綾小路以外記憶ありの場合   作:味噌汁豆腐

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アンケートの様子を見ると長めにしてほしいということだったのでちょっと長めに書いときました。


秘めたる想い

ふと、足を止める。オレ、綾小路清隆は佐倉と別れた後、コンビニの前に立った。特に用があったわけではない。生活用品は先程買ってしまったし、今日のデザートも既に予約済みだ。本当に楽しみでしょうがない。ゴホン。話が逸れたが、詰まるところ、オレは感動故に足を止めたのだ。オレは生まれてこの方、コンビニに行ったことはおろか、こんなにもまじまじと見たことすらもなかった。あるのはVRによる生活体験映像のみ。

 

「寄ってみるか」

 

今、オレは束縛を知らない。ただ、自由な。そう、自由になりたくて籠を飛び出した鳥なのだ。自分でやりたいことを見つけ、そしていつか──ー。

 

「おい、あやのこーじ!こんなところにつっ立ってどうしたんだ?」

 

首から肩にかけて重さを感じると共に耳元から配慮のない音量が発せられた。耳が痛い。横に目を向けるとそこには赤髪の不良のような容姿。これまた、佐倉と同じクラスメイトだった。名前はまだ知らない。

 

「ん?どうかしたのかよ?」

 

「いや、名乗ったこともないオレの名前を知っていることに驚いていただけだ。なんで知ってるんだ?」

 

「あ、あー」

 

少し呼吸が浅くなり、視線が特定の方向へ泳ぐ。言い訳を考えている典型的な挙動だな。ポイントでクラスの名簿でも買ったのだろうか?そこまでするなら自己紹介に参加していれば良かったんじゃないか?と思ってしまう。まぁ、そこは本人にしか理解できない領域なので決して口に出すことはないが。

 

「いや、な?これから言うこと絶対に他のやつに言うんじゃねぇぞ?」

 

「あ、ああ?」

 

突然のことに目を丸くすると同時に、そこまで隠したいことなのか?と曖昧な返事が漏れる。赤髪の不良は本当にわかってんのか?と不満そうにしていたが、やがて口を開いた。

 

「俺は須藤健って言うんだがな?実は俺、座席表で名前覚えたんだよ」

 

「そうなのか」

 

全くもって拍子抜けの内容だった。しかし、意外でもあった。須藤にそこまでの記憶力があるとは思えなかったからだ。かといって疑っているわけでもない。できるかできないかはさして重要ではないし、事実、須藤はオレの名前を憶えていた。覚えたのは本当なのだろう。やはり国家直営の進学校。外見によらず学力はあるということか。

 

「でも、そこまで隠すべきことなのか?むしろ自慢できそうなんだが」

 

「俺は変に期待されたくねぇんだよ。それを話したら俺が勉強できる奴みたいに思われるだろ?それに応えるなんて辛いことしたくねぇんだ」

 

「なるほどな」

 

そう語った須藤の目に偽りはなかった。須藤自身、そう思うだけの体験をしてきたのだろう。

 

「ま、そういうわけなんだ。絶対に誰にも言うなよ!」

 

「分かった。といっても言う相手なんてまだいないがな」

 

「そうか。なら俺は友達一号って訳だ!よろしくな!」

 

「ああ、よろしく」

 

出会いとは不思議なものだ。思わぬところで新たな出会いが見つかる。少なくとも今日はそういう日だ。なんせ友達が出来たことがないオレに二人も親しい人ができたのだから。

 

「お、ありゃ鈴音じゃねぇか?」

 

「鈴音?」

 

「そりゃお前、堀北鈴音だよ。お前の隣の席だろ」

 

そういえばそうだったな。そんなやつもいた気がする。実際、ただの隣人だしあまり関わりはないはずだ。うん、そうだ。そろそろ時間だし帰ろう。そうしよう。

 

「おーい!鈴音!買い物か!」

 

おいコラ須藤。表出ろ。

 

「...」

 

ほら堀北だってめちゃくちゃ不機嫌な様子だ。触らぬ神に祟りなしという言葉を知らないのか?被害者代表兼目撃者のオレは知っている。あいつは容赦なく人をコンパスで刺す人間だ。到底、関われるような人間ではない。

 

「綾小路君。今、とても失礼なことを考えていなかったかしら」

 

