人外なお姉さんと遊ぶガキの話です。
「でさぁ、クラスの女の子に重いねって言ったら叩かれちゃってさぁ」
「キミぃ〜、そりゃダメだよ。体重のことはタブーだぜ? 人間じゃないボクでも分かるさ」
「……神様って、体重あるの? 重いの?」
「えっ、それ聞いちゃう? 聞いちゃうのかい?」
目の前の少年のあどけない瞳に見つめられ、ボクは言葉に詰まる。
「いつもフワフワしてんじゃん、体重なんかないと思ってた」
「……いやまぁむしろ体重が重いから浮いてるっていうか、重すぎて歩こうとすると地面が陥没するっていうか」
む、少年が信じられないといった顔で此方を見てくる。
しょうがないのでその辺の木を軽く叩く。
轟音と共に木がたわんで、ボトボトとセミが落ちてきた。
これでボクのパワーに怯えたりしてくれればいいんだけど。そう思い、ちらりと少年の顔を見る。
「す、すっげーーーっっっ!! 虫取り放題じゃん!!」
……自分にこの力が向けられたら……とか、想像しないのかな。
キミの横にいるのはどんな猛獣より危険な怪物なんだぜ?
「こっち来てくれサクガミ様! 一緒に虫取りしよ!」
「こら、ちゃんと前を見ながら走りなよ」
ボクは少年の手を振り解くことも出来ず、彼の速度に合わせて浮遊する。
まん丸な太陽に見下ろされながら虫を探す彼の手はどんどん汗ばんできている。生きている者の手だ。
この手に掴まれるたび、心の奥があったかい気持ちになる。
ボクが少年と出会ったのはほんの3日前のことだ。
猛暑の中、元気いっぱいに山に虫取りにきた彼はたまたまボクの祠を見つけ、ボクに話しかけてきた。
聞けば親が神主らしい。小さい頃から怪しいモノを見ることができたそうだ。
1人で虫取りをしている姿が心配で、一緒に虫取りをしていたら懐かれてしまった。
不用心なことだ。ボクがなんで祠に封印されているのか知らないらしい。
彼の笑顔を見るたび、永遠にそれを見つめていたくなる。
そしてボクはそれができる。少年の体を弄って、永遠にこの山に閉じ込めることができる。
必要なのは名前だ。どんな術をつかうにも、相手の名前が一番大事。
次に体重。軽い子猫や子供に強い術を使うと死んでしまうし、大きく重い大人やクマには弱い術だと効きが悪い。
あとは年齢もあればいいかな。これは大雑把でいいんだけど。
「ねぇサクガミ様」
「なんだい少年?」
「その少年っていうのやめてよ。俺の名前は「あーあー、聞こえないなーっ!! ……何度も言ってるだろう、人じゃない者に名前を教えるのは危ないことなんだぜ?」
「でもさぁ!」
ぶすくれた顔の少年を近くの木に止まっていたセミであやしながら、ボクはため息をつく。
危なかった。
知ってしまえば、きっと我慢ができなくなる。
ボクの中では、少年は少年でないと困るのだ。
▪️
いつのまにか時間は経ち、落陽が世界を橙に染め上げている。
ボクは少年を家まで送り届けるために一緒に山を降りていた。
「……ねぇ。今夜さ、夏祭りがあるんだ」
「お、いいねぇ。お祭りは好きだよ」
「で、さ。……特に深い意味はないんだけど、別に断ってくれてもいいんだけど……。お、俺と一緒にさ!」
少年がそこまでいった所で、彼の頬を両手で挟む。そこから先は言わせないぜ。
見れば、彼の顔は夕焼けに負けないくらいの真っ赤に染まっていた。
……少し、今のボクの顔は美人すぎたか。
美人だと色々楽だし、何より可愛いしでお気に入りの姿だったんだけどなぁ。
いたいけな子供の初恋を奪ってしまうとなると、少し整形しなければいけないかもしれない。
「ダメだよ」
「な、んでだよ! ……嫌なら嫌って言ってくれれば」
「嫌じゃない。でも、ダメなんだ。ボクはこの山に封印されている」
