白色の布を多く使われた健康的な肌の色をしたジャンヌとは、何もかもが真逆だった。
燃え尽きた灰のように真っ白な髪と肌。此れこそが憎悪の色と言わんばかりの漆黒の鎧に、燃える焔のような鋭利な復讐の意志を濃く宿す瞳。あら、と目の前の存在を可笑しそうに見下ろす彼女の表情は白き聖女は変わらぬように見えるのに、まるで違う雰囲気で。
「―――――なんて、こと。」
うふふ、と恋する乙女のような笑みは、上空をはばたくワイバーンの背の上で踊る。憐れむような笑みがある一点に注がれ、滑稽なものを見るかのように
「あらあらまあまあ、なんてことなの!まさか、まさかこんな事が起こるなんて!」
ねえ、と付き従うワイバーンたちの上に座する英霊たちに? それとも普段は側に控える魔術師に? 否である。自分自身に問いかけるようにして、彼女は滑稽であると嗤った。目の前に、滅びた町で、滅びた人に、魂の救済をと祈り願うあの乙女の姿と言ったら!
「お願い、だれか私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいの。本気で可笑しくなりそうなの。だってそれぐらいしないと、――――――あんまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう!」
だって、それは自分とまるでそっくりな。否、否否である。自分なのだから。復讐に燃え落ちることのできなかった哀れな小娘! 神の僕のまま昇華された未熟な自分!
「ほら、見てよジル! あの哀れな小娘を! なに、あれ羽虫? ネズミ? ミミズ? どうあれ同じことね、ちっぽけ過ぎて同情すら浮かばないわ!」
あまりにも一方的で言葉を挟む余地もない。嗤う声のほかには憎む声がする。爆ぜるような炎の焦げた香りをまとった彼女は、ふわりとその場でまわり、鎖帷子から伸びる黒鉄のスカートを翻して両手を広げて言った。
「ああ、本当…―――こんな
激しく愉しそうに嗤った彼女は唐突に不機嫌そうになってから、嘲笑をジャンヌへと向ける。嗚呼、本当に哀れね。と嗤う彼女の顔はまさしくジャンヌ・ダルクそのものだ。
「貴女は……貴女は、
目の前の、ひとしきり己の存在を嗤う。ただそれだけであれば良かった。けれど、国を、民を、存在すべてを嗤った彼女は誰なのかとジャンヌは問う。
「それはこちらの質問ですが……そうですね、上に立つ者として答えてあげましょう。私はジャンヌ・ダルク。蘇った
その発言に、ジャンヌは頭に集まりかけていた熱がさっと引いていくのが分かる。否。わたしはただの田舎娘に過ぎません。どれだけおだてられても、どれほどの権力や財力を前にしてもそれは揺るがず、彼女の中に確固としてあるものがあったからだ。
「……馬鹿げたことを。貴女は聖女などではない。私がそうでないように。」
黒き聖女の柳眉が跳ね上がる。それはもう過ぎた事こと、語ることではありません。憎悪に身を委ねる彼女の様子にさして気にした様子もなく、ジャンヌは素朴な疑問を投げかけることにした。
「それより――――――この街を襲ったのは何故ですか?」
「何故かって? 同じジャンヌ・ダルクなら理解していると思いましたが。属性が変転していると、ここまで鈍いのでしょうか?」
その質問に漆黒に染まったジャンヌ・ダルクは心底不思議そうにコテリと首を傾げ、そして白きジャンヌ・ダルクの瞳を見た。悪逆に対して理解不能と言わんばかりの無垢なる瞳。
「街を襲った理由など単純明快で答えるのもバカバカしい。単に、フランスを滅ぼす為です。私、サーヴァントですもの。政治的にとか、経済的にとか、回りくどいわ。物理的に、ぜーんぶ潰す方が確実て簡潔でしょう?」
「バカなことを……!」
「
先ほどから同じことばかり、と黒き聖女はワイバーンに羽ばたかせる。自由な空を謳歌するためであり、悪逆非道の限りを尽くして人々に恐怖を知らしめさせるための行為であった。
「愚かなのは私たちでしょう、ジャンヌ・ダルク。何故、こんな国を救おうと思ったのです? 何故、こんな愚者たちを救おうと思ったのです? 裏切り、唾を吐いた人間たちと知りながら!」
悲鳴のような怒声。救ったはずの相手から神の声など聞こえるものかと嘘つきだと罵られ、暴力を振るわれ、ひとりの人間として、少女として蹂躙された日々。
「私はもう騙されない。もう裏切りを許さない。そもそも、
「そんなはずはありません!」
ならばどうして私が居るのか!
