―――――――― グォォォォォォォォォォォォォォォォオオッ!!!
大地が揺れる。大気が震える。
咆哮が上がるたびに竜の力は増すようだった。その都度、灰色の騎士が漆黒の竜と撃ち合う。なんとかその場に足をつけているような状態で、なんとか魔力をサーヴァントにまわしている状態だった。
立香の魔力回路の本数はさほど多くはなく、また保持魔力量とて多くもないし少なくもない。生成する魔力の量も多くなければ、その速度も遅くはないし早くもない。要するに、普通の少年らしく普通の枠組みに入るのである。そんな普通な魔力しか持たぬ少年が、カルデアからの供給スピードが追い付かずマスターとして複数のサーヴァントへ魔力を続けて送らなければならない。
魔力の切れ目が、勝敗を分かつとも言える、重要な事。今もギリギリでまわしている。カルデアの電力を身に取り込んで魔力へ変換する―――その行程はかの天才レオナルド・ダ・ヴィンチがどうにかしてくれはしたのだが、その先が問題だった。
「ッ……う、く…!」
自身の危機を理解した上で、エネルギーを捻出するのだ。生命力を維持するのに必要な魔力をも絞ってサーヴァントへ繰り返して渡し続ける作業は、自殺行為にも似るものを感じる。
だけど、倒れるわけにはいかない。
自分たちの為に道を開いてくれた人たちの為に。
此処で、折れるわけにはいかない。
自分は人類最後のマスター。人が明日を掴むための希望だから。
こんなところで、挫けるわけにはいかない。
明日を掴まんと恐怖と戦いながらも懸命に前戦に立ってくれる後輩の為にも。
立ち止まるわけにはいかない。
以前ライダーに用いた令呪の一画は日にちの経過によって回復し、先ほどジークフリートへと令呪を一画使用したことでプラスマイナスがゼロ。残された二画は、どのような場面でどのようにして使うかが問題である。
「マスター、マスター!」
「あ、」
それはまるでスローモーションのように。一本の映画のような光景だった。
邪竜の身体が大地へと叩きつけられてびくりとも動かなくなったのを見て、その邪竜の背中に立つジークフリートは剣を掲げ雄叫びをあげる。続けられるようにフランス兵からも雄叫びがあげられ、闘志が上がった。
「怯むな、我らには聖女がついている!! 私に続けェ――――――ッ!!!」
――― うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!
いつの間にか魔女の姿も視認できなくなっていた。フランスの兵士たちがオルレアンの城に向かって行列をつくって進行する姿を見送りながら、立香はサーヴァントたちと状況を確認する。
細身の騎士が扇動して城へと突入するのを横目に倒され粒子となって消え去るファヴニールを見て、立香はようやっと一息つく。本当に倒せたんだ。
「マスター、少しいいかね?」
「どうしたの、エミヤさ……どう、したの、その腕!!」
「いや、ファヴニールの攻撃を寸前で回避するには成功したのだが、」
立香は慌ててエミヤへ詰め寄る。
だらんと力無く垂らされた片腕の肘から先は消えてなくなり、応急手当の魔術をもってしても回復はしきれなかったようだ。一度霊体化したエミヤが再び姿を表すと、欠損部分の補充は行われたようだったが見た目だけ。感覚を取り戻すためにはもうしばらく時間を空ける必要はあるのだろうと見解を受けても、立香は気が気じゃなかった。
恐らくそれに加えて関節が外れたことで動かしにくいのだろうと騎士王は手を貸して、やや強引につけ直す。戦場で得た知識の一つ、とさも当たり前のように行われた行為を目の当たりにした少年はふらりとした。
話し込む時間がもったいないので、かなり端折って話された内容に安堵の溜息をつく。しかし、次の言葉にアーサー王が笑みを浮かべたまま膨大な魔力を放出した。
「なんだって?」
「ああ、もう一度、簡潔に報告しよう。」
曰く、前回、別動隊としてファヴニールの攻撃が放たれた際に、エミヤは攻撃が当たる寸前に彼が有する固有結界に退避することに成功した。しかし、退避出来たのはエミヤとマリーのみ。それでも攻撃は激しく、ブレスを逸らすためにエミヤはロー・アイアスも使用したために、腕の損傷を負って。庇い切れずに王妃は足を軽く負傷。
ライダーは廃墟となってしまった都市を護るために一人だけ固有結界の外部に残ったが、最後に見えた限りではドラゴンのブレスを諸共せず切り裂ていたので無事である。
「その後、竜の魔女に連れ去られるまではな。」
ライダーは何があっても王妃を連れ帰ることを優先しろと言われたので、目印を付けるだけつけてエミヤは一時撤退。カルデア一行と合流すべく、適切なタイミングと場所を見計らって戦場に踊り出たと言うわけである。
「なに、何もなしに持ち帰るのも何だったのでな。あの子の居場所だけは意地でも探り当ててみせたさ、どうしようもなく苛立ってしまったが。」
嘗め腐りやがって。吐き捨てるエミヤの形相は正義の味方と言うよりも、我が子を傷つけられたときの熊のようだった。
「その問題の場所は、あそこだね?」
「ああ、騎士王の仰る通りだ。」
目の前の城をみて肩を竦めた弓兵に、アーサー王は笑みを消して剣に魔力をまとわせる。中に生存者が一人も居なかったら今にでも跡形なく吹き飛ばすところだったが、何よりも無事でいてほしい者が居るのでアルトリウスは我慢した。
