叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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お勉強とあまいもの

 人類最後の生き残りであるマスター・藤丸立香をリーダーに据え置き、第一特異点であるフランスのオルレアンに在る聖杯探索を完遂した日より三日ほど経過した。

 本人曰く、帰還した当日は平気だったと言った立香も不慣れな野営続き、戦場続きで予想よりもずっと疲弊していたのだろう。夜に眠ったら丸一日寝たきりであったり、丸一日寝込んだ翌朝から筋肉痛で臥せってしまったりと、不調を引きずる様子を見せたので回復しきるまでは勉強会を延期することとなった。

 筋肉痛程度なら黙って行動しろとせっつく者も居はしたが、立香の身体は、筋を痛めて炎症を起こした症状を魔術で緩和したうえで<筋肉痛>とまだ平和な枠組みに留まった状況である。

 ある程度の回復が認められるまでは魔力回路の行使なんてもってのほか。絶対に安静を心掛けて過ごすように。と言うドクター・ロマニ(医者と言う専門家)より診断が行われたので、今しばらく実践的な勉強を遠ざけて召喚した英霊たちのことを知る交流に精を出していた。

 

 

「…ステータスの開示をしましたが、その、ハッキリ申し上げますと、耐久値だけは、Eクラスですので……大変申し上げにくいのですが、ああ言った怪我をすると、暫く私の魔力は肉体の回復に力を尽そうとするので身動きが取れなくなってしまうのです。」

 

 

 開示したステータスの内容をしっかりと伝えてくれるのは、赤銀の鎧に包んだ円卓の騎士―――と思わしきサーヴァント・仮名ライダーである。

 簡単に言うと、ライダーの身に掛けられた<魔術>の働きが正しく機能することに関係があるのだとか。件の<魔術>は、人間の肉体である彼の身の内に流れる魔力は妖精のそれ。人の身に余る膨大な魔力は人体を暴れまわり衰弱するばかりの体質を、常人の肉体まで引っ張り上げるのに受けたものだと言う。

 あの魔術の基本的な効果をもっとざっくり説明すると、通常では普通に生活するために魔力を生命エネルギーに変換し、ライダーの内側を循環し続けるもの。

 けれど、負傷した際には、怪我の影響で術式で定義した数値を下回る(弱る)。動けなくなる。謂わば、ライダーがサーヴァントの身で受けた<病弱>スキルの発動とは、その弱った肉体を術式で設定した定値に戻すために持ち得る魔力を強制稼働させる状態にあるのだ。

 ところ変わって。パソコン(人体)内部の電子(魔力)同士が擦れ合うことで摩擦熱が発生し、パソコン(人体)が熱くなることがあるのはご存知だろうか。特に、中央処理装置(人体における臓器)グラフィックボード(神経回路)などの部品は、負荷の高い作業を行うことで発熱しやすく、熱くなりすぎると、熱暴走(温度の上がりすぎで機能しなくなる状態)を起こす可能性がある。

 つまり、サーヴァント・仮名ライダーにおける「<病弱>スキルの発動で動けなくなる」の定義とは、熱暴走を起こすと、突然電源(意識不明)が切れるなどのトラブルが発生することなのだ。

 

 

「私の体質(・・)とは、熱暴走を起こしやすい状態にあると思っていただければ。」

「あ、……ご、ごめんなさい、ありがとうございます。」

 

 

 頭にハテナを浮かべるばかりであった少年は、もじもじ指先を突き合わせて謝罪をしてお礼を口にしながらテーブルに広げられたノートにシャッシャッとペンを滑らせる。

 

 

「文字通り、完全に、動けなくなるの?」

「力不足で申し訳のないことでございますが、お恥ずかしながら。」

 

 

 そんなことを言える状況ではなかっただろうに。淡々とした声で言うものだから、ライダーに助けられてきた立香は呆れにも諦めにも似た笑みがそっと零れた。

 バカにするとか。そんなんじゃなくて。彼の背後に佇む<過保護三戦士>の様子からも、ライダーの言動からも、純粋に、きっと彼が駆け抜けた時代でも〈彼の生き方はそうだった〉んだろうなと簡単に想像できてしまったから。

 最初に、真っ黒なオーラを纏った蒼銀の騎士の逆鱗を目撃したことでワンカウント。次に、赤き外套の弓兵が今にも青筋を切らせそうだった場面に遭遇したことでツーカウント。最後に、自分のカワイイ後輩のデミ・サーヴァントが目を据わらせて唸った現場に立ち会ったことでスリーカウント。アルトリウス・ペンドラゴン、赤き外套の弓兵エミヤ、彼女曰くヒトとしての先輩として自分を慕ってくれる後輩のマシュによる結成が確定したところでメンバーを締め切った。

