叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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竜の魔女と救国の聖女

 アルトリウスらの世界で生じた特異点は、物凄く身に覚えのある―――…どころか、馴染みのある時代だったので予防策としてマーリンに教えられた方法をとるほかなかった。

 立香たちの住まう世界とは異なる、異世界の住民であるアーサー王並びにライダーらの身の安全を守ることは、すなわち此の世界で生きる立香らを守ることに繋がる。存在そのものが特異点との縁を手繰り寄せてしまうと言うのであれば、マーリンの手を借りてでも守護者としてカルデアの召喚に応じた以上はかの世界の特異点と繋ぐ要素を少しでも削ぎ落としてしまえ、と。

 かなり無茶なことではあるのだけれども、立香たちの居る世界とはアルトリウスらの駆け抜けた時代が時代(異質)だったので、強引でもまかり通ってしまう部分はある。

 たとえば、ライダーの身にまとう防具すべてが、神代の魔術すらもを弾く代物であることなどは相当なる異質だろう。神代からゆっくりと足を抜け出しかけた時代がアーサー王伝説なのだから、本来的にはそれはあり得ぬことなのだ。

 けれど、事実として魔物やら魔獣やら竜やらと神秘的な生き物が闊歩する世界であったので、今で言うファンタジーがあり得てしまう。なので、マーリン曰く、ライダーの防具のほとんどは素顔や素性を世界の検知できる範囲から隠すことに特化した<隠蔽魔術(過保護魔術)>の塊だから正しく装備を機能させることによって、ある程度の世界の干渉は防げるだろうとことだった。

 しかし、今回は、それが意図せず割れてしまった。何かしらの影響は今後在るだろうが、立香たちが無事であるならばそれに越したことはない。たとえ、正体が割れようとも『あの特異点』との縁さえ結ばれなければ問題がないのだ。

 故に、ライダーは徹底して素性が割れることを拒む。しっかりしなければ。ふう、ふう、と甲冑の下で荒れる呼吸を整えながらゆっくりとアルトリウスから身体を自ら離した。

 

 

「も、もう……大丈夫、です……。」

 

 

 幾ら素性を隠蔽する性能があるので正体を明かしたところで相変わらず正体不明の扱いを受けることとなる<認識阻害>の魔術が施されているからと言っても、一瞬でも正体が判明し、結びついてしまったら危惧した事態を招きかねないので万能というわけではない。

 要するに、それらの事態を回避するためにもあの特異点をどうこうしなくては素顔も素性も晒せぬと最初の問題に戻ってくるわけである。堂々巡りであった。

 己の情けなさに悔しさのあまり腹が立つ。悪態をつこうにも敬愛するアルトリウス・ペンドラゴンの御前であることが、ライダーの本能にブレーキを掛けさせる。此れがケイ卿や友人騎士を前にしたら酒場のゴロツキよろしくの口調で力不足の己をあらんばかりの限りで罵倒するのだから、彼がアルトリウス・ペンドラゴンその人に抱く憧憬の念の一部が伺えることだろう。

 

 

「さて、」

 

 

 酒の席に連れ込んだライダーの様子は、義兄より見聞するアルトリウスはそんなライダーの心情をほどほどに知る者である。

 竜の魔女や悪辣な魔術を前に剣を構えるアーサー王の表情は、珍しく何の感情もなかった。今回の遠征(レイシフト)には些か思うところがある。失われた未来を求めて異変を修正する旅路なのだから苦難の連続だろうとは理解はあった。

 しかし、英霊として召し上げられる身でありながら、あの惨状。聖杯戦争を経験したクー・フーリンの感想を信じるのであれば、今回のグランドオーダーは本当に通常の聖杯戦争とは異なる性質を持った旅だ。戦士として純粋に剣技を楽しむわけでもなく、とりわけ精密な作戦によって窮地に立たされたわけでもなく、憎悪と悪辣に塗れた環境に身を置かねばならぬ現状は。

 ただの人間として、一人の父親として、こうも感情を露にするのは初めてなのだから加減が上手く出来るかは不明である。

 彼自身の感情を抑えきれるか(・・・・・・・・・・・・・)、はじめての経験だった。目の前が煮えたぎるように燃える感覚を意識に刻み込む。正直、アルトリウス・ペンドラゴン個人としての心情は謝意の言葉を語るようで攻撃的な意味を伴う「僕の息子を可愛がってくれたようだね。」の一言に尽きるのだ。

 

 

「これは最近、アーチャーに教わったことなのだけれど。」

 

 思わぬところで被弾したエミヤは目を白黒させる。何を言うつもりなのだろうと、あらゆる騎士王による突拍子もない発言で振り回されて来た経験者は身構えた。

 

 

