そう言えば、ライダーの髪の色ってあんな色だったんだ―――…あれ? どんな色だっけ? マスターは見たはずの光景に首を傾げ、はたりと記憶が隠れる。
「君のその兜は、姿を見られたあとでも効果があるものなのか?」
「……ええ、ありますが、」
すかさずエミヤはその状況に気づき、影響力の有無を問う。
今回のエミヤは、あくまでもカルデアと言う組織と契約を結んだサーヴァントであり、ライダーの育て親としての立場は無し。優先すべきはマスターの安否に在るため、魔術に耐性の皆無な少年にもしも何かしらの影響が出るようであれば魔術オフに切り替えてもらう必要が出てくる。
視線を立香へと向けたことで意図を理解したのだろう。ライダーはダメージの抜けきらぬ様子でやや緩やかに首肯し、影響の範囲を確認した。
この兜は、素性を隠せるよう母が魔術を施してくれたものだ。病弱であったライダーの肉体をこれでもかと考慮し、理想郷の妖精たちとああだこうだと熟考を重ねた結果の品が、人体に悪しき影響を与えるものであるはずがない。
そんな
正体が露呈した後でも素顔や素性を隠すことは可能であり、具体的な感想はと言うと存在そのものはそこに在れど、特定に至る面立ちや人物像を捉えるピントをずらしてレンズをぼやかす程度のものにランクダウンはするだけ、と答える。
「……カメラのピントをずらす、彼女がそう言ったのか?」
「ええ。あなたの言葉をヒントに作り上げたものだと伺っております。素材はともかくとして術の再現は可能ですから、もしリツカに必要あらば付与することは可能です。」
「―――……ああ、そもそも彼女のことだから人体に影響を及ぼすものであるはずがない、な…。いや、すまない、少し気になってしまったのでね。」
「リツカの身を案じてのことでしょう。どうかお気になさらず。今後のこともありますし、仲間の範囲を設定して、仲間には存在を認識できるように改良してみましょう。」
万が一のことを考えてのことだろうけれど、思わずにはいられない。あれだけ苦労して改良を重ねた叡智の結晶である、隠蔽魔術の魔術式も教えとったんかい。
半ば発狂しながら年の瀬を重ねるほど衰弱するばかりの肉体を強化する魔術を開発し、ライダーの今を作り上げる偉業を成し遂げたのだから、影響は影響でも肉体改善はしたとしても悪化させるような真似などするものかと結論は当然だとも言えるが。
「……ウッ、す、すまない…。」
ライダーの纏う防具の影響で認識阻害―――キャスター・クー・フーリン曰く、妖精による隠蔽魔術でぼんやり認識可能な状態であることは、雑談の中で小耳に挟んでいた。
なんでもガッチガチに
何が大丈夫で、何がダメなのかサッパリ分からなかったから、理解できるものが増えるのは安心できた。呑気な会話に挟まれて立香は緊迫した空気の中、ほうっと息をつく。
「リツカ、どうぞこちらに。」
「は、はい!」
城は崩落し、天上には大きな穴がぽっかりと。派手な装飾がふんだんに用いられて豪華を演出した原型をとどめておらず、立香たちの立つ場所ですら今にも崩れ落ちそうだった。
「……馬鹿、な……!」
ジル・ド・レェの口から、信じがたいものを受け入れ切れずに否定する声が零れる。それもそうだ、彼は聖杯を有しながらも聖女に負けてしまったのだから。
願望器を持ちながらも彼の願望が届くことはなかったのだから、信じられないと驚愕に表情を歪めるのも無理はなかった。叶わぬ願いと理解しながら、けれども彼は
