アーサー王もまた竜にまつわる因子を持つのだけれども、異なる世界に顕現するためにランクを落とした状態の力となってしまい、ライダー、王妃、ジャンヌたちと離れてから戦闘が続き、ジークフリートへの負担が大きくなってしまった。
強がって、一人称を俺と矯正しようとしていたマスターであったが、なまじ周囲に甘やかしてくれる王妃やら芸術家やら騎士やら王様やら戦士やらと、一般市民を存護する立場にある方々に囲われて、そんな決意なんて流しましょうねと対応の数々ですっかり甘ったれ坊やの顔がひょっこりと出てきてしまっている。
「……すまない、結局足を引っ張ってしまった。」
「ううん、僕の方こそ何も出来なくてごめんなさい……。」
しょもん、と肩を落とした少年のまっすぐな心配りが胸を灯す。戦ってくれてありがとう、と自分ひとりでは戦えぬ子どもの言葉が騎士や戦士を鼓舞する。
そうだ、こうした
あまりの眩しさに目を細めるロマニであったが、モニター越しであるがゆえに通信記録のキャッチも誰よりも早かった。ジャンヌからの連絡が入ったのだ。
一定時間ずつに連絡を取り合うため、カルデアの通信機を渡してあったそれに、一報が入ったのである。どうやらとある町にてサーヴァント同士が喧騒を繰り広げており、野良のようであるから契約を結べるようなら協力者として接触してみるのはどうだろうかと連絡であった。にべもなくうなずき、立香たちは現地に向かう。
もうすぐ目的地に到着するようで、また立香たちもちゃくちゃくとティエール―――刃物の街に近づいている。
遠目で見るからに崩壊しているわけではなさそうだ。ドクターによれば、サーヴァントは二騎。コンタクトをはかろうと発言したところで街から炎が上がった。爆ぜるような火は自然に発生したものではない。
「なっ」
「ぐう、なんだいこの
アマデウスは雑音やら悪音やら、かつてない悪魔の予感だのと叫びながら街へ近づくことを嫌がりだした。耳の良い彼のことだから、何かしらの感覚を読み取ったのかもしれない。
だが、立香はそれでも行かなければならなかった。恋焦がれるとアマデウスが吐露した王妃があそこに居るのに妙だな、と思いながらもマスターとしての判断には否やを唱えるつもりはさほどないようで渋々と言ったスタンスで同行を申し出てくれる。すぐさま合流を、と唱える言葉に「応」でこたえ、カルデア一行はティエールという街に直行した。
―――…
刃物の町ティエールへ到着すると、中世ヨーロッパの背景を背負って立つ少女がマイクスタンドと見まごうほど絢爛豪華に飾り付けられた槍を振り回し、暴風の最中のような乱闘が繰り広げられている。
「な、なにごとなんだ……」
おろおろする少年マスターの目の前には、マイクスタンドよろしく槍を振り回す少女と相対する、扇を優雅に持ったまま舞うように攻撃する少女の背がある。
「ナマイキ、なのよ!極東の!ド田舎リスが!」
「うふふふふ。生意気なのはさて、どちらでしょう。出来損ないが真の竜であるこのわたくしに―――勝てると思いで。エリザベートさん?」
炎を口から噴き出した緑色の少女から紡がれた名に立香は立ち止まった。たしかバーサーク・アサシンも似たような名で呼ばれてたような気がする、と。
それにしては見た目も声もかなり異なっている。他人の空似なんてことは、と考えたところですぐさま否定した。桃色の髪の少女が、カーミラを血祭りにあげると口にしたからである。あんなのは自分だと認められず、アイドルとして分不相応だと。
サーヴァントは最盛期の姿で召喚が行われるらしいのだが、彼女にとっての最盛期とは幾つあるのだろうと疑問が頭に浮かぶ。柔軟なことだ。
「マスター、敵性反応を確認しました!」
『幸い、二人以外の生命反応は見当たらない……! 思う存分、戦ってくれ!』
通信を接続したままのドクターは安堵しつつ、対話のために作戦を講じる。
