神の目を売りたい少年の話 作:胡桃の胸ェ…
黒焔が霧のように解け、空間から消えていく。
だが、完全な静寂が戻ったわけではない、依然として空気は重いままだった。
目には見えない『圧』が、なおこの場に居座っているからだ。
ディルックはその中心で、一歩も動かず立っていた。
視線の先には、一つの影、ファデュイ執行官『博士』がいた。
二対一。
単純な構図だ。
だが、単純であるがゆえに明確だった。
(分が悪い……)
そう判断するのに時間はかからない。
『孔雀』と呼ばれた子供単体でも厄介だ。
そこに、あの底の知れない男が加わる。
このまま戦闘が続けば、確実に消耗するのは自分だけだ。
それでも。
(ここで引けば、全てが崩れる)
ここで退くという選択肢は、最初から存在しない。
呼吸を整え、いつでも動けるように構える。
その時だった。
「…………」
違和感。
――『博士』は動かない。
「…………――」
構えない。
攻撃の兆しもなく、ただじっと。
ある一点だけを見つめている。
(……何を見ている?)
『博士』の視線の先を辿る。
彼の視線の先にあるのは――自分の手。
正確には手の甲。そこに刻まれた、歪な光。
――『邪眼』。
「――ふむ」
それを。
まるで標本でも観察するかのように、『博士』は見ていた。
「……っ」
不気味だった。
戦場において、最も危険なのは『未知』だ。
得体の知れない、分からない。そんな言葉の典型が、今目の前にいる。
焦りが確かに胸の奥に生まれる。
だがそれは、恐怖ではなくより鋭く変容した『警戒』。
そして。
「『孔雀』、帰るぞ」
あまりにも唐突に、言葉が落ちた。
「――!?」
ディルックの思考が一瞬止まる。
それは予想外だった。
だがそれ以上に。
「ハァ?何言ってんだ?」
『孔雀』の声。
それには、明確な困惑と苛立ちが混じっている。
それが、この命令の異常さを証明していた。
だが『博士』は応えない。
『孔雀』やクローバーにすら、視線を向けない。
ただ、今も――。
ディルックの手の甲を見つめ続けている。
「ここにはくだらんものしかないと思っていたが」
そして。
口元が、確かに歪んだ。
「少しばかり訂正する必要がありそうだ」
静かな声。
だが、その響きには明確な『興味』があった。
酒を含め、この場にある全てを価値なしと断じながら。
ただ一つだけを例外とする、冷酷な評価。
彼のその視線は、尚も離れない。
「お前のその『
「……何を言っている」
思わず、声が低くなる。
違和感が確信に変わりかけていた。
(『神の目』……?これは――)
違う。
これは、ディルック自身の力ではない。
今は亡き父、クリプスが遺したものだ。
『神の視線が注がれた祝福』ではなく――人工的に作られた歪な力。
それが『邪眼』だ。
適正のない者が使えば、たちまち『フラッシュバック』で命が削られ、死に近づく代物。
それを、この男は見誤っている?
(いや……)
本当にそうか?
それとも。
(わざと……?だが何の為に…………)
思考が巡る。
だが、ディルックがその答えに辿り着く前に。
「まぁいい」
興味を切り上げるように、博士は言った。
「余興はこれくらいでいいだろう」
まるで玩具に飽きた子供。
研究者の目は、すぐに退屈を帯びた目に変わる。
そして、ようやく彼は『孔雀』へと視線を移す。
その一瞬だけで、場の主導権が完全に移ったことが分かった。
「さぁ、帰るぞ」
短い命令。
拒否を許さない声音。
二度も言わせるな。と、そう付け加える『博士』。
「…………チッ」
『孔雀』は露骨に舌打ちをする。
不満は明白だった。
戦闘はまだ終わっていない。むしろこれからだったのだ。
それを断ち切られたのだから、その反応も当然だろう。
それでも、従う。
その理由もまた単純だ。
逆らわないからではない。
ここで、彼に『逆らう価値がない』と、知っているからだ。
『孔雀』はゆっくりと息を吐き。
次の瞬間。
「クローバー、舌を噛むなよ」
「なっ、いきなり――」
『孔雀』が腕を振るい、ディルックの鼻腔に
黒焔が、爆ぜた。
空間を覆い尽くす黒によって、ディルックの視界が塗り潰される。
壁も、床も、天井も。
全てが、黒焔に呑まれる。
(――不味いッ!)