「封印って言ったって、サクガミ様普通に山降りられるじゃん!! 封印効いてないじゃん!!」
「その事実が大事なのさ」
人間たちが用意した封印は、全くボクには効かなかったけど。
封印しようとした。ボクを危険視した。そのことが、何よりも大事なのだ。
「ねぇ。人間は、人間としか友達になれないんだぜ。……キミは虫が好きだけど、虫とは友達になれない。キミがどれだけ虫が好きかは関係ない。できて飼うことだけだ」
「何の話だよ!?」
「人間はうっかり虫を踏んで殺してしまうだろう? ……ボクもなのさ。うっかり人間を踏み潰したことが、何度もある」
そう言って、ボクは自分の顔を頭から剥がす。
ボクの体は人間に見せかけたハリボテだから、案外すぐに壊れるんだ。
少年が、声にならない悲鳴を上げた。
「相手のことがどれだけ好きとか、関係ないのさ。うっかりは誰にでもある。ボクらは、うっかりをお互いに許容できる相手としか付き合えないんだ。……分かったら、お帰り。もうここにきちゃダメだぜ」
そう言って少年の頭を撫でる。
少年はその手を払いのけて、山を降りていってしまった。
嫌われたかな?
くそー。これで終わりか。寂しいぜ。
……本当ならもっと早くに言うべきだったんだろうけどさ。
少年の背中が遠く、小さくなっていく。夜空の星みたいに。
ボクの手の届かない所に行ってしまう。
きっと、これで良かったんだよね?
▪️
「あのさぁ、もうきちゃダメだぜって言ったじゃんか。今生の別れのノリだったじゃん普通さァ」
少年の祭りへのお誘いを断ってから三日後。
なんか少年は普通にボクに会いにきた。
……正直嬉しいけどさ。けどさぁ。
「……忠告を聞かなかったってことは、喰われたって文句言えないよなぁ!?」
なんて凄んでみるが、てんで効いていない。
今のボク、人間に化けてないから結構怖い筈なんだけどなぁ。
泥でできたミミズに人間の手足がまばらに生えてるみたいな感じなんだけど。人間受けは良くない自覚があるんだけど。
少年は全然気にせずに、ボクの頭部を両手で触ってくる。
ちょ、やめてよ。今のボクはすっぴんみたいなもんだからさ、あんまりまじまじと見ないでくれよ。
「俺さ、色々考えたんだ。……俺、やっぱりサクガミ様と一緒にいたいよ」
「……友達や恋人には、なれないよ?」
「それでもいいよ。……サクガミ様、俺に飼われないか?」
ひょ?
「神様は、習合ってのができるだろ? サクガミ様を地域の妖怪と習合させられれば、安全に飼うこともできるって父ちゃんは言ってた」
「ちょ、ちょっと待てよ……! このボクに、地方の伝承程度の存在に落ちぶれろって? 全部キミの都合じゃないか!!」
「でも、これなら俺が死んでもサクガミ様は1人じゃないぜ。ずっと、俺の子孫が、ずっとサクガミ様の世話をする」
少年は、まっすぐな眼差しでボクを見つめる。
子供らしい、身勝手で傲慢な考え。
こんな約束が果たされる保証なんてどこにもない。子孫代々まで巻き込んだ、明らかに少年1人じゃどうしようもない約束。
少年がこんなまっすぐな目ができるのは、彼が幼いからだ。失敗を知らないからだ。苦労を知らないからだ。
……でもそこには、ボクへの愛があって。
たった三日間で育まれた、吹けば飛ぶような愛があって。
「……返品は受け付けないぜ? ずっとキミん家に居座ってやるからな」
「うん」
「一生世話してもらうからね」
「うん」
まぁ、いいか。
人間の一生くらい、大した時間じゃない。
途中で飽きられても許してあげよう。家から放り出されても許してあげよう。どうせ子供の約束だ。
異類婚姻譚、なんて綺麗なモノじゃないけど。
ボクは少年のこれからの人生を、ずっと見守ることにした。