リヨンから離脱したカルデア一行は、なだらかな平原。ではなく、視界を遮る森林に身を潜めながら進軍を続けていた。
旅路の行く先は決まっておらず、ただむやみに走らせてばかりでは先手に欠ける。燃え広がる戦火を前に黙していられないのは理解が出来るし、可能な限りは魔物たちの排除に手を貸すライダーであったが、方針がブレる以上は軌道修正が必要だと考え、口を挟んだ。
「次の行先はお決まりでしょうか。」
「いいえ、ですが、あそこでフランスの兵が怪物に襲われています……!助けに行かなくては……!」
「行こう……!」
「毒を食らわば皿まで、ですね、先輩!」
乗り気なのは構わない。善行であるがゆえに。
飛び降りようとするマシュとジャンヌを制止し、ライダーがクー・フーリンとエミヤ、ギルへ視線を向けると大人二名は肩をすくめ、小さな英雄王は楽しそうに笑った。
「では、私が片付けるとしよう。なに、君たちが手を出す暇もないだろうな」
「ぬかせ。テメエこそ手ぇ出す暇なんざねえよ」
「おや、では賭けてみますか。誰が一番、多く獲物を狩れるか。まあ、僕でしょうけど。」
くすくす微笑む少年英雄王の表情に気負った様子は一つもない。だが、背後からひやりとする気配が起き上がる。子どもたちの善性は見送れても、戦士である彼らの愉を前に黙って見送れるほどライダーはお人好しではなかった。むしろ短気な方なのだ、本来の彼は。
「俺が出る。」
むんずと剣をひっつかみ、ファヴニールを押しとどめる際にクラスチェンジしてガタガタの身体を思いっきり無視して光を収束させ、呆気なく放出して全壊させた。
ザンッ、と無遠慮に大地へと突き立てられた剣からは熱が息を吐き出し、風紀を取り締まる委員長よろしく仁王立ちで見下ろす姿は貫禄がある。ちょっとそこに。なおれ。などと一ミリも言われていないのに言われた気持ちになってしまう。
「こちとら方針聞いてんだよ、動くにしたって何にも決まってねぇんじゃどうしようもねぇだろうが。あの子たちの行動は理解できるが、んなこた分かってるって、今の状況貴殿らほど理解のある方々は居ないと思ってたのに、どうやら改める必要がありそうだな。オイ。」
「すみませんでした。」
「お、おう、悪ぃ。」
「エッ、エミヤさん!?」
ぶれっぶれの口調で荒ぶるライダーを前にしたエミヤは、仏のような笑みのままつるりと猫のようなしなやかさで見事な土下座を披露した。ジャパニーズ・DO・GE・ZAである。
休ませるために愛馬を一旦返し、御者の席に腰かけてひと息を見れば、冷ややかな眼差しは『命を賭け事に持ち込むとは何事ですか』と静かな言葉が宿されてたような気がする。静かなライダーのやや冷めた声に三人の背筋には悪寒が走った。クー・フーリンもおふざけの息を潜ませ、イタズラして叱りつけられた子どものように肩をびくりと跳ねさせながらしおしお謝罪を。
光の御子にすら謝罪をさせるプレッシャーを放つライダーに、のほのほ笑って「ですが楽しまなくては進めませんから。」と戦場での心得を少年マスターへ伝授する少年英雄王の表情には、時間が有限であることの同意はあっても、これっぽっちも悪びれはなかった。
ある意味とても” らしい ”性格の表れだ。赤い外套の弓兵は思い出した。騎士となった彼の掲げた志は、弱きを助け強きをくじくの他に、アーサー王を手助けすることだったはずだ。むしろ、後者がほぼメインと言っても過言ではない理由だろう。
アーサー王も年齢相応の欲求は多少なりともあるようだったけれども、基本的には神聖な騎士の戦にそのような賭け事を持ち込まれることを嫌う傾向があるようだし、とエミヤが横目に騎士王を見ればにこやかな表情だがやや恐怖を感じる何かがそこにはあった。異母姉弟であることがよくよくわかる笑顔の圧力には、ライダーの母親を感じる。
つまり、アーサー王にとっての姉。絶妙に優な気配のアーサー王とは違って、エミヤを召喚した彼女から放たれたのは有無を言わさぬ無表情プラス無言の圧力だったのだけれども。
