義兄が語る、アーサー王
ケイの言葉に目に見えて分かるほどモルドレッドの雰囲気が華やぐ。一度たりとも外す素振りを見せぬ兜越しにでもわかるほど、喜びをあらわにした。
英雄の冒険譚を聞くのではなく、どんな人なのかと気にするところは、好ましい眼差しだった。むしろ知ってくれと叫びをあげるように。己の知る、アルトリウス・ペンドラゴンのことを惜しむような真似はしない。だからこそ、ケイは語る。
自分の黒歴史も巻き込んで、幼少の頃のアルトリウス・ペンドラゴンを語るぐらいには熱が入ってしまったが、反省も後悔もしなかった。
ケイと弟が出会ったのは、まだケイが悪ガキ真っ盛りだった頃のこと。訓練用の刃を潰した鉄の剣を振り回し、時には現役の騎士である父エクターを追っかけまわし、訓練をつけてもらう。実の息子に手加減無し。さんざ体に怪我をこさえるほど転がされては、かの実父を倒さねばならぬと悪ガキらしく戦術無視して突っかかり。真剣で打ち込みあえばすぐさま命を落とすであろう喧嘩を、父親相手に吹っ掛けては打ちのめされては不貞腐れてはエンドレス。
あらゆる技術を身につけろと無茶ぶりに答えながら、街中で乙女を口説き落とす。―――…そんなある日のことだった。食事をともにした夜に、父エクターから不思議な言葉を告げられたのだ。
「お前には弟がいる。」
「あ?」
たったそれだけ。行儀悪くスプーンをがしゃんと皿の上に落とした。何言ってやがんだ、と顔で厳格な表情を保つ父を見やる。弟、と言っても実のそれではないことは確かだった。それならば家のどこかで姿があって、生まれた瞬間どころか生まれる前から存在を教えられるはずである。
だからこそ、実父の態度は不自然なことであったのだ。三白眼を険しく細める息子に動揺した素振りを見せることはなく、エクターは語る。曰く、ケイとは乳兄妹であり、今の今まで別の乳母の下で育てられていたというずいぶんマァきな臭い話で。お人好しも大概に。騙されてるぞオヤジ殿、と鼻を鳴らしながら行儀悪くテーブルの上へと身を乗り出してケイは言うが、注意されることもなくどこ吹く風である。
厳しさだけで騎士を伝えるこの父は、家の中では家族に甘々である。騎士としての在り方を説くときの父と、身内にだけに見せる父の顔はまったくの別物だと言えるだろう。そんな人のもう一人の息子であるというならば、もっと昔にその存在だけでもケイの耳に入るはずなのだから。だが、意図を理解した。何なら一緒に育つことが出来なかったって時点で訝しむべき点は幾つもあった。ケイの両親の仲は名物になるほど珍しく、夫婦として羨ましいがられる部類に入る。
つまり、彼女に何も知らせぬまま匿った存在であることや”知らせることが出来なかった”場合を踏まえると、優秀なケイはある結論を頭脳に弾き出したのだ。故に理解した上で、同席する母のために息子はゆったりと瞳を細めて先を促した。やはり財政困難だったからやむにやまれぬ事情が、と青ざめてきつく唇を縛ったままの母親を横目に、はよ誤解ときやがれ、の意である。
「で? それがなんだってンだよ、親父殿。」
「弟と思って接するように。」
ローマの騎士だったユーサーに仕える身であるが故なのか、それなりにイイ仲になったかつての乙女たちからの有益な噂話を知る身であるが故なのか。
引きこもり王、ユーサー・ペンドラゴンと似た面立ちの少年。とだけ言えば、おそらくはほとんどのものが理解を示すだろう。続けられた父の言葉が、何よりもの証明であった。ケイは己の抱く推論に確信を持つ。母の顔色はやんわり戻って別の意味で青ざめた。
"弟がいる”からの”弟と思って接するように”ともなれば、尚の事。少年と同じ母親譲りの金髪に目を付けられでもしたか。髪色さえ同じであれば誤魔化しがきくとでも思ったのだろうか。あんなにも面立ちはかの王であるというのに。そんなことを頭に浮かべながらもケイは、父親からの言葉をさらりと流した。
どうでもよかったからだ。ただでさえ、他国からやって来たユーサー・ペンドラゴンは風当たりが強く、状況は最悪の極み。そんな中でコーンウォール王国の妃を奪ったことで更なる窮地を自ら呼び込んで破滅へ一直線。どんなことをしたって、かの王に仕える者たちの家は貧乏なままだし、立場も情勢も劣悪なままだろう。周辺の国からの援助もままならず、どちらかと言えば小さな戦いを平然と繰り返す毎日。
