フランス兵に見捨てられながらも聖女は旗を揮った。背に生きる兵士たちの為、彼女の愛したフランスの為、調停者としての役割。彼女の中には様々な感情があるのだろう。
しかし、今を生きる人の為に揮う力は何処でも変わらない。敵視されるだけの気力があるならば、生きることに執着は在るはずだ。仇を討てと立ち上がる力があるならば、ドラゴンを相手に逃避するのも出来るだろう。聖女の中には、そんな気持ちがあった。
「その為ならば、わたしは喜んで偽りの魔女となりましょう。」
それを正気かとバーサーク・アサシンに問われる程度には、なかなかにイカれた発想なのだと自覚はある。フランスを救うために立ち上がった時点で相当イカれているとは言われてきたと告げて、バーサーク・アサシンは呆れたように肩を落とした。
ならばもう、その美しき風貌をそのまま頂くとしましょう。血肉を剥ぎ、純粋なる乙女の悲鳴を肴に浴びるように美容のため血液をたっぷり飲み干すの。
「ワイバーン!」
上空を覆うドラゴンの亜種たちに命令し、聖女にめがけて下降する。猛々しき竜の子らは咆哮をあげ、―――不意に、鈍い音を立てながら大きな火薬が衝突した。
「砲撃砲―――――――――――……撃てぇぇぇぇぇえ!!」
砲撃を指示した男性の声は聖女を支援するように命令を次々と口にする。隙をつき、バーサーク・アサシンへと肉薄し、攻撃を仕掛けた聖女の力強さに彼女は撤退を命じた。人間の作った火薬でワイバーンが倒されることはなかったが、どうやら目くらましにはなったようだ。
結界が解かれたままだったが故、シャルル=アンリ・サンソンも簡単に抜け出してバーサーク・アサシンの方向へと足を向ける。途中、ジャンヌ・ダルクで視線をとめた漆黒甲冑の騎士は、妙な動きで硬直した。
逆らえぬ憎悪がまた彼の中で膨れ上がったようだ。耐え切れぬ感情のままに彼は獣のように声をあげ、聖女へと剣を振り下ろす。旗の柄で受け止めた聖女は、苦し気に唸ってライダーとの戦闘で弱ったバーサーカーを旗で倒した。
大地に叩きつけられた彼は、掠れた声で小さく王の名を呟く。やり切れなさにマシュは視線を落とし、聖女とかの騎士王の魂の在り方が同じだったのだろうと呟いた。
「行きましょう、ジャンヌさん。」
「……ええ。」
かつて共に戦場を駆け抜けた軍師が聖女を呼び止める声が何度も投げかけられ、けれども決意を新たにしたジャンヌ・ダルクは立ち止まらなかった。
―――…
制止の声を振り切り、羽休めのための拠点としたのは先の場所より離れた場所。おそらくは魔女の襲撃を受けてボロボロになり、修繕も間に合わず破棄された砦である。ジークフリートの容態も芳しくはなく、そこで一息つくことになったのだ。
「わたくしの宝具では、ほんの少しだけ傷を癒やすことは出来ましても治癒は出来ませんわ。」
「どうやら、呪詛の類のようだね。」
普通の治癒では対応が出来ない。
だが、放っておくことは出来ないと立香は唸った。そうだ、とジャンヌは顔をあげて、包帯を巻きながらジークフリートへと尋ねる。
「どうしてあなたはあの街にいたのですか?」
「……俺は比較的に召喚されたのが早かったらしい。マスターもおらず放浪していたところに……あの街が襲われているのを見てしまってな。」
そしてそのまま歓迎されてずるずると居座ってしまったというわけだ。
王妃とジャンヌの表情が何処か嬉しそうだった。自虐を含んだそれではあったが、救いの手を差し伸べんと、戦ってくれたようだと分かるからなのだろう。
「…生前とは違うが、それでもこの
複数を相手取るに特化した型だったとしても、あれほどまでに多種多様なサーヴァントを同時にとなると困難だろう。ましてや、地の利はあちらにある。
「ただ、その中の一騎が俺を城に匿ってくれた。傷も治らず、誰かに助けを求めることも出来ず。ああして、待つしかなかった。」
「それは竜に乗った女性の方でしたか?」
「竜に?」
窮地に立たされたジークフリートを救出したのは、不思議なこと二敵陣営の一人であった。マシュの質問にジークフリートは困惑したように視線を落とし、悩む。
