先ほどの瓦礫が積もった場所から離れて、どれほどだろうか。
寂びれた城へ入って噂のサーヴァントを探した。声を上げ、隙間を縫って確認し、人の気配をたどる。瓦礫を退ける時間が惜しく、その都度マシュは盾で、聖女は旗で、クー・フーリンはルーン魔術で障害物を砕く。人を待たせてしまう以上は早急に探し出さなくてはならない。
人間の手で瓦礫を退けるよりもサーヴァントの方が依然として効率的だからとエミヤからの言葉を瞬時に理解と納得をし、応じて下がることを決した立香は、すっかり少年マスターとしての心得の土台が固まりつつあった。
そうするうちに瓦礫の撤去は進み、やがて古びた館にたどり着く。今にも崩れ落ちそうな岩づくりの外壁をかろうじて盾に佇むのは、傷だらけの男性だった。
「―――……居ました!サーヴァントの反応です!」
「まあ、酷い傷…」
「くっ……!次から次へと……っ!」
負傷した一人の青年は、マリー王妃とジャンヌの声に反応して傷だらけのまま剣をふるった。その剣筋は真っ直ぐとしたもので、彼の人格を教えてくれるようだ。
本来とても真っ直ぐな人間なのだろう、彼は。背に庇うのは、もはや物言わぬ屍だ。それでも、人としての尊厳を、弔われることの権利は、守り通さなくてはと意志で彼はそこに立つ。騎士としても、聖人と祀り上げられた身としても、かの剣士の気持ちは理解が出来る。―――だからこそ、彼女は声を上げた。
「お待ちください、異郷の騎士よ。わたしたちはあなたの敵ではありません!」
制止の声をあげ、味方であることを口にする。少なくとも、ワイバーンを屠る側であると、ともすれば魔女にも見えなくはない相貌の彼女は自分の立ち位置を主張した。
巨大なドラゴンは、外が静かな今おそらくはまだリヨンに到着はしていないのだろう。けれど、いつ到着するか不明なのだ。聖女の声に青年は沈黙を言葉として置き、沈黙を待ちかねたマシュが急かす。出来るだけ早くにライダーたちと合流し、此処、リヨンを離れた方がいい状況なのだと。途方もない現実を訴える少女の声で。
「ここに、竜種がやってきます! 他、サーヴァントも数騎。戦力的にこちらが圧倒的に不利で……っ」
「竜……、か。」
掠れた声で、得心得たりと騎士は緩やかな動作で首肯した。
竜殺しに関連する自身が召喚された理由も、歓迎してくれたリヨンという町が襲撃を受けた理由も、すべてを理解した騎士は重たく受け止める。
この、異郷の騎士を受け入れてくれた街に降りかかった惨劇は、竜を子飼いに持つ” 魔女 ”とやらが竜殺しとして召喚された騎士を正しく危険と見なし、異分子を排除するために仕掛けたことなのだと。
負傷したダメージが抜けきらないまま故か、やや掠れた声で騎士は助力を求める。クー・フーリンの手を借りて、立香たちと共に寂びれた城から脱出した。
「……状況は理解したが、現状すまないが、大して力になれるとは言えないな。」
「ええ、そのようですわね…。むしろわたくしの国のことに巻き込んでしまって、なんと申し上げたらよいものかしら……。」
こうも異郷の騎士ばかりが痛みを伴う光景を見せられて、何も思わない王妃ではない。華のようなかんばせをしおしおと下げて弱々しく微笑んだ。
どうしたって王妃である身分では、ただ褒め称えてやることしか出来ない。褒章を与えたくとも異郷の騎士は、その身分が故に無欲なことを申すのだろう。
であらば、普段通り守るべくと彼らが定めた、尊き女性の” 微笑み ”こそが前線で戦う彼らにとって、何よりも栄誉になる。何も知らずに微笑むことこそが、戦うものたちにとっての” 平和の象徴 ”であると知ったのは死後であった。だからこそ、彼女は微笑む。王妃の笑みの価値を、正しく理解して。
もはや廃墟と化したリヨンを走る中、サーヴァントたちと足を競えるはずもなく、置き去りにならぬ程度の距離を保てるよう立香は懸命に二つの足を動かし続けた。
体育大会でだってこんなにならなかった。二酸化炭素の排出と酸素の取り込みを過酷に続ける肺も心臓も、バクバクと脈を打って痛みとして限界を訴えてくるのだ。王妃の表情もかすかに緊張が膨らみ、極大生命反応とやらの接触が近いことを立香にも伝える。立ち止まってしまったらサイゴになってしまうから、絶対に諦めたくないから、その一心で立香は走り続けた。
視覚にとらえられるほどの大きさまで接近した
――――グォォォォオォオオオオオッォオオォオッ!!!!
