叛逆の騎士≠   作:夜鷹ケイ

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円卓の騎士モルドレッド

 今だから言えることだが、当時はあっさりと決まった決断に、モルドレッドは拍子抜けしたのだと語った。普通は御前試合で忠義を確かめるのでは、と疑問には友人となったベディヴィエールが微笑みながら答える。

 

 

「目を見れば分かります。紅瞳の騎士、あなたの瞳は真摯に王への忠誠を語ったのですから」

「兜に覆われて見えませんよ。所用によって顔をお見せすることは出来ませんが…」

「ええ、存じておりますよ。ですが、だからこそ、目で分かるのです。私はあの日からあなたを歓迎しておりますよ。モルドレッド卿。」

 

 

 あれから数日が過ぎた今、モルドレッドは宣誓を誠とすべく東西南北を駆け回り、王の手足となった。どんな困難ですら剣を手に開拓する騎士は、トリスタン卿の手によって詩となり、島のあらゆるところで耳に聞こえる活躍ぶりである。

 兜の下のその正体は謎に包まれながら、数々の竜を討ち取った猛者。語り始めるとアーサー王のみならず、円卓の騎士たちの信頼を掴み取るまで秒速の男モルドレッド。

 だが、兜の下の顔は、敬愛する王アルトリウスと異父姉モルガンの面立ちを濃くうつしとったそれである。一夜限りの契りで誕生した望まれぬ子、不義の子。その正体を知る者は、モルガンから言葉を聞かされた王妃ギネヴィアとモルガンのみ。

 

 円卓の騎士として迎えられてから数日。階級が変わってから、けれども、為すべきことは変わらぬそんなある日のこと。モルドレッドの兜の下を、まさかの人物に暴かれた。

 城内で「モルガン様よりお伺いいたしました。」とたおやかな笑みを浮かべた王妃ギネヴィアから声を掛けられた。夜伽もしかと行われて、世継ぎに恵まれても可笑しくはない月日が過ぎているのだと言う。背筋が凍りつくようだったが、どうにも子に恵まれぬ彼女はモルドレッドのことを我が子のように可愛がりたいだけのようだったから、不安定になりがちな精神を支えるためにもモルドレッドはそれを受け入れた。

 そうして王妃の覚えもめでたく、彼女の子どものように愛でられることに困惑しながら、日々を過ごすうちに気づく。それは、王妃があまりにも平凡すぎることであった。

 白き妖精の如き美しさでたおやかに微笑む少女だが、一介の姫に“アーサー王”の妻は荷が重いのではないだろうか。何の見返りも求めず、愛を注ぐことの難しさはなんとなくわかる。だからこそ、重責に耐えかねて“不義の子”なぞに癒しを求めてしまう王妃の脆さを危惧したのだ。

 

 そんな不安をケイ卿やアグラヴェイン卿へ相談しながらでもモルドレッドの活躍は続き、とうとう円卓の騎士モルドレッドの名が馴染み始めた頃に、騎士の間で不和が生じた。

 

 謎に包まれたモルドレッドの「出自が気になる」と言った騎士たちから質問を受けても、ふらりと交わしてきたことが原因だろうか。兜を外さぬことが答えよ。と言ってからは触れられることもなくなったが。それでも、最年少とも言えるモルドレッドの存在が気に喰わぬ騎士たちは、不特定多数存在してしまうものだ。

 唯一彼が厭う話題をわざわざ突き、とは言え、騎士とは本来、潔白であり高潔であるべき存在ゆえ、とんでもないカウンターを挟まれて返り討ちにあっては身悶えるハメとなるのだが。

 

 

「先週は村で一人の娘が身籠ったと聞く、めでたき話よ。…このような日に、私のことで曇らせるようなことがあってはならぬと思わないか。」

 

 

