―――○○月○○日。
モルドレッド。7歳。
術を施されてから、早3ヶ月。あの言葉通りに、わたしの体内を駆け巡る魔力の3分の2は、常に削られるようになった。でも不思議と不快感はなくて、どちらかと言えば逆に、とてもすっきりした気がする。
重力全てを掛けられたかのように重たかった身体は、あの日。術を掛けてもらった日からまるで今までのことが嘘のように動かせる事実はとても嬉しかった。柄にもなく大はしゃぎで駆けまわっていると、弓兵と母が大慌てでベッドに寝かせてきた。
曰く、「病み上がりなのだから安静にしたまえ、君は!また倒れてしまうぞ!」
曰く、「わたくしの術が幾ら完璧と言えど、魘されて失われた体力は戻りません。」
だけど、眠たくなかったのだ。眠りたくなかったのだ。
まだもうちょっと起きて居られる気がするから、母と一緒にお話がしたかった。普段はわたしがすぐに眠ってしまうから、母の声がこんなにも穏やかなものだと感じることすら出来なかったから。ぼそぼそと母の袖を掴んでお願いすると、極まったように涙をたくわえながら母はたくさんのお話をしてくれた。
アーサー王をわたしの父親だと言ったのは、最初の一回きり。
そのあとは、「わたくしの弟の話」として紹介してくれる。たくさんの物語の合間に見える母の愛情は、確かにお姉ちゃんのものだった。羨ましく思うよりも前に、愛おしかった。やっぱりあの王様は、たくさんの人に愛される、人の王なのだ。
そうあれと願う母の言葉は、不思議とわたしの胸によく響いた。そうだ、あの王様は人の王様であるべきだし、ヒトのままであるべきだ。
しばらく話し込んでいるうちに、ぐう、とわたしの腹の虫が鳴った。珍しいことだったから、母とそろって顔を見合わせた。食欲があるうちに食べてしまいましょうか。そんなことを言って立ち上がろうとした母を制止し、弓兵は手頃に食べられるものを用意してあったのだと別室から「おにーり」を持って来てくれた。
またイントネーションが違うようで、笑われてしまった。おにーり、ではないのか。三角の、穀物が凝縮されたものは。聞き取りづらかったので、しばらくは「おにーり」と呼ばせてもらうことにした。
美味しかったから料理を教えてほしいと強請ると頬を引きつらせた。たべたい、と続けて言うと「歴史に加わることは構わんのだろうか……問題があれば強制退去させられるか…。」とつぶやきながら、どこか嬉しそうに承諾してくれた。食欲があるのは嬉しいことで、それを引き出せたのが弓兵の腕だと思うともっと嬉しいと。それは、なんというか……弓兵ではなくて、料理人と名乗るべき精神のような気がした。
―――○○月○○日。
モルドレッド。7歳。
冬の海。しのうみが罪なき子どもたちをさらった。
たった5日間の友を亡くした。あんなにも善良な人たちだったのに、陸地へ送り届けることすらできなかった。守ることさえも。……俺だけが生き残った。嗚呼、なぜ……俺だけを―――――(塗りつぶされた文字)
―――○○月○○日。
モルドレッド。7歳。以降から料理のレシピと味の感想が日記として続く。
―――○○月○○日。
モルドレッド。8歳。
もう教えられることはない、と弓兵からタイコバンをもらった。わたしの料理の腕前は、母の胃袋をがっしりと掴めたようだった。がんばった母のために用意するプリンを待ちわびる姿を、たびたび見かけるようになって嬉しくなる。
今日は、外の花から砂糖をとって来ても良いと許しが出たから、身体を鍛えるために素振りをはじめた木造の剣を帯剣ベルトにさして外出する。
白亜の塔から10分程度の距離にある花畑。そこが、わたしの目的地である。ただし、魔物も出るから充分に注意するようにと言われたから魔除けの術が施されたお守りをしっかり持って、蔦で編み込まれた籠を片手に塔を出た。
はじめて塔の外に出た。頬を撫でる風が、ほんのりと温かく。嗚呼、母が統べるアヴァロンの空気のうつくしさを感じた。白亜の塔は、アヴァロンの入り口だったのだ。この塔の最深部に、誰もが憧れるアヴァロンへと続く道がある。だが、風が吹くのは外だし、花の香りを感じられるのも外だった。
大きく深呼吸を繰り返して風を堪能し、母から教わった道をたどって花畑へと向かった。一本道だと教わった通り、しっかりと整地されたレンガの道は分かりやすかった。