その一つの咆哮だけで残された屋根は吹き飛び、羽ばたきだけで身体が地面から離れそうになる。
「……あら、何を見つけたかと思えば、瀕死のサーヴァント一騎ですか。いいでしょう、諸共滅びなさい!」
愉悦を含ませた声からは嘲笑が放たれ、そのまま終わりを告げる。
ジャンヌ・ダルク・オルタの声と共に、巨大な漆黒のドラゴンが、只人である立香へと迫りくる―――どうしようもない絶望感を携え、来た道をたどるように距離をとることしか出来ない。けれども瞳の奥で瓦礫の隙間から赤き稲妻が奔るのを
あ、なんかもう、大丈夫だ。謎の安心感が満ち、近くで右往左往するサーヴァントたちの声に応えて魔力のパスを接続して、彼女たちに強化魔術を付与する。
「きっと、私たちならば防げます。 ―――マシュ、私と一緒に……!」
「はい!」
大きな盾を構えた少女と、旗を掲げた少女の前に、赤い外套が翻された。
「その必要はありません。少しばかり遅れをとりましたが、
制止するように片手をあげ、空いた方の手にはエミヤが愛用する黒い弓を持っている。次にあげられていた手は漆黒のドラゴンを示した。
「灼き尽くせ……ファヴニール!!」
「雷よ迸れ! 此れは、私が討った赤き竜の叫び―――
激しい灼熱の
「今だッ!」
赤き外套の弓兵は、片腕を前に突き出して呪文を唱える。無理を押し通して隙を作ってくれたあの子の為にも、自分に出来ることをしなくては。
倒すことは出来なくとも時間稼ぎの何かにはなれる。守りきることは出来なくてもダメージを軽減する程度の盾は作りだせる。エミヤの強みは受け止めることでも倒しきることでもなく、ありとあらゆる物質の投影にあるのだから。
「
七つの花弁が開かれて。
零れた灼熱と赤雷を受け止めた。目の前まで迫ったそれに、王妃は小さく悲鳴をあげ、マシュは盾を前にエミヤの横へ立つ。ばりん、と一枚、砕けた。
「それでは塞ぎきれません! 増やせ!」
「はは、承知した!」
生意気な乱暴な口調が飛び出す方が、あの子らしい。エミヤは久しいそれに笑って、ひやりとした汗を流しながら応えて花弁を保つことに集中した。
「きゃっ!?」
『うわっ!? 莫大なエネルギーだな、これは……! そっちは大丈夫か!? っていうか聞こえてる!?』
慌てたドクターの声に返事する余裕もなく、また懸命に押し切らんとする英霊たちの集中力を妨害するのも申し訳なかった。立香は「すみません!黙ってください!」と口にして、遠くに見えるライダーの背中を見つめる。赤雷は絶え間なく灼熱と競り合う―――出力はほぼ同じだ。
「ああ、……君たちのおかげで魔力が少しだけだが回復したようだ。」
「え?」
背中の部分が大きく空いた鎧を纏った青年が、剣を構えて静かに前へ出る。
負傷し、そのダメージでまともに動くことも出来なかったはずなのに、今だって血は止まらずに出てるのに、彼はそれでも剣を握って前を見据えた。其れこそが己の存在意義だと言うかのように剣先を向け、挨拶のごとく決意を表する。
「―――久しぶりだな。
巨大な竜の息吹が、やや弱まって赤雷が暴れるように押し切らんと力が増した。かの騎士が誰であるかを正しく認識した証拠である。
く、と笑みをかたどった口元はすぐさま真面目に引き絞られて、邪竜と相対する。自分が召喚されたのであれば対となる何かがあるとは思っていたのだ。―――よもや、本体であるとは思わなんだが、しかして。
