叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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閑話休題Ⅰ
絶滅危惧種:無防備な魔術師


 幾ら体内を循環する魔力を生命力の強化に宛がう魔術を上書きしたからと言っても、その効果のほどは最盛期のほどのものではなく、吹けば崩れる砂上の楼閣。

 加えて、変動が行われたことによって確認するべきだろうと立香相手に開示してくれるステータスを無遠慮に眺める。ライダーは嫌な顔一つもせず、変動がなかった場所ですとむしろ画面を指先で誘導してくれるので、そのままにやや下に視線をおろすと耐久値に目が行った。

 ステータスのほとんどがアルトリウス・ペンドラゴンのそれと遜色なきものであり、目に分かる結果を示すのは、やはり生まれ落ちた星の悪さゆえ、体質ゆえか、耐久と幸運。何故だかセイバークラスなのに、ライダー曰く相棒のおかげで容赦なく騎乗スキルが高く、彼が居なければおそらく本来的にはBほどだろうとのこと。

 

 

「詳しくは、また後ほど。」

「あ、うん。」

 

 

 他のサーヴァントたちも反応が消え、名残惜し気に零された立香の言葉に聖女は微笑む。こうしてお互いが無事に使命を全うできたことを、心の底から喜ばしく思います。

 

 

「…ふふ、それに、立香さんやマシュたちとは近いうちに会えるような気がします。私の勘、結構あたるんですよ?」

 

 

 茶目っ気のあるお姉さんのような仕草で明るく言う。けれども、その表情は大自然で、花がほころぶかのようなやわかな笑みだった。

 まったく無関係で、見当違いで、場違いな思考だ。立香は、学校の卒業式でさみしさのあまり号泣するタイプであった。だからこそ、また会えるならと涙を堪える。―――再び会うことが出来るのならば、こうして抱える別れの寂しさもちょっとは見栄を張れる。

 

 

「……そっか。じゃあ、会えるね、きっと!」

「ええ、その日まで」

またね(・・・)、ジャンヌ!」

 

 

 すん、と鼻をすすり、目じりを赤くした少年は大きく手を振った。歴史の先駆者による優しさを無垢な心のまま無邪気なまでに信じ、彼らはカルデアへと生還した。

 

 

3

 

 

2

 

 

1

 

 

 視界が真っ黒に染まり、次に白く染まる。

 草原の風ではなく、室内のような。キンと冷えた何かを感じて緩やかに意識が起きる。けれども、ふわふわとした心地で目の前の何かに手掛け、ゆっくりと押し倒した。ギィと音を立てて開くのは、扉のようなものだ。

 

 

「う、……ぅう、ん?」

「あ、よかった目が覚めたんだね、立香くん!」

 

 

 ぼんやりとする意識と視界のまま、ぽろりと本音が転げ落ちる。

 それを耳ざとく拾った医者は少年と同じように小首をかしげ、後ろで腹を抱えながら口元で手を覆って笑う芸術家の声にピンとしたようだった。

 

 

「わたげ…?」

「わたげ?」

「くくっ……君のことじゃあないかい、ロマニ。」

「僕ぅ!? あっ、髪の毛? 髪の毛かな?」

 

 

 邪竜百年戦争オルレアンのレイシフトより生還を果たした立香が、コフィンから目を覚まして最初に映したのはドクター・ロマニのやわらかな橙色の綿毛―――ならぬ髪の毛なのであった。

 ぽやぽやんとした意識のまま狼狽えるようなロマニの影とレオナルドの影を目で追う。僕たちは管制室からのサポートだから休憩は交代でしてるんだよ、と言ったのは、もしや実際に遠征に赴く立香たちを安心させるための嘘だったのだろうかと疑念を抱きかねない格好だ。

 ぱちぱち。目をしばたかせて自分で起き上がった立香を見て安堵に満ちた笑顔を浮かべる白衣の男性の身なりは、よれよれだし、目の下の隈も目立っている。カルデアの職員を代表したかのようなくたびれ方をした男を見て、部屋を見て、管制室を見て。―――とても一般的な御家庭で生まれ育った藤丸立香は、袖をまくり上げる。

 自分たちは現地で適度な休息をとったが、彼らはそうではなかったのだろう。生粋の日本人であるならば誰だって同じ行動をとるはずだと謎の自信たっぷりに、少年は言い放った。

 

 

「いつもありがとうございます……あ、えっと、今回はグランドオーダーの一個が成功した? んだし、特定の範囲にしぼるべきだよね…。」

 

