意識を取り戻した少女たちに聖人のサーヴァントを見かけなかったかと尋ねたところ、桃色の少女―――エリザベート・バートリーと名乗った少女は心当たりがないとバッサリ言い切る。
同じくして緑色の少女―――清姫は、暴走状態にあった己を打ち倒したと言えるマスターをちらちらと見やり、ぽっと乙女のように頬を赤らめもじもじと指を絡めるようにしてエリザベートと顔をあわせる前に遭遇した、ゲオルギウスが西側に向かったと情報を口にした。今、西側にはジャンヌが率いるライダーたちが滞在中のはず。
思わぬ収穫にほんわりと本来の穏やかな面立ちで清姫にお礼を告げ、立香はさっさと立ち上がった。アーサー王に毛並みを撫でつけられる馬は嬉しそうに音を震わせ、その風景が何かと重なる。
(あ、そっか。…ドゥン・スタリオンって――――ライダーのハウオリとフェリチタに似てるんだ……。)
立香のきらきらとした瞳は通信中の機械へと向けられた。ジャンヌに手渡した通信機越しに得たばかりの情報を語り聞かせ、立香もまた彼女の声で状況説明を受ける。
既に聖人のサーヴァントに事情を話し、住民たちの避難が済み次第に合流を計ってくれると言う。一安心、と胸を撫でおろしたところで不穏な気配が通信機から漂ってきた。同一の人物であるが故だろうか。竜の魔女の接近、それをジャンヌが感じ取ったのである。
ゲオルギウスは住民の避難が終わるまでは撤退はできない、と強く言い切って、そこでマリー王妃に仕方のない人と微笑まれていた。
『どうか、その役目をわたしにお譲りくださいな。』
風鈴のように優しく穏やかな声色だった。
『私はフランスの王妃。此処からは『未来』でも、私にとっては『過去』も『現実』もそれほど違いはありません。市民を守ることは私にとっても大切な使命。そして、貴方には、大局を動かす役目が与えられています。』
穏やかでやさしく、甘やかで厳しく、地獄で祝詞をあげるかのように、ただただ揺り篭をたゆたう母の子守歌のように、彼女は微笑みながら己の死地を言ったのだ。
『聖人ゲオルギウス。』
通信機越しに聞こえる言葉に立香は息を呑み、悲鳴をあげかける。イヤだ。
そんなことをしてしまえば君が死んでしまう、駄目だ。決意を前にした人間を前に、そんな言葉が零れそうになる。イヤだ。震える足が情けなく、大地に膝をつきそうになった。
『ジャンヌ・ダルクと共に竜殺しの呪詛を解いてください。マリー・アントワネットの名にかけて。この街は、私が必ず守りますから。』
「ひゅ……」
言い切られた言葉にジャンヌが制止の声をあげた。しかし、王妃はそれをいつものように華やかな笑顔で断る。自分はそのために召喚されたのよ、と。
殺し殺されるためではなく人々の命を守る為に喚ばれたのよ、と。嬉しそうな声で、祝福を授ける聖母のようなあたたかさで。立香の呼吸は引きつり、画面越しに仕方のない子を見つめる瞳で微笑むその人は、けれども少年魔術師が望むような前向きな言葉をくれなかった。
死地に華を咲かせることを決意した彼女の歩みは止まらず。けれど、忘れてはいないだろうか。戦場の草花を護るために雨を降らせる剣を掲げた男が、そこには居ることを。
『どうかご安心を。異郷の騎士ではありますが、王妃を必ずや合流地点へお連れしてみせましょう。』
『ふ、強気だなライダー。』
『当然です。私はブリテンの守護騎士が一人、■■に名を連ねる者なのだから。由緒正しき処刑人が相手とあらば不足無し。剣の輝きに賭けても、勝利を収めてみせましょう。』
実質、騎士の誇りを賭けて相手を倒します宣言である。ド直球が過ぎるライダーの発言のおかげで立香のしゃくりは止まり、画面越しの悲痛な雰囲気が霧散した。