 安息日に穏やかな民の生活を語り合うベディヴィエール卿との間に割って入った野次に、モルドレッドは変則的な剛速球を打ち返したのだ。

 モルドレッドのなんとも感じていない様子が二重の意味で突き刺さる。奢る。奢るから、今度奢るから。やり返した自覚がまるでなかった。否、本人としてはやり返したつもりなどまったくないのだから当然だ。

 何やら励まされてしまった。小首を傾げるモルドレッドに、ベディヴィエール卿は目頭を軽く押さえてから騎士たちの声を覚えた。出自の謎はとても繊細な問題である。ガラハッド卿の出自が良い例だろう。

 そんなこともあれど、モルドレッドはどの騎士よりも全戦に立ち、多くの敵を屠る。人間以外の魔物も、竜も。ブリテンへやってきた悪しき異民族はひとたび赤き雷が迸るとその身は跡形もなく焦げつき、迫りくる異形の数々を焔に焦がし大地へ返還させて、水が足りなくなれば雷雨を呼び、王と人々のためにその力を揮ってきた。

 モルドレッドが徐々に名声を上げるたび面白く思わない騎士も存在し、彼を陥れようとしたが―――そこはケイ卿へ相談。対処法を強く学んだ。

 モルドレッドは、赤き雷竜を屠った実力者である。彼らの犯行を意図せず阻止することで、王への負担を減らして自身へ抱く不満の数々をも相殺できるまでに成長した。ケイ卿は自慢げに、俺が育てた、と言った。モルガンは遠くでくしゃみをした。

 ベディヴィエール卿やガラハッド卿などの同じ円卓に座する騎士たちとの交流も結び、彼らを友と呼び合う仲となった。王が星をお読みになったとベディヴィエール卿から話を聞いて、では自分たちも星を読もうとひそひそと小さな約束を結んだ。

 約束の日は近く。花の魔術師から、一冊の占星術に関する本をお借りした日。問題を一つ解決したモルドレッドに、悲劇が流れ込んだ。

 

 

「モルドレッド卿! ――――今し方ベディヴィエール卿が、…腕が…ッ!」

 

 

 友人となった白き花のような誇り高き騎士。ベディヴィエール卿が血濡れで運ばれて来たという知らせを受け、モルドレッドは珍しく動揺を見せた。

 自室に本を置き、すぐさま身を清めて友が運び込まれたという部屋へ駆ける。それなりに扱える魔術が役立つかもしれない、と理由を盾に入室の許しを得て、医者と魔術師ばかりの部屋へ体を滑り込ませた。

 モルドレッドの“それなり”は、宮廷魔術師たちの中間を行ったり来たりするほどの実力であったので、猫の手も借りたい現状その申し出はとても助かるものだった。

 片腕を負傷したと、報告には負傷だけだったが。此れは負傷なんてものではなかった。肘から先が、あるべきはずのものがなかったのだ。

 白いはずのマントも身を包む白銀の鎧も、すっかり赤く染まってしまっている。此れは返り血とベディヴィエール卿自身の血だろう。どくどくと溢れる血が彼の生命力を奪うものだ。魔術を展開し、止血を行った。

 

 忠節の騎士と名高き彼が此処まで追い込まれるとは、一体どのような敵と相対したのか。

 左手で槍を操り、足と体重の動きで馬を駆る彼の実力は、モルドレッドも手合わせを通してよく知るところである。アーサー王のそばに控えがちの彼もまた、円卓の一人なのだから一騎当千の猛者なのだ。

 己のマントを引きちぎって腕の根元を縛る。その上から治癒の魔術を施しながら、モルドレッドは魔力から情報を読み取った。

 異形の化け物の姿が見える。蛇のような、女のような。一体だけではなく、複数の影だ。自らの腕を犠牲にしながらでも、ベディヴィエール卿はしかと討伐した。しかしながら、討ち漏らしてしまったようだ。

 呻きながら援軍をとささやく声に、意思を強く宿す。モルドレッドは自分が出陣すると一言だけ。険しかった表情が、ほんのすこしだけやわらぐ。

 今から出る。部屋の魔術師たちに告げた。一時的な応急手当てにしかならなかったが、最高位の魔術師が来るまでは持ちこたえられるだろう。

 

