其処は、墓標のようだった。燃えさかる炎と、無数の剣が大地に突き立つ一面の荒野が広がり、空には回転する巨大な歯車が存在する。だが、何処か寂びれた空間だった。
しかし、弓兵はほのかに口元を緩めさせる。何処か満ち足りたような色が瞳に宿って、断罪人を見据えて言った。
「ふ、別に倒してしまっても構わんのだろう?」
それこそが、敵と自身の違いなのだと見せつけるように術者から余裕をたっぷりと含んだニヒルな笑みが零され、墓標を前に立ち止まりそうになった立香も意識が戻る。強く頷き、補給されたばかりの魔力をエミヤへ受け渡すと彼は叫んだ。
「やっちゃってくれ、
無限に剣が内包された世界―――『unlimited blade works』。一度、術者が目視した武器ならば『使い手の記憶や経験』さえも複製し、無限の剣のうちの一振りとして此処に集う。
それは、今まで倒した敵の数なのかもしれないし、修行の一環として作り上げられた一振りたちなのかもしれない。誰かの墓標であり、何かの導である。
そんな剣を形成する要素で満たされた其処で、彼らは激しい戦いを繰り広げていた。一方はあふれる希望を胸に、もう一方は欠如し続ける何かを渇望して。マスターの言葉に応えるよう、エミヤは干将・莫邪を投影し荒野を駆けぬけた。
「
大量のワイバーンを撃退した剣のような矢が放たれ、罪人を裁く剣―――否、刃がそれを拒む。だが、それは、接近するための目くらましだったのだ。
断罪人の懐に潜り込んだ赤い外套の弓兵は、陰陽二振りの短剣を最小限の動きで振るった。回避しようとして、し損なった彼は腹部を掠めて、初めて顔を歪める。目線は、結界の外―――おそらくは、フランス兵へ加勢しに行ったマリー王妃へと向けられているのだろう。
まったくもって余裕綽々な態度。やれやれ、と呆れたように溜息を一つ。弓兵は離れて態勢を整えさせる間もなく、さらに攻撃を続けた。
遠くからはルーン魔術での援護が合間に入れられるので、フランスが誇る由緒正しき断罪人もなかなかその場から身動きがとれない。
「――――
「くっ!?」
焔が迫って、―――――さらに二本。
「――――
弄ぶような焔の塊がサンソンの周囲をまわって、――――また二本。
「――――心技黄河ヲ渡ル《つるぎみずをわかつ》」
増える続ける剣と焔に、やがて断罪人は速度を追い切れず刃を遅らせる。
「――――
目の前だったはずの敵が視界から消え、その場にとどまった断罪人は左右を確認し、それでも赤い外套の弓兵は見当たらなかった。
逃げるはずがない、と分かっている。だが、何処へ行ったのか分からない。見えるのは、ルーン魔術を用いて集中力をかき乱す―――あの青髪のキャスターだ。炎が迫る。咄嗟に刃を滑らせて跳ね上げはしたが、騎士ではない彼には厳しい状況だった。態勢を崩したその好機を逃さず、エミヤが接近する。
「
「ぐぁあっ!?」
気配もなく後ろから背中を切りつけられた断罪人―――サンソンは、そのまま崩れ落ち、魔力で構成された世界は徐々に緑覆われた世界へと戻ってゆく。
どうやらあちらもカタがついたようだとエミヤが視線を向ければ、不思議と背を正したくなる冷気纏う怒りであった。赤銀の騎士は静かにその剣を漆黒の甲冑の持ち主へと向けて怒気を隠さず、あきれを隠さず、件の騎士を圧倒している。
「あ、あっちでは何があったってんだ…?」
「シッ! 今はただ黙して待つんだっ」
まるで、彼の母親が憤慨した際によくみせる冬景色を前にエミヤは尻尾を丸めて長く伸びた巻物にコロコロ自ら巻かれに行くことを選択した。
普段の皮肉な応戦は何処へやったのか。わけもわからずエミヤの気迫に「お、オウ。」と言葉を返したきり、切羽詰まったエミヤと同じように沈黙して気配を空気のように溶け込ませてくれるアルスターの猛犬光の御子は、まぎれもなく善人であった。
―――…
エミヤとクー・フーリンがサンソンを無力化する前まで遡る。