ディルックの思考が一瞬で加速する。
酒樽。
密閉空間。
ここで、仮にそれが引火でもすれば。
この場は、一瞬で爆発する。
それに――。
(間に合うか――!?)
回避も防御も間に合わない。
最悪の結末が鮮明に浮かぶ。
下手をすれば、地上にも甚大な被害が発生する未来。
何より、ここには先ほど無力化した衛兵がいる。
せめて彼らだけでも。
そう、必死にディルックは鎖を操ろうとする。
だが――。
「――何……?」
炎は、燃えない。
樽に触れても、焦げる事すらない。
それに、そもそも
あるのはただ、黒焔という『存在』だけだ。
「……器用な力だ」
思わず呟きが漏れる。
あれは最初に見せた、破壊の為の炎ではない。
場を、視界を支配するための炎。
完全に制御された、炎に標準された『殺傷能力』すらも改造できる異質な技能。
未だ、空間を満たす黒の中で。
『博士』の声だけが、はっきりと響く。
『また会おう、
その名を呼ぶ。
躊躇いなく、当然のように。
仮面も、偽装も。
最初から意味などなかったかのように。
(最初から……全て見えていた、か)
『その微かな力、精々磨いておくといい」
最後に彼が残す言葉。
それは評価か。それとも、実験対象としての興味か。
いずれにせよ。
その声色には愉悦だけが確かにあった。
黒の中で、彼らの気配が薄れていく。
『これからお前は、もっと面白くなるかもな』
「――――」
やがて、黒が引く。
音もなく。
跡形もなく。
そこにはもう、何も残っていない。
ただ弾痕が刻まれた酒庫の壁と、倒れた兵士たちの姿が。
そして――一人残されたディルック。
彼は静かに、自らの手の甲へ視線を落とす。
そこにある、歪な光。
『邪眼』。
それは力だ。
だが同時に。自分にとっては忌まわしい過去であり、そして『呪い』でもある。
「……くだらない」
低く吐き捨てる。
その声には苛立ちがあった。
だがそれ以上に。
小さく、新たな炎が灯っていた。
宴の灯りは、何事もなかったかのように揺れていた。
甘い葡萄酒の香り。
焼きたてのパンと肉料理の匂い。
それら全てが混ざり合い、祝祭の夜を未だ終わりの見えない娯楽として継続させていた。
だが。
その空間に、一つだけ異質なものが紛れ込んだ。
ディルックだった。
彼が広間へと戻った瞬間、空気が僅かに変わる。
誰もそれを言葉にはしない。
だが確かに、彼から『何か』を感じ取っていた。
彼の纏う気配。
それは戦いの残滓。
あるいは、見えない圧。
この華やかな場には似つかわしくないものを纏い、彼は広間に帰還する。
「ディルック!どこへ行ってたんだ?」
その変化に最も早く気づいたのはサイモンだった。
人混みをかき分けるようにして、彼はディルックに近づく。
その声音には、安堵と焦りが混ざっていた。
「『博士』が急にさっきの件を撤回して帰ってしまったんだ。おかしいだろ?だから君に相談しようと……」
そう言いながら、彼はディルックの前で足を止める。
そして。
ふと、その鼻が動いた。
「ん?何か変な匂いが……」
それは極めて微かなものだった。
酒の香りに溶け込みながらも、確かに異質。
焦げたようで、しかし燃えた痕跡はない。
熱を伴わない『炎』の残り香。
ほんの一瞬、サイモンの表情に疑念がよぎる。
だが、その疑念の言葉を――。
「それは良かったです、主教殿」
ディルックが遮った。
自然な流れを装いながら、しかし確実に話題を断ち切る声音。
一歩、距離を詰める。
その動きだけで、場の主導権が移る。
サイモンは一瞬だけ沈黙し、そしてディルックの目を見る。
赤い瞳。
揺らがない視線。
何も語らず、全てを拒むような沈黙。
「――――」
理解した。
問いを重ねるべきではないと。