 

「彼の腕はどこに?」

「それが、……盗賊団のアジトに置き去りのまま。ゴブリンの群れが襲ってきて、槍で討伐してくださったのですが、盗賊団が…!」

「……承知した。マントに治癒の術を施した。私は此れよりベディヴィエール卿の後任を請け負う。盗賊団を討伐しよう。魔物と徒党を組むような団体だ、生け捕りは不可能だろう。」

「は、お伝えします! ご武運を。」

 

 

 ゴブリンの団体も相手にしたのか。ベッドに横たわる男を見た。

 なんだか無性にあの穏やかな声が聴きたい。翡翠の瞳がゆるく細くなる瞬間が、モルドレッドは好きだった。勝手に、兄のように思っていたから。

 伝令の騎士が立ち去ったあと、そっと顔色のなくした頬に手を伸ばした。甲冑を外した手で、二、三、撫でてから、もう片方の手で兜をほんのすこしだけ持ち上げる。小さな頃に母がよくしてくれたおまじないを、敬愛する友に。よく効くおまじないだと言っていたから、子どもがするような雰囲気のまま額に祈りを落として。モルドレッドは静かにその場を立ち去った。

 部屋を出てすぐトリスタン卿と顔を合わせた。

 親友であるベディヴィエール卿が運び込まれたとあっては穏やかな気持ちで安息日を過ごすことなど出来なかったのだろう。武装した彼を連れ立って目的地を短く告げると愛弓フェイルノートを担ぎ、自分も出ると言った。

 

 

「ところでモルドレッド卿、先ほどのあれは?」

「……先ほどのあれ?」

「ベディヴィエール卿の額に……」

「ああ、あれは私の母上が幼少の頃、寝込んだ私によくしてくれたのだ。早く治るおまじないだと言って次の日にはすこしばかり体調が良くなってたから…。きっと効果があると真似てみた。魔術師の母が編み出した術だ。」

 

 

 トリスタン卿は同胞の純粋な育ちを垣間見た。

 モルドレッドは己を不義の子と言うけれど、母親からはよほど大切に育てられてきたのだろう育ちがよく見える。おそらく父親は、やんごとなき身分のお方なのだろう。そうでもなければ、我が子を地獄へ叩き落すようなことを母親は口にすることはなかったはずだ。

 一夜限りで出来た仔なのだと言われなければ、きっとモルドレッドの心に小さな影を落とすこともなかったはず。ああ、やるせない。私はなんと無力なのだろう。悲しい。母親からの愛情を疑わぬ子であるのに、自分の存在を望まれたものではなかったのだと、確固たる意志を貫く友の在り方がただ悲しかった。

 

 

「そ、…そう、ですか。素敵な、おまじないですね。」

 

 それはそれとして、トリスタン卿はかろうじて言葉を絞り出した。祝福を贈る相手は選んだ方が、とやわく窘めようとするとまっすぐと紅色の瞳で射貫かれる。

 

 

「? あなたたちにしかしない。」

 

 

 とんだ殺し文句だ。はぐ、と息を止めたトリスタン卿は、しばらくその場から動けなくなる。そんな私には愛するイゾルデが居るのです。真正面から受けたらこんなのもう無条件で乙女にされてしまう威力である。無垢なる破壊光線をトリスタン卿は真正面から受けてしまった。

 急に足を止めたトリスタン卿を訝しんだモルドレッドだったが、友人が心配だから残ることにしたのだろうと納得して馬小屋に足を運んだ。あらゆる意味で容赦ない。

 準備するまでもなく、出自を隠すモルドレッドは常日頃から鎧を装備する男である。母が作ってくれた愛剣の赤き雷竜の剣(スプライト・ドラグーン)も同じ理由で肌身離さず持ち歩き、何時でも出陣可能な状態で休日を謳歌するような男でもあった。それ故に、仲間の窮地にはノンストップで迅速に出陣できてしまう。

