叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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白亜の騎士となるまで

 港町での二月が過ぎた頃、モルドレッドは興味津々にあっちこっちふらふらと。助けを求める声に応じてふらふらとするものだから、見かねたケイに連れられる形で、ようやく念願の白亜の城へ足を運ぶことが出来た。

 逸る鼓動を落ち着かせながら、門を守護する気さくな騎士へ招待状を手渡す。ケイは真っ先に王へ報告するべきことがあると言って、一人さっさと行ってしまったが当然のことだ。

 招待状を受け取った騎士は、最初はにこやかだった。招待状と名前を見比べて、交互にモルドレッドの兜と招待状を見る。見る。見る。見―――見過ぎである。名前を叫びながら、彼は慌ただしく場内へと駆け込んで行ってしまった。モルドレッドは困惑した。何故。

 

 

「自由騎士モルドレッドの来城です!」

 

 

 え、何。何なのだ、それは。自由騎士とは。

 まったくもって身に覚えがない。騎士に憧れる身ではあるけれど、そのような形で名乗った覚えはなかった。似た名前の別の騎士宛だったのだろうか。だとしたら、あまりにも恥ずかしすぎることだ。

 ケイにたくさん語ったのに誤った宛先だったなんて。もう一度、暴れる竜を倒して功績をあげて騎士として認めてもらうべきなのだろうか。

 兜の下で目を白黒させていると、葡萄のような髪色の騎士がやって来た。表面上、友好的ではあるが、その手は何時でも敵を斬り捨てられるように注意深く様子を伺ってきている。この騎士は相当な手練れだ。

 

 

「あなたがモルドレッド殿ですね。お顔を拝見しても?」

「ええ。……しかし、この兜は、理由(わけ)あって外すことが出来ません。お許しいただけますでしょうか。」

 

 

 鎧をまとったままのモルドレッドを警戒してのことだろう。兜に手をやりながら、被ったままで居るようにと母から言われたことを思い出す。隠蔽や錯覚の術が施されたものではあるが、兜があるのとないのとでは格段に術の強度が変わってくる。それ故、モルドレッドは顔を隠したままの入場許可を求めた。

 

 

「王の御前であっても?」

「王の御前なればこそ。この顔は、誰であってもお見せ出来るようなものではありません。生まれたその日から、日陰にあるべきものなのです。」

 

 

 ピクリと騎士の眉が動く。

 しかし、モルドレッドは引かなかった。

 

 モルドレッドは望まれて生まれて来たとは言い難い出自である。母の愛情を受けて育ったが、その生まれは、決して望まれたものではなかったのだと思う。愛する弟を守る秘術を施すための一夜限りの契りで生まれたのだ。

 そう教えられてからは、モルドレッドの中で確固とした考えとして根付き、覆すことの出来ないものとして存在した。出自を隠すのであればアーサー王と似通った面影を感じさせる顔も隠し通すべきであろうと結論に至るほど。

 兜に掛けられてあった母の隠蔽術を強化し、認識阻害の付属を追加したのもそれが理由。隙間から覗く瞳の色すら記憶からぼやけさせるほど強固な考えだ。

 

 望まれぬ生であったのであれば、顔を晒すことへの抵抗はあるだろう。日常から誰が親なのかと探られることも、苦痛のはず。

 事情をやんわりと察した騎士は息をひそめてから、失礼したと深く謝罪した。どうかお気になさらず。何せ、初対面では知り得ぬはずの事情である。

 言葉少なに返し、すこし気まずい空気をまといながら二人は城内へと入場する。そう言えば、とモルドレッドは疑問を口にすることを問うた。

 

 

「先ほどの非礼の詫びだ。私に答えられるものであればなんでもお答えしよう。」

「では、……その、先ほど自由騎士とは…? 本当に私のことですか?」

 

 

 招待状には、騎士として名を連ねることを許す。と言った旨の記述のほかには、騎士として席に加わるのであればキャメロットへ来られたし。の言葉が続き、好きな時に、と締めくくられたシンプルな内容だった。

 書き出しも、若き勇敢なる者、とだけあって騎士とはなかったので、名乗った覚えのない騎士の肩書きにモルドレッドは落ち着きがなくなってしまったのだ。

 あからさまにそわそわとする姿はどこか幼く、城内を案内する騎士の頭2個分は小さな身体はまだ少年とも呼べそうなほどであった。どこか息子のガラハッドを思い起こさせる。その様子に穏やかな気持ちになりつつ、モルドレッドの疑問に答えた。当然の疑問であったからだ。

