飛行迷宮学園キヴォトス   作:石花

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プロローグ

シャ、シャ、カシュ、シャ、カシュ

静かな教室、赤いペンが四重奏を奏でる。先生の指導の下、トリニティの一教室で補習授業部が小テストを相互採点していた。

 

「任務完了。ヒフミ、合格点だったよ」

アズサの発声を皮切りに4人の採点が終わる。

 

”みんな合格点だね。おめでとう”

 

最近騒動続きだったが、彼女たちは自主的に努力を続けていたのだろう。その成果が点数に表れていた。

 

「お忙しいところありがとうございました、先生」

”ううん、最近見れてなくて気になっていたし、それに――”

”ちょうどトリニティに用事があったからね”

 

用事というのはティーパーティへの顔出しだ。

エデン条約、そして色彩にまつわる騒動。トリニティではそれらに関する後始末の最中で、シャーレの先生にもサポートの依頼が来ていたのだった。

 

(さて、あと1科目終わったら顔を出しに行こうか……)

後に仕事があるとはいえ、教師としての緩やかな時間。久々の平和な時間であったが、それは急な着信により終わりを告げる。

 

『先生、トリニティの敷地内で、微弱ですが色彩に酷似した反応が観測されました――』

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

連絡をしてきたのは連邦生徒会、主席行政官のリン。

彼女によると、トリニティの中心部に色彩に酷似した反応があるとのこと。

カメラ映像等で確認しても異常は見られなかったが、モノがモノなのでちょうどトリニティに居た先生に連絡をしてきたのだった。

 

『ティーパーティや、同じくトリニティに訪問中のゲヘナ生徒に頼もうか、とも思ったのですが……』

”いや、私が行くよ”

 

ティーパーティもゲヘナ生徒も、後始末の事務処理の最中。それに色彩が関わっている可能性があるなら、まず自分が向かうべきだ。そう考えた彼は二つ返事で引き受ける。

 

『ありがとうございます。正義実現委員会には連絡を入れておいたので、少数であれば戦力を貸してくれるかもしれません。あとは申し訳ないですが、何とか手の空いている生徒を探して力を借りていただけますと幸いです』

 

通話を終え、さてどうしたものかと思案しつつ顔を上げた彼の目に映ったのは、装備を整えた4人の少女の姿だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「ケヘヘ……きひひひひひひいっ~~!」

キュリキュリキュリ……

正義実現委員会委員長の奇声と戦車の駆動が奇妙なハーモニーを奏でる。

「まさかツルギ委員長が来てくれるなんて、しかも戦車まで貸してくれるなんて……」

コハルが目を丸くしてつぶやく。しかしながらコハルの驚きとは逆に、これは当然の判断だ。むしろ相手が本当に色彩ならば最低限以下の戦力と言わざるをえない。

対色彩の想定であれば正義実現委員会全体での出動に加え、学内の有力者を加えてもなお十分とは言えない。しかし、現時点ではあくまで色彩の出現は可能性に過ぎず、タイミングが悪いことに現在ティーパーティはゲヘナを迎えての業務中だ。当然、そちらで何かあった時のために戦力を待機させざるを得ない。

 

(不運……いや、本当に色彩だったらある意味幸運か? ゲヘナとの共闘も視野に入れる必要があるな)

哄笑をあげながら、正義実現委員会委員長は冷静に思考を巡らせる。

指定の地点は目視圏内。特に異常は見られない――いや、一人の人間が立っている。

 

暑い、暑い、夏の日の校庭。そこにロングコートを着た人物が居る。長身痩躯、漆黒の肢体、首から上が無く、代わりに苦悶の表情の絵を掲げる人物。ゲマトリアが一人、フランシスであった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

”あなたは……フランシス”

「先生、あなたの力について考えていた」

 

初めて出会った時のように唐突に、フランシスは語り始める。

「物語は、覆されたはずだった。解体されたジャンルの中で、『先生』は主人公足りえないはずだった。しかし――あなたは生還した。それはなぜかを考えていた」

「あなたが『主人公』だったから? 『先生』である以前に、常に『主人公』であることがあなたの能力だった? 否定する材料は無いが、そうであるならば他にいくらでもやりようのある状況だった。むしろ――あなたは、『先生』であることを貫いていた」

色彩の嚮導者を中心とする一連の事件。振り返ってみれば、事件の背景も、最後に起きた出来事も、『先生』の物語であっただろう。

「先生。私があなたと会ったあの時、あの瞬間に限って言えば、ジャンルの破壊は間違いなく成されていた。しかしジャンルは修復された。修正したのだ、あなたが。それが先生、あなたの力なのだろう。であるならば――」

一呼吸意の沈黙の後、怪人は告げる。

「私は『フランシス』、お前を見守る者。従って、新たに検証を濫觴する」

 

フランシスの宣言と共に、空が赤く染まっていく。

”その……再検証というのが、この赤い空?”

