叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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波揺れう水面のごとし

 カルデアには、きちんとシミュレーションルームが存在する。1から10の数に合わせた難易度で敵の強さを選び、カルデア式召喚によって最弱のままに召喚された英霊たちの霊基を伸ばすことを目的とした部屋である。

 要するに、経験値を積ませてレベルアップさせるための空間。カルデアの電力を節約するため、と他にも理由があるようだったが。

 ぞろぞろ、とことこ。大人数を引き連れながら辺り一帯の状態を確認しつつ案内に付き添うカルデア職員。本当に壊滅してしまったのだと実感に青ざめながら、それでもシミュレーションルームの生き残った部屋があることに安堵しながら、本来ならば守るべく一般人の少年を案じ、どうしてその役目は自分ではなかったのだと軽く妬みながら、一歩ずつ着実に部屋へと近づく。

 マスターと、サーヴァントのための部屋に。「此処だよ。っと、その前に、だ。」 扉に手をかけながら彼は続ける。意思確認だけさせてくれないかな、とドクター・ロマニは言った。

 

 

「人類滅亡の危機を打破できる手がある、と言ったら君はどうする?」

 

 

 そんなものがあるの、と食いつく前に、選択を委ねられたことを理解した。赤点を回避できる程度には知力があり、自分で調べて未知への理解を深めることに想像力を働かせる知識ある少年は、肩を跳ねさせる。

 妙な緊張感が沸き上がり、ごくりと唾液を飲み込みながら少年は問う。「どう、って……?」 その意味は何ぞと。詳しいことはまだわからないけれど、なんとか出来る方法があるの。

 

 

「七つの世界の歪み、特異点Fのそれとは比べ物にはならない危険がたくさんある。その七つの特異点にレイシフトし、正しい歴史に戻す事。それが、この事態を解決する唯一の手段だ。」

 

 

 立香は息を詰めた。あんな地獄が、まだ七個もあるのか。マスターとサーヴァントの関係性は、契約に従って魔法少女を召喚するマスコットと契約を承諾した問題解決の専門家・魔法少女の関係だってことはなんとなくわかったけど。

―――でも、だって、レイシフトをするには適正が必要で。それを満たす人物は、立香のほかにはマシュだけで。焼けて溶ける人体の崩壊が、フラッシュバックする。ヒッと喉から音がした。

 

 

「―――こんな説明をして、君にこういうのは、強制かもしれない。」

 

 

 じわじわと黄色がかった肌を青ざめさせる立香の肩をトンと叩き、ライダーは手のひらを示す。カクリ、カクリとブリキ人形のように首が動きながら、先輩を案じるマシュの姿を見えた。

 こわごわと緊張をはらんだ肺を叱るように深呼吸を繰り返し、じわりと滲んだ恐怖のしずくを額から拭う。マスター適性者48番。「大丈夫かい」と穏やかな目元は訴えるのに、決して声には出さない厳しく見える優しいドクターの気配りを受ける。ここに来てから増えた呼び名が並び、最後にようやっと己の名が横に並ぶ。

 

 

「けれど、藤丸 立香くん。君が、未来を諦めていないのなら!」

 

 

 あきらめたくない。そんなの絶対にあきらめたくない。だってまだ大事な家族にはじめて好きになった子がいることを伝えていないし、手料理もたくさん教わる予定だったし、野球とかバスケとかで遊ぶ約束もしてたし、好きな漫画の発売日だってまだ先だ。

 

 

「君が、人類を救うことを諦めていないのなら。」

 

 

 あきらめたくないっ。あの平穏な毎日を取り戻すために、あの世界を彼女に見せるために、大好きな家族に、友人に、彼女を紹介するために。

 

 

「君が、希望を諦めないというのなら。」

 

 

 あきらめたくないッ! 明日が来ることを当たり前だと思ってた。そんな当たり前を理不尽に奪われてしまって、誰もかれもが悲観した。―――でも、そんなことをどうしてしたんだって、なんで奪ったんだって。怒っても、良かったんだ。

 

 

「君が、その右手を伸ばすというのなら。――どうか、未来を、世界を救うための旅へと赴いてほしい。」

 

 

 あのまま彼が否定しても、一応はレイシフトの適正だけならばライダーやアルトリウスにもあるから時間稼ぎ程度ならば可能である。その間にカルデアという機関が、どうにかして解決策を見つけ出してくれるなら儲けものだが実際問題、新しく作戦を遂行する前準備以前の―――そうしている時間はない。

 彼らは、霊基とやらをものすごく誤魔化して“英霊”として召喚に応じたサーヴァントのフリをしているので多少の無茶はまかり通る(というか力技で押し通すというのが正しい)が、”この世界に属する人間でない”という一点において不利。解決には至らないのだ。

 生きた肉体は未だアヴァロンにある彼らは、ライダーの渾身の叛逆によって未だ英霊の座に記録していない。それもまた、ライダーがライダーを名乗る所以ではあるのだけれど。

 

 

「う、……く、うう…っ」

 

 

