叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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田舎娘であった乙女

 城に突入したカルデア一行は、まず先行部隊とともに突撃したエリザベート・バートリーが宿敵だと言った未来の自分(カーミラ)と撃ち合う場面に遭遇した。

 

 

「加勢を……!」

「いいえ、子イヌ。アナタはするべきことがあるんでしょう、先に行きなさい!」

 

 

 加勢しようと思ったが、エリザベートは『先に行きなさい』と声高に歌う。誰もが称賛するアイドルはファンである子イヌを応援してこそ輝くもののハズでしょう。

 道を拓けるために彼女は唄う。耳を塞ぎたくなるほどの叫喚(うた)は、彼女が暗闇に包まれた部屋で受けた痛みを慰めるために、解放を祝うために、言祝ぐ(うたう)自分のための歌である。その実態は、周囲に恐るべきスーパーソニックを叩き付ける音響破壊兵器。

 本人(アイドル)は気づかぬままに彼女がその生涯に渡り君臨した居城を召喚し、目の前の淑女と相対する。その城はただ(アタシ)を閉じ込めるばかりの居場所じゃないのよ。

 城をそのまま巨大アンプに改造した舞台の上で、(アタシ)は輝く。此処は、(アタシ)を最も際立たせる舞台としてくれる宝具(武器)なの。地獄にも等しきステージが降臨し、<血の伯爵夫人>と云われたハンガリーの貴族エリザベート・バートリーの少女時代は手を広げて、背中の少年を隠した。

 

 

「どうかお急ぎくださいまし。」

 

 

 鼓舞するような叫喚を背に立香は何も言わずにその場を走り抜け、次は清姫を見つけた。彼女もまた、今を懸命に走るマスターに先をと急かす。

 城内に湧き出る魔物を倒すだけで足をとられてしまうから、早く、と。立香は何も言わずに走り抜ける。―――否、走り抜けるだけでも必死なのだ。連撃戦を重ねる中、何かを言えるほどの労力も気力も少年にはなかった。

 戦場で疲弊するばかりの少年を、英霊たちは送り出す。生きる人間にしか為せぬことだからと、少年英雄王が、キャスター・クー・フーリンが、音楽家アマデウスが、そして彼と合流したらしいマリー・アントワネットが、―――皆が、立香に先を急ぐようにと口にした。

 

 

「お邪魔します……!」

「おや、邪魔をするのであればどうぞお帰りください。」

「無理ですごめんなさい!」

 

 

 そうしてたどり着いた先が、憎悪の塊―――堕ちたジル・ド・レェが待ち構える部屋である。

 入室と同時に降りかかるのは、くすぶった焔が纏わりつくようなものであったが、少年の声に反応するほどの理性はあるようだった。

 ジル・ド・レェは。その名をかつての戦場で声高に名乗り出た男は、今や禍々しさすら感じさせる本を手に、零れ落ちそうなほど突き抜けたぎょろりとした目で立香を見る。彼は、今まさにフランスの城を攻め入る騎士ジル・ド・レェとは異なる存在であり、此のフランスにおけるサーヴァントの一騎(復讐に燃える亡霊)でもあった。

 親しげで、何処か立香が知ったばかりの騎士(概念)を思わせる柔らかさを持った微笑みで「帰れ。」と宣う男の瞳は、平和の園で生きて育ってきた立香にとっては無縁のもの。ぞわりとした悪寒が足元から這うように身体を駆け登り、令呪のある手が震える。

 唇を震わせ息を呑んで目の前の男を見た。戦うことはイヤだし、コワイし、家に帰れるのならば帰りたいというのが立香の本音だ。抗う意志を持った瞳で、ただの少年は英霊を見た。

 

 

「しかし、そちらの乙女は―――……お久しぶりですな。」

 

 

 その視線を知ってから知らずか。おそらくは無視。慕わし気に、男はぎょろりとした目を瞼に閉じ込めるようにして笑み、少年の後ろに居る祖国の旗を掲げる乙女を見やりながら言った。