「こ、今週はどんなデカブツが出てくるって言うのよ!?」

コハルが想定したのは、ある意味おなじみ週刊キヴォトスの危機、敵性体の出現現象。

しかし今発生している異常は、物体の出現ではなく場の変質というべきものだった。

「色彩の残滓を解析し利用したものだ。尤も、色彩そのものではなくデッドコピーである。理解不能であるが故に接触したものを分解し縺れさせるものではなく、それが引き起こした改変現象自体を再現したもの、理解可能な事象に過ぎないがしかし――その性質は備えている――つまり、属性の改変だ」

作用した対象の属性を書き換える性質、それは色彩に備わっていたものだ。

 

「……何を引き起こすつもりですか?」

ハナコは問いを投げる。

それを聞いているのかいないのか、フランシスは独り言のように言葉を紡ぐ。

「嚮導者の事件が、あの全てが縺れ合い、カオスと化した状況が収束したのはなぜか。それはカオスを許容する物語の形式に落とし込まれたからに相違ない。日常や繰り返される非日常を超越し、強大な障害の出現を許容する物語――振り返るならば、『劇場版』とでも表現すべき物語だったのだろう」

「先生、あなたには物語を規定し直す能力があると考えられる。であれば、その強度を検証しよう。あなたは物語のジャンルが変わってしまっても、物語を規定し直すことができる。しかし、それが一度でなければ?」

 

「故に私は、この場を用意した」

”それで、結局――その検証って何?”

フランシスが先生の背後を指さす。

そこには生徒たちが居るはずだ。実際、先ほどもハナコやコハルが発言をしていた。しかし、だとするならば些細な疑問が生まれるだろう。

臨戦態勢であったはずのツルギは、聡明でありつつも自分から一当てして状況を動かす戦略兵器であることを己に課している少女が、なぜおとなしくしているのだろうか。

 

先生が振り向いた先には、身を屈め苦しそうに呻くツルギが居た。視線に気づいたのだろうか、少女はぎこちなく顔を上げていき、やがて互いの視線が交差する。

そして――弾けた。

 

爆発、そう表現する他無いだろう。実際に彼女の立っていた地面は、その脚力を受け爆散していた。血走った眼球、赤く血の巡った顔。嚇怒とも取れる形相、常人には対応不可能な速度で、ツルギは先生へと突貫する。

弾丸にも比肩しうるかの如き突進、数瞬後に訪れるだろう悲劇的な結末に介入したのは、常人を超えた対応力を持つ白髪の少女だった。

「ンせえええぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええっ!」

「ヒフミ、私が押さえてるから先生を連れて脱出を!」

 

「ちょっ、えっ、ツルギ先輩!? アズサ!?? ……私も援護を!」

明らかに様子のおかしいツルギを見て、コハルはアズサの援護を即断した。

同時、ヒフミは戦車のハッチを開け先生に搭乗を促す。先生は僅かな逡巡の後、戦車へと乗り込んでいく。

”待ってて、助けを呼んでくるから!”

 

急激に変化する状況を前に、ハナコは思考を巡らせていた。ツルギに何が起きたのか。仮に暴走しているならば、止めるには何をすればよいか。そして、そもそも、フランシスの用意した『場』とは何か。

数瞬の後、ハナコは先生とヒフミとともに戦車に乗ることを選択した。おそらくそれが、現状では最善で唯一の選択肢だと理解して。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

戦車の駆動音が遠ざかっていく音に、コハルはひとまずの安堵をしていた。

戦闘は拮抗している。なぜかツルギの行動が鈍いからだ。

奇声を発し剛撃を見舞うかと思えば、一転小声で何かをつぶやきながら行動を止める。色彩の影響なのだろうか、奇妙な行動だがコハル達にとってみれば助かる状態にある。

 

状況の均衡に、ほんの少し緩む緊張。故にこそ、コハルの耳は、ツルギとアズサが戦闘しながらも会話していたことに気づいた。

「せ、先生と、お、大人のデートをっ……」

「それは叶わない。先生は……私とヒフミでぐちょぐちょするの」

 

(――――なんて?)

どう考えても聞き間違えとしか思えないセリフに、コハルは困惑した。

常識的に考えれば己の耳か脳がおかしいのだろう、特に脳についてはいくつかの前科がないとも言えない。

しかし、万一。その耳に聞こえた言葉が事実そのままであるとしたら。ツルギとアズサの異常が、色彩に依るものであったとするなら。

先生は今、戦車という密室で、ヒフミ・ハナコと共に居る。これは安堵に値する事実だったのだろうか。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

トリニティの校庭を首の無い男が歩いている。

 

「色彩の残滓、そのデッドコピー。当然その能力は色彩に及ばない。属性の改変と言ったが、実際は精神を変調させるが精々だ」

「その程度のもので物語のジャンルを変更しようとするならば、自然方向性は限られる。喜劇、悲劇、活劇、笑劇、感情、あるいは欲求で誘導可能な物語であり、かつ青春の物語には回収され得ぬもの」

「つまるところ、この検証に名を付けるとするならば――」

 

頭の無い男は、馬鹿馬鹿しい宣言を、高らかに行った

 

「名を、レッドアーカイブ」

 

※脚注:韓国でエッチな色は赤である

 

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