どこに行っても平和なんてものは夢物語だったし、余裕なんてものはありもしなかったし、慕われるべき王であるはずの存在はまるで災厄のような扱いであったし、―――そんな中でユーサー・ペンドラゴンの息子誕生などと話になっては混乱を招くことになる。要らぬ矛先がただの少年へと向かってしまう。
故に、エクターの言うように、なるほど、ケイの弟にするしかなかったのだろう。白雪のような肌を持った美女が憂うように教えてくれた情報をもとにケイはそう判断した。なんつーかまァ可哀想なぐらいにたらい回しにされる可能性を思えば、このまま自分の弟として健康に育てと見事な掌返しをしたものだ。
そうして出来た”弟”の名は、アルトリウス。
名前の響きからして奴らを感じさせるそれだったが、名付けの親の出身なのだから致し方のないことだろう。しかし、このままでは悪目立ちしてしまう。
苦肉の策でひとまず愛称をつけ、アーサーと呼ぶことにした。ケイは嫌だと思ったことがあればすぐに口やら行動やらに出すので、相手もその通りに表現するだろうと。表情を変えなかった弟だったが、眉を落としてじっとケイを見つめる様子から嫌な気持ちではないのだろうと判断した。
そもそも嫌だったら嫌だと言えと命令したし、あまりにも頑固だったから玉ねぎを永遠と刻ませて泣かせたし、真名ではなく如何なる時でも”アーサー”と呼び。最終的には、マァ否定がなかったのだからそのまんまでもいいだろ。といった感覚で呼び方を固定したのだ。
そんな具合に勉強と稽古三昧な日々は、アルトリウスが訓練用の剣を握れるぐらいの成長を遂げてから変化した。
王を目指すアーサーにとっては良いものに、普通の人間の生き方しか知らぬケイにとっては違和を抱くものに。王の代替わりを多くのものが望むのは理解する。―――だが、このケイにすら押し負けるようなガキに掛けるものではなかったとあの気味の悪さを表現できるにようになった頃には彼は王として召し上げられたあとだと言うのだから皮肉な話である。
調子が良ければエクターから十連戦中三本は取れるようになってきた頃。文字通り、野に咲く花を愛でるときと同じ顔で弟は言ったのだ。信じられなかった。これはガキがする言動じゃねェ、と身の毛もよだつ思いだった。アーサーと同じ年頃の自分は、ただの悪ガキで、それでも周りに愛されて育った悪ガキである。
自分の願いだとか、望みだとかの一切に蓋をして、誰かの為の理想郷を築き上げるためにその身をささげることを良しとする顔は。ものすごく腹が立ったから、あんなにも無表情だった少年の、笑顔が似合うその面を思いっきり引っ張ってやったのだ。
「どうか、ご指導をお願いします。」
「お前がやるべきことはそうじゃねェだろうが!」
自己犠牲? 博愛精神? こいつのこれをなんと呼べばいい? 自分よりも他人の為に、他人が守られて幸福になるのなら自分がどうなろうとも構わない。狂気にも似た清廉な真心。そんな自己犠牲万歳の精神で剣を握ろうとする根性から叩き直さねばと、白雪のような肌の美女に相談を持ち掛けて。彼女が、アーサーと半分は血のつながった姉弟であると知って、彼女の憂いがアーサーの未来であることを知って、共闘を結んだ。
自分が苦痛を味わう分には問題ない、と本気で考えているドアホを相手にするのは骨が折れると励まし合うこと5年。強敵である。あれは強敵である。
やらなければならないという使命感から、やりたい、そうしたい、と言った自分の欲を引っ張り出すことに成功したが、自己犠牲の精神は変わらずそこにあった。その過程で、ケイは今までやんちゃな悪ガキ坊主であったのだが、輪をかけて悪ガキから悪いオトナへと進化した。要は、やさぐれたのである。不貞腐れたともいう。
「ちくしょう、どうしろってンだよ。」
「ええ、あそこまで強固だとは……。流石のわたくしでもあの子の意思なくしては、あの子の運命を曲げきれません。」
煽った酒をカウンターに叩きつけるケイの隣には、白雪のような肌を持った美女がいた。未来を憂う溜息を吐き出し、彼女の持つ権能について聞かせてくれたそれを、まったくの無意味にさせてしまったことも踏まえてケイは呻く。嘆いていても現実は変わらない。そんなこたァアーサーのことを弟として接するようにとエクターから仰せつかった時から知っている。
けれども今だけは、ただ一人の人間として愚痴を零したかった。彼の態度にモルガンが何も言わないのは、そんなケイの言葉に同意見だからだ。
他のヒトより優れた力を持って生まれた者の性、とでも言おうか。自主的に、自ら、面倒ごとを引き受けては貧乏くじを引く羽目になるのがケイとモルガンの弟アーサーなのである。
