別働隊には、すでに合流地点は伝えてある。
合流ルートは各自その都度で更新すべしと指示のもと行動を開始した。ならば無事を確認することもまた、流れに身を任せる以外には出来得ることはないのだろう。一体なぜなのだろう。カルデアでは騎士王として振る舞わなくても良くなったからか、アルトリウスはどうしようもなく胸がざわつくのを感じた。
今までは無茶振りをしたって必ず成し遂げてくれると信を置き、気兼ねなく次の行動にうつれたというのに。親としてなのか、それとも無茶な命令をしたと自覚があるからなのか。命令に忠実に従って行動した赤銀の騎士を想って、祈るように瞳を伏せた。
「立香くん! マシュさん! みなさん無事ですね、お待たせしました…っ!」
「ジャンヌさん! よかったっ、無事でよかった!」
「ジャンヌさん!! ご無事で何よりです!」
お互いに駆け寄って無事を確認し、それから戦力確認をとる。計画の目的であるゲオルギウスは竜の魔女の襲撃から撤退することに成功し、ジークフリートのもとへ。
しかし、別働隊として行動していたマリー王妃やエミヤ、ライダーの姿が見えないことに立香は無自覚に唇が切れてしまうほどに噛んだ。ベテランの魔術師マスターであるならば、サーヴァントとの間に契約時に結んだ魔力回路(パス)の繋がりで安否を確認できるのだがまだ修行を始めたばかりの彼には自力で気づけと言うのは難しいことである。
ただでさえ、本来的なら一人に一騎であるところ、カルデアの召喚術式によって一人に何騎も召喚させて契約を結ばせた状況なのだから無理強いはしたくない。
清姫と仮初の契約を結ぶ間に、ジャンヌとゲオルギウスは聖人としての力をもってジークフリートにかけられた複数の呪詛の解呪に専念する。
アマデウスは王妃を失ってからは口数を減らし、やるせなさを消化すべく一人になるために立香たちからやや離れた木陰に腰を下ろした。陰で表情が見えないが、何よりも大切に想う人を戦場に送らねばならなかった彼、誰よりも大事に想う人を見送らねばならなかった彼。
掛ける言葉は見当たらず、同じように不安に駆られる立香も掛けられそうな言葉が見当たらず、幾つか口の中で彷徨った声をグッと飲み込んで俯く。
――― ギャォォォォォォォオオ!!
一つ終わったかと思えば、また次がやってくる。まったくもってきりのない、ワイバーンの襲撃に回復したジークフリートが剣を担ぎ前に出た。
「竜殺し以外は役立たずだが、露払い程度にはなれるだろう。」
己を卑下する言葉に、そんなことはないと立香は声をかけようとして、大地を揺るがす一撃一撃を前にして届かなかった。
ワイバーンの群れを剣一つで撃ち落としてゆく姿は、まさしく英雄だろう。灰色の髪が揺れて、銀の剣が容赦なく空を飛ぶ蜥蜴の命を刈り取ってゆく。ワイバーンを蹴散らし、建物への被害も最小限におさえたその動きは称賛されるべきものだろう。後ろで棒立ちになってしまった立香は、自分こそが何も出来なかったことに自覚がある。
(……防戦一方じゃ埒が明かないのは分かってる……)
何故、彼は竜を殺しながらも己を卑下するような言葉ばかりを口にするのか立香には分からなかった。自分ならきっと、自慢しちゃうんだろうなとか、慢心しちゃうんだろうなとか、考える。そもそも、竜を殺す前に殺されてるだろうけれど。
