ジャリ、と割れて小さくなった煉瓦を踏む。
廃墟となった建物から崩れ落ちた屋根の残骸、だったのかもしれない。空のような色をした煉瓦は、ところどころ血の色に染まって、そこらじゅうに落ちていた。
「かつて美しい街だったはずなのに。あの“竜の魔女”がどうして――――」
身を切られたかのような悲嘆の篭もった声。憂いで前が見えなくなりそうなほど表情を翳らせながらも、彼女は決して足元ばかりを見る人ではなかった。
「あれは君じゃないよ、ジャンヌさんじゃない。」
「だといいのですけど………―――あれ?」
なんとも実感も説得力も伴わない、優しいだけの言葉しか口には出せなかった。憂うような表情から一変、彼女は周囲を伺うように姿勢を落として旗を構える。
「どうかしたの?」
「今、声がしませんでしたか?」
「ああ、確かにそうだな。生存者かもしれないし、一応、確認はしておくか?」
周りを見渡してみても、燃えるばかりの民家があるだけで何もない。―――少なくとも立香にはそう感じてしまう。ぶん、と杖をまわして笑うクー・フーリンの言葉に頷き立香たちは移動した。
「……な、」
ゾンビゲームも真っ青な街並みを、深部で見た。
そこには、生きる屍――――リビングデッドが大量に居たのである。おそらくは、街の人を怪物にしたのだろう。死してなお、あのような…。外法すぎる、と憤るジャンヌを背に立香は震える声でマスターとしての指示を出した。
「エミヤさん、兄貴、彼らに安らかな眠りを……!」
「了解した。出来る限り、心地良く逝かせてやる努力はしよう。」
「応!」
魔力で生成された剣とルーン魔術の炎が飛び交い、ゾンビたちを一掃した。
しかし、増え続けるばかりで一向に減る気配がない。アーサー王の宝具を開放するまでもないが、そこまで攻め続けられると流石の立花もメンタルがボロボロだ。不意に、軽やかな足取りが近づき、リビングデッドたちは遠ざかる。
まるで、眩すぎる光でも直視したかのように消えたゾンビたちに立香たちは目を丸くし、その人物らの登場に表情を明るくした。
「ああ、やっぱり! 急いで戻って来たけど、こっちにもゾロゾロですのね! 助太刀なんていらないでしょうけど、わたしの気持ちが収まりません!」
「あちらには誰も、居ませんでしたので合流を。」
可憐な表情をやや怒らせたマリー王妃は、輝かしくその場に舞い降り、立香へと力を貸した。輝かしいまでの彼女の光。それは、彼女が彼女であるだけで発せられるオーラである。光となって、魔力となって、力を得たそれらは見事にゾンビたちを撃退したのだ。
端的に報告をあげ合流したライダーは、小刻みに震える立香の手に気付く。恐怖などのメンタリティ問題もあるだろうけれど、あれは魔力不足からくる痙攣だ。
「え、次はワイバーン!? うっそ、僕ヤバいんだけど……」
現界させるサーヴァントを維持するだけで、もう手が一杯なのだ。魔力の不足を感じ取った立香は素直にお手上げを口にし、それを聞き取ったライダーが静かに近寄る。
「リツカ、お手を。」
「? はい、」
差し出した令呪のある手をそっと優しく持つと、ライダーは唇があるであろう場所を近づけて。温もりが触れる。一瞬、理解するための頭の能力が止まった。
「(ほわっつ…? ―――――お、おお、おおおおお!?)ほあぁああっ!?!? なま、っなまなまぁああああっ!? 生! 生!!生ーー!??」
離れゆく口元を視認した立香は、思わぬ出来事があったのだと認識して。けれども、ライダーは呑気に甲冑を整え直しながら銀で覆われた口元であろう場所に手を当てて言った。
