聖女マルタの助言を受け、カルデア一行は美食の街リヨンに向かうこととなった。ラ・シェリテから離れた森に避難した此処から移動しようとすれば、結構な距離になる。
「ううん、つ、疲れてたのに僕が強引に連れまわしてるから……、なかなか休ませてあげられなくてごめんね」
へにゃり、と頼りげなく落とされた眉にライダーは跳ねのけるように言った。冷たく聞こえるようでいて、少年マスターへの負担を和らげようと己が騎士であることを曲げずに、相手の負担を取り払うような言葉である。
「いえ。騎士たる者、たとえ何があっても守るべきものの為に戦に赴くのは当然のことです。私がただ自分を管理しきれていなかった。それだけのこと。……移動を、するのですね。」
あれだけ疲労困憊といってもいいものだろうかと思わせる姿を見せながらも遠回りに、
「ええ、リヨンに行く予定です。なんでも、ドラゴンスレイヤーさんを探しに行くんですって。」
ならば、と意図を理解して乗ってやる。やや楽し気に笑った英雄王にライダーは戦力増加には賛成です、と頷く。どうやら彼も現状には思うところはあったようだ。
顔をあげ、フランスの地形に詳しいサーヴァントに視線を合わせると歩み寄った。ジャンヌ・ダルクは姿勢を正し、ライダーを見上げる。意外と背が高い。思わず見上げる形となったのはほんの一瞬で。見下ろされると感じるはずの圧迫感を抱く前に、彼は両足を折り曲げたり肩幅以上に開いたりして視線を合わせていた。
「リヨン、という都市がある方向はどのあたりになるのでしょうか。」
「え、ええと、ジュラの森から――――そうですね。あちらの方角へ行くと……」
ジャンヌ・ダルクから道順などを詳しく聞いたライダーは、白亜の戦車――――否、大きな馬車と呼んでも良いそれを顕現させると立香たちへ乗り込むように短く告げた。
そこで、問題となったのは移動手段である。少年マスターの体力を温存するためにも、ライダーである自分の馬車に乗ってはどうか。フランスの麗しき乙女が言った。気遣ってそう言ってくれたことには、とてもありがたい申し出なので素直に感謝する。
でも、と立香は狼狽えたようにライダーを見た。カルデアの召喚に応じてくれた彼だ。仮の契約を結んだライダーの声にもこたえたい。
「あらゆる人と交流することは、如何な道を進めどあなたにとってはよきものとなりましょう。私はすでにカルデアと契約を結んだ身、どうか気にせず。あなたの望みのままに。」
「でしたら、わたくしの馬車にいらっしゃって?」
遠慮なく少年マスターの手を引くのは、軽やかに入ったマリー王妃。続き音楽家アマデウス。じゃあ、僕も。
ひょいひょいと王妃のエスコートをしながら身軽に乗り込んだのは、少年英雄王で。霊体化したクー・フーリン・キャスターは、護衛の為に馬車の屋根上に胡坐をかく。思考回路が一緒とはな、と如何にも”やれやれ”と言いたげな様子で屋根上の右翼を見渡せる位置に腰を下ろしたのはエミヤであった。
そうしてジャンヌも一緒に連れられて行ったのを見て、自分も霊体化するべきだろうかと大真面目な顔で思案するライダーの馬車にはアーサー王が乗り込んだ。よもや、まさかの業者の席に。
昔から感情表現がさほど得意ではなかったので目立たなかったが、アーサー王が業者の席に腰かけた途端、宇宙に打ち上げられたライダーを遠目に見た立香は親近感を得る。
かの時代では、業者の席に坐する騎士は罪を犯したものと相場が決まっており、とてもではないが高貴な方をお乗せするような場所ではない。むしろ、その風習が根強く生きる時代ゆえに、記憶に残るランスロット卿は王妃ギネヴィア奪還の折りの行動をひどく責め立てられたのだ。
そこに、王が。我らが王が、―――おうが、業者のせきに?? の、の、のる??? ど、どうして? 皆で準備した内装は、その実、お気に召さなかったのだろうか。
アーサー王の身の回りをお預かりするケイ卿とベディヴィエール卿が推奨した内装のはずだし、最初はその瞳を輝かせておいでだった。アグラヴェイン卿にだって確認したし、ご満足いただけたことはかの時代で確かと見た……はず。まさか俺の幻覚だったとかねぇ、よな……?
ライダーは震えた。今までそんなこと、一度だって仰ったことなかったけども……もしや、我慢強いお方だ、―――われらを気遣われて仰ることが出来なかった、とか?