 その過保護三戦士とは、心の平和を守るために、立香が現代っ子らしく勝手に付けたライダーへの言動から見て取れる方々への称号(仮)である。

 

 

「そうだ、せっかく時間もあることですし、私の鎧に掛けられた魔術もお教えしましょう。あなたに必要になってくる可能性は否定しきれませんし、身を守る術を覚えるのはよいことです。」

「えっ、う、嬉しいけど俺まだ魔術は使えない、よ? よね、マシュ。」

「は、はい、まだドクターから安静にするようにと。」

 

 

 慌てて首を横へ振りながらマシュへ尋ねた立香の様子に、ライダーは甲冑の奥でフと息を綻ばせるように笑って言った。

 

 

「ですから今のような座学で、お教えいたします。まずは術式を理解するところから、―――と、その前に今まで魔術に触れて来られなかったとのこと。些か難解なものですので、ひとまず魔術は何たるかと言った基礎的なことから始めましょう。」

 

 

 今までの生活から、立香は魔法やら魔術やらとは創作物の世界のものだった。

 ゆえに、カルデアでの生活で電気の代わりに灯かりをともす魔術を駆使した魔術師に向かって、思わず「魔法だ!」と言って顔を真っ赤にして怒らせてしまったり、どんな魔術があるのだろうと聞けば、彼らの世界では一子相伝の秘術であるがゆえに顔をしかめられたりすることに、無垢な少年らしく疑問ばかりであったのだ。

 ロマニやレオナルドからも苦笑を受けて、よくないことであるとはなんとなくわかったのだけれども、―――でも、「どうして?」なのかは分からなかった。ほとんどが遠ざける魔術の知識を教えてくれると言ったライダーの言葉に、パアッと表情が明るくなるのも無理からぬことである。

 

 <魔法>と<魔術>は、そもそも異なるものとして定義が為されるものだと言う。

 魔法とは、如何に資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な〈結果〉をもたらすものを指し。対して魔術とは、一見ありえない奇跡に見えても、〈結果〉という一点においては別の方法で代用ができるものを指す。

 たとえば、魔術を用いて何もない虚空に火炎を出現させ敵を攻撃して燃やすことは、一見してありえない奇跡に見える。けれど、「火で燃やす」という〈結果〉を問うなら火打ち石でもマッチでもライターでも、火炎放射器でも代用ができるので、魔術である。何なら魔術では再現できない魔眼ですら、過程ではなく結果を問えば答えが打ち出るのであれば魔法の域にはないと言えてしまうので、<魔術>の範囲は広い。

 魔術が人知の及ぶ範囲なら限界はないのに対し、逆に魔法は「天の外の神の摂理」であり、人にも星にも含まれない業。一つのことしかできず汎用性がないため限界だらけだが、誰にもできないことを可能とする時点で、魔術世界にとっては万能とされるものだ。

 

 

「え、ええっと……? ??? ??」

「えっと、簡単に申し上げますと、先輩。他の方法では絶対できないことをやってのけるのが<魔法>で、他の方法でも可能なことが<魔術>なのです。」

「そうなんだ……?」

 

 

 そのため、人類が未熟な時代には数多くの魔法があったが、それらは文明の発達にともなって、殆どが魔術へと格下げされた。

 現在、魔術協会から正式に認可されている魔法はわずか五つ。時計塔からの職員によると魔法の使い手は第一魔法の使い手が死亡しているため、生きているのは四人、残っているのは五人と言われる。その内容はたとえ協会の魔術師であろうと末端の人物や、そもそも協会に属してさえいない部外者には知らされておらず、また中でも第三魔法は協会でも秘密の禁忌中の禁忌。

 

 

「……あれ、でもそれってライダーの相棒さんは、」

 

 

 存在そのものが『神秘』である為、魔術を凌駕する存在。長く生きたものほど力を蓄える傾向にあり、特に千年ほど生きた聖獣クラスは魔法の域にある存在だと言う。

 しかし、長く生きるという事はそれほど世界から遠ざかるという事に等しく、現在の世界で確認されているものは精々百年ぐらいのもの。幻獣クラス以上の存在は世界の裏側に肉体を捨てて、魂だけでシフトしている―――はずだと横から補足が入った。

 

 

「ドクター! こんにちは!」

「やあ、立香くん。マシュ。隣、いいかな。」

「ど、どうぞ。」

 

 

 魔術のお勉強かな、えらいねえ。

 やわらかな橙色の髪と同じようにふんわりとした微笑みとともに放たれた言葉に、労わりと褒めるニュアンスを感じた立香も気の抜けたようにふにゃりと笑って見せた。

 ドクターのトレイには、簡素な野菜とハムを挟まれたサンドウィッチが幾つか。サーヴァントとして座に登録されるほどの英雄の<投影魔術>で量産してもらったジュースパックの中身は、栄養たっぷり詰め込まれた社畜のオトモダチ。