立香とマシュを含めた乙女たちを戦車に乗り込ませ、退避を安全に実行すべく御者の席に敬愛する王を乗車させたライダーは、言葉を介さぬバーサーカーと相対していた。
明確な理由は分からない。理解も出来ない。だが、この騎士が持つ、かの王に対する殺意や憎悪と言った負の感情は確かなのだろう。
そうでもなければ、ここまで暴走状態に陥ってバーサーカーなるクラスに属することはない。狂戦士など戦うこと以外に目を向けることのできぬ状態になるほどの負とは。
あの時代で絶望する出来事は多すぎて、心当たりもありすぎて、だけれども何時だって最善を選び取らんと尽力する王の姿を見て育ったライダーには、目の前の人物が己を焼き焦がすほどに燃える負の感情は見当が付かなかった。今後もつかないのだろう。
その燻ぶり爆発した感情に身を任せ、突き動かされる激情のままに武器を揮う彼は復讐者に身を転じても可笑しくはない。否、故に狂った戦士にその身を堕としたのかもしれない。
知らぬ騎士のはずなのに、何処か、とても懐かしい剣を扱う。しかして、騎士だったであろう面影もなく、ただただ、一人に対する負の感情だけが今の彼を動かす原動力となっている。ちぐはぐで噛み合わず、剣術としての型もあるようでなくて掴みどころがなくて、―――そんな剣士をライダーはただ一人、あてはまる人物が居ると記憶を掘り起こした。
かつてブリテンの地で―――人間を相手に剣をふるうことが出来なかった自分に、人間を相手にしたときの戦い方を教えてくれた騎士と似た太刀筋をしている。異形を相手にするばかりだった自分に、それに困ったと相談する相手が分からぬ自分に、近づき、剣を打ち合う中で覚えるといいと微笑んだ、あの友の父と。
(―――まさか、)
そんなウソだろ……。
ガタガタの体調では言葉遣いを取り繕うことも忘れさせ、ただ彼にとっての素直な本心が零れ落ちる。けれど、しかし、何処か違う、と強烈な違和感がライダーの中に膨らんで。
「アンタが、なんで……っ」
あるはずがない。あり得るはずがない。だって、アンタは、オマエは!
高ぶる激情が魔力回路に痛みを与え、理性を復活させる。冷静さを思わぬ方法で呼び戻したライダーは動悸が波打つ胸から意識を逸らし、目の前の存在を見た。
しかし、何処か違う、と強烈な違和感がライダーの中に膨らんでいた。
そも、此処―――フジマル リツカが生きる世界とライダーが存在する世界は『源は同じ』だが、たどった道の違う平行世界。そう、別世界なのだ。言うなれば、パラレルワールドなる存在。
たとえば、反転してはいたが――――この世界のアーサー王が
ブリテンでの出来事が大きく違うが、破滅をたどった結果は一緒だとか。そのような違いと共通点が幾つかある世界。否、たとえ最終的な結果は一緒だったとしても、その過程が違うと言った方が良かったのだったか。
マーリンに説明されたが、王が心配だったのでさらっと流したのが失敗だった。だが、簡単に『己の魂源は同じ、けれども別人が存在する』『異なる世界』と言おう。
故に、見知った人間がいたとしても可笑しくはないし、その人物が己の知る人物とは限らない。さらに言えば、異なる世界の自分と出会う可能性だってあるはずだ。―――発想の逆転。
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr―――――――!!!」
だからこそ、王に理想の騎士と謳われた
剣筋からは深い憎悪―――王に向けられる憤怒は底知れず、だが、その感情を向けられるのは本当に王なのかが疑わしい嘆きも含まれてあった。あの世界での彼を知るライダーの希望論かもしれないけれど。
「くっ、アンタの生まれは、確か
「GAAAA―――――――!!!」
ギイィィィンッ
激しく金属同士が打ち合う音が響く。バーサーカーは跳びあがって上から落ちてくるように剣を振り下ろし、ライダーは剣に魔力を纏わせて下から振り上げてその剣を受け止める。
「……す、すごい」