 瞳を見た立香は己の心を奮い立たせる。彼女の目は、未来を諦めたくないのだと懸命に訴えていた。ケルトの光の神子が言うには、惚れた女の我が儘ひとつ聞いてやれない男は甲斐性無し。

 そんな理由でも良いだろうかと頭に浮かべながら、立香は彼女と生まれ育った町を歩く“未来()”を見た。光の下で一緒に生まれ育った町を歩く幸福を。自分の家族や友人に囲まれて、満点の笑みを浮かべる彼女のしあわせを。

 少年の素直な気持ちを。あきらめたくない。こわいけど、今も膝どころか全身が震えて頭が真っ白になるほど怖くてたまらないけど。それでも、あきらめたくないのだ。

 崇高な理由なんて何一つ持てずに、自分のモチベーションのためだけに心を奮い立たせる。どんな小さなことでもいいから思い出せ、と。あれをしてなかった。これをしてなかった。あの約束してたな。あ、でも―――そう、何よりも、いつも通り「行ってらっしゃい」と高校に送り出してくれた両親に、いつも通りの「ただいま」を、当たり前は普通じゃなかったから、何よりもの「いつもありがとう」を伝えるために―――だから、立香は決めた。

 

 

「―――はい、行きます!」

 

 

 選択肢があるようで、ない。強張った肩から力が抜け、再び今度は違う意味で力が入る。立香の言葉でカルデアの未来が決定した。

 此れより、オルガマリー・アニムスフィア前所長の予定通り、人理継続の尊命を全うする。人類史を救い、世界を救済する聖杯探索(グランドオーダー)が此処から始まるのだ。

 

 

「君にしかできない。だから、期待しているよ、最後のマスター。僕たちも出来る限りのバックアップをするから、ライダーさんの言ったように、あんまり肩に力を入れ過ぎないでね」

「はい!ドクター!」

 

 

 今ここに、未来を取り戻すための戦いが始まった。―――かと思いきや、それでしまらぬ円卓である。自陣として戦えるサーヴァントの人数を確認し、ライダーが提案する。

 実際に召喚をして戦力増加を試みるべきでは。迅速に行うべき事項だろう。「そ、そうだね。」お誂え向きにシミュレーションルームの近くに、召喚用の部屋がある。そこへと足を運んだ立香はポケットを探って髪の毛を取り出した。

 さらりと流れる薄い青色は、冬木で出会った光の神子のものなのだろう。ランサーで、と陣の前で叫んだ彼の手にする媒体はキャスターの髪の毛である。

 媒体が媒体なのでおそらくはキャスターが来るだろうと踏むサーヴァント陣とは異なり、わくわく顔で待機する立香。「よう、坊主!」 槍を持った黄金のカードが等身大まで成長し、青髪の男がくぐり出てくる瞬間に歓迎の声を上げた。

 

 

「キャスター! あれキャスター!? ランサーで呼べなかったの俺!?」

 

 

 記憶を持っての現界というだけでも異例中の異例である。そうなんだー、と。ぼえー、とした様子でキャスターのクー・フーリンを見上げた立香だったが。

 媒体というものがあれば、好きなクラスで召喚できると思っていたらしい。でも最後に約束したからランサーとして呼ぶつもりだったのに、とやや拗ねたような態度はただの子どもだった。

 

 

「ま、しゃァねえな。キャスター()の髪だしよ。」

 

 

 何の因縁かと思えばなんてことない。ぽそぽそと言い訳をするように小声の彼の手が握るハンカチに包まれた己の青い髪を見て、キャスターは屈託なく笑った。

 媒介として使ったのはキャスターの髪である。であれば、キャスターが強く引っ張られるのも当然のことなのだ。

 おそらくは戦闘時にでも切り落とされた髪をあの坊主が拾って、召喚時の媒介に使える物の例としてあの嬢ちゃんから教わった時に、もちろんそれも使える、と断言されたことによってずっと持ち続けられたままだったのかもしれない。

 訓練があるから、とライダーを連れて先にシミュレーションルームへ戻った己のマスターの背中を見送って、キャスターは杖と自身の能力を確認し、溜息を零した。

 

 自分を召喚した少年が言うように、己の霊基はまぎれもなくキャスターである。光の御子クー・フーリンが不得手するはずの、キャスターである。

 最盛期の状態で召喚が行われる性質である本来ならばセイバーかランサーのはずで、不得手なクラスでの召喚はあり得ないはずであり、どうなってんだと前髪をくしゃくしゃにしたところで。

 

 

「ダヴィンチちゃんが教えてあげよう。」

「うぉう!?」

 

 

 杖の確認を終えてヌウッと小脇から顔を出したダヴィンチに仰け反りながらクー・フーリンは両手を上げる。芸術家は戦士ではないので、傷を負わせぬように気遣った行動だった。それに気づかぬ天才ではない。

 

 

「えへへ、ありがとうね。それで、このカルデアの召喚式フェイトについてだけど…」

 

 

 実は、”特異点F”と定義づけたあの冬木市で行われていたという聖杯戦争における英霊召喚をもとにしていた。

 そこまでは普通だったのだが、人類史滅却なんていう非常事態において、少しばかり仕様が変わってしまったのだと事情を話す。一大事じゃないか、とロマニは慌てた。ようは、カルデア側の英霊召喚システムに問題が生じてしまったということである。