 

 もじりもじりと指先を突き合わせてから、日本人らしく綺麗な角度でのお辞儀を披露した。海外の人からは生首が落ちたかのように見えるらしいのだが、そんなことは知らぬこと。

 魔術師の世界に足を突っ込んでおきながら未だ純粋な少年からの「ありがとう」の気持ちでいっぱいのお辞儀は見ていて気持ちが良くなるもので、顔をあげられたときに見える少年の晴れやかさには胸中に綿を詰め込まれたかのような心地を抱く。

 

 

「えっとえっと、あの!第一特異点でもお世話になりました!皆さんのおかげで無事に帰ってこられました! なので、今度は俺からお返しさせてください!」

 

 

 いいんだよいいんだよ。疲れたでしょう。どうか休んで。

 やさしな言葉が飛び交う管制室では、晴れやかな少年の笑顔による押し込みが強かった。疲れてるのはみんな一緒だけど、そんな疲労を抱えてまで支えてくれた気持ちにお返しがしたくて仕方がなかったのである。

 管制室の現状を見れば、一目でわかった。ドクターたちは、徹夜漬けなんだってこと。魔術で眠れなくなるようなものでもあるのだろうかと危惧を覚えるほど、目の下にべっとりとクマがある。近所にお住まいの漫画家がよく締め切り間際に見せる、彼女曰くのシャチクの姿。小さな頃はよく分からなかったが、文字を当てはめるならば社畜の姿だろう。

 カップラーメンばっかりで健康にもあまりよくなさそうだったし、小腹のおつまみ程度の、おにぎりとお味噌汁だけだったら自分一人でも作れる程度には、年齢相応の料理スキルはある。

 

 

「大人数は初めてだけど、……うん、よし!」

「では、私はこちらを。まったく、ゴミばかりで掃除し甲斐のある……」

 

 

 そも、世話焼きのお人好しでもなければ戦場で疲弊した兵士たちに声を掛けるような真似をするはずもなし、とカルデア職員は人類最後のマスターの偉業を見やる。生粋の魔術師が現地の住民に声を掛けるときは、大抵が不遜な態度になって喧嘩(で済めば良いのだが、おそらくは制圧になるだろう)事まで発展してしまう。

 ご飯作ってくるよ! パタパタと駆けて行く背中には、後光がさしてる。―――未だ不平不満を抱える魔術師たちの内側にも芽生えつつある種に、少年英雄王は白けた目を向けた。人類最後のマスターの偉業が、管制室の大掃除でええんか。

 

 

「では、私も微力ながら力添えを―――」

「君はこっちだよ、ライダー。」

「? ?? ???」

 

 

 早々に掃除に熱を燃やすエミヤを手伝おうとしたライダーの胴体に素早く腕を回し、借りてきた猫のように大人しくなった彼を担ぎ上げながらアルトリウスは実にさわやかな声で言った。

 

 

「では、マスター。僕はライダーを医務室に連れるために失礼するよ。何かあれば呼んでおくれ。君の剣が、すぐ駆け付けることを約束しよう。」

「あ、うん、お大事に!」

 

 

 長身の青年が長身の青年を担ぎ上げる絵面の凄さに圧倒されながらもかろうじて労わりの言葉を返し、抵抗することなく硬直したままのライダーは。

 やっぱり石化したかのように硬直状態だった。恐れ多くも王の肩に。おろしてください。なんてことだ。アグラヴェイン卿が見たら呆れて小言を。でも王のお望みとあらば。こんなとこ見られたらケイ卿にからかわれる。騎士としての矜持が。

 それを微笑ましそうに見送るエミヤには、そのように聞こえたのだと言う。何かを言おうとしてか開いては閉じるを繰り返す口元に、なんとなく共感性を感じた。

 

 

「こ、コホン。……お帰り、立香くん、マシュ。」

「ただいまです!」

「はい、マシュ・キリエライト、只今帰還いたしました。」

 

 

 ロマニの真下から両手で拳を握りこんでキラッキラの空色を輝かせながら、物資も出来るだけフランスで調達してきたのだと褒めてほしそうに少年は言った。

 初のグランドオーダー遂行だけでも快挙なのだが、不足した補給物資の確保に当たる考えは、驚くことに少年マスターからの提案なのだとか。プランターのようなものはあると聞き及び、その為の場所も確保した。

 だから、あとは種から植えて、カルデアの職員のひとりに<植物を育てやすくする魔術>の持ち主に頼み込み、畑作りに挑戦する予定なのだとも。瞬間、その眼差しは一人の女に注がれる。