耳障りな言葉を吐く魔女とは別にもう一人。巨大な亀のようなものに乗る女性が居たのだ。ああいった竜を見るのは初めてだったようで返答にやや間はあったが、雰囲気はルーラーであるジャンヌに似ていたという。
「マルタさんです…!」
「それが彼女の名か。なるほど、竜の聖女マルタ……出来ることならこの身を隠してもらった礼を言いたいものだが……そうか、すまない。」
マシュたちの反応をみて頷く。
ある意味では召喚主への裏切り行為なのだ。自分を逃がしたことも、立香たちを助けんと動いたのであろうことも、全ては覚悟の上だったのだろう。何処かしらで会うことがあれば、礼をすると心に決めた。
「……ジークフリートには、複数の呪詛が掛けられています。…正直、生きているのが不思議なくらいです。複数の呪詛を同時に解除する為には、洗礼詠唱を唱えられる聖人があと一人必要でしょう。」
竜殺しのサーヴァントが一人、ぽんと召喚されたぐらいだから可能性はあるだろうと立香が頷けば、通信越しにドクターも同意した。
そこでまとまって行動した方が敵と戦うには安全だろうけれど手分けして探すべきではないかと提案する。竜殺しジークフリートの呪詛を解かなければ、あのファヴニールは倒せない。
「何よりも……」
ちらりと彼女が目を向けたのは、先ほどから戦車から一ミリたりとも動けずにいる赤雷の騎士である。気丈に背を伸ばし続けた彼は今、自身の愛馬? 愛鳥の羽毛に埋もれながらぜえぜえと息を切らせて咳き込んでいた。―――絶賛不調なのである。
ライダーもそろそろ限界が近いようで、作戦会議中ではあるが彼の様子に見かねたエミヤがやや強引にチャリオットの中で休ませたのだけれど、落ち着かなかったようだ。
休むときぐらいは鎧を脱ぎたまえ、とエミヤの声が聞こえた。ぐずるように唸る声が幼子のようで落ち着かなくなる。そわ、としたマシュの様子と同じくアーサー王もちらちらと意識をそちらに向けがちだった。若干、心配の色を表情に宿した少年英雄王が宝石を取り出してライダーに宛がってはゴミのように袋へと放り投げ、何やらジャラジャラと音を立てる。
「神を相手によくやるものです。これはそんな君への褒美としましょう。…さ、マスター。彼からの許可は得てますから、宝石を使った魔術を覚えましょうね。」
魔力の出処はもちろんライダーです。付け焼き刃ではありますが、何もなしよりかはマシにはなるでしょう。魔術師としてからっきしな今こそが、術式を詰め込める時期ですし。
理屈やらなんやらと捏ね始めたらキリがない。論理だのなんだのと言いだしてしまう前にさっさと基礎だけでも叩き込んで色々と出来るようにしなくては、今後の勉強に支障が出る。まず覚えるために出来ることは経験を積むことであり、この状況はとても優秀な実戦経験を詰める環境にあるのだから利用しない手はなかった。
そして、『どう手分けする班を決めるか』だが。
「思いついたわ、わたし! そう、くじ引きをしましょう!」
軽やかに挙手をした王妃は子ウサギのように愛らしくその場でぴょんと跳ね、微笑みながらそんなことを言った。それに従ったアマデウスがくじ引きによる班分けを決行する。
「呪詛を祓うための、人材探しですか……。」
「ら、ライダー? 休んでなくても大丈夫なの?」
「もうしわけ、ございません。すこし休めば問題ありません。なので後でまとめて休みます。今は殿下の御身を最優先にお考えに、私も探索班に加わりましょう。」
ところで。とライダーは神妙な雰囲気で言う。
「くじびき、とは……なんでしょう。」
「えっ!? えーっと、うーん……マシュ、わかる?」
「はい、お任せを! ライダー先輩、くじ引きとは複数のモノから幾つかを無作為に抽出する方法のことを言います。一般的な方法で言えば、三段階準備が必要なくじ引きだそうです。」
「ちゅうせん……」
一つはくじの素材は割り箸や細い紙や紐で、一見して区別できない道具を用意します。誰が見ても区別できない道具であることがポイントです。
二つは抽出したい数に応じて、くじの端に印をつけるなど他と区別つけられるようにします。
