けた魔術師は、島流しはこれで最後になるだろうと言って、白亜の塔で姿を見るのは―――その日が最後となった。

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