ここで踏み込めば、触れてはならない領域に足を踏み入れる事になる。
そして何より、彼が『無事で戻ってきた』という事実が、全ての答えだった。
サイモンは小さく息を吐く。
それは安堵であり、同時に決断でもあった。
「……えぇ、これでモンドもしばらく安泰です」
穏やかに微笑む。
それ以上は何も聞かない。
何も見なかったことにする。
それが、この国を守る為の選択だと理解しているから。
「では、私は少し他を見てきます」
そう言って、サイモンは静かにその場を離れた。
去り際、ほんの僅かに肩の力が抜ける。
その背中が人混みに紛れ、完全に見えなくなるまで、ディルックは一言も発さなかった。
やがて、数拍の沈黙。
それを埋めるように、別の気配が近づいてくる。
音もなく、影のようにするりと己の存在感を滑らせるように。
「これで良かったのか?」
ガイアだった。
彼はいつものように軽い笑みを浮かべていたが、その片目は鋭く細められている。
声は低く、周囲の喧騒に紛れる程度。
だが、その問いは真っ直ぐだった。
ディルックはすぐには答えない。
代わりに、近くの卓からグラスを取り上げ、ゆっくりと傾けて中の赤を揺らす。
ガイアは肩を竦め、続けた。
「お父上のお宝を餌に客を『饗宴』に招いて、蟲と鼠を炙り出す」
小さく笑う。
「相変わらず、手段は派手だな」
「…………」
軽口のようでいて。
その実、正確な分析だ。
今回の宴は偶然でも、ただの祝いでもない。
最初から――自分たちの狩り場だった。
ファデュイ。
スネージナヤの影。
それらを炙り出し、アンソニーの安否を確認したのち、モンドから排除する為の。
――だが。
「駆除できなかった」
ディルックは静かに言う。
だが、その一言は重かった。
「――ッ!」
ガイアの表情がわずかに変わる。
驚きは一瞬。
それはすぐに消え、代わりに現れたのは『確信』だった。
――やはり、か。
ディルックがこう言う以上、理由は一つしかない。
単なる取り逃がしではない。
こちらの予想を超える『想定外』が存在した事。
「……あの子供だな?」
確認ではない、それは断定だった。
記憶の中に浮かぶのは、クローバーと『博士』の背後にいたあの子供。
白髪。
紫の瞳。
その小柄な身体に不釣り合いな、静かな圧。
そして何より。
あの場で最も『異質』だった気配。
「あぁ」
短い肯定。
ディルックの視線が静かに遠くを見る。
「一番厄介な『悪龍』が、まさかあんな『悪蛇』を侍らせていたとは」
低く、吐き出すように。
その言葉には明確な警戒と、同じく明確な苛立ちが含まれていた。
ガイアはグラスに指をかけ、軽く回す。
「悪龍……『博士』か」
「あの男は戦わない」
即答だった。
「少なくとも、あの場ではな」
「だが?」
ディルックは一瞬、言葉を切る。
思い出すあの視線。
自分ではなく――『神の目』と呼んだ『邪眼』。
「……観察されていた」
ぽつりと呟く。
ガイアの眉が僅かに動く。
「何を?」
「…………」
答えは、すぐには返らない。
ディルックの視線が、ゆっくりと自らの手へ落ちる。
手の甲。
今は外しているが、先ほどまでそこにあった、歪な力の残滓。
だが、それについて語る事はない。
代わりに。
「そして、あの子供だ」
話を戻す。
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「力だけじゃない。あれは……戦い方が異質だ」
「…………」
ガイアは黙って聞く。
「無駄がない。躊躇もない。だが、それ以上に――」
一瞬の間。
「
断言。
感情を切り離した戦闘。
そこにあるのは技術でも才能でもなく、もっと別の何か。
ガイアは小さく息を吐く。
「厄介どころの話じゃないな」
「あぁ」
短い肯定。
