フジマル リツカ。日本の男子高校生であった彼は、苛烈な嵐のような勢いの指南を乗り越え、ようやくひよっこマスターとして最初の聖杯探索の旅の始点に立った。
「やあ、おはよう。」
「おはようございます、リツカ。」
「おはようございます! アーサー王!」
空気が洗われるような爽やかさを凝縮した笑顔を前にリツカは勢い良くお辞儀と挨拶を返し、側に控えるライダーを見やる。心なしか足元がふらついているように見えたのだ。
気遣わしげな瞳に気づき、ライダーは答える。ただスキルとやらの影響だ、と簡潔に。心当たりのあるものに、身を案じる姿はただの心優しき少年だった。
ライダーが有する『病弱』スキルとはサーヴァントが持つ特性にも似たスキルのことである。天性の打たれ弱さ、虚弱体質。このスキルの保有者は、あらゆる行動時に急激なステータス低下のリスクを伴うようになるデメリットスキルである。
おそらくライダーの此れは体質の問題で付随したスキル。発生確率はそれほど高くないが、戦闘時に発動した場合のリスクは計り知れない。アヴァロンにある本体は、弱点とも言えるそれを改善する間もなく、未だ“術を解除したまま”である。決して剥がれぬデメリット。
それが、ライダーの抱える爆弾のようなスキル。素顔を明かせば一気に崩れるだろうと直感で察し、けれども必要とあらば解放することも視野に入れているとだけ告げた。作戦に組み込んでくれと意であることを受け取り、リツカはどうしても必要があればと遠回しのお断りであり、了承の言葉を返したそれ。
生まれながらに肉体と魔力が相容れなかったが故に、保持するスキル。過去のライダーを知るエミヤが納得したのをみて、アーサーは少しだけ泣きたくなった。此処でもなお、彼は苦しまなくてはならないのか、と。
けれど、デメリットばかりではなく、病弱スキルのほかに、彼は『被虐体質』のスキルを保有する。集団での戦闘において、敵の標的になる確率が上がるというものだ。
マイナススキルのように思われがちだが、強固な守りを持つサーヴァントがこのスキルを持っていると優れた護衛役として機能する。ライダーは己の守備には無頓着だが、その背後に守るべきものがあるのであればその守備力は何倍にも膨れ上がるのでスキルの相性は良い。攻撃こそが最大の防御とは言ったものである。
若干の防御値プラスも含まれる他、Aランクともなると更なる特殊効果が付く。攻撃側は攻めれば攻めるほど冷静さを欠き、ついにはこのスキルを持つ者の事しか考えられなくなるという。
アーサー王の知る中でのライダーは、先陣切って敵陣の中央に行くとか、囮役を買って出るなんてよくあることだったから、確かに合っているのかもしれない。―――そしてそれは、病弱スキルを持つがゆえに「あそこを崩せばよい」と狙われやすくなるデメリットをメリットに変えるだけの効力を有するもの。
そして、三つ目のスキルは『アーサー王』を強化することのほかに自己強化に特化したスキルのようだった。『変わらぬ敬愛』というそれは、ライダー特有のスキルのようで、忠誠を誓った王が存在する限りは負けを知らず勝利のみを得る。
なお、現在はリツカと正式に契約を結んだために、スキルランクを落としてそのような形となっているが、本来のスキルは『
キャメロットで彼が負けなしだった理由、と告白された日にはアーサー王がシュミレーションルームで宝具を一発目に開放した程には気持ちを揺さぶった。
“あの日から私のすべては王のものです。”と真摯な瞳で言われてしまっては、言葉も出なかったのだろう。喜びと、その他のなんとも言えぬ表情で呻いていた。
今のところ、戦闘で使えるスキルがあの三つ。ステータスには『直感』なども書かれてあったが、ライダー時に使えるスキルはそれだけだと言った。メモ帳にペンを走らせながら、リツカは頷く。
「ほかにもあるみたいだけど……」
カルデアが記録するマテリアルを眺めながら言えば、円卓の騎士は緩やかに肯定した。もちろん他にもスキルとして昇格されたものはある。
だが、一つのクラスで三つ以上のスキルと使うと均衡が崩れて大変なことになるから、今は此れだけなのだ。リツカはそうやって教えられたがよく分からなかった。何かしらの理由がある、とだけ分かったので詳しくは聞かなかったが。そんなリツカの様子はもちろん筒抜けだ。
「うん、うん……ライダーのスキル教えてくれてありがとう。頑張るね、俺。」
「……適度に力を抜くことも大切ですよ。」
そうしろと肯定するべきなのだろうが、これ以上もう彼を追いつめるつもりはない。ただの子どもである少年を巻き込んだ世界救済では、張り詰めるばかりの空気を良しとするわけにはいかないからだ。
自室だと案内を受けた部屋でケーキ片手にだらける姿が、ファーストインパクトだった彼に、どうやらリツカは気を許しているようだったから。力を抜けと言ってきくような性質でもないだろうし、折を見てドクター・ロマニとの会話を増やすべきだろう。リツカはライダーのスキルを確認して、ライダーはリツカの精神状態を確認した。