「だから滅ぼします。」
苛烈なまでの成りは秘め、黒き聖女は優し気な母なる微笑みをもって断言した。世界を滅ぼすための一手を、己が手で打ち出すためであると。
「主の嘆きを私が代行します。すべての悪しき種を根元から刈り取ります。人類種が存続する限り、この憎悪は収まらない。このフランスを沈黙する死者の国に作り替える! ―――それが私。それが死を迎えて成長し、新しい私になったジャンヌ・ダルクの救国方法です。」
最期には、炎で焼かれて命を刈り取られた少女の悲鳴にリツカは圧倒された。白き聖女は自分の存在こそが、主の声であると声高に反論する。けれども、同じことです。と黒き聖女は返した。
「貴女が自分の存在こそが神の声と言うのであれば、私だって同じことなのですよ。―――まあ、貴女には理解できないでしょうね。いつまでも聖人気取り。憎しみも喜びも見ないフリをして、人間的成長をまったくしなくなったお綺麗な聖処女様には!」
「な……」
ジャンヌは絶句した。自分と同じ顔から、まさかそんなことを言われるだなんて。
ジャンヌ・ダルクの反応でやや安心したのやら恥ずかしさに顔を逸らせば良いのやら分からなくなったリツカはマシュを見た。
きょとんとした表情でライダーに尋ねる素朴な少年のなんとも言えない質問。それを受けたライダーはライダーで『おそらくは噛んで一つ多くなったのでしょう。聖女、と言おうとしたはずですよ』と相変わらず真面目に返答していた。
マシュへの悪影響を避けるためか、それとも素で答えたのかは定かではないが、エミヤの反応を見るからに、まさかとは思いたい。
(―――――それ、素、なんですかライダーさん……?)
こわごわとした表情でドクターは思った。そんなリツカたちを置き去りにジャンヌたちの会話は続けられ、続けた末に漆黒に染まったジャンヌ・ダルクはとうとう武力に出る。
「バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。その田舎娘を始末なさい。雑魚ばかりでそろそろ飽きたところでしょう?」
淡々と、自分の半身たる白きジャンヌを始末しろと命令を下したジャンヌに従うようバーサーク・ランサーとバーサーク・アサシンが前に出る。
「喜びなさい、彼らは強者です。私が召喚したサーヴァントの中でも、貴方たちは一際血に飢えた怪物です。勇者を平らげる事こそが貴方たちの存在意義。存分に貪りなさい。」
白きジャンヌを見つめ、そして悠然とした態度で腕を組みながら後ろのバーサーク・アサシンであろう女性と言葉を交わす。晩餐を準備する前の貴族のような。
「では、私は血を戴こう」
「いけませんわ
それでいて血に濡れた言葉。
ぎゅ、と己の身を抱きしめるように両手に力がこもる。豊かな双丘がさらに縮こまり、ゆったりと胸の上から首にかけてをつうっとなぞって行く。美しき曲線を描く贅沢を尽くした至高の女体を維持することに、名誉なんて目に見えない不確かなものが役に立つとでも?