入ってすぐ右手側にある、白色の花。その花弁をすりつぶすと、自然治癒力が上昇する甘い砂糖が出来上がる。飲み物に入れたり、蜂蜜に漬けたり、薬にしたり出来る代物だ。わたしもよくお世話になったし、おそらくこれからも世話になるだろう。
身体が丈夫になったのなら、
はじめてのお使いを任されたこともあって、少しずつ間をあけながら次の花が咲けるように、はりきって白い花を摘んだ。
よし、と籠の中の花を見て充分だろうと思った。これを持って帰って、今日こそ相談する。騎士になりたい、と我が儘ではあるけれど。人のためになることをしたいと言うのだ。出来れば、それは騎士でありたいとも。
帰り道の途中、鼻につく異臭に全身が凍り付くような感覚がした。噎せ返るようなニオイは、吐き気を催す。咳き込みながら辺りを見渡すと、何かに囲まれている。何だ。
目を凝らしてみると、ヒトの形をした泥のようなナニカが、そこには、居た。あれは誰だ。母の客か。否、その身に纏うものがあまりにも禍々しすぎる。見知った顔でなければ、気配も見知らぬものであった。白亜の塔に用事があるにしては物騒なニオイである。あれは、そうだ、吐血したのことがあるから分かった。―――…血だ。
咄嗟のことで、花畑へのルートを塞ぐために“辺りの空気を凍らせて”壁を作った。そして、塔に居るであろう母に向かって救援信号を送るべく、光をかき集めて打ち上げる。それが、合図となったようだ。
わたしは異形の化け物に襲われた。木造の剣で躱しながら、その場に留まる。移動しても気づいてはもらえるだろうけれど、わたしはこの辺りの地理がまったく分からなかった。安全な場所や移動させても大丈夫そうな場所の、見当がつかない。なら、動くべきではないだろう。
燃やしてしまえば簡単だろうけれど、森に火がつかないとも限らない。壁を作った時のように異形の周囲を凍り付かせて時間を稼ぐこと、数分もしないで弓兵から教わった“修羅”を背負った母が登場した。
「わたくしの坊やにオイタをするのは、お前ですか。死になさい。」
「わたくしの、かわいい坊やをイジメたのはお前ですか。消えなさい。」
最初から過激モードの母だった。
燃えないようにと気を付けていたが、母の魔術はその比でない。精密なコントロールで森の木々にうつらない業火で、そのすべてを焼き尽くした。
「剣を覚えたばかりで回避に徹底できたのはすごいことですよ。流石はわたくしの坊やです。…騎士としてもやって行けるでしょう。」
「し、知って……!?」
「当然です。あなたは、……モルドレッドは、わたくしのかわいい坊やなのですから。」
ビックリしてしまった。編み物や縫い物を進めてきてくれたから、そちらの道はどうかと勧めてきてるのだとばかり。しかし、母は何時だってわたしの言葉を否定しなかった。どちらかと言えば肯定的で、なんでもかんでも褒めてくれる。調子に乗って料理を作りすぎた時だって、「会議に持って行くお土産が増えました。たくさん作れるほど体力が出来たのですね。」と微笑みながらフォローを入れてくれるほどなのだ。
本格的に騎士となるためにはどうするべきか。相談をすかさず寄せると、母はまずわたしの体質の件で魔力を精密にコントロール出来るようになっておくべきだろうと助言をくれた。
魔術師としてならば、とたくさんの助言を受けながらわたしは訓練を始めることにした。剣の訓練は、術者としてならばともかくとして、と顔を逸らされたので独自に行う。母が魔術で水鏡を用意して、騎士の訓練風景を見せてくれるようになってからは一気にはかどった。―――……
―――○○月○○日。
モルドレッド。8歳。
以降、魔術と剣術に関する記録が続く。9歳以降からは、剣のほかの武器に関する扱い方や戦術に関する記録も入り混じる。
―――○○月○○日。大雲に空が覆われ、竜が出たと噂を聞く。
モルドレッド。12歳。
腕試しに、巷で噂の竜を討伐しに行った。
港町の近くで棲み処を構える竜は、案外脆かったので拍子抜けした。赤き焔と稲妻を操る竜の一部を持ち帰り、武器と鎧を作れる人を探しているのだが心当たりがあれば紹介してもらえないだろうかと母に伝えると、溜息まじりに素材を引き取ってくれた。巣立つならもっとゆっくりにしなさい、と嘆きの混じった声がした。……ご、ごめんなさい。