それでも後ろ髪を引かれる思いをするのが聖者たちである。ジャンヌ・ダルクは、ゲオルギウスと共にその場から撤退した。本当なら自分たちが残りたかっただろうに、未来のことを想って身をねじ切られるかのような選択をしてくれたのだ。ふんわりと微笑む王妃の笑みに弓兵と騎士はそれぞれ武器を構える。
殺気も気配も、すでに近く、時間は有限だ。動かなければ、と立香は思う。時間を稼いでくれている彼らの為にも、動かなくてはと。―――けれども、手元にすっぽりとおさまる程度の端末越しに見える電子世界から目が離せなかった。
『―――……来たのね、サンソン。』
華の乙女が息を飲む。
画面の向こう側の音が、やけに大きく聞こえた。サーヴァントであろうとも、緊張しないわけがなかった。死が、恐ろしくわけがない。
『来たとも。』
悠々と瓦礫の上を歩きながら男は剣をひこずって王妃へ近づく。
『処刑には資格がある。する側にも、される側にも、だ。僕以外に君を処刑する資格を持つ者はいない。それは君も実感しているはずだ、マリー。』
独特な世界観を語りだした青年の言葉に王妃はやや困惑したように首を傾げた。まあ、不思議なことね? 否定をせず、ただ純粋に困惑したように。
『あなたが素晴らしい処刑人である事は知っているわ。だって残忍で冷酷で非人間だけど、あなたは決して罪人を蔑まなかった。深い敬意をもってギロチンの番をしていたあなたを、私は確かに信頼しています。』
断罪の際に用意された舞台へ上がる手前。鎖に繋がれて身動きが取れなくなるまでのかすかな時間。―――そして、何よりも頸を絶つ直前に感じる一瞬。
どれもこれもが処刑人であることへの誇りに満ち溢れていた。褒めるように微笑み、それからはしっかりとサンソンの瞳を強い意志を宿した瞳で見上げる。だって、王妃でありながらマリーである彼女は知った。知ってしまったのだ。人は死ぬ。どう足掻いたところで人は力を前にして死ぬ、どうしようもなく当たり前に横たわる事実を。人の未来を。
『でも、だからって貴方だけが私を殺す資格を持つの? それっておかしくないかしら?』
『おかしくないとも。』
王妃の言葉に間入れず、サンソンは微笑を浮かべながら肯定する。それは別におかしなことではなく、当然のことだと。
彼は処刑人の家に産まれ、処刑のことだけを教え込まれた。そこに妥協はない。心がけの話だけではなく、何よりも殺し方―――処刑の技量拘ったのだからと。良い処刑人が罪人に苦しみを与えないのは当然だが、サンソンはその先を目指した。快楽。死ぬほど気持ちいい。そんな斬首を心掛けたつもりだと言う。
生涯最高の一振りが、マリー王妃に向けた斬首だったとも。しかし、そんな斬首を口づけと称すにはやや殺伐とし過ぎているような気がした。故に、彼女は断定する。
『おかしなことよ。』
だってあのとき、わたしの歩みを閉じた時、悦楽だなんてそんなものは感じなかったわ。とてもひどい侮辱を受けた気分よ。あのときあなたはそんなふうではなかったはず。
『マリー、嗚呼、マリー!! 受け取ってくれ、僕の
謳うように目の前の少女へめがけて赤錆色の刃が迫る。断頭台にあげられたかのような感覚は幻覚であり、ギロチンに見える刃は彼の持つ剣であった。
『
『手出し無用ですわ。』
サンソンと王妃の真っ向勝負は、王妃の方が優勢だった。何人も殺して何倍も強くなったはずなのに、と驚き戦慄く彼に王妃は哀れみの瞳を送る。どう見たって、あなたの自慢の刃はそんなものではなかったはずよ。
『本来のあなたであれば、わたしの首はとうの昔に物語のような終幕を告げているはずだもの! さあ、お目覚めの時間よ。燦ざめく花のように、陽のように!』
水晶の世界で座する王妃は、忠実なる家臣を一瞥して吐露した。くしゃりとサンソンの表情がゆがんだかと思うと、憑き物が晴れたかのように彼は笑う。
『……嗚呼、美しきフランス!