あまりにも直球で作戦と言うには大胆なそれだったが、喧嘩はヒートアップするばかりで留まることを知らないから丁度いいだろう。サーヴァントによる被害が拡大する前に、事態を収束しなくてはならない。
「えっやっぱり戦って止めるタイプなんですかこれ!? え、ええー、……ッマシュ、アマデウス、兄貴、お願い!」
「ったく、槍さえありゃ……あんな奴らなんざ一掃できたんだがな……」
ポツリと愚痴を零しながらもクー・フーリンはルーンの魔術を組み合わせ、たくみに操って、骸骨兵やワイバーンを蹴散らしてゆく。
たまに杖を槍のように扱うのはやはり生来の本能やら何やらには逆らえなかったのかもしれない。伝承から言えばクー・フーリンの伝説で有名なのは彼の愛槍である。人々の思いから彼の在り方すら変わってしまったのだろうかと考えを横目に、蹴飛ばされたワイバーンを見送った。
ルーン魔術で強化をかけているとは言え、ワイバーンを蹴とばすキャスターは恐らくは光の御子くらいだろう。流石は、と称賛すべき一面に違いない。
「たぁぁぁあっ!」
マシュもマシュでなかなかに豪快なことをしている。盾で押し切ってから切り上げるように器用に盾を回転させ、追撃をくらわせていた。身の丈よりも大きな盾をぶんぶん振り回す姿はとても頼もしい。
流石はマシュだと頷き、帰ってきたら褒めてあげようと強く頷く。後ろでドンパチするドラゴン族同士らしき喧嘩は放置である。
一応はマスターを守る側のサーヴァントであるアマデウスなのだが、彼は特に何もせずにジークフリートと立香の前に立っているだけだった。しかし、彼の場合は、それで良かったのかもしれない。あそこで手をへたに出せば、かえってあの場で大きく活躍する騎士王の邪魔になったしまっただろう。
かの騎士王が剣を揮うたびに暴風が吹き荒れ、多くの敵を屠ってゆく姿は思わず跪きながら土下座をかましたくなる強さであった。
「はあっ!」
「レディマシュ、なかなか筋が良くなってきたんじゃないかな。盾を揮うのに戸惑いがなくなってきたように見えるよ。」
「そ、うでしょう、か?」
「ああ。生きるために必要な力を当たり前のように揮えるようになりつつある。」
よいことだ。実戦による戦闘の指南を忘れずに。
褒めるような微笑みを受けた少女は、華が綻ぶように笑った。一つ、彼女の中で何かしらの感情が理解出来つつあるのだろう。愛の表現とはまだ遠かろうが、マスターに対する何かしらの感情。敬愛にも似たそれは、後に彼女の中で大きな原動力になるはずだ。
今のうちに大事にしておくといい、と笑ったアーサー王にマシュは呼吸を整えてからワイバーンを倒すために遠ざかるその背にお辞儀をした。
その背後ではクー・フーリンが、何故だか骸骨兵を足蹴にして塵に還していた。―――けれど、周囲の雑多は掻き消えても、大きな音は広がるばかりで、あの喧騒はとまらない。勇気を出して一歩を踏み出す。
「あの~、二人とそろそろ喧嘩はやめてくれないかな…?」
同じ年頃。下手をすれば自分よりも年下にも見えなくはない少女二人に近寄り、命知らずにもほどがある行動に打って出た少年マスターの言動には、クー・フーリンも唖然とした。
「あん?」
「何か仰いまして?」
女の園に男が割って入るなんてことは言語道断である。今まさに剣呑な雰囲気でお互いを罵り合う女性たちはここぞとばかりに矛先を変え、男へと怒りなのか理屈なのか分からん矢じりを向けてくるのだからなんとも言えない。
なまじ見目麗しき乙女たちによる睨みつけは迫力があり、その眼を正面から受けた立香は出たばかりの一歩を後退した。こ、こわい。交代と言わんばかりにマシュが前に出た。
「その、喧嘩はよくありま―――――――」
「引っ込んでなさいよ、子ジカ!」
「無謀と勇気は違いますわよ、猪武者ですか?」
そんな言い方ってあんまりだ! そもそもの話、少女たちが町を巻き込んで喧嘩さえしてなければ。マシュへのその態度に、立香のコメカミには青筋が浮かんだ。