後ろからそんな声がした。しかも心のうちまで読まれている。どうやらオレが頭の中であれこれ言っているうちに須藤に引っ張られ、堀北へと吸い寄せられていたようだ。

 

「い、いや?そんなことないぞ」

 

「声が上擦っているわよ?」

 

「そんなことはないから即座にその凶器を仕舞ってくれないか」

 

「嫌よ。変質者2人相手に防衛手段を持たないなんて酷なことを乙女にさせるつもりかしら」

 

「おい!綾小路はともかく俺もかよ」

 

おい須藤、表出ろ。(2回目)

 

「当たり前でしょう?初対面なのに下の名前で呼んでくる男なのだからね」

 

「でもよ、変質者はひどくねーか?」

 

須藤がそう訴えるも堀北は崩す気配を見せない。須藤はともかく、どう見てもオレは人畜無害な事なかれ主義だ。見ろ堀北。この何の害もなさそうな顔を。

 

「劣情にまみれた顔をこちらに向けないでもらえるかしら?非常に不愉快なのだけれど」

 

駄目だったよ。(敗北)ついに堀北はスッと顔を背けた。ここまで酷い扱いをされる謂れはないはずなのだが?

 

「おい、綾小路。お前鈴音に何したんだよ。ここまで酷い対応初めて見たぞ」

 

「何もしていない、と言いたいところだが幾つか思い当たる節がなくもない」

 

少し軽いジョークで場を取り持とうとしただけだ。

 

「ぜってーそれだろ」

 

「いや、コンパスを刺されるぐらいにはウケたぞ」

 

「間違いない、絶対にそれだ。綾小路、お前どんなこと言ったんだよ?」

 

どうやら駄目だったらしい。どんなの、と言われてもな...。ふと、横を見るとカップ麺の容器にデカデカと”Gカップ”と書いてあった。これだ。

 

「なぁ堀北。すごいサイズだよな。Gカップって(意味深)」

 

ギガカップという意味らしいが、見ているだけでも腹一杯になりそうだ。余談だが、堀北は貧乳ではないが巨乳でもない。絶妙な境界線に居る。

 

「...」

 

冷たい目線と共に鋭いキックが目の前を掠める。オレは当然として須藤までもが真っ青になっていた。

 

「馬鹿だろお前...誰が実演しろって言った?」

 

生気の抜けた声が須藤の口から抜けていく。この先、どんな仕打ちが待ち受けているのか察知したんだろう。そしてきっと、その推測は正しい。覚悟を決めよう。

 

「ああ、この手のギャクは大失敗だったみたいだ」

 

「もっと早く気づけよぉぉぉ!」

 

堀北が動き始めると同時に須藤の悲痛な声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、綾小路君。制裁も済んだことだし、消えてもらえるかしら?」

 

「…仰せのままに」

 

堀北の冷え冷えする声を受け、オレは拒否する権利がないことを悟る。仕方ない。これ以上は状況が悪化するだけだ。それに十分収穫もあったしな。

 

まだ、息を吹き返していない須藤を横目にそそくさと退散した。須藤、骨は拾ってやるからな。

 

「…はぁ。本当に頭が痛いわ...」

 

遠のいていくオレの背が見えなくなると堀北鈴音は一つ大きなため息を吐いた。そして倒れた須藤に視線を向けることなく口を開いた。

 

「そろそろその演技はやめてもらえるかしら?せっかく手加減してじゃれ合いの域にとどめたの。あなたがそのまま動かなければ、学校側に過剰な暴力と判断されかねないわ」

 

「...へいへい。分かっったよ。これでいいのか?」

 

堀北の発言後、即座に須藤はふらつくこともなく、立ち上がった。

 

「どういうつもりかしら?しばらくは綾小路君への接触は禁止したはずなのだけれど?」

 

「悪い。少し感極まっちまった。おまけに口も滑った」

 

バツが悪そうに目を伏せる須藤。須藤は堀北の指示がどのような意図であるかを理解している。だからこそその行動が悪手であることは須藤自身が痛いほどに理解していた。

 

「それで私に助けを求めたわけね?」

 

「ああ。反省してる」

 

「...なら良いわ。あなたの行動は最悪だけれど対処は適切だった」

 

堀北は揺るぎない。感情に任せて叱ることも、必要以上に甘やかすこともしない。欲しいときに欲しいだけの、正当性のある飴と鞭。これが堀北の強みであり、信頼へ払う対価でもある。