――― ……、
――― ああ、
――― 嗚呼、
――― そうだ、そうだった。
これは僕の後悔だ。燃えるような激情を抱くのはフランスと云う国を愛し、フランスの国母を愛した、愛国心を抱く処刑人ゆえの想い。これは僕という処刑人の、一部の懺悔だった。君に最高の至高の悦びを与えてあげられたら許してもらえると思ったのに。
絶望を宿した彼はマリーの言葉によって嗚咽を零しながら消えてゆく。わたしはあなたを恨んでなかったから、あなたはわたしに許される必要なんてなかったのに。おかしなことね。
先ほどとは色の異なる言葉に、泣きながら笑って退去した。彼の心に、確かに王妃の言葉は刻まれたことだろう。消えゆく最後の彼は、どこか満足そうだったから。
『来ましたわね…。』
『治癒を。…ここからは我々も参戦いたします。』
『まあ、ありがとう。素敵な騎士様!』
戦場の中でふわりと華が微笑む。遠くだったはずの咆哮は近づき、王妃へと近づく。ジャンヌ・ダルク・オルタは煤けた王妃の衣装を嘲笑って、王妃はそんな彼女の音に触れたのだろう。
疑問を抱く。純然たる疑問を抱く。だって、あなたの過去には何も見えない。あなたの信念は、復讐の焔に抱かれたとて簡単に忘却できるはずのものではなかったはずよ。だからこそ、女王は自分の感覚を信じた。フランスを愛し、フランスに愛された自分を信じた。
『“ 本当の貴女は何者なの? ”』
『―――ハ、? ア、アハ、アハハハッアハハハハッ! ……殺すわ。』
漆黒の聖女は怒り狂ってファヴニールを嗾けた。
漆黒の竜が大きく息を吸いこむ音が聞こえる。口を開き、あの灼熱が吐き出されれば残るものは何もない。焼けた廃墟だけになってしまうだろう。
『―――…力を貸せ! 此処に顕現せよ。友の腕、友の信念、誰もが傷つくことのなき理想郷……』
「……あの、……盾、は……!」
誰かが、否―――ライダーが、盾を構える音が通信機越しに届く。
マシュの背筋が伸びるような思いだ。覚えがないはずなのに、知らないはずなのに。胸がつっかえるようで、どうしようもなく泣きたくなって、嬉しさと悔しさでぐちゃぐちゃとして溢れてくるようだった。
『……!
白亜の輝きが電子世界を照らす。
画面の向こうどころか、はるか遠くの立香が居る位置にまで優しく強固な陽光の如き白が降りかかる。邪悪なる竜の猛攻と白亜の光が衝突した。
衝撃波が立香たちの居るエリアにまで及ぶ。肌身がビリビリと痺れるような痛みはあれど傷を負うことはなく、けれどもそれだけの威力を伴った力の衝突を受けて、ノイズで聞き取り辛かった通信がとうとう耐え切れずに、ブツッと切れる。無事を確認するよりも先に途切れた連絡網に立香は激しく動揺した。
「ライダー? ……ライダー! ライダー、ライダー!?」
辺り一帯の雑兵も衝撃によってだろう。ものの見事に掃討され、立香たちの道を阻むものは何一つとして見当たらなくなっている。
しかし、通信が切れて安否の確認が出来なくなった立香は狼狽えてしまう。やや離れた場所だったが探索網に引っかかる二騎のサーヴァント以外の反応と言えば、超極大な生命反応とそれに跨るサーヴァント一騎だけ。―――あったはずの気配がなくなったのだから、誰が無事かなど確認できぬ今、想像力ばかりが膨らむのは当然のことだった。
「あ、ぁ………、そ、んな、ライダー先輩……」
マシュは己の中の英霊も酷く動揺しているように感じた。負けることはないと言われても、聞かされたのは激しい爆音。加えて、負けなしと言われようともライダーは見るからに弱っていた。
離れて行動するべきではなかったのだと嘆く間もなく、しっかりしろと自分を叱咤しようとして、立香はシミュレーションルームでお願いした言葉を思い出す。
マスターとして未熟な身であるがゆえに、たくさんのことが知りたくて無理を言ってお願いしたのだ。立香は、立香のお願いによって彼がセイバーとして立ち振る舞ってもらったこともあり、不調なのだと理由も知っているからこそ、激しい責任感と罪悪感に苛まれている。
しかし、
そう、しかし、だ。冷静に腕を組み、思案に耽る少年王であったアルトリウス・ペンドラゴンの表情に一切の翳りはなかった。なにせ、あの子の実力をよくよく知るのは、彼の言動を間近で見守り支えられてきた自分である。
(あの子は無事だろうと口にしたところでマスターは信じないだろうね…。気安めだと、余計に彼の精神を追い込んでしまうことになるかもしれない……。―――どうしたものかな…。)
通信機が使えなくなった以上、現状で簡単かつ確実に彼らの無事を確認できる方法は一つに絞られてくる。ならば、とアーサー王は冷静に、
まずは<竜殺し>の戦力として期待を寄せられるジークフリートの身に降りかかった厄災の解呪を先決するべきだ。ともなれば、今も接近しつつある聖人たちとの合流が最優先事項である。