「……食事の際には、口の部分が邪魔になるのでとれる仕組みになってます。母が、そのようなつくりをしてくださったようで、この兜は大抵のものは弾けますから戦時にはよく重宝しているのです。」
違う、そうじゃない。立香は困惑していた。
簡単に言おう。手の甲にライダーの唇が直で触れた感覚がありました。ぶっちゃけ、さっきもアーサー王とちゅーしてくれてたけど、何も言わずのライダーからの手の甲のちゅーって。
「魔力不足であれば私から魔力をお送りしますので、ご安心を。令呪を通し、直接送りましたので体に不調はきたしていないはずですが……」
あまりの錯乱ぶりにライダーは判断し兼ねているようだった。あまりの奇行っぷりは今まで身近にはなかったものだ。送り過ぎましたか、と真面目に問われて立香は倒立をやめた。
そんなことない、有り難いです、混乱はまだ残っていたが返事をして気持ちを切り替える。ワイバーンはもう間近に迫っているのだ。先ほどよりも深く赤く光を帯びる令呪がある手を前に、クー・フーリンとエミヤに指示を下した。若干、調子に乗った指示だった。
「兄貴、ママン、やっちゃって!」
「ぶっ。お、応!」
「ママン!?」
「……ままん……?」
何処か可笑しくなった立香の発言に笑いながらクー・フーリンはルーン魔術を発動させ、私は君の母親になった覚えはないぞと返しながら矢をつがえる。密かに、ままん、と繰り返すようにつぶやくライダーの言葉は誰の耳にも届かなかった。
「ふふふふ、サーヴァントに確実はない」
ワイバーンを切り伏せ、鎮魂を祈るジャンヌ言葉にわらったサーヴァントは姿を現した。何処かの貴族が纏うような服装に、ヒトならざる手、顔の半分は包帯で覆われて、どう表現したら良いかよく分からない男性。
「ナニモンだ、テメエ!」
「然様。 人は私を――――
犯人の顔が、割れた。
「竜の魔女の命により、この街は私の絶対支配下に。さあ、さあ、さあ。ここは、死者が蘇る地獄の只中。―――――君たちは、どうする?」
この街をまさしく地獄へと叩き落した相手を前にして立香は目を据わらせ、噛みつくように言い捨てた。許されるような行為ではなく、ゆるせるような行動ではない。かといって復讐をするなんてことは出来ず、ただひたすらに退けることに重きを置く。
「よし、ぶっ飛ばす。兄貴、遠慮なくやっちゃって!!」
「応!! 任せなぁ!!」
魔術で腕を強化したが、心もとない。そもそも運動は部活でしていたバスケットボール程度のものしか出来ないし、それも常にベンチでレギュラーにはなれなかった。
火のルーン魔術が飛び、立香は小石を投げる。何も出来ない状況を嫌がった一般人なりの抵抗である。見事、怪人の足元に当たってバランスを崩す――――かと思えばそんなことはなかった。
「くそ。ボールの一つや二つであれば、あの顔面に投げ飛ばしたのに。」
某アニメーションのような音速パスは、バスケ部のロマンだった。だから練習して、それなりに高速パスが打てるようにはなったのだ。当たればサーヴァントとは言えど、人間なのだから痛みはあるだろう。ほんのちょっと怯んでくれれば儲けもので、聞かなくても目線は遮れるはずだ。
夢を見た、そう語った日からやや騎士に夢を見がちになった少年マスター。死者への冒涜は許されるものではない、と唸る立香をマシュが宥めるうちに戦闘は終了した。
「報われぬ、まったく報われぬ務めだったが―――――果たしたぞ。私の歌はここで途絶える。されど、地獄はここから始まる」
ファントム・オブ・オペラは、声高に叫ぶ。
「喝采せよ、聖女! お前の邪悪は、お前以上に成長した。これは歌だ。お前の先を嘆き、憂うための。嗚呼、悪が来る、悪魔が来る、底知れぬ邪悪が来る。邪悪なる竜が――!!」
