叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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王の騎士となるまで

 赤雷の騎士モルドレッド。紅瞳の騎士モルドレッド。

 嗚呼、我らが竜を討ちし英雄。我らがアーサー王の憂いを払う剣の一人。

 おお、我らがいと聖なる故郷キャメロット。穢れなき白亜の城よ、永遠なれ。夜を恐れるな。銀の切っ先が赤く煌めき、絶望を討ち祓ってくれるだろう。

 

 

「なんだよ、その歌。」

「オマエの詩だよ。良かったなァ、モルドレッド?」

 

 

 からかうようなケイに食って掛かれば、まさかモルドレッドのことを称える詩だと言われて、びくりと肩を揺らした。そんなまさか、早すぎるのでは。囁くような声にそうでもねェとケイは真面目な表情でオマエの詩だと肯定する。武功を立てても遠慮ばかりするモルドレッドの、あの隠密具合を誤算しなければ、もっと早くに浸透するはずだったのだ。

 

 

「じゃ、俺から“推薦”しとくからな。頑張ってのしあがってこいよ。」

「……??? わかり、ました…?」

「ハハハッ! そのまんまで頑張りゃすぐだ、すぐ!」

 

 

 モルドレッドは親しくなったケイ卿と茶会を楽しみながらも与えられた任務のほかに、巡回を混ぜて日々を過ごした。

 白亜の騎士として恥じぬ武功の数々。悪しき竜を退け、骸骨兵を退け、魔猪を退け。たくさんの“異形の化け物”を退けるうちに、モルドレッドはあることに気づく。

 剣と魔法のファンタジー世界に転生したことを自覚したのだ。何なら、自分の名前が、叛逆の騎士と呼ばれる人物と同じ名前を持って生まれたことも初めて知った。実感したとでも言うのだろうか。不思議なことに、城の名前もキャメロットである。奇跡だ。

 確認のためにアーサー王伝説、と口を滑らせるだけで騎士たちは色めき立ち、憧れると口々に語り合うものだから、きっとアーサー王伝説が存在する異世界なのだろうと理解した。確認と、選んだ相手と内容が悪かった。

 しかし、やることは今までと何も変わらず。王様の役に立ちたいと言う気持ちも、騎士として誰かの役に立ちたいと言う気持ちも、母の誇りでありたいと言う気持ちも。すべて今の自分が、モルドレッドのものだったから、より一層、かの騎士のように強くなると誓った。

 カムランという地もあるようだからと、叛逆の騎士にならないように。アルトリウス・ペンドラゴンの憂いを絶てるような剣となるのだと、より一層、激しく己を撃ち込むように魔物たちの討伐も率先して行った。

 鍛錬に打ち込むうちに、その強さに恐怖した騎士たちから距離を置かれるようになった昨今、両手の指に食い込む実力の騎士たちから招集を受けた。

 共闘の任務だろうか。一体次はどの騎士と組ませてもらえるのだろう。久しぶりにケイ卿やベディヴィエール卿と共闘を、とも考えがよぎったけれど、あの二人はアーサー王の側近である。そう前線には立たぬ。

 モルドレッドは期待を半分に、救いを求める声に応じる責務を半分に、円卓のある会議室へと足を運んだ。

 何か手が付けられぬ魔物の団体でも発見したのだろうか。集団戦となるならば会議に参加する必要がある。今まではガウェイン卿やランスロット卿たちとの共闘はあれど、それ以外ではほとんどが単騎での討伐ばかりだったから、そのために呼ばれたのだとしたら栄誉なことだ。ケイ卿は前線から退き、執事としてアーサー王にお仕えする身と聞くし。

 討伐に関する情報は何一つと受け取れぬまま、情報未提供のまま招かれる会議室にやはり何か問題でもあったのだろうかと首をひねりモルドレッドは召喚に応じて。

 

 

「よくぞ来てくれたね、そちらへ座りなさい。」

 

 

 扉越しの声に、モルドレッドはびくりと身体を揺らして息を止めた。え、現実だろうか。驚愕のあまりに兜の奥の瞳を丸くして、思わずきょろきょろと見渡してしまう。円卓の席が、そこで腰かける人物たちは。召喚の内容はてっきり今まで通り討伐に関することだと。

