叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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理想の騎士と理想の騎士

 何度も剣を交えるたびにライダーは困惑した。

 己の知る彼とは違うと言えど、生前彼が積み重ねてきた過程の中、そこまでの憎悪を自分へ(・・・)向けるほどに許せなくなったとは。

 女性に関して些か思うところもあったし、王妃であったギネヴィアとの道ならぬ恋に落ち、しかしそれは―――王の裁きによって、騎士としても男としても生涯を終えることを許されなくなったことで彼の中にあった罪悪感が少しでも抑えられたはずなのだ。

 コレは異世界の彼であれど、何かしらの処罰は下されたはず。処刑台での乱戦を御せる人間は、こちらには居なかったと言うのだろうか。

 

 

「何を恨んでる!」

「―――――Ar……Arrrrrrthurrrrrr……!」

 

 

 間髪入れずに壊れたレコードのごとく名を吠える。もはやただの鳴き声だ。獣の呻き声と変わらぬそれに、ライダーは目の前が熱くなったような気がして叫んだ。

 

 

「貴方の抱える恨み、その対象は偽りです!! だって、あなたの剣は、これほどにも、己を深く憎悪している……!水は姿をうつす性質がある属性です。その性質を正しく宿した剣が、そこまで深く濁ってしまうほど貴方は自己への憎しみと怒りにまみれた!」

 

 

 彼の罪が、あの公開処刑でなくなったとは言わない。

 ブリテンの地に住まうことを許され、王の騎士として在ることを許されなくなった彼は、顔をあわせるたびに苦しそうな表情を浮かべる瞬間があったのだから。白亜の城を去った後の彼もまた、己を叱責続けたのだろう。

 

 

 

―――” 王を裏切ってしまった私に生きることを許してくださった王を ”

 

 

―――” ―――いえ、もはや私が口にすることすら許されぬことでしょう…。 ”

 

 

 

 どうか、と願うような声がした。

 ならどうして、と憂慮を含んだ声もした。

 まったくもって後者の声には同感であるとライダーは無言を貫く。湖の騎士が居ても居なくても彼にとっては関係のない話だ。なぜなら、ライダーは” アルトリウス・ペンドラゴン ”の騎士であることを最初に誓ったからである。そのお方の肩書きが、ただ王であっただけなのだから。

 

 

 

―――” さもオマエが居たからお仕えしたみたいな言い方はヤメロ。 ”

 

 

 オマエのような奴が居なくたって自分はアルトリウス様にお仕えした。たとえ、最強の剣が欠けようともアルトリウス様はアルトリウス様だ。

 騎士(テメェ)の辞職でお仕えしている主人を託されるとか、意味がわからんし色恋で主人を切りつけた野郎には本気で関係のない話だ。ナメてんのかふざけんな。とまでを本気のトーンで、連れて行ってもらった酒場で覚えたての口調で言ってのけ、張本人であるケイ卿は涙が出るほど爆笑した。

 かの騎士は、国の部品となってしまった王妃を哀れみ、救わんとした。彼の騎士道に則った行為の中で、王妃と道ならぬ恋に落ちてしまっただけのこと。王は、似た言葉を、呟いて。

 思い出すだけでも腸が煮えくり返る。たったお一人でガゼボに残った王の肩は水やりを忘れられた花のようにしおれ、アグラヴェインは憤慨した。

 当然だ、誰もが知る『国の為のあれこれ』という激務の末が、その内容を知っておかなくてはならないはずの身内から(精神的な面で)切りかかられるという手酷い裏切り行為なのだから。ベディヴィエールは激怒した。お仕えする方への何たる、なんたるっ。

 ケイは殺意が高くなり、伝播するように他の騎士たちも怒りのままにかの騎士への処罰へ前のめりの姿勢になったのだ。―――そうして、彼は己の知る世界の騎士ではなく、あくまでも別世界(・・・)のバーサーカーなのだということが理解する。

 

 

 私の知る貴方でなくとも、何故それほどまで己を憎悪する―――?