 ヤァッ、と声をあげて愛馬を駆った。

 姿勢をやや低くして風の抵抗を薄くしたモルドレッドは、どちらかと言えば、飛ぶ方が得意な愛馬に身を委ねる。もっと速く。敬愛する我が友の敵討ち。ちょっとの私情を挟んだ襲撃開始であった。

 

 目的の場所が、キャメロットからさほど遠くない場所で良かったと思う。よく運んでくれたと愛馬の背を撫ぜた。

 

 ガウェイン卿の背中が見えたところでモルドレッドは鞘から剣を引き抜き、声を上げる。ただひとりの参戦であるが、モルドレッドの参戦を理解した騎士たちの闘志は、そこかしこで咆哮となって湧きあがった。

 

 

「此れは、私が討った赤き竜の叫び―――咆哮せよ、赤雷の竜よ(ブラッド・オブ・ドラグーン)!」

 

 

 剣に魔力を回す。馬から飛び降りて同胞たちを背に庇ったモルドレッドは、赤く弾ける稲妻で辺りを焦がした。それが、さらに激しく弾ける。ガウェイン卿たちを襲った異形の塊を、分厚い赤の雷が吞み込んだ。

 敵討ちのつもりだったのに、ガウェイン卿が襲われているところを見て思わず剣の力を解放してしまった。感情の制御が出来ぬのは未熟の証。鍛え直さなくては。

 大地を焦がすほどの一閃が放たれて、異形の数々は姿形を失う。しかし、未だ気配が消えることがなかった。正体を掴むためにも接近して原因を探ろうと姿勢を変える。モルドレッドは剣を担ぐと異形の正体を探るべく肉弾戦へ挑むことを選んだのだ。

 

 

「肉弾戦も得意だ!」

 

 

 皮膚が溶けて腐った肉と骨が見え隠れする恐ろしげな化け物の牙を剣で受け止め、風を切るほどの拳を踵で蹴り飛ばし、赤く光る怪しげな瞳を燃えるような紅蓮の瞳が射貫く。

 迫りくる頭らしき部位を、兜で覆った額で打ち返した。日頃から騎士たらんとするモルドレッドからはかけ離れた荒々しく、珍しくも野蛮とも見える戦闘が繰り広げられる。くそ、と悪態をつく言葉すら珍しかった。目にしたものは信じがたい光景を色鮮やかに心に刻み込んだ。

 

 

「キシャァァァアッ!!!」

「ぐぅっ……!」

「モルドレッド卿! 加勢いたします!」

 

 

 蛇の下半身を持った女性が、とうとうモルドレッドの鎧を食い破った。金属音を立て、ぼろぼろと崩れ落ちた鎧から見えたのは以外にも白亜の城のように白き肌。

 薄く浮かんだ血管が健康と言うには少し遠く、やや病的に見えるソレに目ざとく気づいたのは弓を嗜み同じ戦場に立つトリスタン卿である。死ぬ前の騎士をみて、あれはならん、とケイ卿がつぶやいたときと同じような色。ベディヴィエール卿の可憐な乙女のような肌とは違って、本当に病的なまでに白く儚き印象を抱かせる色だ。

 遅れを取り返すべく弓に矢をつがえ、モルドレッドへと迫りくる蛇の化け物の目を貫く。痛みでのたうち回る蛇の尾が、モルドレッドの腹を強打した。後ろへ吹き飛んだ。

 まるで、猛禽類のような黄金の瞳が獲物(・・)を見た。彼の努力を、見た。

 悲しみに揺れる激情のままフェイルノートに手をかけて、ぽろんと馴染みの音を響かせる。

 

 

「よくも我ら円卓の騎士、末席の同胞(モルドレッド)を吹き飛ばしてくれましたね。」

 

 

 悲しみのままに弓を弾く。

 獲物(・・)の身体はバラバラに散って動かなくなった。

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