「東洋にある島国……日本と言う国には、大事な人が傷を受けた際にはそれを付けた相手へのオレイマイリ(・・・・・・)という文化があるそうだ。なんとも考えさせられる文化だよね。―――…流石の愚鈍でも此処まで言えば分かるな? 今しばらく付き合ってもらうとしよう。」

 

 

 おっとう。激怒するアルトリウスのやや間違えた言葉に訂正を入れる間もなく、エミヤは傷を癒すために壁にもたれてぼんやりとした様子のライダーを守るように干将・莫邪を投影した。

 穏やかさから一変して攻撃的な側面になる様子は、姉弟親子揃って似たものだからエミヤは一瞬涙ぐむ。多少なりとも育児にかかわったライダーのこととなると、どうも涙もろくて仕方がない。こんな状況でもなければ酒でも煽ってオンオン男泣きをしたところだ。

 

 

風よ(エア)!」

「ぐうっ!!」

 

 

 唸るように聖女に己を超えろと叫ぶ魔女は地獄の業火をまき散らし、その燃える黒煙を騎士王の清浄なる風で弾き返される。

 煽りも受けたようで威力の増した焔が魔女の御旗に燃え移り、竜の魔女はあまりの熱に武器の一つである御旗を手放すこととなる。ぐしゃりと救国の印であった模様の刻まれたそれを忌々し気な表情のままヒールで踏みつけ、生前駆け抜けた戦場では一度も刃を抜くことのなかったはずの彼女は容易く腰に佩く剣の抜き身を晒してみせた。

 存在が揺れる。存在証明が揺れる。ジャンヌ・ダルクは、そんなこと(・・・・・)はしなかった。腰の飾りは威嚇であり、戦場に立つことの意志表明。戦士のように抜き身の剣で果敢に相手へ立ち向かうことなどしなかったはずである。

 

 

「な……に……!! そんな、馬鹿な…!ありえない、嘘だ……!ぐあっ!!」

 

 

 蜃気楼に揺れた己の肉体に驚愕した魔女の隙をゆるさず。長時間に渡る戦闘に、魔女は聖女の掲げる御旗により投げ飛ばされて壁に埋まる。

 瓦礫を押し避けて立ち上がる彼女の表情は、迷宮に迷ってしまった子どものようだった。現実を受け入れられない、と歪み初めて、彼女の声が大きくなってゆく。本当に、ただの子どものような声色で泣き叫ぶ。

 

 

「どうして……!? だって、私は―――、私は、聖杯を、所有しているはず! そうでしょう、ジル! 聖杯を持つ者に、敗北はない。そのはずなのに……っ!!」

 

 

 どうして負けたの。どうして負かされちゃったの。

 それが彼女にとって信じられない出来事だった。だって、聖杯の所有者であると誰よりも信頼する騎士が目覚めたばかりの少女にそう教えてくれたのだ。

 

 

「おお、ジャンヌ!ジャンヌよ!何という痛ましいお姿に……!」

「―――ジ、ル!」

 

 

 信頼する軍師の登場に魔女はかすかに気を安らげ、その場に座り込む。可笑しいでしょ、だって私は聖杯を持ってるいるはずなのだもの。血が床を濡らして魔女は、自分が致命傷を負ったのだと証明してしまう。イヤよ、と嘆きの声が零れ落ちた。

 

 

「……ええ、ええ! このジル・ド・レェが参ったからにはもう安心ですぞ。さあ、安心してお眠りなさい。」

「でも――――――私は、まだ、……まだ、フランスを、滅ぼせては……」

 

 

 剣を握りしめたまま唇を噛んで悔し気につぶやく彼女にジル・ド・レェは優しく微笑みかけ、己が引き受けると短く告げる。

 少し疲れただけだからおやすみなさい。目を覚ませば次の瞬間には終わらせている、と。瞬きのようなものです。どうか安心して、私にお任せを。ぎょろりと血走った眼をやわらかく細めて、恭しく頭をたれて騎士ジル・ド・レェの顔をした男は、そう言って。

 

 

「そう……なら、」

 

 

 ふわり、とまるで子どものような微笑みを浮かべた竜の魔女の身体は傾く。そうして、竜の魔女の名を賜ったジャンヌ・ダルクは粒子になって消えてしまった。

 

 

「な、」

 

 

 聖女は結論付けた。

 曰く、聖杯の<真の所有者>はあの青髭公ジル・ド・レェに在るのだと。

 

 

「そもそも『竜の魔女』と呼ばれたジャンヌ・ダルク・オルタというサーヴァントは英霊の座には決して存在しないサーヴァントです。私の側面でない以上、そう結論せざる得ません。」

「じゃあ、どうやってあんな強力な力、を……」

「ええ、そうです。あなたたちの旅目的、強力な魔力の塊、聖杯です。」

 

 