 

 

「貴殿はキャメロットまでの旅路で騎士として行動を起こされた。我らの同胞でなくとも、その功績は称賛されるべきこと。であるならば、未所属の騎士―――自由な騎士とお呼びしようと民の間で歌が流行りまして。」

「……民の間で、うた。」

「それが騎士の間でも定着し、今に至ります。」

「ていちゃく。」

 

 

 華やぐ雰囲気にどうやら嫌がってないようだと案内役の騎士は己の顔に浮かんだ笑みを強めて肯定するように頷く。

 何処か呆けた様子で一部の言葉をオウム返しにする姿は廊下をすれ違う騎士たちの目にも幼く映ったのだろう。噂のモルドレッドは、どうやら年若き少年のようだった。

 実力は末席に加わるばかりと言えども、在籍する騎士たちの中でも群を抜いている。足運びが何よりもの証拠であった。加えて、案内役の警戒に気づき、すぐさま敵意無しだと主張するように武器から手を遠ざけたのだ。

 真っ先に気掛かりになった足運びのそれも完全に玄人のもので、幾人かはモルドレッドに教育してもらった方が良いのではと考えが浮かぶほどである。

 その他で言えば、なんといっても彼の華々しい実績の数多。ブリテン島で今の今まで竜を討ち取ったのは、アーサー王ただ御一人。そこにさし込んだモルドレッドの快挙は、停滞しつつあったブリタニアへまさしく新たな希望を招くもの。アーサー王以外も竜に勝てるという証明として歴史に名を残すであろう偉業であったのだ。

 それを、「討伐した亡骸が大きすぎたから民が不安になると思って」と理由で報告にあげて。それ以降の音沙汰なしともなれば、モルドレッドは実力に人格が振り回されるような人物ではないと言う裏付けでもある。

 ほどなくしてアグラヴェインにより招待状が送られて、かの英雄モルドレッドとともにキャメロットを守ることの出来る喜びに歓声が上がるほどだ。

 そんな噂のモルドレッドは、素朴な反応をみせる少年だ。顔を見せられぬと一点のみはやや不信感を残すものの、それをひっくり返せるだけの実績と実力が信頼を植え付けてみせた。

 たとえ王の御前であったとしても、兜を脱げぬと言うのであれば案内役の騎士から一言添えることもやぶさかではないと思うほどには一目で気に入ってしまったのだ。それはあくまでも、騎士に加えるという一点のみであるのだが。

 

 

「ガウェイン卿。」

「おや、ランスロット卿。」

 

 

 廊下の反対側から、柔らかな金髪がふわふわと揺れて近づくのが分かった。声を掛けると深い緑のマントをはためかせた彼は、ランスロット興と案内役の騎士の名を呼んだ。

 モルドレッドは、その名前に心の中で首を捻る。その名は、エミヤから出会ったら気を付けるようにと言われた人物の最たる名前であったからだ。

 

 

「そちらが噂の騎士モルドレッドですか?」

 

 

 噂の、と言われてモルドレッドは静かな眼を向ける。陽の光を浴びたような柔らかな髪を揺らす騎士は、兜越しの視線を受けてにこりと笑みをかたどって友好的な挨拶をしてくれた。

 

 

「初めまして、自由騎士モルドレッド。私は太陽の騎士、ガウェインです。あなたと並び立てること、楽しみにしています。」

「初めまして。モルドレッドです。名高き太陽の騎士にお会いできたこと光栄に思います。……理由(わけ)あって兜が外せぬ身ゆえ、どうかこちらについてはお許しを。」

 

 

 自由騎士モルドレッドの歌では、どんなときでも、何があっても、その兜は決して取り外されることはなかったことも含まれて情報が運び込まれたようだった。噂通りですね。興味津々に兜を見た後に、ガウェインはしかと頷く。

 

 

「……ええ、わかりました。王のもとへこれから謁見に?」

「ええ、招待状がありますからそちらへ案内を。」

 

 

 案内役の騎士は、おそらくランスロット・デュ・ラックなのだろう。

 今までにすれ違った騎士たちの中でも、彼の身のこなしだけは群を抜いて凄まじかった。相手にそれを気取らせぬ、けれども一瞬たりとも気を緩めぬ、武人としての在り様。見習うべきだろうと鍛錬の内容を心に浮かべながら、高揚する気持ちのまま足を進めた。