クー・フーリンは口笛を吹き、アーサー王は苦笑でその場に佇む。青筋の浮かんだ立香であったが、物理で応戦する類の少年ではなかった。一般市民である彼は知性を働かせ、理性を煌めかせる類の優等生であったので。…とどのつまり、無知に見えて口撃を得意とする類だった。
「あはは、会話も出来ない爬虫類よりかはマシだよ。」
ぴしり。
誰もかれもが硬直した。温厚な面立ちをした少年から放たれる痛恨の一撃は、穏やかな微笑みとやわらかな瞳からは想像を絶する威力を叩き出して少女たちのヘイトが集中する。
それでも、立香は微笑んでみせた。会話、できるの。試すような表情ではなく、事実確認とばかりの笑みに日本人サーヴァントであろう着物の乙女だけが頬を引きつらせ、純粋に言葉の応戦で腹を立てた桃色の少女が尻尾を跳ね上げさせる。
「ま、マスター? マスターってばちょっと怒ってませんか?」
慌てるマシュ。だが、立香はその態度を改めることなく、目の前から圧倒せんばかりに溢れた女性たちの怒気に恐れることなく、ただにっこりと微笑んでみせた。
「カッチーンと来たわ。」
「来ましたわね。その暴言、地獄の底で後悔しなさい。エリザベート、行きますわよ!」
「ええ、そうね。そこらの雑魚ワイバーンを倒したぐらいで調子に乗らないで!竜種の真の恐ろしさ、見せてあげるわ!」
「そう。」
恐怖を感じる。だけども、後悔は、しない。だって彼女たちが暴れさえしなければ、この町はまだ戦火に呑まれることはなかったはずなのだ。恐怖の最中に、なかったはずだった。
だからこそ、許せなかった。その発言を聞いた、竜の心臓を持つアーサー王、竜殺しの名を冠するジークフリートは顔を見合わせてお互いに苦笑を零す。自分たちの属性も爬虫類に部類されるのだろうかなどと、のほほんとややずれた言葉は零されることはなく、王は剣を構え、竜殺しは少年を守る為にその身をやや前に掲げる。
「此処は僕が出よう。」
騎士たるもの淑女には紳士であれ。幼子には真摯であれ。―――けれども、民を脅かす難敵には決して容赦するな。躊躇してはならない。
アーサー王の心臓は、無尽蔵とも言える膨大な魔力を生産する魔力炉となっている。色濃い竜の因子であり、アーサー王が人間種よりも竜種に近い存在である証拠。暴風のような存在であることが正しく世界の一部として勘定されるのだろうけれど、因子を持つだけの人間なのだからと同じ竜の属性を持つものとして定めたくなる。
また、ジークフリートはその血を浴びることによって不死性を得たと言う。彼自身にも竜属性が付与されているとステータスを確認して知った立香は、己の発言をちょっとだけ後悔した。
振り返った二人の騎士は、わかっていると言いたげな表情で微笑んでくれるから。立香も騎士らからしてみれば幼い少年の頭をちょんと下げて、クラスチェンジの感覚を知りながら宝具解放を宣言した。心得たとアーサー王は名を呼ぶ。何かの、誰かの名前だ。
「
現れたのは、白く美しき馬。
その背に跨ったアーサー王は聖剣に膨大な魔力で貯め込まれた風をさらに大きくふくらませ、少女たちの中心へと愛馬に乗って駆け抜ける。彼女たちの背中に、その風の塊を飛ばせば暴風となって少女たちを軽やかに吹き飛ばしていた。
「さて、まだするかい」
手早く解決と行こうか。にこやかな笑みを浮かべるアーサー王に風で倒された少女たちは目をまわし、それぞれ降参を口にするのであった。
「あのそう言えばアーサー王の宝具って……」
「うん? ああ、ドゥン・スタリオンのことだよね? 僕の<騎乗スキル>は、A+だからラムレイやドゥン・スタリオンに騎乗することによって、そこそこな素早さが補われるんだ。」
聖剣とは異なる形で絶対的なアーサー王の物語を飾るそれである。常日頃であればセイバークラスでも召喚可能であったのだが諸事情により、愛馬を召喚するにはクラスチェンジが必須となってしまったのだ。
「そうなんだぁ……」
何処かで見覚えのあるような―――……どうにも逞しすぎる白馬を見上げ、覚えた既視感をたどろうとして止める。それだけではなさそうな気がしたのだ。