ひとまずワイバーンによる襲撃が途絶えたところで、オルレアンに向かうための準備を整えるべく新たにジークフリートを仲間に加えたカルデア一行は移動を開始する。日も暮れて、戦場を練り歩くのは危険だと言うことで森の中で休息をとることになったが、緊迫状態が続く中ではとれる間に溜まった疲労を清算するために適度な休息は必要なことだ。
逸る気持ちを堪えながら立香は焚き火を見つめる。眠らなきゃならないのに、どうしたって目が冴えてしまって眠れる気がしなかった。
料理を請け負ってくれていた赤い外套の弓兵がおらず、野営料理には些か手間取ってしまったのだけれども意外にも騎士王が人並みに料理が出来たことに驚きだった。曰く、せっかく料理の出来る
「それに、いつか息子に手料理を振る舞えるかもしれないしね。」
微笑む姿に何も言えなかった。彼の息子は、名の知れた叛逆の騎士。仲はさほど良くないと思っていたのだが、アーサー王の反応を見るからに悪くはないのだろう。あんな様子を見てしまうと、召喚できなくてすみません、と人知れず言葉が零れそうになる。召喚は運に左右されるものだから仕方がないが。
今も、英霊たちに力を借りて生き延びてるってだけだし俺もそろそろ心を決めなきゃ。右往左往するだけの少年であることを許してくれてるけど、それに甘えてばっかりじゃダメなんだ。
「……明日。」
「うん?」
「明日、オルレアンに攻め込もう。みんなが残してくれた力を、時間を無駄にしたくない。」
何かをするべきで。フランスの道標となるものはわかっていて、原因である異変が何処なのかもわかっているのだから、するべきことはそれだろう。
静かな立香の言葉に英雄たちは強い意志を返す。早速、軍を率いたことのあるジークフリート、アーサー王によって大まかな作戦が組まれる。総合的なサーヴァントの数や相手側の戦力に存在する邪竜の存在から、実行に移せそうな作戦は限られてしまう。だが、その中でも最善となるものだけ取捨選択を繰り返す。
「よく決断を下してくれたね。さあ、明日は忙しくなるから君はもう戻ってお休み。ここは僕たちが必ず守るから。」
「は、はい…!」
早朝、実行する作戦は正面突破で攻め込むことに決定した。
ファヴニールを倒す班は、竜殺しかつ伝承に関係のあるジークフリート、竜の因子を持つ騎士王アルトリウス・ペンドラゴン、カルデアのマスター藤丸立香、彼の最初のサーヴァントである守護する者マシュ。
オルレアンの城を攻め入るのは、英雄王少年、清姫、光の御子クー・フーリン、アマデウス、聖人ゲオルギウス、エリザベート・バートリー。
「だけど、子犬。アタシは、ある人物を見つけたらソイツの相手に専念するわ?」
「う、うん。わかった。」
「ええ、ありがとう。それまでの間は、しっかり努めるから安心してちょうだい。ファンの期待に応えてこそのアイドルですもの、ばっちり幕をあげさせてアゲル。」
また、竜の魔女と呼ばれる漆黒の聖女を討つのは、同一存在だと思わしき人間ジャンヌ・ダルクが担当する。竜の魔女と救国の聖女は別物だと考える人々も多く居るらしく、城を攻め入るための戦力としてフランス兵たちの協力を得たカルデアは強気に出ることにした。
「―――…戦おう……!!!」
戦の号令などしたことのない平和な国の子どもの喉から零れたのは、絞り出すような声だった。喧嘩も不慣れだと言わざるを得ない拳の振り方をする子どもは<運命>によって、最前線に立つことを強要されているのだから当然だと言える。
あのような少年少女が戦わずして済む世界のためにも。英霊たちはそれぞれ得物を掲げ、咆哮をあげながら役割を果たすべく前進して行った。
――― オォォォォォォオオオオッ!!!!