 

 

「ジル……!」

 

 

 名を呼ぶ乙女の声すらも、かつてならば絶賛して飛び上がって喜んだろうに。

 自らの領地にて近隣の少年を次々と拉致しては陵辱・惨殺するという所行を繰り返し、(うき)に根を下ろすように浸る(カレ)には届かない。

 

 

「まさかファヴニールを倒し、このオルレアンまで乗り込んでくるとは……。正直申し上げまして、感服いたしました。」

 

 

 伝説的な偉業と晩年の凶行から<聖なる怪物(モンストル・サクレ)>と呼ばれ恐れられるようになる前の、フランスの騎士としての言葉だった。

 病的なまでに青白く、けれども赤黒く血管が浮かび上がる手で拍手を送る。素直な称賛の言葉もカクンと顔を俯かせた彼が、再び顔を上げた頃には消えてなくなった。彼の瞳に、表情に、魂の奥底に在るのは、大きな釜鍋で煮詰められたような憎悪だ。

 

 

「しかし、しかしだ! 聖女とその仲間たちよ! 何故、私の邪魔をする!? なぜ、なぜ私の世界に土足で入り込み、あらゆるモノを踏みにじり、あまつさえ、―――ジャンヌ・ダルク(再びフランスの乙女)を殺そうとする!!」

「……―――その点に関して、私は一つ質問があるのです。」

 

 

 憤慨に、憎悪に燃える男を前に、フランスの乙女(ジャンヌ・ダルク)は臆した様子もなく背筋を伸ばして一つ問う。ジル・ド・レェが慕った神の声を聴きし乙女の輝きは永遠(とこしえ)に。故にこそ、彼の中で生まれた躊躇いは致命傷となる。かつての彼は人の苦痛に心を痛めるまっとうな善人であったのだ。

 騎士ジル・ド・レェであった男は、聖女の言葉に耳を傾けてしまった。田舎娘であった少女(ジャンヌ・ダルク)の言葉を真摯に受け止めたあの日のように。

 

 

「―――彼女は、本当にジャンヌ()なのですか?」

「ハ、……あ、ハ……?」

 

 

 呼吸が止まる。言葉が止まる。思考が止まる。

 そして。

 

 

「なんと、……何と何と何と許せぬ暴言ッ!!!」

 

 

 怒りが燃えた。憤怒に燃えた。目の前が赤くなるとはこのとこか。

 男が付き従うフランスの聖女(竜の魔女)は先の言葉を耳にすれば怒りを抱くだろう、先の言葉を頭にすると聖女による魔女の否定(自己否定)に絶望を抱くだろう。あれは(・・・)、彼女は、男にとっては(・・・・・・)紛れもなくジャンヌ・ダルクその人であり、その秘めたる闇の側面そのものなのだ。

 しかし、聖女はそれを見聞きし、真摯に受け止める。―――かつて、目の前の騎士が田舎娘の言葉に対してそうしてくれたように。否定もせず、ただ、受け止める。

 

 

「いずれにせよ、闇ではない私は彼女と対決しなければ。」

 

 

 はた、と動きを止めた男は表紙から人の顔が突き出た書物を掲げ、咆える。たとえ、ジャンヌ・ダルク本人にすらその邪魔をさせぬと吠えたのだ。

 巨大なヒトデのような魔物が、立香たちに攻め入って来る。それは、海の生物を模した悪しき魔獣―――生存本能が否が応でも拒絶する。得体の知れない(悪魔のような)何か。魂を売り渡したかのような増悪が荒波のごとく凝縮した存在<海魔(かいま)>と言われる類の魔物のようだった。

 聖女は旗を揮う。荒波がなんぞ、此れこそが導きの御旗。ゴウゴウ責めてくる悪魔のような囁きを前に、彼女は耳を傾けることなくひたすら進軍する。

 

