不運な男の幸福な追憶による被弾劇なんてアクシデントもあったが、あらゆるものに振り回され続けるという不利な状況でありながら少年マスターは挫けなかった。
だってなんか攻撃を受けてるはずのエミヤさんの顔は、幸せそうなんだもん。あれだけ攻撃受けてるけど、まだ戦う余裕があるのだろう。という考えを少年王から伺って、少年マスターの気持ちにゆとりを持たせたのは不幸中の幸い。
少年王のそれは、使いつぶす気満々の支配する側の意見であったが、それすらも平々凡々の穏やかなワールドで生まれ育った純粋な類の男子高校生のポジティブシンキングが生きた。
すごい!読書しながら玉乗りジャグリングできるんだっ! という無邪気な信頼を寄せるのが、この少年、藤丸立香である。けど、知ってるか。無垢なる信頼こそが、時として最大の凶器になるのだ。お、恐ろしい子っ!と震えるキャスター・クーフーリンは、兄貴かっこいいビームを受けてアンザスフル稼働の真っ最中であった。即落ちである。
「マシュ!」
「はい、キャスターさんを援護します!」
聖女マルタとの退治により急速に経験を積んだ先輩後輩コンビの呼吸も揃うようになり、つたなくありながらも先輩が号令をかければ後輩が迅速に対応するまでに進化した。
詠唱中のクーフーリンを付け狙うワイバーンたちの攻撃を、身の丈以上の大盾を振り回して弾き飛ばし、無防備になった少年マスターの側には少年王が参謀よろしく控えて耳打ちを重ねて作戦の建て替えを瞬時に行う。腐れ縁ごとく聖杯戦争のたび顔を突き合わせるエミヤとクーフーリンは視線を合わせ、―――同じ考えに至ったのであろうと察し、互いに盛大に顔をしかめる。
流れるようにルーン魔術を飛ばし、敵の位置を正確に割り出し、炎を放った。ワイバーンは翼を焼かれたが、しかし、その程度はなんのその。
リュウはみな硬い鱗に覆われており、彼ら自身、口から火を噴くだけはあって耐性はある。舌打ちを一つ零したところで赤い外套のアーチャーから皮肉を受け取った。その程度なのかと焚きつけるような言葉には、舌打ちと悪態を返す。
うるせえよ、若造が。クー・フーリンは杖を槍のように構える。出来れば、先ほどカルデアで映像として見た自分の獲物が良い。
本当ならば剣か槍を握って戦うのが性に合うのだから当然の欲求である。故に身近なライダーの槍を借りたかったが、友人の名を関した宝具をおいそれと簡単に他人へ手渡すわけがない。どうしようもない有事でもなければ自分だって嫌だから、ライダーの選択には納得だ。
それに、自分の武器を扱え切れるのは自分だけであると自負もあるし、そういった面でも温厚な連中でも多少なりとも抵抗感はあるだろう。クーフーリンも、ライダーも、生粋の武人気質であるがゆえに、ひときわ押して否を主張するはずだ。他者を指導する側の人間であれば、異なる考えを持っているかもしれないが。
故に。
不慣れなキャスターとして杖を揮うことでしか、この場を切り抜けるために戦う術がクーフーリンには思いつかなかった。
森の中であるが故、賢人賢者……ドルイドとしての戦術はそれなりに活かせるだろうが、それは身を寄せる森に歓迎されていたらの話である。むしろ、森の中だからこそ、森に突如入った不穏分子として警告を受けるかもしれない。そんな危惧が、クーフーリンの中にはあった。
「らァッ!!」
槍のように杖を揮い、ルーン魔術を用いて、ワイバーンを打ち倒したクーフーリンは聖女へと向き直る。とっくの昔に、場を撹乱するという目的を達成したエミヤは退散した。現状、実戦参加可能なのは、クーフーリンと少年マスターの側に控える英雄王である。音楽家と王妃の戦力は、戦士でない以上ハナから期待しちゃいない。
サーヴァントの相性だけで言えば、『キャスター』であるクーフーリンとバーサークがかかったとは言えど『ライダー』である彼女とは、最悪である。
しかし、マスターである立香が―――相性の悪さを理解しても尚、キャスターとしての自分を戦場へ連れ出してくれるのならば、相性が悪かろうとも全力でぶつかり合うのも悪かねえ。ぺろりと乾燥した唇を舐めとり、杖先を正面に向ける。
「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人」
木々がざわざわと揺れ始める。
囁き合うように、さあ、どうしましょうと鈴の音を転がすような音色。まるで御茶会に参加する少女たちのように軽やかで、まろやかで、しとやかで。けれども、雰囲気だけはクーフーリンをふかく吟味するようだった。
「因果応報、人事の厄を清める矢代――――――――」
お前は我らの力を貸すに足る人材であるのか、それをこの森に問われている。命運を己の手で開拓した誇りある戦士である彼は願わない。祈らない。
アンタらの森で好き勝手しようって連中だ。魔力をくれてたるが、さて、どうするさね。戦士である彼は、問うようで、ただ一つを命ずる。武器を取れ。目の前の外敵を許すな。棲み処を守るために自己防衛しろと訴える。闘え。共感する。自分たちの明日を守るために、戦え。
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そう。あのひと、わるいひとなのね。あなたは、悪を倒さんと動くのね。ワタシたちにとって、善であろうと言うのね。だけど、何をするため?