「
ファヴニールに騎乗するジャンヌ・ダルク・オルタは表情を驚愕に彩る。最強たるドラゴンが怯え、攻撃を緩めてしまったのだ。
直前で回避はしたももの、膨大な魔力を込められた赤雷がファヴニールの両足を掠めて感覚を失わせる。大地に足をつけると不利になる、と舌打ちを零し彼女は瀕死のサーヴァントと称したセイバーへと視線を下ろした。
「あなた、まさか―――――――!?」
ファヴニールの怯えようから察することが出来たのは、己を殺した相手だと。大地に足をつけると不利になる、と舌打ちを零し彼女は瀕死のサーヴァントと称したセイバーへと視線を下ろす。
「蒼天の空に聞け! 我が真名はジークフリート! 汝をかつて打ち倒した者なり!」
「くっ、」
その言葉に、立香は胸が高鳴った。
あのような巨大なドラゴンを、たった一人で倒したとされるサーヴァント。マスターとなった、ならざるを得なかった立香は、過去、何があったかや有名な人物などを調べることを始めていた。
その中でも強く印象に残ったのは、ドラゴンを倒したことのあるサーヴァントの名。また、ファヴニールやジークフリートは、最近ではよく携帯のゲームアプリにメイキングされて登場するほど愛されるドラゴンとドラゴンスレイヤーだ。
彼の認識に合わせるとゲームの話題になってしまうが、ジークフリート――――そう、彼にはよくお世話になったと、やや場違いなことを考える。
でも、それほど人に愛されて、強者だと称えられてきた英雄なのだ。何よりも強い竜を殺せる騎士であることを、ゲーム越しの別人とは言えども知る生者がここに一人居るのだから、強く願う。激しく希う。
「おねがい、ジークフリートさんっ!」
「宝具解放……!」
大剣を戦火に燻る蒼天に掲げ、収束する魔力が膨大な束となって渦を巻く。
「『
大剣を中心とした、半円状に黄昏の巨大な波が放たれる。
ぶわりと大きく広がったそれに、ファヴニールは急上昇をしてかわすも体の一部を掠めてしまったらしく、大きくバランスを崩した。押しとどめるとばかりに出力が上がり、そのまま何処かの森へと墜落した巨大な竜を横目に、ジークフリートは額に汗を滲ませながら剣をおさめる。
ぐらりと崩れ落ちそうになる身体をキャスターの身であるクー・フーリンがすかさず肩を貸し、今にも死に絶えそうな顔色で彼は言った。
「はぁ、は、……はぁっ……! すまないが、今はこれで限界だ。戻ってこないうちに、撤退してくれ……」
「…ごほっ、ゲホッ、…ッは、承知しました。では、私のチャリオットで離れましょう。退路は頭にある。馬は
竜殺しの称号を持った二人の騎士はすでに満身創痍だった。それでも未来のために足掻く少年マスターの安全を確保するべく、それぞれ最善を口にする。
多くなった人数で不安げにする少年マスターに「大勢を生かす為の走りであれば、この子たちにとっての本領発揮です。」となんとも頼もしく前向きな発言で鼓舞し、カルデア一行がしかと乗り込んだのを見届け、業者の席に王が座り込んで操縦するさまを確認した。平面ばかりのコースから凸凹とした道まで手綱を見事に、恙なく扱われておられる。
最初にお掛けになったときとは異なる戦場での面立ちを気遣うように見やり、ライダークラスらしく相棒を召喚して愛馬たちと共に平野を全速力で駆け抜け戦線を離脱した。