それと、残った部分は流石に大きすぎて持ち帰れなかったので隠蔽の魔術をかけたと言うと、母は「退治した場所を王に知らせるように」と呆れたように笑った。そんなにも早くに手から離れたかったのかと聞かれて、首を左右に振ると母の瞳が揺れて「早まりました。」と俯く。どうかしたのだろうかとあわあわしながらも、せっかくの助言を受けたのだからと言われるがままにすると、私は騎士に加入することを許された。何故。
―――○○月○○日。母の背後に暗雲が立ち込めた。
モルドレッド。12歳。
騎士の末端に加わることを許されたあの日から、母の嘆きようが凄かった。民草が困っているようだったし、腕試しの感覚で討伐したつもりだったと告白してからは、その唸るような嘆きの頻度が上がったから、もしかするとあの助言はもっと遅らせるべきだったのだろうかと気づく。キャメロットからの招待状を受けて以降、ひしひしと私はそう感じた。
私の“やらかし”のせいで、母との生活はもうすぐ終わりを告げてしまう。母は、「人とあれ」と口癖のように零すようになった。
弓兵からは、円卓に入るのであれば気を付けるようにと幾人の名を上げた。湖の精霊からお気に入りと認識を受けるランスロット・デュ・ラック。太陽の下で輝くガウェイン。もうとっくの昔に、モルドレッドの教育に関わってしまったのだから今更だろうと何かしらに吹っ切れたようだった。
「何かあれば助けに行く。エミヤ、と名を呼べばすぐにでも行こう。彼女にも許可を得ているから遠慮はいらないぞ。」
すべての時間軸の中に点として存在する偉業を為した人物。魔術的な存在として召喚したそれをサーヴァントと呼称するのだと知ったのは、つい先日だ。
夜中に母と相談を重ねる弓兵の「強制退去」「再召喚」の言葉が気になって、尋ねてみたら、サーヴァントの仕組みについてほんのちょっとだけ教わった。聖杯戦争なるものはなかったが、アヴァロンには聖杯が一つある。我が子を育てるための助力を得るべく、運命をひっくり返せるようなサーヴァントを手繰り寄せたところ、エミヤーーーと名乗った弓兵を召喚した。
私が1歳になったばかりの頃のことで、すでに生死の境目に行ったり来たり繰り返す私の面倒をよくよく見ることの出来る者で、母の魔術を模倣または投影できる者が好ましかった。その点エミヤは術の投影こそは不可能だったが、性能が些か劣化はするものの母の生み出した魔道具の投影は可能である。それなりに投影できる程度のものを生成し、エミヤ自身に作らせながらそれで私の体調を―――所謂、ベビーシッターとやらの感覚で契約した。ベビーシッターとは、子どもの世話をする側仕えのようなものだとエミヤから教わったが、側仕えの単語で表情を引きつらせたからどうやら違うようである。
エミヤはエミヤで、まあ、困っているならと理由で引き受けたようだった。なるほど、これがお人好しというものか。
困ったことがあれば、と繰り返す彼にゆるく頷くだけに留まっておく。エミヤの存在が露呈したときは、その―――聖杯とやらの存在を感知される可能性が高まるのだろう。だとしたら、願望を叶える聖杯とやらを秘匿するためにも、なおのことエミヤの存在も同じように秘匿するべきだと思ったのだ。
だって、存在が露呈すれば、最も危険な目に遭うのはアヴァロンを統治する母である。彼女を危険な目に遭わせるぐらいならば、そうならなくて済むように実力をつけるべきだ。
その方が何倍もケンセツテキのような気もする。危険な目に遭わせたくないのは、私も同じだと言えば、エミヤは隠れるのは得意だと言ったっきり黙り込んでしまった。何があっても一切呼ぶつもりはないのだと、どうやら感じ取ってくれたようである。私が居なくなってしまったら、どうかその分母を支えてあげてほしい。とても強くて、弱い人だから。
「しっかりとした子に育って……。」
嬉しく思うが、頼られることのなくなってきた今は悔しいような悲しいような寂しいような。なんとなく気持ちがわかってしまったので、その日は一緒に寝てもらった。言うまでもなく、エミヤは上機嫌だった。