二人の間に、静かな緊張が落ちる。
周囲では笑い声が続いている。
音楽も、酒も、何一つ変わらない。
だが、この場所だけが別の空気に包まれていた。
ディルックはグラスを持ち上げる。
赤い液体が揺れ、炎のように光を返す。
その中に、先ほどの戦いの残像が重なる。
黒焔。
鎖。
そして、あの視線。
「次は、逃がさない」
低く、呟く。
それは宣言ではないし、決意でもない。
ディルックにとっては、ただの『事実』。
そうなると理解している者の、静かな言葉だった。
ガイアはそれを聞き、愉快そうに笑った。
「期待してるぜ、ディルックの旦那」
軽口。
だが、その奥には確かな信頼があった。
宴は続く、夜はまだ終わらない。
だがその裏で、確実に、次の火種は燻り始めていた。
理解できない存在。
理解しなければならない敵。
その影が。
確かに、彼らの中に残っていた。
夜のモンド城は、アカツキワイナリー別邸から伝わる祝祭の余韻を抱いたまま静まり始めていた。
灯りはまだ消えず。
酒場の扉は開いていて、まだ遅くまで語らう声が細く通りへ漏れている。
石畳は温もりを残し、風はどこか穏やかだ。
――その中を、三つの影が明確に場違いな気配を纏って歩いていた。
先頭は『博士』。
彼は機嫌が良かった。
くつくつと喉の奥で笑うたび、その背中が僅かに揺れる。
一見すると、それは楽しげな散歩に見えなくもない。
だが、その『楽しさ』の質は、人のそれとは決定的に異なっている。
「クッ、クク――!」
思考すべき対象を見つけた研究者。
あるいは解体すべき玩具を手に入れた子供のような、歪んだ愉悦がその足取りに宿っていた。
そんな彼の背後を、一定の距離を保って歩く影は二つ。
その一つは『孔雀』――その仮面を外した一不。
彼が『博士』に向ける視線は冷たい。
その笑い声が耳に届くたび、明確に眉間が歪んでいた。
「…………」
――鬱陶しい。
だが、それを口にはしない。
言葉にする価値すら感じていないからだ。
ただ歩く。
ただ従う。
本当に、それだけだった。
「…………」
そして、もう一つの最後の影。
最後尾に位置するのはクローバーだ。
彼だけが、明らかにこの空気に馴染んでいなかった。
足取りは不自然に早く、しかし二人の背を追い越すこともできない。
視線は落ち着かず、前と周囲を行き来していて、呼吸は浅い。
(何だ……何だこの感覚は……)
胸の奥で、警鐘が鳴っている。
まだ何も起きていない。
それなのに、曖昧に何かの『終わり』だけが近づいているような感覚。
その時、赤い服の少女が三人の横を通り過ぎた。
軽やかな足音。
西風騎士団の装飾を身に着けた赤い少女は一瞬だけ立ち止まり、三人を見た。
「……?」
少女は不思議そうに首を傾げる。
だがすぐに視線を前に戻し、再び『博士』たちとは逆方向に歩き出す。
そんな少女の腰元で、小さな別の赤が揺れた。
それは炎元素の『神の目』。
その輝きを見た瞬間。
『博士』の足が緩む。
「そういえばこんな伝説があったな、一不」
振り返らないまま、語り出す。
声は軽やかだ。
「『神の目』を持つ者は神となる器を持つ。そういった神の資格者――『原神』は空島へ上り、世界を変えると」
まるで御伽話。
だが、その内容は確かな『真実』そのものであると、一不は知っている。
古来から生きる『断片』の一つである
「……」
一不は答えない。
沈黙。
だがそれは無関心ではない。『聞いているが、応じる必要がない』という意思表示。
何より、一不は『
『博士』は気にしない。
むしろ、その反応を前提としている。
「世にゴミを撒き散らす腐った輩めが……!」
吐き捨てる。
神々への侮蔑。
信仰への否定。
天上から地を見下ろし、人々に『運命』を強制する上位者への嫌悪が滲む。