 両隣を騎士たちに固められながらだったが、そのどちらも友好的だった。飽きさせぬ話術での歓迎を受けながら鉄製の、ほかよりずっと立派な扉の前に到着する。私はこれで。ガウェイン卿は外の巡回に出る前だったようで、やや速足で立ち去った。

 

 

「新たな仲間を歓迎したかったのでしょう。」

 

 

 何処か可笑しそうに笑ったランスロット卿は、仲間の背中を見送ってから二度、三度とその場で剣を鳴らした。

 年若く、けれども厳格な声がした。「入れ。」と、ただ一言だけだったなのに、モルドレッドの鼓動は高まる。期待に波打つ脈を抑えながら、鉄製の扉は開かれた。

 赤い敷物が直線状に敷かれて、その先を視線で追う。城壁と同じ白亜の玉座に、そのお方は、威風堂々と腰かけられていた。嗚呼、と歓喜で心が震える。ばくばくと心臓が痛いくらいに脈を打ち、ランスロット卿に誘われるがまま進んだ。

 誰に言われるまでもなくモルドレッドはすかさず右膝をつく。

 武器を預ける姿勢をとった。流れるような動きに、王の近くからほうっと息をつく音がする。歓迎するような言葉を、王自らの言葉で浴びた。全身が喜びに溢れるようで、静かにただ騎士の末席に加えて頂ける時を待つ。

 騎士を迎えるための口上を歌うように口ずさまれ、差し出したままの武器がそっと宝物を受け取るかのように抜き取られる。あなたに祝福を。騎士としての誕生を祝われて、ようやくのことでモルドレッドは騎士の末席に加わったのだ。

 

 

「やったな、坊主。」

 

 

 新たな同胞を、ケイは歓迎した。ずっと待ちわびてきた仲間である。是が非でも逃すものかと退室した少年をとっ捕まえ、円卓の騎士になるための基準を教えた。最も基本となるのは、六つの規律だ。

 

 一つ。乱暴、非道、殺人行為はしないこと。

 キャメロット以前の旅路を含めて、モルドレッドは捕縛はしても命までは奪わなかった。不殺を極めた剣士である。キャメロットまでの旅路も、共にしたケイが感嘆の言葉を吐くほど威烈な嵐のような戦法とは裏腹に、一貫したそれだったから安心だ。

 

 二つ。国家や主君に反逆しないこと。

 アルトリウス・ペンドラゴン国王陛下と呼んだモルドレッドならば不安はない。むしろ安心して剣を預けられると豪語し、ケイはその背を応援するように叩く。

 

 三つ。決して残忍にならず、慈悲を求める者に慈悲を与えること。

 如何なる場面でもそれを適応してきたモルドレッドならば、キャメロットで活動するうちにその名が浸透するだろう。

 

 四つ。婦人、紳士、未亡人の援助者となること。

 五つ。決して婦人、紳士、未亡人に強要してはならない。

 六つ。恋愛や財産のために、不正な争いを行なってはならない。

 

 

「?……?? あた、り前、のこと…では……?」

 

 

 困惑した様子をケイに見せるモルドレッドの性格は、見たとおりである。扉を締めぬまま語って聞かせる姿を見せつけたケイは、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「そのまま育てよ。」

「え、はい。……はい? ええ、成長は、しますね…?」

 

 

 頭の辺りで手のひらを泳がせて、もっと、と上に伸ばした仕草に。ケイは思わず兜の上から頭をグッとおさえ、わしわしと撫でまわした。モルドレッドは困惑した。

 

 こうしてキャメロットを守護する騎士が一人、赤雷の騎士モルドレッドが誕生した。彼の為した偉業は、赤き雷竜の討伐。すなわち、アーサー王と同じく竜殺しの騎士である。

 ほかにも細々とした活躍は目覚ましかったが、最たる偉業はやはり竜。誰もがアーサー王に頼る以外の術を失くした現状を、モルドレッドは打破してみせたのだ。

 王の手が届かぬ竜の討伐には、騎士となるための旅路で彼が望んだようにモルドレッドが呼ばれるようになって行った。ケイが進言したこともあり、騎士に加わったばかりの身でありながら川の流れのように目覚ましい武功を立てていく。ワイバーンの討伐もままならぬ騎士たちにとっては、まさしく英雄の誕生だ。

 民たちの興奮、騎士たちの興奮も相まって、あんなにも化け物を恐れるばかりの夜空が燈る。さざ波のように広がって、城下町が賑わう。自由騎士モルドレッドが、白亜の騎士となっためでたき知らせは彼の武功によって瞬く間に広がったのだ。

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