あの
マーリンの制止には、むしろそうなれと本気で思ったのに、あの弟はそうなってはくれなかった。甘え方は、マァ覚えたようだが。兄姉からしてみれば、こんなモンではむしろ足りないぐらいなのに。あの優しく、高潔な弟は、それで十分だと微笑んでしまう。
兄姉から受け取った愛情で充分前に進んで行くことが出来るなどと満足する。満足してしまう。もっと望めと言っても、罰が当たると遠慮ばかり。そんなもので罰が当たるのなら、ケイもモルガンも、とっくの昔に罰に当たりまくっているはずだ。
誰かの幸せを己のものとして感じられる、親愛を抱けるような人間であるのに。目の前にある己の幸せを抑制する自制心の塊のようであった。騎士であるならば、それもまた修行だと言えたが、あれは見習いの身。もっと自由気ままに行動しても誰も咎めはしなかっただろう。
―――ほどなくして、運命の日はやってきた。
―――アーサーは、とある闘技場に出場することとなったのだ。
参加者の剣は、親が用意することとなる。ケイの剣を含めてエクターは持って来るのを忘れたと言い、近くの広場で謝罪した。―――しかし、ケイには分かった。あの真面目な父は、まだ見ぬ、ブリテンを繁栄に導く至高の王の信奉者である。ゆえに、わざと持って来なかったのだ。
広場の台座に沈黙を貫く剣こそが、ユーサー・ペンドラゴンの遺言そのもの。剣に認められた者こそが次なる王位継承者である。
アーサーは剣へと誘われるように足を踏み出し、流れるように台座に固定された剣を引き抜く。あれは。あの剣は、今まで誰も彼もが行事のたびに挑戦し、あんなものはまやかしだったのだと、諦めすら浮かんだ剣だった。アーサーが引き抜いた剣は輝かんばかりの星の息吹を放ち、新たな王の誕生を披露するそれは、まさしく王を選定する剣だった。
王の誕生を宣言する直前にケイが奪って名をあげても、その誕生を目撃した民衆たちから嘲笑を受けるばかりだった。マーリンには名声が欲しかったのかと嗤われて、エクターにも叱られたときにはちっとも堪えなかったのに。
背後から向けられる弟の”全てを受け入れた表情”と、唐突の吹雪で正体を隠してくれたモルガンの”悲痛な”眼差しが、ただ痛かったことだけは覚えている。
―――…
国を統治すべき王が亡くなってから、王座を狙う騎士たちによる後継者争いで荒れた国土の救世主。我らの王よ、永遠なれ。当然ながら、その誕生に民は喜んだ。
しかし、まだ年若き青年の身。反感はひどく、ユーサー・ペンドラゴンの息子であることも反乱の呼び水となった。ケイは、だろうな、と思ったが、義弟であるアーサーにとっては完全なる寝耳に水である。自分がかの王の息子だとは知らず、エクター卿の息子として、ケイの弟として育ったため、しばらくはケイのベッドに潜り込んできたものだ。
惜しみなく愛情を注ぎ続けた成果を見たので、思わずモルガンに報告した。お互いの健闘を讃え合った。甘やかしが成功したのである。俺たちが育てましたと。不謹慎ではあるものの、その人間性の芽生えには喜ばずにはいられなかった。
アーサーを王として認めぬ諸国王達との間で争いが起き、ブリタニアを統一すべく、王としての初めて出陣―――その後、戦争に身を投じる日々が始まった。
彼の王位継承に最初から反対ばかりだったアーサーの姉モルガンは、実際には弟の身を案じる姉というだけだったのに、危険分子としてコーンウォールに建てられた白亜の塔へ監禁。アーサーへ秘術を施したと聞くが、魔術に明るくないケイはどんなものかは知らない。しかし、白き竜を倒したその日、致命傷を負ったはずのアーサーの身体はみるみるうちに怪我が回復したので、おそらくそう言った治癒の術なのだろうと思う。
白き竜の討伐と同じくして、統一のための戦が本格的に始動した。兄ケイの身を案じながらも切り捨てるような物言いをした義弟に腹を立てたため、もう表立って肩を並べ戦場に立つことはないだろうが。先代ユーサー王から使えている魔術師マーリンや騎士たち、王たちの力を借り、生まれ持ったカリスマで相手を虜にしていく遠征だった。
王になってからもすべてを救いたいと言ってのけるような甘ったれた精神はあるものの、ケイはそれを良しとした。それでこそ、ケイの弟。アルトリウス・ペンドラゴン。ケイが愛する甘ったれ坊や、アーサーなのだ。
そんなある日アーサーは、意気投合する一人の男と出会う。
