叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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慈光の乙女

 なんとも、無粋な方ね。高圧的に響く高貴な淑女の声が、かの王に対してこれ見よがしに残念な物を見たとため息をこぼしながら言う。

 

 

「これだから根が武人な殿方は困ります。吸血鬼に堕ちていながら、高潔な精神(ココロ)に縋るなんて」

「私が、今、信仰に縋ると……?」

 

 

 可笑しな言葉(ありえないこと)を耳にしたとヴラド三世は瞳孔を開き、妖艶な淑女を真正面に捉え。大地の流動を伝って血染めの淑女カーミラの銀製の装飾品が映える赤と黒の入れ混ざった毒々しいドレスを引き裂きながら、血の槍が高貴なる柔肌に傷を作る。一色即発の雰囲気に変貌した二人にリツカたちは忍ぶように後方へと下がった。

 無論、ライダーとアーサー王は、バーサークという狂化の呪いをかけられたサーヴァントたちの令呪での逃亡も考えて、武装を解除せずにその場に待機したままである。

 惜しみなく与えられる全身への圧迫感と殺気が、彼らの中のリツカたちの存在を薄めさせた。そのまま身内でやり合ってくれれば万々歳なのだがね。エミヤがぼやく前に反転した(オルタナティブ)ジャンヌ・ダルクが二人を制止する。

 

 

「あなたたちが敵意を向けるのはそこの小娘たちです。仲間割れは後にして頂戴。」

 

 

 その言葉に、豊かな肢体を艶めかせ、カーミラは微笑みながらおっとりとした動作で詫びる。けれども、その手元にあるのは愛用する鞭。

 

 

「私、先達としてヴラド公を密かにお慕いしておりますのに」

「なるほど、初耳だ。慕う、とは暗殺する機会を伺う事だったとはな」

 

 

 ぴくり、と剣の柄が揺れる。ライダーの持つ剣の柄だ。彼の手にする青緑色の剣がやや光を帯び始めている。魔力が集まりつつあるようだが、理由はそれだけでは無かっただろう。

 あのタイミングからするに、バーサーク・アサシンが言った慕うという意味を、このライダーは如何なる理由であれ認められなかったのかもしれない。ド直球に憧れの為にその生涯を費やしたと言っても過言ではない生き様の塊である。

 少女の血を浴びると若返ると信じ、そのために数百人の少女を虐殺した言い伝えのある女性。それが、エリザベート・バートリー。否、カーミラである。

 騎士とは、か弱き民を守るための存在。貴族とは経済をまわし王や民を支える存在。騎士であり、己の領土もあったライダーからしてみれば許せることではないのだろう。しかし、その怒りはもっと別の場所から湧いているような気がした。

 気がして、彼の隣を見ればアーサー王が静かな怒りを見せている。守るべき民を虐殺し、己の我欲のみで領土を滅ぼさんとした貴族の在り方に、それを何とも思わぬ彼女の在り方に―――。

 

 

 もえる()もえる()燃える()燃える()燃える()―――爆ぜる(怒り)

 ジャンヌ・ダルクを見て、あなたの血はどんなふうに私の美貌を成長させてくれるのかしら、と笑うカーミラに。油の染み込んだものに引火する炎のごとく。アーサー王が切り込むよりも早く、燃えるような色を携えた赤雷が飛び出した。

 

 

 

―――ダァァァンッ!!

 

 

 

 瓦礫の破片が飛び散った。砕けて飛んだ岩の礫はカーミラの他にはヴラド三世めがけて、しっちゃかめっちゃかな方向で雨のように降り注ぐ。

 

 

「失礼。ミセスカーミラ。しかし、我が王の御前でそのような行動はお控えいただきたい。心底――――嗚呼、不快を感じる。」

 

 

 鋭利な刃のごとく冷ややかに静寂を伴う声が非礼を詫びる。けれど、その声色には一切の温かみはなく、無礼千万の自覚もなく、定型文をなぞらえるかのような無機質なものであった。