 

「そうかよ。...俺も少しは成長したと思ったんだがな。まだまだだ」

 

遠い目をする須藤に堀北は頬を緩めた。

 

「それは私への嫌味かしら?私、3年最後の期末テストであなたに負けているのだけれど」

 

「けっ、良く言うぜ。あんとき手加減してた癖によ」

 

「あら?それでもあなた、私との闘いに勝って大喜びしていたじゃない」

 

クソが。と苦々しく笑う須藤。そんな須藤を見て堀北は思う。

 

(まだまだ、とはよく言ったものね。須藤君。あなた3年前とは比べるまでもなく大違いよ)

 

口には出さない。それが本人にとって必要のないことだと理解しているから。そしてそれは保身ではなく未来への投資のためだ。須藤はまだ、成長する余地がある、と堀北は感じているから。

 

「ところで、鈴音。あれでいいのかよ。綾小路が悪いとはいえ、きつく当たりすぎなんじゃねーか?」

 

「っ。...仕方ないでしょう。あなたが墓穴を掘ってしまったんだもの。ああしなければ綾小路君を引き離せなかった」

 

早口で捲し立てる堀北に須藤はニヤッとあくどい顔を浮かべた。

 

「嘘だな。鈴音、お前らしくもなく取り乱したな?」

 

「くっ...。しょうがないでしょう。それはあなたが一番よく知っているはず」

 

「そりゃあ、何度も相談に付き合わされたからな。普通、振った相手にそんなこと出来ねーって。どんな価値観してんだよ」

 

「...うるさい。黙りなさい」

 

ジト目で須藤を睨みつける堀北の頬は朱色が滲む。須藤に動じる気配はない。

 

「へいへい。...でも本当に良かったのか?あれで」

 

「...」

 

弛緩していた空気を仕切り直すように須藤が問い直す。堀北もその言葉の意味をよく理解している。

 

「...そうね。良くはないかもしれないわ。内心、この状況を喜んでいる自分がいる。基本的に過去は変えられないものなのだからね。でも、この状況に順応してしまっている私がいるのもまた、事実。私情を挟むべきではない、そう判断したわ」

 

リーダーの素質。堀北が持っているのは才能ではない。努力や経験で磨いた後天的なものだ。そんな堀北は状況を把握したと同時に行動を開始した。それは堀北自身の素質がそう判断したということに他ならない。そうなればそこからはリーダーとしての責任が発生する。私情は挟むことは許されないのだ。

 

「だから私はまた、Aクラスを目指すわ。それが私の出した結論よ」

 

須藤は静かに目を閉じる。須藤は湧き出る言葉を飲み込んだ。それが目の前の人物には意味のないものであることを知っているから。過程を知るの者として、そして結果を知る者として。堀北が下した結論がそうであるなら須藤に口をはさむ権利はない。

 

「...分かった。それでいい」

 

「ありがとう。助かるわ」

 

「それでなんだが、次の指示をくれ。尻尾を見せなければ山内はしばらく行動を起こさないだろうし、これ以上悪びれるのも疲れた」

 

「そうね。私もそろそろだと思っていたわ」

 

朝、須藤に命じたのは監視と現状維持の二つだった。しかし、そこには山内の調査の名目も混じっていた。言葉に出したわけではない。須藤がそれをしてくれると堀北は知っていただけだ。

 

「今日、私はあの場所に行ってくるわ」

 

「あの場所って...あいつと会うつもりかよ?」

 

「ええ、そうよ」

 

「あいつも、俺たちと同じなのか?」

 

「それを確認するために行くのよ。あそこにいるということはそういうことでしょう?」

 

「俺は好きじゃねぇんだがな」

 

「そんなこと言わないの。私の良きライバルであり、数少ない親しい友人の一人なのだから」

 

そいう言うと堀北はコンビニへと足を向ける。話は終わりということだ。

 

「俺は行かなくていいんだな?」

 

「ええ、私一人でいいわ。須藤君、次の指示よ。今日はもう帰りなさい。変に行動すると他クラスに私たちの存在がばれかねないわ」

 

「...なるほどな。分かった。じゃあな」

 

「ええ、また」

 

そうして二人は反対側へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関の扉を閉める。オレは何も置かれていないリビングの小綺麗なフローリングに腰を下ろした。静かな部屋の中で物音を立てることもなく、ただぼーっとしてみる。そして目を閉じながら今日を思い返す。