 ガウェイン卿やランスロット卿たちとの共闘は、度々あったから顔を会わせるだろうと思ったけれど。でも、まさか。騎士王アーサーが加わっての会議は、はじめてのことだった。

 入り口近所の空席を示されて、恐る恐るモルドレッドは腰かけた。まぎれもなく円卓だった。ぐるりと机を囲んで、10人の騎士たちが並び座る。円卓だ。

 ギネヴィア妃を迎える際に、嫁入り道具として持ってきたのが円卓だったと聞く。騎士王はそれをえらく気に入り、騎士たちとの会議の場ではそれを必ず使用する。その座に腰かけることを許されるとは、心なしかそわそわした雰囲気にベディヴィエール卿が痛ましそうな表情をして、それはそれとして何処か微笑まし気に微笑んだ。

 ニヤつくケイ卿は一切気にならなかったが、子どものような姿を見せるモルドレッドのことは微笑ましくて仕方がなかったのだろう。若ェなァ。と言葉が聞こえてくるようだった。

 アーサー王と、その後ろに控えるケイ卿。さらに斜め後ろに控えるアグラヴェイン卿。13席ある中で、2席の空白は、ケイ卿とアグラヴェイン卿のものだろう。整列するかのように並び座るのは、憧れの騎士たちと同じ名を持つ騎士だ。

 

 

「数多の竜を討伐し、民草の平穏を守った勇敢なる騎士、モルドレッド。彼を我が円卓の末席に加えようと思う。此れに異論がある者は意見を述べよ。」

 

 

 王の言葉に、モルドレッドは呼吸が止まった。感動のあまり誰もが分かるほどの硬直っぷりを見せてから、あ、と喜びに溢れた声が零れる。遅れて理解が及んだのだろう。

 彼の反応にケイ卿とベディヴィエール卿は顔を見合わせて頷き、ガウェイン卿とガレス卿は満面の笑みを浮かべた。彼らはモルドレッドの奮闘を、その根源の理由を知る者たちだ。ケイ卿はアグラヴェイン卿と並んで推薦した身である故か、珍しく三白眼を細めてすらいる。

 頑張る理由を子どものような無垢な気持ちのまま伝えてくれたモルドレッドの、なんとも健気な日々がようやく報われる。こんなにも嬉しいことはない。

 だが、それを知らぬ騎士も居る。万を超える数の騎士を抱えるキャメロットで、加わったばかりの騎士の願いを知らぬは無理からぬこと。だからといって、仲間の忠義を疑ってかかるのは、やはり如何なものかと思うのだ。

 ランスロット卿が、神妙な顔持ちのまま挙手をする。どうぞ、と王の声がした。モルドレッドの纏う鎧を見やりながら言った。

 

 

「その身に纏う鎧も、あなたが振るう剣も、紛れもなく赤き雷竜のものでしょう。腕前は、疑うまでもありません。……ですが、その心は如何に?」

 

 

 竜殺しの騎士であるあなたの心は。その力は誰が為に。意図を理解出来ず、モルドレッドはゆるりと小首を傾げてランスロット卿を見た。

 今まで一緒に過ごしてきて何を見て来たのか。ガラハッド卿の、またですかと言わんばかりの呆れた表情から、どうやら日常的にあるようだった。ふむ。とモルドレッドは考える。忠誠心の在り処を、証明すればよいのだろう。

 

 

「では、失礼して。」

 

 

 モルドレッドは剣を鞘に納めたまま、かつてキャメロットを訪れた日のように再びアーサー王へと差し出した。

 当然のことながら直接手渡すことは出来なかったし、円卓の意味も歪めてしまいかねない行為だったから、褒められたことではない。だが、あえて先んじて深く詫びを入れながら剣を回してもらう。その行為は、モルドレッドが意図して行ったものだ。

 真正面からあなたたちのことは自身の仲間であり、傷つけることはない。と明確な意思を表明してみせた。武器を預けることは、武人として、騎士として、命を預けたも同意儀なのだ。

 何の躊躇いもなく剣を仲間へ手渡す姿には、対して言葉を交わしたことのない騎士たちも胸を打たれた。あまりにもあっさりとした様子で預けられるけれども、決して、その剣が軽いというわけではない。