それこそが、彼の行動理念だ。ジャンヌ・ダルクを裏切った、フランスの騎士を裏切った、国を裏切った。それらへの復讐こそが、ジル・ド・レェの胸中に広がる根源だ。抱える悲嘆も憎悪も、ジル・ド・レェが必死に生き抜く時代ですべて吐き出して訴えたものである。死して英霊と言うカタチをもっても狂乱のなか叫ぶ彼に、聖女は優しく微笑みかけた。
「―――…ジル。もう、いいんです。」
攻撃される可能性だってあったのに彼女は彼に近づく。
何がいいものか。いいわけがあるか。そんなことあるはずがないのだ。たとえ、あなたがお赦しになっても、私だけは、私こそが赦せない。
だからこその行動なのだと聖女を見据えながら彼はぎょろりとした目を血走らせて吠える。まさしく負け犬の遠吠えだった。ズタボロの姿を労わってくれる少女に威嚇するような大声を浴びせるなど紳士の風上にも置けぬヤツだと頭の片隅で理性が叫ぶ。そんなものは、彼女がこうして止めに来てくれる前から判っていたさ。
だけど、ジル・ド・レェは、狂乱の末に死んだ英霊だ。この霊基の私は、正道を歩み悪辣に墜ちた騎士の末路、善行を上回る悪行を重ねし悪魔の如き男ジル・ド・レェなのだ。
「ジャンヌ……」
そっと手のひらをとって目を合わせるために屈む仕草は、よく知るものだった。怪我をした兵士たちを相手に、治療中はこうして目を合わせて声を掛けて鼓舞してくれたものだと。彼女は柔らかな微笑みに見合った声で告げる。
「もう大丈夫です。休みなさい。貴方はよくやってくれました。右も、左も、分からぬ、ただの小娘を信じて、この街の解放まで。」
「……ッああ、」
項垂れることなど出来ようものか。
顔を背けることなど出来ようものか。
憂慮の光を携えた瞳で、ただ労りの声を掛けてくれる少女の言葉を、どうして跳ねのけることが出来ようか。戦乱の叫喚などなき平和の世が訪れることを願って、数多の生命が滅びゆく時代に早く終わってくれと望んで。戦場を駆ける際でも、まるで彼女は祈るようだった。
御旗に鮮血が飛び散っても彼女が揮えば皆の闘志が鼓舞された。どれだけ入り組んだ場所でも、どれだけ道なき道でも、彼女は一切の迷いなく御旗を振って導となってくれたのだ。
故にこそ、ジル・ド・レェは信じられなかった。彼女の優しさに胡坐をかき、戦争の終止符が打たれたときには手のひらを返して真綿を燃やすような真似をした民衆が、国が、仲間が。何もしなかった者どものに憎悪を燃やし、何も出来なかった自分たちに嫌悪を焦がし、率先した者どもにはならば体験してみせろと加虐がくすり、―――今の霊基がある。
「……今の貴方がどうあれ、私はあの時の貴方を信じている。大丈夫。私は最後の最後まで、決して後悔しません。私の屍が、誰かの道へ繋がっている―――」
目頭が熱くなる。
血管が膨張したことで転がり落ちかけた目玉も、すっかり元通りだ。ああ、なんてことだろう。騎士だった頃の面立ちをつよく残す表情で、ジル・ド・レェは泣き笑った。
「……ただ、それだけで良かったんです。さあ、戻りましょう。在るべき
「ジャンヌ。」
狂気や憎悪にまみれたものではなく憑き物がとれたように晴れやかな笑顔で聖女の手をとって立ち上がる。足元から消えかかる彼は、そっと聖女の手に“あるもの”を握らせた。
「地獄に堕ちるのは、私だけで―――」
とどのつまり、ジル・ド・レェは、己の身すら焼き焦がした憎悪によって、ジャンヌ・ダルクの抱える心すら疑ったのだ。それが今、一つの解を得る。
今回限りの瞬きの得たかった
騎士としての理性があれば、おそらくは自分の本心にも気づけたのでしょう。私は聖杯に掛けるべき願望は、もしかしたらその答えを得ることだったのやもしれませんな。此の記憶を持ち去れぬ以上、きっと次もジル・ド・レェの憎悪に塗れて、決してありもせぬジャンヌ・ダルクの虚像の代弁者を騙ってしまうのでしょう。