 

初めての日常。初めての経験。今日はそんな初めてが溢れていた。外の世界を見て見たいんだ、そう言った知り合いを思い出す。あの時、オレはそれに興味を示すことはなかった。あそこで得るものの方が有用、そう考えたんだ。実際、それを否定することはできない。だが、今は違う。今の今まであそこで学んできたオレにとっては、こちらの方が学べることの方が多い。

 

だからこそ、オレはここに来た。外界からの圧力を気にすることのない切り離された環境。それが存在するここへ。かといって安心できると言えるわけではない。今日1日を過ごしてきて感じた違和感。Sシステムに監視カメラ、コンビニにあった無料の商品。オレの勘が正しければ、この学校は相当な──ー。

 

「関係ない、か」

 

そんなことはオレにとってさほど重要じゃない。たとえこの学校が異常だろうとそんなのは関係ないんだ。ただ、オレが脅かされることがあるのならそれを上からねじ伏せればいい。それでこそ実力至上主義だ。

 

そう思ったところに冷たい無機質な音が耳を貫く。ゆっくりと目を開く。顔を動かすことはなく、目だけを横に向ける。心は割と活発なのだが、どうも表情はコンクリートのように固い。

 

「...」

 

違和感。

 

このまま、待たせるのは良くないだろう。もし、部屋にトラブルが起きていてその対処を任された業者の場合もある。立ち上がり、ゆっくりと玄関へ歩いていく。

 

違和感。

 

フローリングの冷たい感触が靴下越しにじんわりと伝わってくる。春だというのに未だに陰になるところはひんやり肌寒い。これはあの場所では分からないし、VRでも教えてはもらえないだろう、そうは思わないか?

 

オレを取り巻く人物たちの対応。所作、視線。

 

扉の前に立つ。ドアノブに手を掛ける。

 

既にこの学校に紛れているとしたら?

 

頭をよぎる、たられば。あの男はそんな芸当が出来る男ではない。もっと計画的に、強欲に。それがあいつの信条だ。こんな突発的で短絡的な仕掛けをするわけがない。それは推測ではない。確信だ。たとえ人生が巡っていると仮定して、あいつが何週目だったとしてもそれは変わらないはずだ。その前の行動が正解ならそのまま、失敗ならば対策を施して。それの繰り返しなのだ。

 

鍵を開ける。不意打ちはない。だとするならばオレが負けることなどありえない。

 

オレは勝つことが全てなんだ。事なかれも実力もオレには手段でしかない。最後にオレが立ってさえいればいい。

 

扉を開けた。しかし、そこには何もなかった。紙が落ちているのかと、近くの床を見てみるがそれらしきものは見当たらない。つまり、これは...。

 

「...ピンポンダッシュかよ」

 

あまりにも拍子抜けする出来事だ。きっと友達の部屋を訪ねたつもりが階を間違えたなどで気まずさゆえに逃げたということなのだろう。なんと迷惑なことか。

 

「はぁ...」

 

これもいい経験か、と自分を言い聞かせ部屋に戻ることにする。そうだ。普通の高校生はそんな警戒などしない。なぜなら体験していないから。きっとそれらはすべてオレの考えすぎで、思い違いだ。

 

今日はすることも多い。ありもしないたらればに付き合っていられるほど暇ではないんだ。

 

こうしてオレの初日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな部屋に入った綾小路とは別で。近くの階段では。

 

「~!」

 

「落ち着け。悪いようにはしねぇから静かにしてくれ。綾小路にばれるだろ」

 

「っ...」

 

綾小路の部屋にインターホンの音が鳴ったのはなにかの間違いでも、偶然でもない。扉を開けるほんの少し前までそこには人が立っていた。そして、それを連れ去る様強引に連れてきて階段に隠れていた。

 

「もういいか…ほらよ」

 

「っ!ぷはぁ!何すんのよ!」

 

「見ての通りだ。お前が綾小路と接触しようとしたから止めた。それだけだ」

 

「はぁ!?なんであんたがそんなことすんのよ!」

 

そう叫ぶ生徒を無視し、須藤は安堵したように一息ついた。

 

「堀北の言う通りだったな。綾小路に接触する生徒が部屋にくるって」

 