名をグリフレッドと言う男だった。家族の住む国をより善き場所にしたいという、細々とした人の営みを最大の幸福と言うような素朴な男だった。彼の希望に、かつての自分の想いを重ねでもしたのか。義弟はグリフレッドのことをいたく気に入り、アーサー王は己の騎士に任命した。
友人であり、騎士となったグリフレッド。
初めての仕事は、ペリノにおける槍試合であった。腹心として、ペリノ最強の騎士と試合にて、アーサー王を認めさせること。武力を示し、高潔さを示し、あらゆる面において、かのお方こそが王なのだと言わしめるための試合。
結果は散々なものとなった。得たばかりの友人を亡くしたアーサーは、王としての責務を果たすためにペリノへ。選定の剣がへし折られて、マーリンによって試合を中断。しっかりとケイがシメてグリフレッドの遺体を回収しながら、新たな剣を手に入れるべくアーサー王は旅立って。
「そして得たのが、エクスカリバー?」
「あァ。」
強請られるのはこちらばかりだったから途中からすっかり伝説の物語になってしまったが、モルドレッドは気にした素振りを見せなかった。
へえ、どんな剣なのだろう。と武器に興味津々に聞く姿はやはり男児。その様子はアーサー王を崇拝する民の姿としては不正解でありながら、ケイの仲間意識には正解を引っかけた。
「あの予言を回避するためとは言え、マーリンの言葉通り”島流し”を命令したのは
モルドレッドの呼吸が一瞬だけ止まったことに気づき、ケイは横目で見た。まだ年若く、おそらくはあの島流しで親しいものを亡くしたのだろう。
それもなお、騎士を目指すと言った様子は復讐心など感じさせなかったが。不安要素は真っ先に消すべし。アーサーと共にした王の巡礼にて先手必勝を繰り広げてきたケイは、モルドレッドへ何のために騎士を目指すのかと問うた。
「アーサー王の、……―――アルトリウス・ペンドラゴン国王陛下の剣となる為。」
一切の迷いなく、モルドレッドは告げた。王の名を、ケイが語ったばかりの王の名をしかと口にする姿には胸を鷲掴みにされたかと思うほど衝撃的であった。彼はまさしく玉座に座る人を、王として認めて、此処まで歩いてきたのだと。その証明であったからだ。
異形の化け物が蔓延る国土となってしまった昨今では、キャメロットの威光は遠く。この離れたコーンウォールへ届くよりも先に影が忍び寄る。
ケイとの話で理解したが、”誰かの幸せを喜べる人”であるのなら。アルトリウス・ペンドラゴンが守るためにその身を投じたのなら。アーサー王の庇護を受けるべき民草の悲鳴がそこかしこから聞こえてくる現状は、到底望むようなものではないだろう。
「だからこそ、」
モルドレッドは強く言った。
遠くで戦える騎士が必要なのでは。自分は役に立てるのでは。名が馳せなくとも、名誉なことでなくても、ヒトから愛される王の心の、ほんのすこしでも支えになれたら。
「ただ、それだけなのです。」
子どもが親の背を見て、次は自分が支えるのだと言うような。柔らかで純粋無垢な、剥き出しの心。モルドレッドという少年は、献身的な気持ちで目指す騎士だった。
これだ、自分たちはまさしくこの存在を待ちわびていたのだ。人を王として、王を人として見つめる眼差し。ケイは椅子の背もたれに身を預け、行儀悪く前足を浮かせた。天井を仰ぎ見ながら盛大な溜息を吐き出す。友人であり、盟友であるモルガンに聞かせてやりたいと思った。
「……アー、本当に…楽しみが過ぎる。100年だ。100年も待って、ようやく一人。さっさとキャメロット行けよ。俺ァしばらく此処で海辺の調査を続けるから。」
「…流石に此処まで情報を明らかにされると、鈍感な私でもわかります。円卓の騎士が一人、ケイ卿だったのですね。
お言葉ですが、再び暴走しないとは限らないから安心して旅立てない。アンタが仕事をきっちり終わらせるまで、俺がしっかり見張っておくとしよう。巡回などは引き受けるし、記録も同じようにとっておくから、安心して仕事に励んでくれ。」
「お前の切り替え何なンだよ……。」
まるでアルトリウスのような有無を言わせぬ笑顔を幻視した。がくりと項垂れながらケイは机と向き合う。資料をまとめはしたが、会議に出すには不十分なのだ。
弱点から効果的だと思わしき内容の調査、その根拠を別紙に書き連ね始める。生息地と推測する土地柄や傾向を考察し、また別紙へ。モルドレッドと相談しながら、時には追加の資料を受け取って、月日は過ぎて行った。
2023-10-30 更新