アーサー王の望まぬことは率先して、あの手この手を使ってきたのであろう彼が、あの状態であれば―――嗚呼、そうだった。自分の知る、
襲われる民が存在するならば助けようとする。
「おじさんが悪かった……もうしない!」
「オジサンッ!?」
クー・フーリンと喧嘩をしている場合などではないことぐらい理解していたはずだが、どうにも顔を合わせると相性が悪いのか。
皮肉な口調が板につきすぎたのかは不明だが、ともかく争うばかり。しかし、それを言い訳にあの子に嫌われたくはない。情けなくも膝をつきながら、嫌われてしまうとパニックに陥った日本人男性の口は滑る。よく滑った。滑り台に乗ってんのかってくらいにつるつる滑る。エミヤは静かにチャリオットの屋根に出て、矢をつがえる姿勢をとった。
「追撃はおじさんに任せてくれ!」
「だからオジサンって何!?」
「い、いえ、申し訳ございません。リツカの疑問に対する解を、私は持ち合わせておりません。何なら初めて耳にしました、アーチャーのあんな……母上に叱られてた時だって聞いたことねぇぞ、そんなん…。」
静かに怒れるライダーを激しく困惑させる一撃であった。
「……
投影魔術で生み出されたのは、クー・フーリンも見慣れた剣が変形し矢となった宝具レベルの武器だった。
「―――“
捻じれた矢は、ワイバーンらの中央を突き抜けて
一掃された様子に、さて一息。とはそうは問屋が卸さない。現実はそう甘くはなかったのだ。ドラゴンの次はワイバーン。ワイバーンの次はゾンビの群れが、急激に接近してきていたのである。
「おうおう、バトンタッチってやつだな。任せときなあ!」
火の魔術が飛んで、ゾンビを燃やし尽くす。器用なほどにフランス兵だけは見事に避けた技術に少年マスターは感嘆の息を呑んだ。
自分もガントの精度をあげるためにキャスターへ弟子入りすべきだろうかと真剣に考え、今は不要だけどと唸る。負担を増やすのではなく、現段階で自分が出来ることに死力を尽くす。それが、今、とても必要な事だと考えたからだ。
「―――ッ馬車の裏手に!」
盾にしろと叫ぶ。
倒れた敵を確認しようと顔をのぞかせたマシュを制止する。心なしかライダーの雰囲気が険しくなったような気がした。―――否、マシュも身にまとう鎧の重みが増したような。異変を察知した。
「A――――――――――――――urrrrrrrr!!!」
獣のような咆哮だった。理性のないばかりの威嚇であった。勘、と言うしかないそれを口にされることはなかったが、とにかくぶん殴れと理性が言う。本能が語る。
鎧でくぐもった声だが、しかし、それがどうして、聞き覚えがあるなどと感じたのか。ライダーはそれが何故だかも相手が誰だかも分からなかったが、なんとなく、あの変質したのであろう魔力残滓からは見知った人物がその鎧の真下に存在するような気がしたのだ。
「きみも居たのか……」
「ああ、僕も忘れた事などなかったからね。懐かしき御方。白雪の如き白いうなじの君。」
王妃やアマデウスも、並び立つ面々に顔見知りがいたようだ。
アマデウスの呼びかけには一切応じず、ただ一人を見つけて恭しく微笑む。やや驚きながら漆黒のコートに身を包んだ白髪の青年に微笑むマリー王妃と、心底不快だと吐き捨てんばかりに顔を歪めたアマデウス。
そして、マリー王妃の首へと視線を向けるコートの人物。憂慮をたっぷりと含んだ翳りで表情を曇らせた彼は、同時にうっそりと熱の帯びた瞳で王妃を見た。
「同時に、またこうなった事に運命を感じている。やはり僕と貴女は、特別な縁で結ばれている、と。
そんな男の発言にアマデウスは心底呆れたように溜息をつく。生前のみならず、今回も処刑するつもり満々の男の精神がイカレた状況を呆れたのである。
しかし、そんなアマデウスに『シャルル=アンリ・サンソン』と呼ばれた処刑人は不快気に肩を竦めた。話しを聞くだけならば相容れないだろう。彼らの中では、生と死の価値は彼らの中で完結したものであったから。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
彼は、生き物、人間を汚物と断言した。