 託された瞬間に分かる、射貫かれたその瞳のなんと澄んだこと。一切合切の混じりけのない、あなたを信じると言葉以外の表現で貫かれた重みは、騎士たちの心に深々と刺さった。

 それは、遠回しに間接的に剣を預けられた王も同じことで。剥き出しの純粋な心をアーサー王へと預けてくれた若き騎士の高潔さに胸が高鳴る。あまりにも潔すぎるが、純粋さゆえの行為と分かるからこそ、心が揺さぶられたのだ。

 

 

「モルドレッド卿、あなたが王に害為す者であれば……」

 

 

 一番の騎士ランスロット卿の、口を閉じろと言ってしまおうかと思うほどには。

 一体何を見てそのようなことが口に出来るのだろうか。ガラハッド卿より突き刺さる胡乱気な眼に同意するほどアーサー王はモルドレッドのことを気に掛けるようになったのだ。

 

 

「私は如何なるものであれ、斬り捨てなくてはなりません。」

「重々承知しております。王をお守りする砦として、むしろそうではなくては、私はランスロット卿に尊敬など抱かなかった。」

 

 

 あっさりとあらぬ疑いを掛けられながらも、モルドレッドはそれを許容した。

 あまつさえ、それを理由にランスロット卿を尊敬したと言った。それ以外は言外に尊敬するに至っていないも同意だったが、些事とばかりにモルドレッドは言葉を続ける。

 

 

「他の誰が疑わずとも、王のために仲間をも疑わなくてはならぬ騎士。我らの王が抱える円卓のはじまりである騎士ならば、円卓の席に終わりを告げるのもあなたではなくては。」

 

 

 ランスロット卿が最初に抱えられた騎士であるならば、後に迎え入れた仲間を斬り捨てるのも最初の騎士であれと言う。最初の騎士であるならば、その忠義は最も厚くならなくてはならないのだとも。はじまりから居るなら、何がアーサー王のためとなるかは勝手知ったるなんとやらであろうと宣った。

 そんな理屈で。けれども、純粋な気持ちを真正面からぶつけられたランスロット卿は、此処でようやく「あれっ」となって、息子であるガラハッド卿を見た。

 ようやくですか。ゴミを見るような眼差しだである。アッ、と己の失言を理解した。そもそも仲間の忠誠心を疑うなんてどうなのですか、オトウサン。だからあなたは永遠にオトウサンなんですよ。ガラハッド卿の言葉なき訴えは、今のランスロット卿の心に深々と刺さった。

 言葉を取り消すわけにもいかず狼狽える最中、モルドレッドはしかと頷きながら剣から王へと視線を向けて椅子から離れて、ゆっくりと頭を垂れる。

 

 

「どうか、今だけは此処を王の間と。」

「―――……許す。」

 

 

 私は、とモルドレッドは言葉を紡ぐ。

 傲慢と思われようとも、道化などと笑われようとも、浅はかだと誹られようとも、王の助けとなれる騎士となりたかった。まだ小さかった頃、王の凱旋を見たことこそがモルドレッドの夢の始まりである。ゆえに、アルトリウス・ペンドラゴン国王陛下を裏切らぬ、忠実な騎士であることを誓う。

 同時に、アルトリウス・ペンドラゴン国王陛下を愛する騎士となる。ざわつく騎士たちの声に触れぬまま、モルドレッドは持ちうる言葉を尽くした。

 人々に愛され、人々を愛するアルトリウス・ペンドラゴン国王陛下の尊さを肌身で感じて幼きモルドレッドは我が国の王の在り様に歓喜したのだ。

 もしも夢が叶うのであれば、モルドレッドはアルトリウス・ペンドラゴンという人の騎士になりたかった。それが叶わぬであれば、誰かを助けられるような人になりたかったのだ。