木々は揺れ、そしてクーフーリンの背中に背負うものを
嗚呼、そうなのね、守る為なのね。それならばよくてよ、使わせてあげるわ。しかたがないから、使われてあげるよ。
クーフーリンは謝礼を言わなかった。彼らの声に応えるよう、ただ宝具の名を高らかに叫ぶ。聖女であろうがなんだろうが、立ち塞がる敵は吹っ飛ばすのみだ。
守るべきものが存在し、マスターにも、同僚にも、それなりに恵まれた今、クーフーリンという戦士は無敵だった。振りかざした杖をそのまま浮かんだ魔法陣に突き立てて、ただただ魂の奥底から”何か”を目覚めさせるように吠える。
「倒壊するは『
無数の細木の枝で構成された巨人が出現し、火炎を身にまとったまま対象へと襲いかかる。炎熱を操る「ケルトの魔術師」として現界した光の御子に与えられた、ケルトのドルイドたちの宝具。―――それが、竜に騎乗した聖女を襲ったのだ。
「く―――ぅっ!」
巨人は聖女を呑み込み、業火と共に消えた。
燃える砂埃が晴れたそこに佇む聖女マルタは今にも崩れ落ちそうな風体で、けれどもその場に凛と咲く。彼女の騎乗するドラゴンは何ともなかったかのようにのっそりと起き上がって、まさしく反撃を翻さんと息吹を呑み込んだ。
だが、担い手があれほどのダメージを負ったのならば勝負は明確だろう。聖女の頸が、竜に向かって左右へと振られる。祈るように手遊ぶ杖を下げ、共に死地へ向かうための戦に投じてくれたドラゴンへと微笑みかけた。
「――――、……ここまでね」
そして神妙な表情のジャンヌへ言い放つ。手加減などしていません、と穏やかな表情で。聖女に虐殺なんてさせるんじゃないってえの、とマルタから放たれる聖女らしからぬ発言を耳にしたが、しかしそれは理想の押し付けだったのかもしれない。と平和の国の少年立香はスルーした。
ひとりの人間なのに聖女だから、だなんて。だってそんなの、委員長を務める子が真面目であるなんてイメージの先行を押し付けてるようなものじゃないか。
「よくぞ戦い抜きました。―――けれど、ああ、痩せぎすの肩に世界の命運を背負った少年よ。今のままでは、“竜の魔女”が操る竜に今のままでは勝つことは出来ないでしょう。」
もし、あの子の助力を借りれなくなったら、今のままでは確実に不可能である、と。魔術に長けたわけではなかったが、彼の体に施された術にはやや心当たりがあると言った聖女の助言に頷く。
詳細はまだ聞けないけれどいつかは必ず教えてくれると言うので沈黙を保つが、おそらくはサーヴァントとなった今でも彼をなお苦しめる類の代物だったのだろう。
そして、バーサーク・ライダー――――否、聖女マルタはかの竜の魔女の騎乗するドラゴンを、かつて討ち倒した剣士の存在をほのめかして、リヨンと呼ばれた都市へ向かうように助言を下し、微笑む。
「次は真っ当に召喚されたいわね…」
切なげな溜息と、鼓舞するような微笑みを残して、彼女は消えた。
……―――
「聖女マルタでさえ逆らえないなんて……」
聖女マルタの消えた森で、ジャンヌ・ダルクは深刻な表情で呟く。
聖人・聖女の一人である同胞が、魔女の狂化に耐えることも逆らうことも出来ぬ状態であったことは、聖女の名を他称により冠する彼女にとっては他人事ではなく、衝撃を受けるような出来事であった。
「召喚されたサーヴァントであることに加え、狂化されてしまっていては、仕方ないのかもしれません。本来なら、ああやって話すことすら不可能だったはずです。」
それでも彼女が会話を成立させたのは、その類稀なる克己心が故でしょう。マシュが励ますように言葉を口にし聖女マルタとの別れを惜しみつつ、リヨンへの出発を試みた。
―――そう。試みようとした。
したのだが、一つだけ、問題があった。眠る――と言うには穏やかではなく、正確には意識を失ったままのライダーが未だに目を覚まさない、ということである。
「……―――ど…、――――れ、―――――!」
ライダーの近くへ膝をつき、体調を確認するアーサー王は美しい顔を曇らせた。名前を呼んでいるのだろうけれども、立香の耳には届かない。
「……すまない、マスター。思いの外、体力の消耗が激しい。起こすのは無理があるようだ。彼は僕が背負うからリヨンまでは徒歩で移動しよう。」
「う、うん。そうしよう。」
「ありがとう。」
決して穏やかとは言い切れぬ呼吸。同意した少年マスターの言葉にアーサーはふわりと微笑んだ。彼のそう言った優しさは美徳だ、好ましいとも思う。
しかし、いざとなったら今を生きる人間として、彼は英霊たちをサーヴァントとして斬り捨てる残酷さをも必要とする。どちらにとっても、少年にとっては残酷に思えるポジションが、今の立香の立ち位置なのだ。ライダーの背中に手を伸ばした瞬間、兜の隙間から紅色の瞳がぼんやりと開かれた。
「―――……っ移動、です、ね。眠ってしまっていたようで、申し訳ございません。」
瞬きをぱちりと一つ、そして辺りを見渡して何かに納得したように頷くとライダーはアーサー王と立香に謝罪を、そして岩に手をつきながら立ち上がった。