「強欲だな。では、魂は? 魂はどちらが戴く?」
「魂なんて何の益にもなりません。名誉や誇りで、この美貌が保てると思っていて?」
組んだ腕をさっと解く。コルセットの上からさらに寄せられたばかりの豊かさが、ふわりと解けて。王様、と呼ばれた男は一瞥もせず、槍を作り上げる。
「よろしい。では魂を私が戴こう! ―――しかし皮肉なものだ。血を啜る悪魔に成り果てた今になって、彼女の美しさを理解できるようになったとは。」
ジリ、とジャンヌが旗を構えて一歩下げる。言葉を重ねるごとに血のニオイは濃厚に立ち込めて、声量も彼らの興奮具合を表すかのように高ぶってゆく。
「ええ、だからこそ感動を抑えられない。私より美しいものは許さない。いいえ、それより―――――私より美しいものの血は、どれほど私を美しくしてくれるのかしら?」
仮面の奥で怪しげな美女が獲物を捕らえ、こくりと喉を震わせた。
「ああ、新鮮な果実を潰すのは楽しいわ。果肉は捨てて汁だけを嗜む―――――此れこそ夜の貴族の特権。私の宝具で、一滴残らず絞り出してあげましょう。」
鉄の囲を顕現させたバーサク・アサシンをさして、リツカが指示する姿勢を取る。それを認めたマシュは迷わず身の丈以上の盾を振り回して突撃した。
「ジャンヌを助けよう!」
「はい、マスターッ!」
マシュの声の後に続けるようにキャスターが杖を構え、火を放つ。おうよ任せな、と頼もしさ全開の声が鉄の魔女を遠ざける。小さな英雄王は楽しそうに笑ってからリツカの隣へと移動した。
「護衛は必要でしょう? マスターのことは気にせず、存分に暴れてくれて構いませんよ。」
召喚の契約者であるリツカの下したオーダーにサーヴァントたちはそれぞれ声をあげ、敵との正面突破を試みるのであった。
大地を抉るように突き出された血液で作られた槍。しかし、ライダーが構えた青緑色の剣がそれを吹き飛ばして応戦する。
バーサーク・アサシンがアイアンメイデンを魔術で召喚し、たくみに戦場を翻弄する中、接近戦を挑めばライダーとアーサー王によって阻まれ、遠方からはアーチャーやキャスターからの攻撃が放たれる。なかなかにバランスのとれたメンバーかもしれない、とマシュの盾に身を隠したリツカとジャンヌは時間が流れるのを待った。
真名を探し当てるための時間稼ぎでもあるのだ。誰なんだろう、誰だろうと必死に歴史書の登録されたタブレットを操作して、血の槍をキーワードに逸話を検索する。
「……まったく。あんな小娘を仕留めきれないなんて…。もしや温情をおかけになったのかしら?」
「ふ、」
「―――お顔に似合わずお優しいこと。“
「…何?」
バーサク・アサシンの言葉にマシュとロマニ・アーキマンが反応した。
「くしざしこう……あった!」
ヴラド三世。ルーマニア最大の英雄―――通称“串刺し公”であると、判明した。名を叫んだロマニは、ヴラド三世から不興を買う。
先ほどまで上機嫌で戦いを楽しんでいたのに、今はもう仏頂面―――もとい殺戮マシーンと化さんとしていた。しかし、そんなバーサーク・ランサーの様子にバーサーク・アサシンは微笑を携えてアイアンメイデンを出現させる。
「まあ、野蛮。けれども良いではありませんか。悪名であれ人々に忘れられないのであれば、私はそちらを選びます。それに―――真名で謳われる方が、私の好みですわ。」
艶やかに微笑むバーサーク・アサシンを鼻で笑って、肩を竦めてみせるバーサーク・ランサー。二人の仲はさほど良くはなさそうだ。
「恐怖と絶望、そのスパイスに仄かな希望。いつだって一番良い声で啼くのは、コレで逃げられると思い込んだ子リスたちなのですから。」
「ふん。最後の最後に、真に逃げ延びられた者の手で破滅に追い込まれたのは貴様の方だろう。エリザベート・バートリー。……いやさカーミラよ。無残にして何とも滑稽な最期だったのはな。」
まあ、と大した驚いた様子もなく、妖艶な美女は真っ赤なルージュで驚きをかたどる。無粋ね。淑女の機嫌を損ねたことだけが分かる声色で、彼女は鞭を振った。
当たった岩場が砕け散り、遠く離れたリツカの居る場所まで破片が飛んでくる。都度、黄金の鎖が弾き飛ばしてくれるけれど、サーヴァントの動きはもやは目に追えるようなものではなかった。飛ばせる指示は、スキルの使用するタイミングだけである。だけどもリツカに不安はない。
だって、逃げるための作戦だもん。勝ってくれるんでしょう。白き聖女のジャンヌをあの激戦区から取り戻して、戦場のもろくなった部分を突破するための。