 

「……―――おのれ、」

 

 

 そこに、男は、かつての救世主(ジャンヌ・ダルク)を見た。

 彼が愛したフランスを救った、敬愛するべき乙女を見た。

 

 

「おのれおのれェ!!! こうなれば私自らお相手します! 盟友プレラーティよ、我に力を!」

 

 

 故に、死に絶えろ(滅びよ)

 騎士ジル・ド・レェが敬愛した救国の聖女は、非情にもジャンヌは、市民が見守るなかで、火あぶりの刑に処されることとなった。

 故に、根絶しろ(滅びよ)

 その残虐な刑罰方法もさることながら、体が灰燼に帰しては最後の審判の際に復活すべき肉体がなくなってしまうと言う絶望感を、あの少女は味わったのだ。

 故に、滅亡しろ(滅びよ)

 しかも群衆に裸体をさらされるという屈辱も受け、燃え盛る炎のなかで神の名を叫びながら田舎娘であった少女は、騎士たちが慕った聖女は、息絶えた。

 

 

「オォォォ―――聖女を慕わぬ異端者どもよォ!死ね(滅びろ)死ね(滅びろ)死ね(滅びろ)ェェ―――!」

「……追いついて早々、なんと汚らわしきことでしょう。けれど、ええ、あなた様のためですもの、我慢いたします。さ、旦那様(ますたぁ)清姫(わたくし)が此処を抑えて差し上げます。どうぞお先に。」

 

 

 少年は息を呑む。

 故郷のお姫様が扇子を広げて焔を吐く。

 

 

「清姫……!」

「まあ、……ふふっ。旦那様(ますたぁ)、どうぞわたくしのことはお気になさらないでくださいまし。」

 

 

 男の様子にも、竜の魔女の様子にも気掛かりを残すジャンヌ・ダルクは、けれども先行する。すぐさま立香も背を追って進み抜き、憎悪の帳が降りた部屋に足を踏み入れた。

 

 

「……思っていたより、早かったですね。なら、術式を組み替える以外にありませんか。」

「―――” 竜の魔女 ”。」

 

 

 振り向きもせず魔法陣に向かい合う竜の魔女の背に、フランスの聖女が声を掛けた。うんざりした表情を浮かべながらも、彼女はゆらりと灰のような瞳を向ける。

 

 

「とうとう、此処までたどり着いてしまったのですね。ジルは―――足止めでもされましたか。最悪の事態ですが、想定済みです。こちらも準備は出来ています。」

 

 

 一呼吸。

 

 

「貴方に伝えるべきことを伝えろ。……これは、マリー(友人)の言葉です。それで、あなたが私の行動を問うたように、私も一つだけ、伺いことが浮かび上がりました。」

 

 

 裏切られて踏みにじられて。それでも聖女として行動するジャンヌ・ダルクの言動を摩訶不思議なものとして扱って、理解不能と称した竜の魔女へ。

 慈悲すら感じる微笑みをたずさえ、祈る言葉のように当たり前のものとして聖女の。―――否、まさしく田舎娘であったジャンヌ・ダルク。ただの少女としての極めて簡単な問い掛け。竜の魔女が自分であるならば、ほんの細やかなことであっても答えられるはずのそれである。

 

 

「貴女は、自分の家族を覚えていますか(・・・・・・・・・・・・・)。」

 

 

 何の、ことです。

 睥睨する眦が見開き、一拍。二拍。三拍。

 

 

「………………え? 一体なんの話です、なぜ今そのようなこと、……を……、?」

「ですから、簡単な問い掛けだと申し上げたはず。」

 

 

 戦場の記憶がどれほど強烈であろうとも、ジャンヌ・ダルクは、それまで過ごした期間はただの田舎娘であったのだ。

 記憶の大半を占めるのは当然のことながら牧歌的な田舎の風景、かの時代における一般家庭での生活を忘れられず、闇の側面であろうともそれは変わらないはずだった。記憶()があるからこそ、裏切りや憎悪に絶望し、嘆き、憤怒したはず。