そうして、彼も消滅した。
沈黙が落ちた中、ライダーはふと顔をあげて腰を落とした。手にされたのは二振りの槍。守備に長けた戦いをする際に用いられる、とアーサー王の言葉通りならば何かしらの敵反応を感じ取ったようだ。
『ああ、やっと繋がった!! 全員、―――――撤退を推奨する!!』
ドクターロマニからの通信で、それは確信へと変わる。補完するように続けられる言葉を聞き流しながら、立香たちはただ撤退するために走り出した。
『サーヴァントを上回る、
超大型の生命体。それがもし、巨大な竜であったのならば勝ち目はない。マルタの言った通りライダーは不調のままだし、竜を殺せるほどの攻撃力と確実性を”今の”アーサー王は持たず、純粋に竜殺しの逸話を宿した人間が必要だった。
サーヴァントの人数を危機、まあ、と頬に手を当てたのは王妃だ。まるで聞かん坊の子どもを相手にしたかのような物言いで、絶望的な状況を簡潔にしてくれる。
「……彼らでしょうね。これは、困ったものだわ。」
「オケは終わったんだ。さっさと逃げよう。今回は無駄骨だけど、まあ、人生なんてそんなものだし」
「でも待ってください。サーヴァントを上回る超極大の生命反応があるのであれば、竜殺しの存在は必要不可欠です。」
ただ逃げるだけでは、イタズラに勝率を下げてしまう。此処での負けは、死そのものだ。引くわけにはいかないだろうと息をつんのめらせた立香を見やり、切羽詰まった空気の中、ライダーは静かな声で言い放つ。
「であらば、選び取れるのはただ一つでしょう。」
駆ける陣営の中から鎖を打ち込んだかのようその場にとどまり、聖女の旗のように槍を大地に突き立てて凛と背を伸ばした。
「此処は私が時間を稼ぎましょう。その間に竜殺しの名を冠するサーヴァントをお探しください。」
動くつもりのない彼の声が遠ざかるばかりであるはずなのに、不思議と背中を押すように近くに感じる。そもそもの話、ライダーが動くことが出来ればよいのだ。
無理矢理に身体を動かすのは得意なので任せてほしいなどと言えぬことは理解しており、純粋に戦力増強の為でもある。ならば、考えるまでもないだろう。守り手は多ければ多いほどよく、攻め手もまた、同様のこと。
「私が円卓に加わったのは竜を殺したその証をブリテンの地へ持ち込んだからです。」
「……そうだったね。」
「その亡骸は、かの地を荒らす悪しき竜でした。その邪悪を討ったとして私は円卓に迎え入れられたのです。――――ですから、リツカ。心配する必要はありません。」
絶望の前を切り裂く騎士王が緩く微笑みながら首肯した。
「私は、竜に対しては
槍は少しずつ光を集束し、一本の剣となる。目を逸らさずに、ただ、背後に佇む騎士の姿を焼きつけるように。クラスが変わったことを実感し、立香は力不足に涙を飲み込んだ。
「セイバークラスの私は、特に竜に関しては専門とも言えますから。」
存在感が、跳ね上がる。
数値は異様なまでに渦巻く魔力を主張した。あそこにライダーが居る。居てくれる。どれだけ普段抑え込んでるんだ、と驚愕したロマニの声に、かえって安心感が湧き上がった。
「……うんっ! 僕、絶対に竜殺しのサーヴァント連れてくるからね! 絶対に!! だから、――――令呪を以て命ず!! 『ライダーよ、僕が戻るまで絶対に生き残って』!!」
「ええ、もちろんです。我が剣、赤雷竜の剣は私が初めて倒した竜の血肉すべてで創られた剣―――――その名にかけて。……必ずや、生き残ってみせましょう。」
赤銀の騎士は、もう振り返らなかった。
ただ前を見据え、敵を待つ――――己がその為だけの剣となることを、彼は宣言したのだから。