 自分を傷つけるような形は、やめてほしいと思う。自傷行為。それは、恐らくはあなたの知るかの騎士王の嫌う行為だ。言葉を無くし、剣で語る。火花が散らされるたびに、剣に想いが伝えられるようだった。

 

 

 

―――” 私は己を許せない。 ”

 

 

―――” 人としてではなく、王として在らねばならなかった彼女に ”

 

 

―――” 甘え、愛する恋人ですら奪ってしまった―――! ”

 

 

 

 よしコイツ赦せねぇ。()ろう。

 ケイ卿の殺意がライダーに乗り移ったかのようだった。

 

 

 

―――” それを罰さず、罵りもせず、 ”

 

 

―――” 叛逆を許した王のことが……! ”

 

 

 

 目の前が燃えるようだった。怒りで気が狂いそうだった。

 けれども、理解も多少なりとも出来はする。絶え間なく溢れる憎しみは己へ、行き場の失った怒りは王へ向ける騎士にライダーは何かを返すことも出来なかった。

 

 ただ、彼は、王に裁かれたかっただけなのだ。罪を犯してしまったと自覚のあるが故に、自己嫌悪に浸って、底なし沼のようにそれは広がって、やがてそれは深くなりすぎて憎悪へ。憤りへ。

 己の不甲斐なさを認めながらも、行き場を失ったそれらを王に向けるしか出来なかった。またそのことにも自己嫌悪し、無限に繰り返され、溝の深みは底がなくなってゆく。

 

 けど、だからって―――だから、どうしたって話なんだよ。

 それすら出来なかった王の境遇を思うことは出来なかったのは仕方がない。どう足掻いたって卿は騎士の領分でしか生きられないのだから理解の範疇外であったのだと分かるから。

 だからこそ、己の領分であるはずのことなら判ったはずだ。騎士の掟。相手を傷つけるような行為であったことは、分かってたはずだろ。アーサー王の騎士として取り締まる立場にあったのだから、他の誰よりも正しくないことだって理解してたはずだ。なのに、その禁忌を侵し続けたのは、その卿ではないか。

 最後まで結んでしまったのは、誰と誰なんだ。王に裁く権利も責任もあるのは分かるけれども、結局そんなの後付けでしかない。―――責任転換してんじゃねぇよ!

 

 マーリンに、いつだったか。かの騎士が狂って、目の前の騎士のように憎悪で動く獣になってしまったら、と聞かれたことがあった。すでに無礼千万な質問にライダーは怒りのあまり目の前が見えなくなってしまったけれど、王はそれに、笑って答えた。

 王妃との恋にうつつを抜かした自分に対する憎悪、騎士として王に叛逆しながら許されて何もなかった罪悪感。苛まれて蝕まれて自己を損壊するようなことがあればどうするのだと。

 

 

 

―――” 私は罪を与えるだろう。国を守る騎士として、国父として、何よりも国の守護者としての責務を果たすだろう。 ”

 

 

―――” だが、同時に忘れないでほしい。かの騎士は、私にとっては理想の騎士だ。己の正義の為に動ける騎士は、好ましいと思う。 ”

 

 

―――” だけど、嗚呼、そうだね…。 ”

 

 

―――” 赤雷の騎士の言葉に倣うなら、『それが彼の本心ではないのなら、私はさらなる罰を与えよう。』 ”

 

 

 

 きっと騎士として自分を慕ってくれる彼には、仕えた相手と対峙することが何よりの罰になろうから。正面から、正々堂々と、正攻法で、裁きを下すだろうと。

 故に、ライダーはバーサーカーの悲鳴にも似た剣に言葉を返した。本当なら、あの人を傷つけたヤツなんかに掛けたくないし、応えてやる義理など微塵もないが、アーサー王の友人である肩書きを持つ男へ対する気配りなんかでもなく、純粋にアルトリウスの心情を慮ってのコトバである。あの人にとっては、騎士とはかくあるべきと見本にするような人だったのだ。