あの時、須藤が堀北に求めたのは指示だ。それに対して堀北は部屋に帰れ、と言った。普通に考えれば須藤の指示の要求に答えていない。しかし、堀北は須藤に次の指示だと言いきった。これが何を示すか、須藤にとってその行間を読み取るのは容易かった。だからこそ、近くの階段に潜み、綾小路の部屋に近づく人物を監視した。

 

「堀北さんの差し金なわけ?なんでそんなこと...」

 

「そりゃ簡単だ。お前と接触すると綾小路が俺たちの秘密に気づく。そうだろ?軽井沢」

 

軽井沢が苦汁をなめたような顔をする。その反応は図星というほかない。かといって軽井沢もそのまま肯定をするわけもなく。

 

「なにそれ。知らない。私は彼氏に会いに来ただけなんだけど」

 

「それは今じゃない。そうだろ?」

 

「っ、あんたもってことね?」

 

「ああ、そうだ。俺たちも未来から戻ってきた」

 

須藤は隠すこともなくそう言いきった。他の生徒が聞いても妄言でしかないその発言だが、当事者にとっては違う。

 

「だったら尚更なんで?清隆に説明して対処してもらった方が確実。堀北さんだってそれは分かってるはず」

 

「...!なるほどな」

 

(ずっと感じていた違和感はこれかよ)

 

「何よ...」

 

「いや何でもない。理由だが、綾小路に今の状況を伝えたところで信じてもらえないし、混乱させる可能性が高いだろうな。だから今はあえて伝えずに過ごしてもらう。綾小路に責任を背負わせるにはまだ、この学校のことを知らなさすぎるからな」

 

「責任を背負わせないためってこと?」

 

「ああ。そうだ」

 

軽井沢は少し悩むような様子で唸る。まだ、納得には至っていない。

 

「でも、清隆なら何とかなるんじゃない?はっきり言って清隆が混乱する未来が見えないっていうか...」

 

軽井沢の言い分は真っ当だ。実際、綾小路に伝えていたとしたらそれを考慮したうえで対策を立てることが出来ていただろう。混乱することはない。すべては軽井沢へのフェィクを目的とした須藤のアドリブだ。

 

「他にも理由はある。この学校のペナルティだ」

 

「え?それが清隆に説明するのと何の関係があるの?」

 

「綾小路に未来を説明する上でこの学校の仕組みや試験内容を放すことは避けて通れねぇ。この学校は漏らした生徒と情報を受け取った生徒に限りなく重いペナルティが発生する。これが何を意味するか分かるだろ?」

 

「つまり、...私たちが教えたら私たちと清隆は重いペナルティを課されるってこと!?」

 

「ああ、間違いねぇ」

 

「それなら、教えない方がいいのね...?」

 

そう、動揺しながらも状況を理解する軽井沢。これで軽井沢が綾小路に情報を伝えることはないだろう。軽井沢は現状、綾小路のことを最優先に考えているからだ。それを須藤は理解していた。

 

「なら私は部屋に戻る。...須藤、あんた最近、勉強が出来てきたとはいえそんなに頭良くなってたっけ?」

 

「...俺が頭いいわけじゃねぇよ。全部、堀北の考えだ」

 

「なら納得ね。あと、もう2度と私に触んないでよね!次に触れたら許さないから!」

 

「わかった。わかった。さっさと帰れよ」

 

「言われなくとも帰りますー」

 

ベー、っと煽ると軽井沢はおとなしく自分の部屋へと戻って行った。その姿を見届けた須藤の顔は険しい。

 

「そんなこともあんのかよ...。まさか、戻ってきたときの時間軸にタイムラグがあるなんて」

 

須藤がそれに気づいたのは軽井沢のオレに対する考え方。あれは2年の終わり直前、ちょうど喧嘩から仲直りしたときの対応だ。

 

「...こりゃはまた面倒なことになりそうだな」

 

堀北に報告だな、と須藤はこれから起きるであろう混乱にたいして大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、堀北鈴音は特別棟のとある一室に向かっていた。理由は、知り合い兼友人兼一応、ライバルな人物に会うため。

 

「はぁ…居たら楽なのだけれど、ね」

 

そんな希望を持ちつつも、心のどこかでその人物、彼女を舐め腐っているからか正直、自信はない。といっても昔の幼稚な彼女に戻っているとしたらそれはそれでいい。私はそんな彼女に煽りも込めて盛大に嘲笑を送ろうと思っているからだ。