 カーミラの真後ろから響き、後ろへと振り返る前に首筋に青緑色の剣がピタリと当たる。援護しようとしたヴラド三世へ飛び出した赤銀の剣が赤雷を纏って、今にも爆発しかねんその高密度な魔力に動きが止まった。

 

 

「如何なされた、串刺し公よ。私を串刺しにしないのですか。」

「く、」

 

 

 そのようなことをさせる気の一つもないくせに、ライダーは赤雷を遠慮なく身体に纏った。やれるものならやってみろよ。その前に俺が動くが。挑発するような瞳に刃が止まる。場を、赤雷が支配した瞬間であった―――。

 

 

「―――まったく、もう。仕方ありません。あなたたちは遊びが過ぎますし、残りの三騎に始末をお任せしましょう」

 

 

 そんな空間で動き出したのは、ジャンヌ・ダルク・オルタ。竜の魔女だった。つまらない劇を見せられていたかのよう、とあくびを噛み殺すようにして。

 慌てたドクターの声にマシュが冷静かつ真面目に答え、ネットアイドル―――曰く、『マギ☆マリ』のチャンネルにログインしたドクターは馬鹿正直にもサーヴァントに襲われていることを書き込んで、辛辣な言葉を受け取った。

 しかし、その後に送られたメッセージに『ライダーに任せればダイジョブさ☆』などと返信される。まるで現状を見ているかのようなマギマリの言葉に、これにはマシュもリツカも硬直。

 ドクターはその凄さを分かっていないようだったが、しかし、冷静に考えてみると凄いことなのだ。あの世界で生き残ったのはカルデアの職員のみ。それを思い出せば、可笑しなことは何もなかった―――のかもしれないが。

 

 

「ああ、そうだ。念入りに首と胴体は切り離しておいてくださいね」

「させるかよ!」

 

 

 身の内側から何かが暴れまわる感覚がした。しまった、こんな、状況で。緩んだ手を握りしめて剣を主張し、けれども耐え切れず、ごぽり、と空気とともに血を吐き出した。

 

 

「させ、…るかッ! かの、じょはッ! 人が生きてくために必要なことを、しようとしてんだ。その邪魔は、―――この、っ俺様がさせねーよ! おらァッ!」

 

 

 鞘をぶん投げ、ジャンヌの方へと向かったサーヴァントの頭部を直撃させる。白き聖女の誘導が出来ればそれで良し。足止めできたのはひとりだが、それが出来ただけでも上々。

 

 

「我が剣はアネモスの身。我が剣はアネモスの牙。……解放しま、」

 

 

 ライダーが宝具を放たんとしたその瞬間、カン、と鋭くガラスの薔薇がその場に突き刺さった。驚きに束ねた魔力は霧散し、ライダーはリツカたちが控える方向へと大幅に後退する。

 

 

「――――優雅ではありません。」

 

 

 吹き飛んだ身体を抱きとめたアーチャーに礼を述べながら、ライダーは態勢を整え直す。ぜえぜえと呼吸を切らせながら顔をあげると、柔らかなドレスを翻す淑女がそこには居た。見るからに戦場に似つかわしくはなく、本能的に騎士が守るべき存在だと訴えるような高貴なるお人。

 

 

「この街の有様も。その戦い方も。思想も主義もよろしくないわ。 貴女はそんなに美しいのに、血と憎悪でその身を縛ろうとしている。善であれ、悪であれ、人間ってもっと軽やかにあるべきじゃないかしら?」

 

 

 声の主は白銀の髪を二つに揺ってまとめた空色の瞳の少女だった。

 その雰囲気は堂々としたものでアーサー王とは違った魅力を肌身でまじまじと感じ取り、リツカは思わず見入ってしまう。戦場よりも、パーティーが似合うようなうつくしく高貴なるお人。存在するだけでサーヴァントとして成立する彼女は、華やかな衣装が似合っていた。

 

 

「きれい、」

「ふふっ、ええ、そう。嬉しいわ、これが正義の味方として名乗りを上げる、というものなのね!」

 

