乗り心地改善の大計画について熱く語られるため、退屈するはずもなく、当初の目的地である町ラ・シェリテが見えてくる。此処でオルレアンの情報が得られない場合は、更にオルレアンの地へ近づかなければならなくなるのだが。
近づけば近づくほど人の警戒し、相手側は攻撃的になる。戦闘ともなれば、フランスの乙女にはすこし自信がなかった。―――自信がなくとも、やらねばならぬ。だが、負けてしまったらすべてが終わる。
「なるべく、そうならないように済ませたいですね。今の戦力で彼らに打ち勝てるのかどうか、その確証が持てない限り、攻め入るわけにもいきませんし。」
「へえ、慎重なんだね。」
リツカの言葉に穏やかだった聖女。ジャンヌ・ダルクは表情を硬くした。
「…いえ、正直焦っています。もう一人の“私”は、どう考えても正気ではない。そんな怪物が人を支配して、何をするかなど……―――想像するのは容易いのです。圧倒的な力、圧倒的な憎悪は、どれほど高潔な人間でも、簡単に壊してしまうから……」
ジャンヌ・ダルクの言葉に、ライダーは最後に打ち合った太陽の剣を持った騎士を浮かべる。圧倒的な力を持ち、人間性を根こそぎ捨てようとした王を追ってきた騎士。
おそらく彼は神性を纏わんとした王と対面しただけでも、その心が折れてしまっただろう。幾度となく衝突した彼の性質を思うに、『完璧な王』だけを見つめる彼が『王は人の子』であると気づけば。……嗚呼、どうなるかなど容易かった。
もしも、神性を強く持った、かの王と、彼が出会おうものならば今度こそ、その忠誠心を捧げてしまうのだろう。彼はとても素直な人だから、猪突猛進になってしまう人だから。
たとえ、己の為した功績すらも捨て石にして。己の守らんとした命ですら。捧げた王の命令とあらば、そう言って斬り捨てるのだろう。己の人間性ですら。疑う余地もなく、完全に。魂の一欠けらも一つも残らず。
不意に、憎悪に濡れた気配がした。嘆きなのか、涙なのか、怒りなのか、炎なのか。それは不明瞭な存在だったが、焦がすような焦げるような、人の身には有り余る憎悪だと感じた。
「……ッサーヴァント反応を確認。場所は、此れより北西です。」
「!」
冬木で感じた恐怖の塊ではなく、憎悪の塊のようなもの。腹の奥底から寒気が広がるようなそれに腕を震わせ青ざめながらリツカは空を見上げる。
くゆる黒の煙が、不思議な転輪の浮かぶ空を汚す。そして、リツカにもわかるほどの重圧が、憎悪が、数多の嫌悪が、すぐさま気配が遠ざかったことを理解した。得体のしれない恐怖に震えながら必死に涙を堪え、寄り添うマシュの手を握り返す。
「……反応ロスト。魔力の痕跡は辿れますが、如何いたしましょうか。」
「反応がロストしたなら追いかけずにラ・シャリテへ急ごう。―――燃えている。」
「承知しました。……全速力で、
馬が声をあげ、光を纏って一つの場所へと向かう。
王の往く道をひたすら走り続ける戦車。ただ王を目的の場所まで送るためのそれは、まさしくライダーの性質を強く反映した。
だからこそ、あの三人の騎士は、彼を求めた。赤き閃光の残像が、駆ける馬車の軌跡をかすかに残してはじけて消える。まるで、赤雷のようだとアーサーは瞳に景色を閉じ込めて微笑んだ。
■
そこにあったのは、廃墟同然と化したラ・シェリテらしかった場所だった。フランス独特の町並みの影もなく、崩れ落ち廃墟と化した空間。
燃え滓の中には子どもの焦げた目玉や、子どもを守ろうとしたのであろう人間の腕が残されている。その他にも臓器がまき散らかされたままの少女や、脳みそだけがくりぬかれた少年、爪の一つ一つを剥がされたかのような老人。無残な遺体が残された、ラ・シャリテの惨状にジャンヌ・ダルクは御霊が無事に天にたどり着けるように神へ祈る。
「なんてことを…」
信じられなかった。自分の、自分の反転したすがたは、このような惨いことを平然と行う心を宿すのかと。信じたくない気持ちでいっぱいだった。
言葉を零し、立花は口元をおさえて堪えきれなかったものを近くに吐き出す。終始、マシュが背中を擦ってくれたことが小さな救いだった。ぼろぼろと嗚咽とともに、胃の中身がひっくり返る。
けれども相手は待ってはくれず。一陣の風とともに、赤き雷鳴が走った。
「レディマシュ、ギル殿、リツカの護衛を。キャスター、アーチャー、狙撃の準備を。屍兵の気配を感じ取りました。戦闘態勢に移行します!」
「オレぁ魔術師なんだがな。まあ、応よ!」
「了解した。精々足を引っ張るなよ、キャスター!」
現れる場所はてんでバラバラだったが、ギル、エミヤ、キャスターの狙撃技術は凄かった。屋根上から飛び降りようとした屍兵を見つけるなりすぐに矢を、魔術を放ったのだ。地上に存在する敵はアーサー王とライダーが一閃し、それでも湧き出るようなら二手にわかれて襲撃を沈静化した。