 

「ここね」

 

教室を見るとやはり少し綺麗で新鮮さすら感じてしまう。ただ、思い出すらも消えてしまっていると思うと少し寂しいけれどね。

 

扉に手をかけ、扉を開く。中を見て、私は嬉しくも思いつつ、少し残念だった。

 

「...なんだ。あんたも戻ってきてたんだ?」

 

「ええ、あなたもなのね。澪」

 

そこに居たのは、伊吹澪。昔の姿ではあるものの、中身は正真正銘、私のライバルだった。澪は机の上に座り、お気に入りのビーフジャーキーを噛みしめていた。コンビニで売っているビーフジャーキー、澪はいつもそれを食べている。なんでも二年生の無人島試験でずっと食べてたジャーキーが癖になって、いつも食べていないと落ち着かなくなったのだとか。

 

「まぁあんたが居るなら退屈することはないだろうね」

 

「同感ね。あなたがいるなら楽しい学校生活が送れそうだわ」

 

私が勝つからやりやすい、という意味で。

 

「あ?それどういう意味?」

 

「あら?ごく普通の意味よ?それとも澪、あなた私より劣っているから煽られているように感じてしまったのかしら?」

 

「あームカつく!蹴り飛ばされたいの!?」

 

澪は喋らなければクールな美人なのだけれど、煽り耐性がないからすぐ怒る。それが面白くてついつい意地悪してしまうのよね。私の悪い癖ね。

 

「ほんと、良い性格してるよ、あんた」

 

「そう?ありがとう。あなたもよ澪」

 

「あーもうムカつく!あと名前で呼ぶな!鬱陶しい」

 

「あら?貴方は名前で呼んではくれないの?いつぞやか寝ぼけていたときは呼んでくれたのに」

 

「ああああああ!言うな馬鹿!人の黒歴史を!」

 

分かりやすく地団駄を踏む姿に心から笑いが込み上げてくる。このぐらいにしてあげようかしら?

 

「言葉遊びはこのあたりにして、私はあなたにも会えたことだしそろそろ退出させてもらうわ」

 

「ちょっと!弄るだけ弄って帰るつもり?」

 

「あら?もっと弄ってほしいということ?...どM?」

 

「違う馬鹿!勝負よ勝負!次の期末テスト!それで勝負!」

 

そうそう。もう一つ彼女が残念美人である理由があったわね。それがこの戦闘狂な性格。あまりにも競争欲が高すぎる。ことあるごとに挑んでくるものだから私も本当に苦労したわ。

 

「あらそのテストは過去問があるけれどいいのかしら?私は満点しかとらないけれど?」

 

「じゃあ体育祭!それでいいでしょ!」

 

どれだけ勝負したいのかしら...。

 

「分かったわ。次の体育祭ね。覚えていたら相手にしてあげるわ」

 

「言質取ったからね!」

 

「はいはい、私は帰るから」

 

そう言い残して部屋を出る。彼女と話すのは疲れるし耳が痛いけれど、それでも楽しさが勝つのが不思議ね。

 

そんな余韻もそこそこに頭を切り替える。彼女があそこに居たということはやはり、他のクラスにも戻ってきている人がいるとみて良さそうね。これで確証を得ることが出来たわ。ここからはそれを込みに対策を練ることが出来る。

 

「...」

 

須藤君はうまくやっているかしら?そんなことを考えると電話がかかってきた。画面には須藤君の文字。タイミングは完璧ね。

 

「はい。私よ」

 

『あー俺だ。面倒なことが分かった。実は──ー』

 

「...そう。分かった。それを込みで考えてみるわ。貴重な情報をありがとう。そのまま続けてもらえると助かるわ。ええ、また」

 

電話を切る。厄介なことになったわね。時間軸のズレなんて。これじゃあ迂闊に情報を渡すことが出来ないじゃない。

 

状況は決して良くはない。だからと言って諦めるわけにもいかない。彼を、綾小路君を今度こそは──ー。

 

「やるしかない。私はもう戻ることは許されていないのだから」

 

寮に帰るまで私の思考は止まることなく、稼働し続けていた。

 




誤字報告しっかり確認しております。指摘、報告等、誠にありがとうございます!感想等も励みになりますので宜しければ!

一話間の長さについて

  • いつも通り短くあっさりとした文量で
  • 一万文字程度でがっつりとした文量で
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