三つは、くじに印をつけた部分が隠れるようにして手や筒などで持つ、そうですよ。ライダーはアマデウスの手からややはみ出ている紐の端っこを見た。
「なるほど……今回はその紐…くじびきを用い、班を決めるということですね。」
「はい、そうなります!」
「ご説明ありがとうございます。レディマシュ、とても分かりやすかったです。」
「い、いえっ! ライダー先輩のお役に立てて嬉しいです!」
何かしらの細工は、ある。
けれども何も知らぬ少女はきらきらと瞳を輝かせて嬉しそうだった。細工だと分かるのはちょこっとだけ妙な気配がしたからであり、素人だろうと玄人だろうと疑問に思わないそんな程度の異変だ。
「それじゃあ、引きましょう! わたしから引かせていただきますわね。」
晴れ晴れとした笑みでマリー王妃はアマデウスの手からくじを引く。
先端は、彼女の纏うドレスのような赤色だった。鮮やかな色が似合う乙女は、ふわりとスカートをひるがえしながら華のように微笑んで言った。
「誰と組むのかしら。楽しみです。」
ニコニコと微笑みを浮かべたままマリー王妃はその場に用意された椅子に腰かける。
円卓の時代からライダーが魔術空間で持ち歩いていたトリスタン用の長椅子だったが、今はマリー王妃、騎士王、立香、マシュらを休ませるために使っていた。とても懐かしい椅子だが、腰かける人物は初で何処か新鮮な感覚がある。
「あ、わたしと先輩は青でした。」
「オレもだ」
「私は赤だな」
「王は青を引かれましたか」
「ライダーは赤のようだね」
「わたしも赤でした。マリー、一緒ですね」
「ええ、うれしいわ。ジャンヌ、あなたと一緒にいられるなんて!」
マシュ、立香、クー・フーリン、騎士王は青。エミヤ、ライダーは赤。
何故だか騎士王とライダーはお互いのくじを言い合っていたが、少しテンションが上がっていたのかもしれない。乙女たちも微笑み合い、あちらはあちらで盛り上がっていた。
「ああ、そうだ。ライダー、少し頼みたいことがある。」
「何なりと。」
ライダーは騎士王にひっそりと耳打ちをされ、そしてそれに返すように身を傾けて小さな声で言葉を返す。王としての表情を貫く騎士王からは何も読み取れなかったが、立香にとってはアマデウスがマリー王妃に告白した話が興味深かった。
フランスに恋をしたからこそ、国民を愛さなかったからこそ、自分はフランスの民に愚かな王妃として、あのような最期を迎えたのでしょうと。そう言った王妃に、アマデウスは笑った。とんでもない勘違いだ、そんなことじゃないさ。フランスと言う国に恋をしていたなんて、そんなことはなかった。
「フランスという国が、君に恋をしていたんだ。」
逆なのさ。好きだからこそ、君に恋した。
その言葉にマリー王妃は言葉を失って、感謝の言葉を口にし、疑問を零した。好きなのだったら一緒に居たかったのではなくて? だって、わたしはそうだもの。
「じゃあ、私に恋をしてくれた
「ああ。人間とはそういうものだ。愛情とは簡単に憎しみに切り替わる。君は愛されたからこそ、人々に憎まれたんだよ。」
まあ、とマリーは目を丸くする。
「人間ってむつかしいのね。結局死ぬまで―――ううん、死んでも愛には届かなかったわ。でも、今はそれでいいの…。だって、わたしは、マリー・アントワネット、フランスに恋された女だものね!」
華やかな笑顔でその場を立ち上がった王妃はふわりとドレスの裾を翻す。躍るような一歩を踏み出した彼女は、ライダーが召喚したままのチャリオットに乗り込んだ。
「じゃあね、アマデウス! 行ってくるわ! 帰ったら久しぶりに、貴方のピアノを聞かせて頂戴!」
目を伏せる。誰かが、ゆったりと目を伏せた。
「……ご安心を。我が剣、我が魂に誓って、必ずやお二人をお守りしてみせましょう。」
騎士王に膝をつきながら剣を掲げた騎士が王の御心に従う。はじめてのおつかいですもの、華々しく参りましょう。
震えそうになる声を懸命にうつくしく囀らせる乙女の矜持に気づかぬふりをして、ライダーは恭しく首肯した。―――そうして白亜の戦車は、遠く離れて行った。呪詛を解呪できる聖人クラスのサーヴァントを探す旅で、二手に別れたのである。