カウンセラーの確保をしたとは言え、あの部屋もまだまだ瓦礫まみれ。現在は食堂の一角にて細々と相談を請け負う程度のそれのため、本格的な活動は望めない。日記ならばさんざ筆を動かしてきたこともあり、部屋が出来るまでの間、マスターの精神状態の把握をライダーは自主的に担うことにしたのだ。
交換日記よろしくマスター観察日記と名付けられたそれをカウンセラーに手渡した。ここ数日の分はある。
もうすぐ聖杯探索は始まるだろうから、仕事を増やしてしまうけれど自分で日記を書かせるべきだろう。特異点での出来事や物事の受け取り方などは、リツカのことだからリツカ本人にしか分からぬこと。客観的な視点を求めてのことだから続けてほしい。
そう願われたマスター観察日記は、再びライダーの手元に戻ってきたのでサーヴァントが交代で記すことになった。
瓦礫の撤去は綺麗に行われたカウンセリングルームは、現在ただのまっさらな部屋―――…であったならばよかったのだが、壁やら床やらは汚れていてまだしばらくは使い物にはなりそうもなかった。
問題は山積み。ケイ卿とアグラヴェイン卿が懐かしかった。あの二人が揃ったら、すぐさま解決策やら財政管理やらと問題にあたり、解決策を見つけ出してくれたから。
ライダーは管制室へと向かった。幾つもの電子モニターでせわしなく文字のようなものが流れていく。大慌て、かつ、冷静に、モニターの文字と同じ速度で人が足を運ぶ。中央の巨大なモニターの前で腰かけるのは、ふわふわ揺れるポニーテールが特徴的なドクター・ロマニである。
場を統括する身の彼は、不養生にも徹夜で観測を続けようとしたので問答無用でとっ捕まえ、ダヴィンチ工房で作成された安眠枕に顔を埋めさせたおかげか顔色は悪くない。あの日からまばらな時間ではあるものの、ちゃんと睡眠をとるようになったことも関係しているのだろう。
とは言え、無理を押し通すこともしばしばあるようなのだけれど。強制的に休ませるか、自主的に休むかと言えば、彼は後者をとっておざなりにしそうだから今度から強制的に休めるような部屋をこさえるべきだろうか。
「早速だけど、ブリーフィングを始めようか。」
聖杯探索。グランドオーダーにて、リツカがやるべきことは大きく分けて、二つになる。情報のすり合わせ、知識の共有、遂行するべき指令。
そのうちの一つが、特異点の調査と修正。その時代における人類の決定的なターニングポイントへ赴き、調査、そこで何が起きているのかを解明し、元の人類史に沿うように修正すること。何があっても過去を変えるわけにはいかないし、過去が消えることもあってはならない。世界の記憶をなぞりながら、世界の記憶を正すのだ。
修正しなければ人類は破滅したままである。そのままカルデアが2017年を迎えた瞬間、すべては終わってしまう。聖杯探索はそうならないようにする旅。これが、その作戦。
二つ目が、聖杯の調査。なんでも願いを叶えるアニメなどでよく見かけた『魔神のランプ』のようなものが、聖杯。レフはそれを悪用し、世界滅亡を手招いた。
問題に上がったその聖杯を調査、及び回収すること。時代の修正を行った後、もう一度、時代が改変されないように管理するためにも必要なことである。
「えっと、問題を探して直して、聖杯を探して回収する……?」
「その通りだとも。」
なんとか知識として呑み込んだリツカを見て、ドクター・ロマニはもう一つ。現地での仕事を伝える。
「主目的はさっき言った二つなんだけど、そのほかに、もう一つやってもらいたいことがある。霊脈を探し出して、召喚サークルを作ってほしいんだ。」
「召喚サークル?」
その仕事をしなくてはカルデアと契約したサーヴァントたちを、現地に召喚することが出来ない。戦力差をすこしでも埋めるためにも、同伴できるサーヴァント以外の繋がりを結ぶ必要があった。
「先輩、冬木でやったアレです。」
なぁにそれ、と言いたげな表情を目ざとく拾ってマシュは答える。焚き火に薪をくべるような動作に、あ、とリツカは声をあげた。ゲームで言うならば、キャンプをはるやつだ。
「拠点づくりするの?」
マシュは藤色の瞳をぱちぱちとさせ、緊張をすこし残した瞳でやわりと微笑んだ。なんというか、魔術師らしくなくて素朴でかわいらしい発言をするおひとだと。
「なるほど、理解しました。拠点、安心できる場所……。屋根のある建物、帰るべきホーム、ですよね。マスター。」
今度はリツカの表情が目に見えてやわらぐ。そう! と勢いの乗った肯定。
「マシュはいいこと言うね!帰るべきホーム…!」
そっか、そういえばいいんだ。とにこにこ笑って言った。コミュニケーションを円滑にとれる関係性は滑り出しとしては上々。緊張感の似合わぬのほほんと穏やかな空気。お互いの言葉に和気藹々とした雰囲気を醸し出す二人は、どうやら良い関係を築けているようだった。
「そ、そう言っていただけると、わたしも大変励みになります。……サーヴァントとして未熟なわたしですが、どうかお任せください。がんばりますから!」
「キュー!」
「俺も頑張る!」
彼らが帰るべき場所へ帰ることが出来るように尽力しようと一同の心は一つになる。嗚呼、本当に…。拠点、帰るべきホーム。マスターとして特異点でやるべきことは、帰るべきホームを作ること。どちらも、温かみのある、とても良い言葉だと思った。