 

 

「ええ!? ダヴィンチちゃん、それ僕、聞いてないんだけど!?」

「ロマニには言ってないからね。というか、さっき私も気づいたんだけど」

 

 

 技術者たちが顔を突き合わせて問題を追求し始めると、本題から思いっきり遠のくことをクー・フーリンはよくよく肌身に染みて知っていた。ゆえに、カツンと杖でコンクリートを突く。

 

 

「おい、横道にそれてないで、さっさといえよ。」

「おっと失礼。では、続きだ。…人類史滅却これは異常事態だ。人類を存続させるべく働く力、人類の持つ破滅回避の祈りである“アラヤ”がなんらかの干渉をしてね、だいぶ召喚式がゆるゆる、…ちがうな、……んーと、がばがば? まあ、そんな風になっちゃたんだ。」

 

 

 つまるところ結論だけ言ってしまえば、何を召喚できるのか分からないが、とにかく何でも召喚できるということである。普通は召喚できないような神霊だろうともサーヴァントの格に落として召喚することが出来るということだ。

 だが、霊格はカルデア側の相性に左右されてしまう。星の救済を目的とした召喚式を掲げるカルデアの契約に当てはまるよう、サーヴァントは規定された五段階の霊格に割り振られて、組織と契約を結び召喚される。カルデアと相性が良ければ良いほど霊格が高く召喚され、能力が生前のそれと近くなるのだ。

 つまり、最初から知名度による下地強化を受けた状態での召喚。本来よりも強くなるケースも考えられるということ。本来三流サーヴァントが一流サーヴァント並みの力を発揮するようになったりするという。まあ、逆も然りだが。

 その分、サーヴァントが召喚されにくくなるという本末転倒な話になっているらしい。どのみち全てはマスターの運次第。縁さえつなげばどんな奴らでも召喚できるということだ。

 

 しかし、と。クー・フーリンは鎧の二人組を頭に浮かべる。

 彼の知るアーサー王(彼女)ではないが、片方は確実にアーサー王だろう。後の一人はライダーと名乗ったが、はてさて、誰なのか。

 アーサー王の態度からするに王に近かった騎士―――円卓の騎士で間違いは、まずないだろう。その中の、ランスロットはおそらく違う。かの有名なアロンダイトを持つのであればセイバーとして召喚されるはずなのだ。

 フェイルノートを持たないのであればトリスタンも違う。姉妹剣を持たぬ故にガウェイン、クラレントを振るわず、竜で作られた剣を振るうし何よりも王への忠誠っぷりを見るからに叛逆の騎士モードレッドでもないだろう。ならアグラヴェイン? いいや、あれは書類仕事を任せたものだとアーサー王が語ったからきっと違うはずだ。

 クー・フーリンの出した候補者に当てはまっていたのだが、円卓の騎士には詳しくはないので彼は正体不明の英霊を一目見るべくシミュレーションルームへと足を向けるのであった。

 

 

「ま、とりあえず合流するかね。」

 

 

 アイルランドの光の神子。キャスターとして現界したクー・フーリンがシミュレーションルームへと足を運ぶと、血が沸き立つ光景がそこにはあった。

 

 神秘が遠ざかった現代で行われた、それはまさしく、神代の再現。耐久力はどうしたかと聞きたくなるそれであるが、そも、カルデアが有するシミュレーションルームとは、一般的なそれとは異なるもの。英霊たちの能力に耐えきれるよう、対人・大軍と言った宝具を撃っても壊れぬ仕様。

 マスターが召喚した英霊の能力を図るための場でもあるし、サーヴァントが己のマスターを見定めるための場でもあるため、そう言った強化が施された部屋なのだ。

 ゆえに、簡単に壊れることもなければ、ああやって崩れ落ちることもなく、“カルデア”に所属するマスターとサーヴァント訓練するに相応しい空間であるはず。

 

 それは、間違いないはずなのだが―――…あれは、あの円卓の騎士たちは、やはりサーヴァントとは異なる存在のようだった。サーヴァントとして当たり前にある上限を、感じられない。

 

 

「まだまだ行きますよ、ライダー!」

「いつでも。」

 

 

 幼少の頃のみを抜き取ってしまえば、その姿は確かに最盛期。―――であるはずなのに、幼き英雄王は押されてしまう。泡沫の神代を残す時代の騎士であろうに、よもやまさしく神代に生きた王と互角に相対するとは優秀なものだ。

 

 

「リツカ、指示を。」

「う、うん!」

 

 

 激しい戦闘の中、ライダーはしっかりマスターである立香を庇って攻防を為す。目を慣れさせるためか、お互いに目配せし合ったサーヴァントは速度を落とした。

 これならばなんとか出来るかも、と光明を得た立香はマスターとしての役割を果たすべく指示を出し、カウントが始まる。あれで準備運動と称するのは無理があるのでは、と引きつる職員は無心で職務を全うすることだけを頭に浮かべた。

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