シャルル=アンリ・サンソン。
彼は人間は聖なるもの、尊いものと断言した。故に、処刑人はその命に敬意を払うとも。
故に、人を愛せない彼にマリー王妃とシャルル=アンリ・サンソンとの関係を語る資格はない、と言葉は少年マスターには理解ができなかった。
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」
「くっ……!」
優雅なる茶会のような雰囲気の真横では、獣のような騎士とマシュが相対す。マシュへ一直線へ突撃し、バーサーカーは剣をふるった。彼女は盾で防ぎきるが、その力強さに目を見開く。地面に踵がほんの少しだがめり込んだのである。
「このッ、バーサーカー……! 今までのどのサーヴァントよりまっすぐで、怖い、です…!」
「見て! 空にもワイバーンが集まっているわ!」
ふむ、と少年英雄王がうなずく。
「僕とルーラーでフランスの救援に行きましょう。その気になっただけで結局戦えませんでしたし、腹ごなしに運動するのも良いですしね。そちらはそちらで頑張ってください。」
ふらりと自由に小さな英雄王はジャンヌ・ダルクを連れてフランス兵たちのもとへ。
残されたサーヴァントはそれぞれの武器を手にとったが、不意に赤銀の騎士がマシュを背に庇ってチャリオットへと近づく。静かなる睨み合いは、先に背を見せた方が負けである。決して目をそらさず、隙を見せず、ただひたすらにお互いを牽制し合う。
「レディマシュ、あなたはかのドラゴンスレイヤーとリツカと共にチャリオットの中から戦いを見て学んでください。」
「は、はいっ」
漆黒の鎧に覆われたバーサーカーを見ながら告げられらた言葉にマシュは頷き、素直にチャリオットの中へ戻る。フランス兵へ助力することも考えたが、何故だか身の内で囁くのだ。
“あの騎士から目を離すな”、と。
「―――…了解した。魔力をまわせ、マスター! 宝具を使うぞ」
「ケルトの戦士をなめんなよ! バーサーカー相手に後れはとらねえぜ!」
「分かった!」
令呪を使わずに魔力だけをエミヤへ受け渡す。
回路をたどるのは何度もやっても不慣れで時間はかかってしまうけれども、英雄たちはそれを良しとした。道中も接続を早くするためには、と勉強を熱心にしており、彼なりに魔術への理解を深めつつある。少年マスターにとっての最善を尽くしたと理解できるからだった。
「
「……Ar……thurrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr……!?」
「やっぱアンタは……!」
狂ったようにかの王の名を口にした漆黒の鎧―――その騎士の剣はチャリオットを見つめ、前にライダーが立ち塞がった。漆黒の魔剣と赤雷の剣がぶつかり、火花を散らす。
「
エミヤの紡ぐのは、一人の男の物語のようだった。
「
「魔術師……ではないのに術を使うんだねッ!!」
「させっかよ!!」
サンソンの罪人を裁く剣を、クー・フーリンが杖で受け止め、ルーン魔術が飛び出す。焼き尽くさんと飛び出したそれにサンソンは後方へ飛んでかわし、詠唱を続けるエミヤへ剣先を向ける。
「本当ならば、嗚呼、本当ならば、白雪のような美しき首筋の彼女のためだけに捧げるつもりだったのだけれど。」
狂った笑みにマリー王妃は瞳を伏せ、アマデウスは忌々し気に表情を歪める。少年マスターとアイコンタクトをとった彼女たちはジャンヌ・ダルクへと加勢する為、フランス兵たちのもとへ。その背中を追わんとした断罪人をルーンの魔術が阻む。
「
悲しき男の道はどこまで続くのか――――
息を呑んだ。
「
嗚呼、勝利を喜び酔ったことなど無かったのだろう。決して、そのようなことはなかったのだろう。でなければ、あの赤い外套の彼の悲し気な背中は何なのか。やり切れなさを感じる背は、何になる―――――?
だが、同時に、何処か吹っ切れたような感じもする。
「
少し離れた場所では、ライダーとバーサーカーが打ち合う音が聞こえた。競り合う剣からは火花が散って、お互いの踵は大地にめり込んで。
「今だッ!」
「……