その言葉は夜風に乗り、静かに消えていく。
やがて三人は城門を抜け、テイワットの夜へと踏み出す。
灯りが遠ざかり、静寂が深まる。
その中で、『博士』の声だけが続く。
だが。
ふと、それが変わる。
「しかしだ、
再び低くなる声音。
だが、それは苛立ちからではない。
「あのガラス玉は実に興味深い。俺の脳と同じで唯一無二の特別なものだろう」
笑う。
その言葉に、一不の視線がほんの一瞬だけ動く。
だが、それだけだ。
「無駄足にならずに済んだ」
満足げに言い。
足を止めずに続けた。
「一不、お前には『その先』を期待している。精々その『
「……チッ」
一不が舌打ちする。
明確な不快。
だが、『博士』は意に介さない。
ただ、フッと笑うだけ。
「さて……」
そして――止まる。
ゆっくりと。
彼は振り返る。
視線が、クローバーを捉える。
「ッ――!?」
その瞬間、空気が凍ったのをクローバーは感じた。
――『必ずやご満足いただける結果を』。
頭の中に、過去の自分の声が響く。
不穏な空気、そして走馬灯とも呼ぶべき過去の回想。
それは、否が応でも『これから』を示す。
(――嫌だ……!)
思考が叫ぶ。
だが、身体はピクリとも動かない。
『博士』が、穏やかに口を開く。
「あの男は俺に満足な結果を見せたが」
一歩。
距離が詰まる。
「お前はどうだ?クローバー」
視線が、クローバーの目を貫く。
喉が鳴る。
言葉が出ない。
「ッ、――っっ……!!」
何か言わなければならない。
だが、何を言えばいいのか分からない。
どうにかしなければ、自分はもう――。
だが、沈黙。
クローバーは彼に何も返せない。
もう期待には応えられない。
それだけで、『博士』にとっては充分だった。
「……なるほど」
『博士』は頷く。
納得したように。
そうして、無慈悲な評価が下された。
視線が、僅かに横へ動く。
一不の方へ。
「『一不』」
短く呼ぶ。
それはいつもの、命令の前触れだった。
「
それだけだった。
一不は一瞬だけ目を細め。
「……面倒くせェな」
吐き捨てるように言う。
だが、次の瞬間には、動いていた。
「――
自らに埋め込まれた力の真名。
一不がそれを呟くと、それに呼応するように黒焔が足元から滲み出す。
静かに。
だが確実に。
それはやがて、その真名に相応しいあの形を成す。
うねり。
絡み合い。
そして誕生する――一つの黒蛇。
クローバーは後ずさる。
「お、お待ちを……っ、どうか」
言い終わる前に、黒蛇が動いた。
抵抗も、回避も許さない速度。
一瞬で口が開き――闇が迫る。
「や、やめろ一不ッ――!?」
叫びは、途中で途切れた。
ズブリと、重い音。
黒蛇はクローバーを丸ごと呑み込み、そして何事もなかったかのように、口を閉じる。
中でクローバーがもがく気配がする。
だが、内側で暴れる振動を含めて、彼の必死の抵抗は外には一切漏れない。
「まだ殺すな」
『博士』が、淡々と付け加える。
「使い道はある」
「分かってる」
一不は肩を竦める。
黒焔が、ゆっくりと収束する。
黒蛇は形を崩し、再び炎へと戻る。
そして、消える。
そこにはもう、何も残っていない。
クローバーの姿は、完全に消えていた。
「…………」
静寂。
『博士』は満足げに目を細めた。
「さて、次に進むとしよう」
何事もなかったかのように、歩き出す。
「だが、あいつがここを選ばなければあの『
「…………」
一不は一度だけ舌打ちし、後に続く。
夜のテイワットに、再び二つの影が伸びる。
「そうだ、どうせならあいつの研究を俺が継いでやってもいい、無機物に魂を
夜風が吹く。
『博士』は笑う。
「その頃には、もうあいつは
その先に待つものが何であれ。
ちなみにガイアの命ノ星座は『孔雀羽座』らしいですよ。