 あまりにも質素な食事で栄養の心配が来る。立香は勉強会のお供にどうかとエミヤが用意してくれた小指の爪ほどの唐揚げを何個か小皿に取り分けて、そっとドクターのトレーに添えた。

 

 

「ハムもチキンを食べるってことは、野菜主義ってわけじゃないんだよね。顔も真っ青だし、肉不足だよきっと。…ぜぇったいに、それも食べてねドクター。」

「わ! 私からも!」

 

 

 せっせと行動にうつした立香の意図を理解した後輩も、お人好しと称する人格に尊敬の念を抱くがゆえに彼の行動を真似るように自分のトレーから一つ選び取り、ちょこん、と乗せる。

 本来的であればマスターの部屋、とやらを設けてそこで集まるべきなのだろうが、そちらもまたセキュリティレベルを上げるために改修工事中で立ち入れない。食べ終わってからは勉強会の時間だったのだけれども、瓦礫やら何やらと落ち着ける場所がなかったので仮の場所として食堂を間借りしていた。

 勉強したらお腹も空くし、他の人たちからもお許しがあるのならと前向きに受け止める立香は、すでに軽食を何度か注文してぺろっとそれを消化している。小玉の唐揚げはその延長線上にある五番目の軽食だ。

 マシュはそれに付き合う形かつ、頭を使ったら甘いものが食べたくなるよねと話した立香の言葉につられてパフェを注文していた。先の影響で充分とは言い難い物資の中、チョコレートソースは贅沢な趣向品。さく、と控え気味なフォークさばきでサンドウィッチの真横に突き立てられた焼き菓子は、そんなパフェの頂点を飾るメインである。

 

 

「エッ、まっ、マシュ。これは自分で食べるべきだよ、ほら。」

「い、いえ、―――…その、ブドウ糖が不足することで頭が上手く働かなくなることがあると論文を読んだことがあるのです。」

「あ、俺もニュースで見たことあるよ。確かなんか、ラムネとか食べるといいんだっけ?」

「一説によると、そのようですね。砂糖はブドウ糖に分解されやすく速やかにエネルギー源として取り込むことができるので、手ごろなラムネなどが望ましいのだと思われます。」

 

 

 他にもチョコレートもよかったっけ、とコトコト首をかしげる立香の様子に眦をほんわりとたゆませて、あくまでも一人の論文でしかありませんがと前置きを入れつつ、マシュは肯定した。

 

 

「……ですから、カルデアにある甘味料は管制室で頭脳を使って疲労困憊なドクターや皆さんにこそ、配給されるべきなのです。今まさにお疲れのようですし、このチョコレートソースのかかったマフィンを召し上がるべきなのでは、と。」

「ふっふっふ。…そう言うことなら、俺もとっておきをドクターにあげよう。はいこれ。」

 

 

 謎めいた自信ありげに立香が胸ポケットから取り出したのは、小袋だった。本当はあとで職員の皆さんに、ってお渡しするつもりだったんだけどね。フライングして、先にドクターにあげるね。柔らかな笑みは平和な世の中で生きた証だった。

 小袋を受け取った拍子にがさりと音がして、次いで芳ばしい香りが漂ってくる。この三日間で小麦がたくさん穫れたからお裾分けしてもらったのだと言う。

 牛乳だとか、シナモンだとか、そんな細やかなものを。ちょっとした特異点での微修正のためにレイシフトを予定するマスターは、安全を確保するためって定義でサーヴァントだけでのレイシフトって無理なのかなと質問し。

 とんでもないことに、偵察と称してであれば可能であると理解するや否や、サーヴァントたちにお使いをお願いしたのだ。―――その成果とでも言っておこう。

 

 

「クッキーだあ……。」

 

 

 丸を描こうとして失敗でもしたのか、形はちょっと角ばってたりするけれど。焦げ目もほどほどにバラバラで素人が作ったんだなあって分かるものだけれど。

 まだまだ出来ることは少ないし、迷惑ばっかり掛けちゃうけど、せめてものカルデアのみんなへの感謝の気持ちだよ。にこりと笑って言った目の前の男子高校生がドクターストップを食らうほど疲弊した肉体で頑張ってつくったのだと思うと、なんとも感慨深かった。

 細く鳴くように感謝の言葉を揺らして、満足げな顔をした少年が再び戦火を駆け抜けるための知識を得るべくノートへ視線を落とすさまにドクター・ロマニは天を仰ぎ見た。

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