ゴホゴホと咳き込みながら剣に手をやり、爆発でもするのかと悪戯に殴りつけてくる臓腑を落ち着かせるために二、三ほど胸を叩き、もう大丈夫です、と。
動きに合わせて追従する瞳の持ち主たちに対し、軽く断りを入れて戦闘態勢を維持したまま状況を静観する。突如として現れた少女は、まるで劇場でスポットライトを浴びる女優のようにその場の視線を集めきったのだから、何かしらの意図があるはずだと思考を働かせるべきだろう。
「今の貴女を見過ごせない。ああ、ジャンヌ・ダルク。憧れの聖女! 今のわたしに分かるのは、貴女はただ八つ当たりをしているだけということ。」
両腕を広げて恭しく夢焦がれる少女の語り部は止まらず、厳しく叱りつけるのとは違う、少女同士ならではのちくりとした注意のようなお言葉が掛かる。
あってはならないことだが。本当に、とても、ものすごく、あってはならないことだが、この距離であれば何があってもフォローに回れるという自信が騎士たちの中にはあった。同時に、ぱちりと目が合った水晶のごとき美しき瞳の乙女も、騎士らの腕前へと理解を示してくれているという、高揚感にも恵まれて。全面的かつ絶対的な信頼を受けた騎士は、たったそれだけのことで力が増すというものだ。
戦場に降り立った白百合のごとき乙女はふんわりと破り捨てたスカートの裾を恥じ入ることなく翻し、微笑みながら眉をひそりと吊り上げた。けわしい、という表情をつくってみたの!と言わんばかりの華の
「理由は不明、真意も透明。何もかも消息不明だなんて、日曜日にでかける少女のようでしてよ? そんな貴女にかける言葉はありません。私はそこの、―――何もかも分かりやすいジャンヌ・ダルクと共に、意味不明な貴女の心を、その体ごと手に入れるわ!」
凛々しく言い切ったマリー・アントワネット王妃だったが、見ようによっては熱烈とした派手な告白である。時代が時代なら麗しき乙女たちによる愛情表現なので、行き交う街道の中で野次馬が沸き立ちそうな光景だった。ケッコン!? と騒ぎだしそうな立香はもろにその一人だろう。
あらっ、とぽろり驚愕の声をこぼしたのは発言者である王妃様であり、一市民の言葉を拾ったのだとわかる。激しく誤解を招く言い方にジャンヌ・ダルクは頬を赤らめて目を泳がせようとして失敗し、赤面のまま王妃と顔を合わせることに。そんな彼女の反応にマリー・アントワネット王妃も頬を赤らめ、かすかに訂正を入れる。
中学生の恋物語でも始まったんかと思わんでもない出だしだったが、しっかりと表現を変更したことが功をなしたのかして黒き乙女も奇妙なものを見つめる瞳から憎悪を焦がした。
「あ、ええと、誤解なさらないでくださいね? 今のは単に、『王妃として私の足元に跪かせてやる』という意味ですから」
「良いでしょう、貴女も私の敵です。サーヴァント、彼らを始末しておやりなさい!」
とんでもない煽り文句が出たものだとクー・フーリンは喉奥をくつりと鳴らして笑った。鳥籠の中にしまわれて育った箱入り王妃様だってのに、威勢が良い。
とは言え、彼女を失うわけにはいかない。ここが、フランスであるのならばなおのこと。彼女ほど国を愛し、国に愛された乙女はいないという確信なればこそ。―――そして、何よりも彼女自身がつよく、つよく慈しむ国が為に。その身に降りかかる厄災を顧みず窮地に姿を現してくれたことへの誠意の為に。
「―――王妃、どうぞ私の後ろへお下がりください。」
「あら、あなたは?」
馴染みのない騎士であろう。ある意味では、
そんなライダーを前にしても警戒なく、さらりとすこしの領域を預けながら少女は問う。あなたは
「これは失礼をば。申し遅れました。私は
のんきか。
「まあ。そうなのね! あなたも騎士様なのね!」
こちらものんきか。―――否、天然である。やだ、ライダーさんと同じタイプの方!? と衝撃を前にして戦慄く少年マスターであったが、戦場での自己紹介という奇妙な一風は彼の心に余裕を持たせてくれるものとなった。
けれど、けれども、一介の少年である事実には、変わらず。だからこそ、王妃は騎士に命ずる。やんわりと花弁が風のすきまを踊るように、はんなりと気高さが咲き誇るように。
「だけど、わたしも戦えます。あなたは自分のすべきとをなさって?」
気高き美しさを着飾った乙女を前に、騎士は首肯する。なればこそ、今この時こそ、我が言動すべてこそが、為すべきことの一つであると。
「今の私のすべきことは、我が背に居る者たちを全身全霊を持ってお守りすることです。」
「そこに
「当然のことでございましょう。貴女様は、―――魔女を手中におさめると宣言なされましたが、この国にとっては最も尊ぶべき方なのですから。」
「そう。」
「……それに、」
「それに?」