思わず立香は言葉を零し、マシュは盾を握る手に力が籠った。何故だかとても知っている、そして何故だか一発ぐらいは殴らなければ。
そんな意識に駆けれるも、戦士として芽を咲かせたばかりの少女の身はあの戦場に立つ勇気が起きない。震える足を見抜いてか、アーサー王は微笑みを浮かべながら窓を見つめて呟く。
「ライダーは、かの騎士を人類最強と謳ったが、その実、その最強にも負けたことがない。対人戦を苦手とする彼は、ヒトとの触れ合いもさほど得意ではなかったんだ。理由は、とても単純で」
曰く、『手加減が分からず殺めてしまいそう』なのだとか。それは私の望まぬことだ、何よりもブリテンの民らを愛す王も望まぬことだ。
ライダーの言葉に誰もが憤りを感じたが、しかし、彼の魔力を纏わぬ、ただ振るっただけの拳で異形を仕留めてからと言うものの、その声も、感情も綺麗になくなった。彼はただ、ブリテンに迫る危機を破壊しただけだったのに。誰もが彼の純粋な力を恐れ、離れてしまった。
その後の、遠征から帰還後に放たれた『我々は、騎士として、男として、そして何より騎士王の家臣として、卿のアレを極刑に処すことを強く推しました。』なんて推薦状を三名の署名で提出してからのことも、あったのだろうけれども。
「だがそれは同時に、ライダーはほぼ孤立してしまった。」
親友をなくすのが嫌だった。友人をなくすのが否だった。だけども、そんな普通を希う、たった一つの命令にも似た願いで、彼を孤立させてしまった。
彼の側に在ったのは、最初に言葉を交わした忠節の騎士、その友、円卓の中で最も心の在り方が強かった騎士の三人だと言う。三人の騎士以外で彼とコミュニケーションをとる方法は、仕事を介して何かをする、しかなかったのだとも。
そこで騎士で在る円卓の騎士らは、特訓と称してライダーと剣を打ち合って仲を深めようと作戦に出たのだとも。―――今から思えば、円卓がまとまって行動したのはあれが最初だったかもしれない。以降、円卓同士での連携が取りやすくなったのだ。交流を取るようになった後も、ライダーは常に自分を律し、他者を優先した。
それはまるで『王であることを己に課したアーサーの真似事のようだ』と、苦虫を嚙み潰したような顔で親しい騎士に呟かれたこともあった。
肉親といっても過言ではない彼から指摘され、さてそうだろうかと考えたところで、自分の在り方を見る目に気づき、それでも望まれるたびに王であることを止められなかったのだとも。周囲には多大な迷惑をかけただろう、と苦笑を零して。辞めることは出来なかった。
己が騎士王より座を退いたとき、ブリテンは終わる。イギリスは終わる。だからこそ、耐えなくてはならない。同じように円卓に入ったばかりのライダーは熱烈とした告白にも似た忠誠の言葉を違えることなく、アーサー王の忠実なる騎士で在った。
日にちが経てば変化もあるだろうと睨んだが、しかし、それもなく、王が人ならざるものにならんとしたその瞬間ですら、王の望みを一番に叶え、王を人間として生活が出来るようにと願ったのだ。あの子は、自分を切り捨てでも、それを願ってくれたのだ。してやれることなど何一つとしてなかったこの、騎士王に、一人の人間としての存在を望んでくれたのだ。
「それってどういう……?」
「さて。」
多くは語らず、アーサー王は珍しく曖昧に笑った。
言えないことがあって申し訳ないのだけれど、という表情だった。アーサー王は、ライダーの正体を明かすことを断って、けれども彼は強いのだと、自慢するように立香とマシュに告げる。
「もちろんです!」
じわりと。マシュの胸には、何処か温かいものが広がって、どうしてか胸を張って同意を返した。彼女と融合した英霊が、そうさせたのかもしれないし、此処数ヶ月で共に過ごした彼女自身の勘が何かを感じたのかもしれない。
ただ、どうしようもなく嬉しくなったのだ。この胸が純粋に喜びを感じて、理由も分からずかの騎士に微笑んで喜びを分かち合いたいと思ってしまったのだ。