そうなれば、貴女の前に立ちはだかる障害にしか成りえません。どうしたって歩んだ歴史柄キャスターのジル・ド・レェは、悪辣の限りを尽くす傾向にありますから。
「それでもどうか、貴女はどうか、自分の信じた道をお進みください。」
憎悪に塗れた願望は消え、聖女の道を信じ、それを支持する者へと戻った彼は穏やかな表情でその場から消えた。
本人の言葉通り、彼の最大の願いとは、復讐などではなかったのだろう。地獄に堕ちてしまったかもしれない聖女の身を案じ、救えなかった自分たちを憎しみ、やがてはそれを他者へ強要してしまうようになっただけに過ぎなかった。
嗚呼、だからこそ。ライダーは納得する。同じとは言うまい。ただ一人に、自分を罰してくれと似たような憎悪に身を焦がすバーサーカーが召喚されたのだろうと分析した。
「……聖杯の回収を確認しました。あ、あの、ジャンヌさん」
「ええ、聖杯が回収されたので、すぐ時代の修正が始まるのでしょう。」
「―――……横から失礼。優先されるべきはリツカたちの安全な帰還です。瓦礫が崩れぬとも限りませんので、とりあえず天井を吹き飛ばしますか?」
「アッ……エッ!? ライダーさん動けるようになったの!? 動けるようになって課することって天井吹き飛ばすことなんだ!? ってそれより、天井を吹き飛ばすことがとりあえずなの!? アッレェ俺きく順番もしかして逆だったかな!?」
慣れぬ戦場で連戦したとは思えぬほど元気なツッコミだった。受けたライダーは何か可笑しなことでも、心底不思議そうに兜が首を傾げている。
「わ、ワァ……」
静かに握られたままの赤銀の剣が魔力を収束し、一発だけなら今にも撃ちだせそうだった。ライダーにとって魔力の収束と放出は容易く出来ることだからこそ、簡単に言ったのだろう。
今の発言は、立香の友人で言う『新しく出来た話題沸騰中の店にとりあえず一回行ってみる?』と尋ねてくる友人のノリだった。思わず高校のノリでツッコミを入れてしまったが、ライダーの兜は不思議そうにするだけで特に不快感を覚えていないようだ。
思ったより元気そうで何よりです、と穏やかな声色で案じられて縮こまる。そうだった、心配してくれての行動なんだった。
「天上は吹き飛ばしません! たぶん俺たち普通に帰れると思っ―――」
「先輩!! 頭上に!!」
収束したものを霧散させ風を起こすことによって減速を試みて、立香の頭を右腕で囲ったうえで踵を振り上げ水平に横凪ぐ。
「目を、閉じて。」
立香の頭は真っ白になった。
抱え込んだ瞬間、砂埃が入っては大変だと思って耳元で注意を投げかけたのだが、思わぬ誤算に甲冑の奥の瞳はパチクリとした。空元気ではあったのだろうけれど、唐突に意識を失うことになろうとは、よほど無理をさせてしまったのだろう。
「……わかる。」
「……せ、先輩…よかった…、ものすごくどうしてだか頷きたくなってしまいました…。」
「ああ、彼の音色はなかなか綺麗なものだからね。」
「マスターがご無事で何よりだわ。それに、素敵なウィスパーボイスね!」
エミヤはしみじみ頷き、マシュも戸惑った様子を見せながらも同意を示し、退去の光に包まれながら合流した音楽家と王妃もニコニコと。彼らが完全に退去すると、エミヤが再起動する。
「ああ、ほのぼの見守ってる場合じゃなかった。君は身体を灼かれていたと聞いたが!?」
「……問題は、」
「―――あるだろう。ほら。」
「いえ、本当になくて……」
おそらくは、術式の上書きのおかげだろうとエミヤは補足する。サーヴァントとして記録の為されるスキル<病弱>も、先の術式の影響を受けて改善が為されたようだった。
最も