「すまない、マスター。そろそろ行けそうかい。」
「もっ、もちろんです! 俺だってライダーを助けたい!」
立香の調子を確認しながらも、もしも駄目そうでも一人で乗り込む気概を見せたアーサー王に少年の顔を残したまま立香はつよく同意した。エミヤやアーサー王には合流を目的に乗り込む考えもあったはずなのに、その場を離れなかったのは立香の身を案じてのことだったのだろう。
周りの英霊たちは当たり前だと言うけれど、英霊である以前に彼らは一人の人間だったのだ。契約を結んだからと言って、彼らの考えなどは立香を基準に変えるべきものではないと思う。
少なくとも立香は疑問を抱く。
だって、その人がその人であるために必要なことのはずだから。多少なりとも歴史が曲がって伝わることはあっても、言動の根元が変わることはないはずだ。
傲慢にも自分のちっぽけな存在がサーヴァントとして座と言う場所に刻まれた彼らの生き様を変えられるとは一切合切思わない。だけど、生きる人間で伝承を語ることが出来るのは今ではカルデアだけだから立香の理解した内容は違うのかもしれなくても、この人はこうした考えをもって行動するんだってことを、立香はちゃんと素直に受け止めることを心掛けることを決めたのだ。
だからこそ、純粋なその気配りが嬉しかったのもあって、疲労と緊張と恐怖で震える膝を叱咤しながら立香は前進することに賛成した。
「急ごう!」
エミヤの言葉をもとに考えると、ライダーが捕虜として連れ去られて一日が経過したことになる。捕虜って単語を聞くのはフランスに到着してからだったけど、響きからしてぞくりとした。
口から零れ出た号令は、立香の気持ちを雄弁に語る。カルデア一行は、こうして魔女の逃げ去った本拠地。城へと乗り込んだ。
―――…
ざくり。と魔女と軍師だったものは赤銀の騎士に旗の先端を突き立てて、傷を抉る。オリジナルの肉体は理想郷へ置き去りにしたままと言えど、浮かんだ傷はホンモノなので痛みも本物だ。
「ッ―――――」
背筋が凍り付きそうになるほどの痛みと不快感に柳眉を歪ませながらも、赤銀の騎士は決してその兜の奥で燃やす双眸に意志を絶やさなかった。
「あら、声をあげないのね。つまらないわ、ジル。この騎士サマは何も教えてくれないじゃない」
「可笑しいですねえ。カルデアのマスターと共にあった彼ならば、何かしらの情報を掴んでいると思ったのですが……何もご存知でなかったり?」
道化めいた言動にも答えない。
皮肉にも、侮蔑にも応えない。
ただひたすらに傷を抉られる。沈黙を保ったまま傷から臓腑をかき回される。すこしでも弱みは見せぬ、すこしでも弱音を吐かぬ。体中を駆け巡る血の動きが鈍くなり、手足に痺れが生じ始めるも気合でねじ伏せた。
「まあ、王妃サマの代わりに捕まってくれたことには幸運でしたね。あちらの戦力を大幅に削ぎ落としてやることが出来ましたから。」
一切何一つとしてこたえぬ赤銀の騎士に興味が失せた。
綺麗かどうかも聞いてみたのに、救国の聖女と言う美貌を相手にしても何もこたえないだなんてありえない。じろりと赤銀の騎士を睨みつけた竜の魔女は、彼の身体から己の旗を引き抜く。流石に悲鳴の一つでもあげるだろうと思ったそれにすら、乱暴な抜き方をしたものだから血飛沫が飛び散ったのに、赤銀の騎士は身動ぎすらせず声も零さなかった。
壁に磔られたままの身体が、うねる何かに引きずり上げられる。みなを導くための
だから、―――だから、赤銀の騎士はおもう。彼女はただ、救国の聖女の有り様に思うところがあった剥き出しな心そのものなのだろう、と。そんなふうに
「ジル。私はサーヴァントを新たに召喚します。」
「わかりました。このジル・ド・レェ、時間を稼いでみせましょう! ジャンヌ、あなたは相応しき英霊をじっくりお呼びになるといい。」
竜の魔女は部屋の中央へ行き、軍師はその場を立ち去った。
彼女の身の内から憎悪が、憎悪が、どろりと零れる感覚を肌身で感じる。その感覚は、理解は出来た。共感も出来る。だけど、赤雷の騎士が抱くのは復讐心ではなく、叛逆心であった。ごぶり、と口から鮮血が流れ出る。もうボロボロなのだし、利用できるものは利用してやる気持ちだ。
魔法陣を書き換えることは出来ずとも、魔法陣の効力を薄めることは出来るだろう。彼女の召喚を阻むように、赤銀の騎士は自身の血液をあえて流すことにした。
(―――……■■、うえ、……■■うえ、)
どうか、
どうか、こんな小さな反抗が、あなたたちの助けとなりますように。
魔女の甲高い高笑いの合間に光がさすのを何度も感じながら、召喚術式を遅らせて、召喚対象を弱体化させるための術を仕込むことに専念する。
すこしずつ。すこしずつ狭まる視界にようやっと自覚した。肉体の限界だ。流石に召喚自体を遮ることは出来なかったが、抵抗を続けたが故に限界が来てしまった。赤銀の騎士はゆっくりと瞳を閉ざす。抵抗を意思するために拘束を緩めようとする手足が緩やかに脱力し、カシャンと音を立てて腕を拘束する鎖がピンと伸びた。
項垂れるように地面すれすれに近づく赤銀の騎士の頭部は、そのまま叩きつけられるかと思いきや腕の拘束のおかげで衝突をギリギリで回避する。彼の肢体がぐったりと吊り下げられる頃、部屋の扉はぶち破られたことに気づかず、赤銀の騎士は意識を手放した。