 だが、王の騎士となる夢は叶った。一つ叶った夢は、モルドレッドに更なる夢を与える。更なる高みを望んでしまったのだ。

 モルドレッドが強さを求める理由は、新たな目標の為であった。それは、それこそが、鍛錬に付き合ってもらったベディヴィエール卿とケイ卿へ語った熱い夢である。

 王の剣となり、その憂いを討ち祓う。王の盾となり、悪しきより御身を守る。王の柱となり、崩れ落ちんとする居を支え。王の橋となり、困難をともに渡る。あらゆるものになり、王の憂いを断つものとなることが、今のモルドレッドの目標なのだ。

 

 

「この身は、読み書きは出来るので多少は使えるやもしれません。ドラゴンを討った今、―――王の憂いを切り払う一線を、必要とあらば撃ちます。」

 

 

 国の外へ放り出されたとしても、と言外に訴えた。熱烈な愛情をぶちまけられたアーサー王の心は砕かれそうだったが、なんとか耐える。

 モルドレッドを囲む瞳が慌ただしかったものからゆるくぬるいものへと変化したことには気づかぬまま、モルドレッドは無邪気な子どものような夢を燃えるような紅蓮の瞳を覗かせてあつくあつく語った。

 12になった今年、と言った辺りで騎士たちは顔を見合わせた。若い若いとは思っていたが、まだまだ子どもである。それであの功績の数々をあげながら、こんなにも純粋で健気な夢をあつく語っているのか。いっそのこと微笑ましかった。

 あれは恥ずかしさと嬉しさで爆発しそうだと義弟の様子を見やりながらケイ卿が言った。夢を現実にと日々頑張るモルドレッドは、おそらく有言実行を目指すだろう。誰もが諦めて王のコマとなることを選びつつある現状、それはとても眩しく見える。だが、義兄としての意識を強く持つケイ卿としては激しく好ましかった。

 

 

「若ェなァ。」

「ええ、とても眩しい。」

 

 

 子持ちのベディヴィエール卿は何処か嬉しそうな王の様子を感じ取り、にこやかに同意した。なにはともあれ、王として奮励する彼のお方の心を喜ばせる騎士は大歓迎なのである。

 

 

「王よ。」

 

 

 絞り出されるような吐息まじりの、焦がれるような声がする。小さな頃はあまり身体が丈夫ではなかったと言った彼は、夢に向かってただひたむきに頑張ってきた少年であった。やや乱れた息は、熱く語ったせいだろう。言い切った、とすっきりした雰囲気の兜の向こう側には、燃えるような紅蓮があった。

 

 

「どうぞ、私を存分に振るってください。アルトリウス王よ。私は、あなただけの、あなたの騎士となりたくて、すべてを捧げに参ったのです。」

「……っ!」

 

 

 それはまるで、愛する子どもが大きくなったらパパと結婚する!と宣言したときのような衝撃だったとベディヴィエール卿は語った。

 胸を押さえながら崩れ落ちそうになったアーサー王を、ケイ卿はぬるい笑みで支える。悟りを得たような表情で、ベディヴィエール卿がお返事をと短くせっつく。自分のために笑わぬ王は、自分のために尽くそうとする騎士の現われに感情を激しく揺さぶられたのだ。常日頃からアルトリウス・ペンドラゴンを支える身の二人にとって、此れはとても喜ばしいことであった。

 おやまあ、と口元を片手で隠しながら目を見開くのはトリスタン卿だった。今の言葉でよい詩が浮かびました。嗚呼、今すぐにでも琴を奏でて、ぜひとも熱烈なモルドレッドの忠義を詩にしたためさせていただきたい。

 長男のガウェイン卿は急激に下兄弟たちのカワイイ場面が脳裏をよぎり、末っ子であるガレス卿は“弟”の気配を感じた。あれは愛でるべし。異議無し。

 ガラハッド卿は新たな仲間の気配をしかと感じ取り、微笑みながら彼の側に立ち、手を差し伸べて立ち上がらせた。堪えきれなくなったのだろう。アーサー王の方を見やれば、珍しく頬を赤らめて瞳を細めながら笑みを浮かべている。嗚呼、良かった。ようやく王の御心を喜びに揺るがせる存在が出来たのだ。

 

 そうして、12席だった円卓に、新たな座席が加わった。赤雷の騎士モルドレッド。それが、新たなる円卓の騎士。アルトリウス・ペンドラゴン国王陛下に忠誠を誓った騎士、モルドレッドである。

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