 

 思わずもれた本音に、空色の瞳をきらりと輝かせたうつくしきそのお人はふんわりと春空に浮かぶ雲のように柔らかな微笑みを携え、長くたなびくドレスの裾を破り捨てる。

 

 

「え!?」

「貴女が誰かは知っています。貴女の強さ、恐ろしさも知っています。正直に告白してしまうと、今までで一番怖いと震えています。それでも――――貴女がこの国を侵すなら、わたしはドレスを破ってでも、貴女に戦いを挑みます。」

 

 

 唐突の行動に目を白黒させていると、彼女の登場から誰よりもずっと硬直していたバーサク・セイバーが濁りきった瞳を揺らして驚愕を叫ぶ。

 

 

「何故なら、それは――――」

「貴女、は………!?」

「まあ。わたしの真名をご存じなのね。知り合いかしら(・・・・・・・)、素敵な騎士さん?」

 

 

 少女は唄うように語る、少女は笑うように悲しむ、少女は震えながらも魔女へ立ち向かう。その姿勢に立花は人知れず共感し、拳を強く握った。

 

 

「セイバー。彼女、何者? ――――――――答えなさい。」

「………この殺伐の熱に浮かされる精神(ココロ)でも分かる。彼女の美しさは、私の目に焼き付いていますからね。ヴェルサイユの華と謳われた少女。彼女は―――――マリー・アントワネット」

「マリー・アントワネット王妃!?」

 

 

 名を呼ばれたことで、彼女はひときわうつくしき大輪の花を咲かせる。破れたばかりのドレスの裾を翻し、風になびかせながら存在を主張した。

 

 

「はい! ありがとう、わたしの名前を呼んでくれて! そしてその名前があるかぎり、どんなに愚かだろうとわたしはわたしの役割を演じます。」

 

 

 フランスという国を、愛した女の。

 

 

「我が愛しの国を荒らす竜の魔女さん。無駄でしょうけど質問をしてあげる。貴女はこのわたしの前で、まだ狼藉を働くほど邪悪なのですか? 革命を止められなかった愚かな王妃(わたし)以上に、自分はおろかな魔女であると公言するの?」

「……黙りなさい。貴女如きがこの戦いに関わる権利はありません」

「あら、どうして?」

 

 

 マリー・アントワネットの言葉にジャンヌ・ダルク・オルタは嫌悪に表情を歪め、かの王妃を見下す。心底不愉快そうな表情で。

 

 

「宮殿で蝶よ花とよ愛でられ、何も分からぬままに首を断ち切られた王妃に、我々の憎しみが理解できると?」

 

 

 我々? 一体、誰の目線なのだろう。ふとジャンヌ・ダルク・オルタの言葉に拭いきれぬ違和感を覚え、咳き込みながら割って入れるように武装は解除せぬまま二人のやり取りを静観する。

 アーサー王も同じようだ。何かよく分からないが“あれは違う”、そんな直感が先ほどの発言でかすかに二人の中には生まれたのである。

 

 

「そうね、それは分からないわ。だから余計に貴女を知りたいの、竜の魔女」

「………なに?」

「分からないことは、分かるようにする。それがわたしの流儀です。」

 

 

 フランスを愛する乙女の側面。フランスが愛するいと麗しき乙女の彼女。

 それが、神聖ローマ皇帝のフランツ1世と、オーストリア大公であるマリア・テレジアの間に誕生した、世界に愛される象徴―――マリー・アントワネット王妃。聞くだけ聞けば復讐の側面なぞ一切なきように思えるかもしれないが、傍からみれば彼女はランスロット卿が喜び勇んで飛びつきそうな嫁ぎ先(フランスの)で散々な目にあわされている不遇の乙女(人妻)である。

 ただ、彼女は。―――分からないことは、分かるようにする。そう言ってくれた、彼女ならば、ブリテン島で孤軍奮闘する父を支えてくれそうな人だと。ライダーは羨むように、恥じ入るように己の唇を噛んだ。

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