「この身が忠誠を誓った騎士である以上、何よりも忠義の主たる王の御心をお守りすることこそが為すべきことです。貴女様の護衛に当たることは何よりもの名誉でありましょう。」
聞きたいことはすべて聞けました。最後にポツリと本音を交えて零された言葉に白百合を着飾る美しき王妃、マリー・アントワネットは華やかに微笑んだ。
騎士の言動は無粋と言うにはあまりにも無垢で、まるで我が子のお願いを聞いているかのよう。健気で、純粋で、純情で。まあ、まあ、と頬を紅葉とさせて戦場であるにも関わらず両の手で頬を挟んで笑みがこぼれてしまう。
かつての夫には申し訳がないと思うけれど、第二の人生で受けたこの胸の高鳴りは誤魔化すことなんて出来なかった。……つまりは、うっかりときめいてしまったのである。
ただそれだけで彼女の纏う輝きが敵対するバーサークサーヴァントたちを遠ざけるよう。乙女のときめきパワーは、時として何よりも強力であることを指し示すかのような光景だった。
そして、かの騎士王はライダーの真横で驚愕し、分かりやすかっただろうかと戦場で不謹慎だとその翡翠の瞳を大きくしたり小さくしたりと忙しなく。華の王妃からのちらちらとした眼差しをぴしぴし受けて、やがて観念したように、やや照れたように笑って強く頷く。
少しでも多くの命を救いたい、それがアーサー王―――否、一人の男としての、アルトリウスの望みだった。その中で、ひときわ大きく、ただ会ったばかりの彼女が含まれたというだけで。
そう、たったそれだけのことである。誰か言うつもりはなく、隠しておくつもりだったそれを、あっけらかんと暴露されてしまったことに関しては思うところはあったのだが。
ライダーにとったらすべては王が為という言葉に噓偽りなく、出自の秘密ならではのポテンシャルを遺憾なく発揮して王の異変を看破し、それを実行したに過ぎない。
こんな場面にケイ卿が居たら肩をバンバン無遠慮に叩きながら「よくやった!」とライダーを褒め称えながら自身もからかい交じりに酒盛りをはじめて如何に騎士王として君する男が良い男かを豪語し、モルガンが居れば杖を掲げて花をかたどった雪化粧を吹雪かせながら「祝いましょう」と言ってのけたであろう季節の訪れだったのである。
色々と花の魔術師に頼んで弄ってようやくサーヴァントとして召喚可能となった以上、その制限として、彼らの「本来の肉体」は
その為、派手な怪我は出来ないが、出来得ることならば手の届く範囲だけでも救いたい。という王の望みをふらりと掴み取った彼は、おそらく叶えられる範囲で自らも手を伸ばし、ブリテンに居た頃と同じように支えようとしてくれたのだ。
意図を理解し、同意し、手を貸してくれる。そんなライダーの変わらぬ姿勢が、アーサー王は嬉しかった。―――嬉しかったのだけれども、もうちょっと子としても、騎士としても、思うことはなかったのかい…?
恐る恐る覗き見るような形をとる翡翠の瞳に対し、燃えるような紅がぴしゃりと返す。あなたが一人の人間であろうとすること以上に幸福なことはありましょうか。そ、そう。
―――お二人は、
―――お前の幸せだけを願ってあげられない
血の海に倒れる母の言葉が、頭の中で反響する。まるで模擬千里眼ができると聞き、喜び勇んで水鏡の中に頭を突っ込んだ時のような、響き方をした。
あの子の抱える重荷のひとつが、哀情、だけであればよかったのに。己が存在を産み落とした存在を奈落へ叩き込み、神への叛逆を為した彼の胸中は如何ほどのものなのか。
自分だけが幸せになっても良いものかと悩むほど彼は己の存在を不要だと切り捨ててしまう。けれど、大事なわが子であることには変わりなく。甲斐性のない父親で申し訳のないことだ。
ギネヴィアへの義理立て、姉上への罪悪感、兄上への申し訳なさというかなんというか、まさに形容し難い複雑な感情に、わが子への情。ジレンマを引きずろうとすれば、あの子はすぐさま自分を切り捨てろとばかりに有言実行するものだからどうしたものだろう。
愛を当然のように注がれるのだ、生まれてくる子は安心だろう。何よりも代えがたき国父を側で支えてくれる存在は、他でもなく
―――そんな思いを抱かせてしまうことが当たり前になってしまった我が子の心の行く末は、一体どこにあると言うの。
―――どうして安らぎの夜がおとずれるだなんて言えてしまったの。
―――
全身に
痛みもなく、視界や感覚のブレを感知した程度の歪な衝撃。スキルである”病弱”が発現したわけではなさそうだけれど、他にも何かしら世界から認められたスキルでもあったのだろうか。直感、のような、直感、とは違うようなそれ。
直感スキルが発動したというのならもっとこう、あるはずなのに。本能がかぎ分ける以前の問題のようにも思えるが、一瞬の歪みは”気のせい”とも捉えられるようなものだった。
ライダーが感じたそれが