 そうして、闇の側面が誕生するならば理解が出来る。そうして、竜の魔女ジャンヌ・ダルクとして復讐の炎は燃え盛る(存在の証明が成立する)のだから。故に、彼女の沈黙はそれすなわち答え(疑念)であった。

 

 

「―――っそ、それがどうした! 記憶があろうがなかろうが、私がジャンヌ・ダルクであることに変わりはない!」

「ええ、貴女の記憶があってもなくても、私の為すべきことに変わりはありません。けれど、……私は貴女の回答を受け、怒りではなく哀れみを以て” 竜の魔女 ”を倒すことを決めました。」

「ぁ、……ぁあ、……ああああっ!! サーヴァントッ!!!」

 

 

 冬木にも居たシャドウサーヴァント。英霊たちの影を模倣した贋者。通常のサーヴァントを召喚するほどの時間はなかったが、英霊の影程度ならば召喚することは幾らでも可能である。

 

 

ジャンヌ(おまえ)(ジャンヌ)を阻むなら、(ジャンヌ)ジャンヌ(おまえ)と相対する手足()を用意しましょう―――!」

 

 

 呪うように同じ言葉を何度も繰り返し叫び、竜の魔女は影なる英霊の残滓とともに。

 

 

「幸い、媒体()のおかげで魔力は充分ですから。」

 

 

 その先に見えるのは、鎖で繋がれたライダーの姿だった。

 腹部に焦げた跡がある。一定のダメージを受けると動けなくなってしまうけれど、本当の意味で彼を瀕死に追い込んだのは竜の魔女の(魔力)だ。

 ライダーの肉体は少しばかり特殊なもので、身体は人間、魔力は妖精、臓腑の幾つかは竜の因子が混ざり込んだものである。人間は人間の魔力や臓腑でなければ動けないのと同じこと。しかし、彼は持ち前の心持ちで妖精の魔力を血脈のように運用し、竜の因子を持つ臓腑を極限まで宥めすかして生きることを選ぶ。

 ブリテン島の彼是で生じた母の魔術式の綻びは、理想郷に本体を置き去りにした今も彼の身体から安定性を奪ったままである。故に、人間の肉体に見合わぬ<魔力>を身の内側に秘める彼は、人の身に余る魔力によって引き起こされる<魔力暴走>で致命傷にもなり得るのだ。

 そして、もう一つ。アーサー王も自覚のある彼の弱点。腹部に突き刺さる御旗は、憎悪に燃えたフランスのものであった。

 

 

「■■■■■■……」

 

 

 あれは、腹部(あれ)は駄目だ。アルトリウスは自身の瞼裏に、燃え滾るような熱を感じる。王としての自分ではなく、ただの個人としての激情だ。

 二つの弱点を穿たれた今のあの子は、それでも神に抗った過去から戦士としての矜持で、そこに在ってくれる。だが、何時までも保つものではない。一閃された銀色の剣はライダーを縛る鎖のみを弾き、彼はふらつく足でその場に立つ。呼びかけに応じることはなく、ふらふらと。




※ライダーが病弱だった理由(母曰く)
 身体は人間、魔力は妖精、臓腑の幾つかは竜の因子が混ざり込んだものであるが故に、それぞれがうまく噛み合わず脆弱性を生む。

※ライダーの身体を丈夫にする術式(ぼんや理論)
 妖精や精霊は、純粋な力のみで存在します。世界の意思のようなものであり、自然の残滓のようなもの。けれど、「身体(うつわ)」「魔力(エネルギー)」「臓腑(パーツ)」などを組み立てて動くものが、他の生き物なのでしょう。パズルや歯車のようなもの。
 検証実例はありませんが、理解しました。なので、身体を丈夫に運用できるようにするための術式を組みましたし、術式を展開することにしたのです。
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