正面突破を試みて、はや数時間後。
ワイバーンの群れを強行し、遭遇したのは狂化された弓兵である。緑の麗人は狂ったように他者の死を渇望し、聖人たちにはかの英霊の心からの悲鳴が聞こえてくるようだった。
英雄王少年による無尽蔵に湧き出る宝具に押し切られ、ただ一つ。遠慮なんて言葉は殴り捨ててでも、緑の麗人が訴える<子どもの安全>を語るならばと少年マスターの存在を伝える。人理なぞと重荷を平和の世に居た少年が戦を知らぬまま最前線に立たされる事実は英霊として召し上げられた彼女の特性上、その矢じりの如く深く突き刺さった。
手を貸してやりたくとも彼女の部下であった身は変わらぬ。英霊の座へ帰る前、かすかに理性を取り戻した彼女は疲れたように笑って、静かに消えた。
「サーヴァント一騎、撃破しました!」
先へ進むと、フランス兵たちを鼓舞するジル・ド・レェの姿があった。ジャンヌ・ダルクを聖女と掲げ、彼は兵士たちを鼓舞する。フランス兵たちは目の前の純白の聖女と、漆黒の聖女の姿をみて、それを信じて疑わず、ジャンヌ・ダルクの為に巨大な漆黒竜への砲撃を撃ち続けた。
漆黒の魔女はその様子を、哀れなる抵抗を嗤って、聖女の身分でありながら復讐に身を焦がす己を認めぬ世界を怒った。ファヴニールに命令を下す。
「全部燃やし尽くして!!!」
かの竜は咆哮をあげ、ぶわりとエリアの熱が立ち込める。
ジークフリートはそんな竜の前に静かに歩み寄り、背筋を伸ばす。狂った漆黒の魔女は、二騎のサーヴァントを前進させようとして、ねじれ曲がった剣のような矢が遮った。
「―――…間に合ったか。」
艶のある低音が安堵と緊張をはらんだままそんなことを言った。砂塵の中、はためく赤き外套はライダーとともに別れた別動隊の一人。エミヤがそこには居た。
褐色の肌で分かりづらかったがエミヤのコメカミには青筋が浮かんでおり、何かしらに激情を焦がすようだった。ライダーやマリー・アントワネットの姿を確認出来なかったことから、彼らに関係のあることなのだろうと不安に眉が下がる。
「え、エミヤさん!」
「マスター、君にはやるべきことが他にもあるはずだろう? 今は何かを殴りたくて仕方がなくて加減出来そうもない。あのサーヴァントたちは私に任せてくれたまえ。」
周囲のことは関係なく暴れまわるので迅速に立ち去れと言われてしまった。その隣では巨大な竜が吐き出す焔をジークフリートの剣が競り切って、大地を抉る。
破片はそこら中に飛び散って、反応しきれずに立香も手の甲や頬に掠り傷を負った。こんなのは、かすり傷だ。「マスター!」 マシュの声に頷き返し、痛みに堪えながら振り向く。こんなのは、転んで出来たのと比べると、ちょっと大きくて痛く感じるけれど、かすり傷なのだ。
立香はファヴニール討伐戦の共闘相手に向け、手の甲にある模様に収束した魔力を言葉とともに解放した。<令呪>を、役割を理解したうえで使うのは初めてのことだった。
「令呪を以て『ジークフリートの力を強化する』!!」
「―――礼を言う、マスター!」
全てを焼き尽くすブレスが来ると作戦通りマシュが守りを一手に引き受け、ファヴニールへの攻撃はジークフリートが押し切る。
すこしでもリズムを崩せば現場を立て直すのは至難の業なので、ヒットアンドアウェイの要領でなんとかペースは死守する。契約したサーヴァントへの魔力供給は、立香の令呪を仲介してカルデアから直接送り込まれるものなので負担は少なく済む。負担が全くないわけではないので長期戦は望めないが、おかげで多くのサーヴァントを持続して戦場に投与することに成功した。
離れた場所では、エミヤが猛攻を仕掛けてバーサーク・ランサーとバーサーク・セイバーを押して。干将莫邪を用いた戦闘を見るのは何度もあったが、彼があのように剣と矢をまじえて戦う姿は初めて見た気がする。
そう言えば、そもそも、ギルくんだってアーチャーだけど弓は使わない。使ったことがない。英雄王少年は宝物庫に蓄えた武器すべてが宝具であり、それを無尽蔵に打ち出す権限を持つ。回収とて忘れないから、壊されぬ限りは、それ故に『無尽蔵』。城に向かって、無尽蔵に撃ちだされる数々の宝具の原点。
それらの感触を味わう間もなくワイバーンは消え、エミヤはちゃっかりと降り注ぐそれらの中から幾つか投影してバーサーク・ランサーを倒した。
「槍兵に槍を使うことなど阿呆の極みだが、……」
「サーヴァント一騎、撃破しました!」
バーサーク・ランサーを倒すために用いた、小さな英雄王のように撃ちだしたのは『大量の槍』だった。串刺し公を相手によくもまあ、そのような真似が出来るものだ。
皮肉な言葉を残し、けれども未来を生きようとする立香を鼓舞して彼は消えた。どうやら、背筋が凍り付きそうな見た目や歴史の後に残した名の割には、良識のある大人のような印象を受ける。それでも立場のある人だから立香には理解できぬ世界での怖さはあるのだろうけれども。