 つまりは、竜の魔女そのものが聖杯。

 便宜上、新たに呼ぶとするのならこう呼ぼう。

 ジャンヌ・ダルク・オルタ―――立香たちの前に立ちはだかるフランスの特異点における最大の壁であった<竜の魔女>とは、聖杯によって叶えられた願望の形そのもの。

 それ故に彼女の動力は、イコール聖杯からのエネルギー。聖杯としての機能ゆえ血肉を回収する相手は、サーヴァントであれば条件は達成する。だからこそ、度重なる魔女としての襲撃で失ったエネルギーを補給するために、英霊として顕現する誰かの血肉を抉る必要があった。

 此度の一件は、ちょうど聖杯の前に瀕死状態のライダーが目の前に在ったから、と理由で人として活動する聖杯に餌として認識されてしまったのである。

 

 

「……フランスの異変は、救国の聖女ジャンヌ・ダルクが聖杯を手にしたことで悪事を働く復讐者と成り果てた道筋ではなく、聖杯の力で青髭公ジル・ド・レェが絶望のままに憎悪を燃やす魔女を作りだしたことによる特異点だった、」

「と言うわけですね…。」

 

 

 なんだか妙な方向に話が進んだな…、と甲冑の奥で顔をしかめたライダーは軌道修正のために横から口を挟んでマシュが安堵したように気を引き締め直すように言葉の末尾を結ぶ。そうでもなければ、竜の魔女ジャンヌ・ダルク・オルタに家族たちの記憶、田舎で過ごした記憶がなかった理由がつかない。

 恐らくは、無垢なる存在であったはずなのに、憎悪に焦がされて誕生することを強いられた彼女自身も被害者だったのだろう。けれど、それを知らぬまま存在は消滅した。

 

 

「私は貴女を蘇らせようと願ったのです。心から、心の底から願ったのですよ。当然でしょう? フランス(私たち)は貴女に救われたのですから。―――…しかし、それは聖杯自身に拒絶されました。万能の願望器でありながら、死者蘇生(それだけ)は叶えられないと。」

「ジル。」

 

 

 聖女は言った。

 

 

「たとえ、蘇ったとしても、無念の最期と呼べる最期を迎えたとしても、私は<竜の魔女>になど決してなりませんでしたよ。その理由は、私と共にフランスの戦場を駆けた記憶があるジル・ド・レェなら、理解できる(判る)はずです。」

「ええ、―――ええ、憎たらしいほどに理解でき(判り)ますとも! 愛すべき我々(戦友)が、家族が、仲間が、居たからこそ、貴女は踏みとどまることが出来るのでしょう。故にこそ、我々(フランス)は、貴女のそのやさしさに包まれたなら、真綿の如き真心をお返しするべきだった…!」

 

 

 ジル・ド・レェは吠える。神とて、王とて、国家とて。祖国を駆けずり回った娘っ子一人に絶望を背負わせた世界とて。全てを裏切った祖国を滅ぼそうと誓い、憎悪に身を焦がしたのだ。

 彼は赦せなかった。彼は赦さなかった。

 国家を、フランスを、ヒトを、存在する全てを憎んで(呪って)憎んで(壊して)憎んで(妬んで)憎んで(怨んで)憎んで(恨んで)憎んで(厭んで)憎んで(唾棄して)。幾度なく、際限なく、終わりなく―――…どれほど憎んでも、その憎悪はちっぽけな人の身体(うつわ)では納まりきらず、聖杯に願った。出来るものならやってみせろと挑発すらして。

 

 

「その結果がコレです。あなたこそ、理解できるはずですよ。―――そう、だからこそ、私の道を阻むなジャンヌ・ダルクゥゥゥウ―――ッ!!」

「……そう、そうですね。あなたが恨むのは道理で、聖杯で得た力であなたが国を滅ぼそうとするのも、悲しいくらいに道理です。……けれど、私はそれを止めます。あなたのよく知るフランスの聖女としてではなく、英霊(あなた)の知らぬ聖杯戦争における裁定者(ルーラー)として。」

 

 

 それぞれ武器を携える。

 切迫した空気の中、立香とマシュは目を合わせて頷き合う。聖杯を確認した。つまり、フランスでのカルデア一行の旅も此処が最後になる。正念場だ。

 

 

「マスター、指示を!」

「これが最後の戦いだ! マシュ、気を引き締めて行こう!」

「はい! マシュ・キリエライト、ジャンヌさんを援護します!」

 

 

 ばさりと魔導書のページが広げられ、あちらこちらから棘が生えた軟体生物の足が飛び出した。血に飢えた獣のような目色で男は憎悪の合間に呪文を唱える。

 厄介な後方支援から潰すことにしたのだろう。迷わず立香を襲ってくるそれらを、マシュとジャンヌは盾と旗で叩き落した。開戦の合図などあるはずもなく、こうしてかつての軍師と救国の聖女による戦闘が始まったのだ。

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