 

 

「あ、はい、出来るものならねと快く引き受けました。」

「それって挑発してるんじゃ……」

「シッ、ロマニ!」

 

 

 一拍を空けて。

 

 

「君たちは数々の冒険を経て、貴重な体験を重ねた。」

 

 

 人員は現地で仲間を増やし、様々な喜びや悲しみ、怒りなどを体験して来た。貴重なものだ。出会いは大切だというが、確かにそうだと体験したからこそ立香は思った。

 何よりも、現段階では<実験段階のレイシフト>と言う最悪の環境下にある。不安も不満も溢れるほどたくさんあっただろうに、れ以上ない成果を出してくれた。ゆえに、ロマニは生き残った全カルデア所員を代表して言う。

 

 

「代表者として心より、言わせてもらうよ。君たちはもう一人前の、そして僕らカルデアが誇る、新しい魔術師(ウィザード)だって!」

「―――……えっへへ、」

 

 

 ドクター・ロマニから代表して言われて、嬉しくなった。隣に並び立つマシュを見ると力強く頷かれる。それから微笑ましそうに嫋やかな声色で祝福してくれたレオナルドを見て、またロマニへ視線を戻す。

 

 

「マシュ!」

「はい、先輩!」

 

 

 表情を明るくしてマシュと手をとって喜び合った。

 やったね、やりましたね。立香の喜びように合わせてきゃっきゃっと年齢よりも幼く見える喜び方をする二人だったが、不意に身体がふらつき、慌ててマシュが支えたことで転倒を回避した。

 

 

「せ、先輩っ」

「魔力回路を無理に働かせ続けたから疲労がたまってるんだろう。野営中に休憩を挟んでいたとはいえ、訓練も無しに戦場野営地でだなんて、温室育ちの坊やにはキツかっただろうね。ああ、もちろんこれでも褒めているんだよ。よく頑張ったってさ。」

 

 

 とどのつまり、肉体が無意識のうちに不慣れな休息ではなく、ちゃんとした休憩を求めて今にも安定した睡眠をとりたがっているのだ。

 

 

「さて、じゃあ、お開きにする為にも最終確認を、」

 

 

 レオナルドは観測した結果をロマニへと手渡し、目を皿のようにして確認した彼は手を叩きながら大喜びした。十五世紀のフランスの修正は完璧だ、と。

 まだ七つのたった一つの歴史を修正しただけだが、人類史をきちんと在るべき姿に戻した、その事実が重要なのである。全員が希望を持って声をあげた。ほんの少数だけの歓喜の叫びだったが、カルデアに強く、強く、響き渡るほどの雄叫びである。

 

 

「お疲れさま! あとは僕たちに任せて、立香くんとマシュはゆっくりお休み。」

 

 

 グランドオーダーの一幕を完走すると言う偉業を成し遂げたマスターとは思えぬ素朴な日常風景のよう。とろん、と微睡みに揺られる空の瞳にカルデア職員たちは微笑み合った。

 レオナルドの言うように、これは確かに温室育ちの坊や(平和な世界の証明)である。マシュからロマニの手に渡り、ぐにゃんと脱力した少年の身体を支えた。ずっしりとした重みと眠気で温かさの増した体温が心地よく、首元をくすぐる柔らかな髪を梳くように撫でつける手にすり寄る姿は、魔術師では絶滅した無防備さがあった。

 

 

「僕たちこれ守ろうとしてたんだよなあ。」

「オイオイ、これからも守るために色々やんなきゃだろ~?」

「……そうだね。」

 

 

 しみじみと頷き合う。

 会話の音が邪魔だったのかして、ぐずるような声がして。「ああ、よしよし。」と自然と零れた言葉と、撫でる仕草を甘受する無垢な子どものような仕草に幾人かは胸を打たれた仕草で自分のデスクにもたれかかる。

 ベッドメーキングを寸分違わず綺麗に整えることの出来る相伝魔術を持った魔術師が「寝床の準備できやした!」と小声で器用に叫ぶまでロマニは少年のクッションであった。

 なお、マシュは瞳孔が開ききった状態で藤丸立香少年を凝視し、その頬は赤らみながらロマニへ羨望の眼差しを突き刺していたものとする。視線を受けたロマニはと言えば、真っ白な部屋で無機物的であった少女の感情の芽生えを喜ばしく感じながら、最初に抱くのが母性ってどうなんだろうと遠目をした。そもそも、それって母性なんだろうか。

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