「……! ……!? ……!???」
「ふふ、すまないね。僕は此処で自然の風を感じたい。いいかな」
そんなこともあるか、とライダーは納得した。確かに空の魔法陣や戦を感じさせる空気以外の自然を感じられる瞬間は、レイシフトで過去に飛んだ現在では貴重な体験だろう。
「王の御望みとあらば、喜んで。……では、こちらにゼァブトンを敷きましょう、腰の負担を軽減できます。獣の革を鞣し、恩師の助言によって綿を詰めた現代風の敷物です。」
かの時代において活躍の場のなかったそれは、時代を一気に推し進めるつもりかとねめつける花の魔術師によってお蔵入りしたライダーの秘蔵品の一つである。
ぽやぽやと花が飛んで見えるようだった。彼の抱える”
鎧で冷えた体温ですら温めてくれるかのような座布団と、ほっと息をつくアーサー王を見て鎧ながらにポコンポコンと満足げに花を飛ばし始めたライダーの姿に、御者の席に繋がる小窓から覗き見ていたエミヤと立香はほっこりした。
マシュはハンカチで目元を覆って、『ああ、よかったですね!王よ!』と言っていたので、融合した英霊の感覚にやや引きずられたのだろう。
「では、出発します。多少の揺れはございましょうが、皆様どうぞ、ごゆるりとお休みください。」
戦闘に入れば自分たちが対処するとサッサと言外に告げ、ライダーは鞭をしならせ馬を走らせた。ライダーの声と共に馬の嘶きが静まり返った夜の森に響く。
その後方を王妃の華やかな馬車が颯爽と駆け、まるで凱旋のよう。おとぎ話みたいだ。きゃきゃと喜ぶ立香は、シンデレラという物語を思い出した。かぼちゃのようなフォルムをした王妃の馬車は愛らしく、水晶のごときうつくしさを携えた馬は凛々しく、心を楽しませてくれる。
学校の文化祭ではよく見かける王道の装飾品の一つなんだよ。弾んだ声から始まる立香の日常ストーリーに過去を駆け抜けた乙女たちは実在した未来の確固たる平和に穏やかに微笑み、リヨン手前の小町につくまでは、今までの移動とは考えられないほど穏やかな時間を過ごした。
―――…
情報収集と物資の補給も兼ねてリヨン手前の小町に立ち寄ることにしたカルデア一行。
実際に赴く人選を唱えたところで、すぐさま挙手したのは任務遂行を掲げるライダーである。完全にイングランド―――イギリス人を思わせる甲冑を前に、エミヤは強き意志で引き留めた。もっと馴染めるような服装の人物が行くべきだ、と。
そこで、言い出しっぺの法則を唱えた少年マスターにより抜擢されたのはエミヤと、現地の土地勘があり人当たりの良くうつくしき華の乙女マリー王妃である。
彼らが街へ行って数分後。
マリー王妃は晴れやかな笑顔で、エミヤは両腕に抱える袋を何処か満足げに見下ろし、共に戻って来た。やり遂げて参りましたわ。のほほんと顔をして、すぐさま翳りを落とす。
「結論から言えば、リヨンは少し前に滅ぼされたようだ。そこから逃げて来た難民たちが住み着いていた」
「やはり、そうですか…」
「ええ。かの街には今、地獄からやってきたような怪物たちが闊歩しているのだそうです。」
表情を曇らせたジャンヌ・ダルクにフォローを入れるようにエミヤが得た情報を零す。その前の段階の話では、なんでもリヨンには守り神がいたというらしい。
大きな剣を持った騎士がワイバーンや骸骨兵を蹴散らしていた、と情報があった。恐らくは聖女マルタの口にしたサーヴァントで間違いはないのだろう。竜の魔女を打ち倒すための切り札となるはずの存在。
しかし、不運にも複数のサーヴァントに追い詰められて彼は行方不明に。かくして、数刻もしないうちにリヨンは滅ぼされたのだと言う。
元リヨンの住民は、追加とばかりの情報もこぼしてくれた。
シャルル七世が討たれたのをきっかけに混乱していたフランスの兵をジル・ド・レェ元帥が纏め上げた情報もなかなかに有名な話題だと。リヨンを取り戻すため攻め入ろうとしているのだろう、と推測を零せばジャンヌの表情は穏やかではあったが少し暗くなる。
竜の魔女となった己の存在を知るのであれば自分と協力することはないでしょう、と。マシュは言葉を失くし、ライダーは静かにその背中を見た。
ジル・ド・レェという騎士のことは存じ上げない。ゆえに、会ったことがない人物について、憶測で物事を語るのは苦手だ。
さらに気を落とした女性を相手にするのも、得意ではない。下手に口を出して傷つけてしまう可能性が否めないから。―――ここで、湖の騎士ランスロットや太陽の騎士ガウェインが此処に居たのならば、何か一つでも気のきいたことを言えるのだろう。
聖杯を持ち帰り、それにかける願いは何もないと言い切った彼に言えば、きっと怒られるだろうが、ライダーは今はほんの少しだけそう思ってしまった。
そうすれば、王もきっと喜ぶのに。
安定のアーサー主義、思考回路であった。
けれど、俺にも出来ることはある。慰めることはへたくそだし、寄り添うことも苦手だ。走って走って、突っ走って、最後には居なくなるはずの自分だから。…きっと、誰かに寄り添うなんてことは出来ない。勝手に置き去りにすると、最初からその覚悟だけは人一倍に持ち続けるばかりに。
「―――怪物とやらは、我々で倒しましょう。」
「…そうだね、僕たちなら勝てるよ。」
これが、ライダーに出来る精一杯の励まし。民草の表情を翳らせる目前の憂いをすべからず斬り祓ってみせようという、騎士ならではの鼓舞である。
「おれ、俺も頑張るよ!」
「はい…っ」
気を引き締める少年マスターの姿に、ジャンヌは微笑みかけながら頷く。
ライダーは、一人で戦う怖さを教えてくれた。仲間と助け合う強さを、優しさを、難しさを。そこから溢れる勇気や元気をジャンヌにもわけようと少年は、恐怖で震える自分を抑えながら気丈にも彼女に微笑み返してみせたのだ。
「まあっ、すてき! 素敵よ、マスター!」
王妃はそれに気を良くして、御褒美と称し、頬に口づけをした。立香は硬直する。綺麗なお姉さんからのキスである。数秒後に土下座した。綺麗なジャンピング土下座だ。
「アッアッありがとうございます!!」
元気な返事だった。