ジャンヌとマシュの出番はなかったが、しかし、ワイバーンの出現に是はライダーが槍を構えた。ドラゴンとあれば私にお任せを、と口にするだけはあって一撃で仕留める姿は頼もしい。
「っ―――…」
「ら、ライダー!」
先ほど倒れたときのダメージが抜けきらなかったらしく、着地すると同時にふらつきが目立つ。倒れてなるものかと維持でたたらを踏んで耐えきり、息苦しさに眩暈を覚えながらも前進した。
あの体調で戦闘は難しそうで、それでも彼が抜けると戦力ダウンするので、なかなか休んでと言いにくい状況の中、リツカは吐き出して痙攣する手で、マシュの手を握った。
ぐちゃり、と音がした。敵なら対処しなくちゃ、と。けれども何かを咀嚼する音で、嫌な予感をしながらもリツカは音のする方へと首を向けてしまう。
「何のお――――……と―――うっ…!」
「せんぱ、先輩!」
死体を食らうワイバーン。それを直視した立花は気を失いそうになって、マシュに支えられる。吐き出したばかりで胃の中はもう空っぽだが、また吐き気がした。
「……宝具で一掃します。リツカ、下がって。」
ちゃき、とライダーは見慣れぬ剣を構える。光の粒子が彼の手元の剣に集束し、高密度な赤雷が踊るようにあたりを跳ねまわった。
「集え星の息吹よ 我が力は守る為に揮わん……―――
弾けるように飛ぶソレは間違えなく雷だが、何処か安心するような雰囲気で思わず心が惹かれるものがあった。
彼が王から与えたもうた剣の基本的な性質は、”増幅”である。ライダーの魔力属性は、嵐を内包した雷―――赤雷。その力を一点に集束させ、解き放つだけの攻撃。剣本来の力を得るためには段階を踏まねばならず、現状では仮想宝具が限界。
ある意味では、彼が知る中の最強(エクスカリバー)の模倣のようなものであり、彼ならではの最大火力による攻撃手段と言える光が、ラ・シェルテを呑み込んだ。
「……戦闘は終了です。付近にエネミーの気配を感じません」
視界が光に包まれて。おさまった頃には吐き気がなくなって、一掃された景色にリツカは震えの止まらぬ手を押さえつけるようにもう片方の手で握りしめようとしてマシュにそっと握られる。
「…これをやったのは、恐らく“私”なのでしょうね。」
「そんなこと―――」
否定しようとしたリツカの声を遮るように、ジャンヌ・ダルクは町一つをまるでおもちゃのように壊し去った魔女は、己の反転したすがたであるのだろうと肯定した。
「その確信が私にはあります。…分からないことは一つだけ。どれほど人を憎めば、このような所業を行えるのでしょう。…私には、それだけが分からない。」
表情に翳りを落としたジャンヌにマシュもリツカも、表情を曇らせた。否、ラ・シャリテに足を踏み入れた時点で彼らの明るさなど消え去ったが、それ以上に気持ちを落ち込ませてしまったようだ。
そして、間入れずに立ち去ったはずのサーヴァントが反転したとドクターの報告で、その数に絶望した。サーヴァントは五騎である。
「ちっ、万全な状態じゃねえってのに野郎とやり合うのは得策じゃねえ。正直心底嫌だが、今の状況だと撤退するしかねえぞ坊主!」
「わ、わかった! マシュ、ジャンヌさん!」
慌てた様子でラ・シャリテの出口だった方向へと体を向けようとしたリツカの目に移ったのは、件の聖女がその場に旗を突き立てて、行動を制止する姿だった。「ジャンヌさんはやく!」 急かす声に彼女は鈴の音を転がしたような静かな声で告げる。
「逃げません」
「でもっ!」
セイバーと化して戦ったライダーが弱体化し、満足に力を発揮できぬ以上は不利だ。戦闘に関しては危なっかしいながらも完全に
「だが、圧倒的に不利だぞ! 現状、逃げる以外に手段はない!」
出来ることならば体の休めるところで暫く身を休ませたいし休みたい、それがリツカの本音だった。キャスターの身ではあるが、本来はアルスターを駆けた戦士。状況の把握なぞ素人のリツカよりも早かったクー・フーリンの言葉も背を押すように、リツカの判断を固めさせる、のに。彼女の決意も堅かった。
どうしてこのようなことをしたのか、どうしてこのようなことになったのか。あなたはなぜ、そこまで人への憎悪を炎のように滾らせるのか。同じ
「逃げません。せめて、真意を
人の命をもてあそぶ魔女と呼ばれるようになった反転した己の存在を、そうでもなければ止めることなど出来ません。「ですが……!」 そう叫ぶ聖女にマシュは案じるように返す。問い質すよりも早く、真実をつまびらかにするよりも早く、あなたが儚くなってしまう可能性の方が―――
『駄目だ、マシュ!もう間に合わない! いいかい、逃げることだけを考えるんだ!』
接触まで――――――――――