 

 

「だが、貴方は間違いなく王にとっては理想の騎士だったのでしょう。」

 

 

 ただの事実を。ただの事実と自分の心に弁解して。

 けれどライダーは知らない。目の前の狂戦士がアーサー王にとっての理想の騎士なれば、今まさしくその理想と相対する赤雷の騎士こそがケイ卿にとっての理想の騎士であったことを。

 

 バーサーカーの剣を弾く。

 自分にとってはクソ野郎でもアルトリウス様にとっては、はじめて得た友人であり、理想の騎士なのだ。素手になったバーサーカーは身近な剣をとって攻撃を仕掛けるも、ライダーは軽く足蹴にしてそれを弾き飛ばした。

 

 

「――――正義を愛し、女性を敬い、邪悪を憎む。あなたは確かに正義に従って活動し、多くの命を救ってきたはずです。あなたは多くの命令に従って、王の騎士として振る舞って来られた……そのはずでしょう。」

 

 

 言葉はなく嘆きが深まる。バーサーカーは身近にあった斧や槍など、様々な武器を投げて攻撃を仕掛けたが、どれもライダーには当たらなかった。

 最小限の動きだけでかわされ、爆発するものはすべて魔力に包まれて消える。単調的になった攻撃など今のライダーにとってはどれも無意味なことだった。見習い騎士に手ほどきするよりも容易いことだ。

 

 

「故に、貴方は、王としての道を求められた騎士王にとって『理想の騎士』なのでしょう。」

 

 

 その名前を背負って来られたはずでしょう。静かな声は近づくばかりで、バーサーカーは何も出来なくなる。何故だか分からないが彼を攻撃することが、どうしても出来なかった。

 

 

「一度、王とお話してみるべきではないでしょうか。あなたの王と(・・・・・・)。」

 

 

 真摯に言葉を返す彼に、見覚えはないはずなのに、知らないはずなのに、知っている(・・・・・)

 名を呼ばれては、もういよいよその感覚は確信にも似たものになって、バーサーカーは動きが止まり、己を組み伏せてみせた赤銀の騎士を見上げる。兜に阻まれ顔は見えなかったが、しかし、隙間から見える紅色の瞳は強く、何処か魂を揺さぶるようだった。

 やはり。―――やはり、見覚えはないが、知っている。そんな感覚が彼の中にぽつりと落ちて溶け込んで、この身は彼の名を知るはずなのに、記憶には塗りつぶされて切り離された感覚があった。

 異なる世界の―――(・・・)騎士よ。あなたは、何があろうとも、王の為に仕えると常に誓っていたのですね。王の為に、そこまで尽くしてくれたのですね…。

 両膝をつき戦闘意識のなくなったバーサーカーは紅色の瞳を見つめ返した。異なる世界と言えど、彼女(・・)が目の前の()のような騎士になってくれたことが嬉しかったのだ。歓喜に打ち震えるのか、絶望に震え泣くのか、どちらかは判別がつかなかった。けれど赤銀の剣は、バーサーカーの首に添える。

 

 

「結界が消えたか。……もう一度言っておきます。繰り返させて頂きますが、貴方は一度、王と話し合う必要があります。もし、その機会があっても無理があるのならば、剣を交えて王に気持ちを伝えると良いでしょう。」

 

 

 余計な口は閉じてろ、と彼は同一でありながら似て異なる存在と似たようなことを言った。

 

 

「I……ィイ゛It's worth trying(やってみるだけの価値はありますね)…….」

「ええ、是非。貴方が王と分かり合えたのならば、それは良いことです。」

 

 

 それはきっとおそらく、” 王にとって ”と言葉がつくものなのだろうけれど。徹底したその攻撃性を兼ね備えた気配りが、今の狂戦士には心地の良いものとして感じた。

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