飛行迷宮学園キヴォトス   作:石花

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2.彼女の論拠

事件の後始末にゲヘナ生徒が居てくれたのは僥倖だった。

風紀委員を訪れたのは、論拠は伏せるがアコは確定で大丈夫だと考えたからで、ヒナも抵抗できている可能性が高かったからだ。

予めハナコに様子を確認してもらっての接触だったが、二人と合流できて助かった。

 

「それで、念のため確認するけど……この異変はゲマトリアが使った色彩に依るもので、おかしくなった人たちを治すのに先生の協力が必要なのね?」

”うん、私がジャンルを修正すれば、元に戻せる……らしい……?”

「委員長、こんな話信じていいのでしょうか?」

「信じるしかないでしょう、実際にそれでイオリが正気に戻っているのだから」

 

ちらとヒナが部屋の隅に目を向ける。そこには赤面し震えているイオリが居た。

部屋に入るなりイオリに襲われたのだが、ヒナとアコには手出し無用をお願いしつつもヒフミに事情を説明してもらい、私とハナコでひたすら足の指を舐り正気に戻したのだ。

「先生の顔面に跨って『舐めろ』と宣言されたときは興奮しましたが――恥部を舐めればえっちだと思っている内はまだまだですね」

”生徒が正気に戻ってくれてよかったよ”

「正気……? むしろ狂気の深淵を覗き込んだような顔をしていませんか」

「さっきよりマシだからいいでしょう。要するに、色彩の影響を受けた生徒は、同等の戦力で抑えてるうちに先生がなんとかすればいいのね」

ヒナは手袋を引きつつ歩き出す。

 

「だったら話は単純よ、私なら正義実現委員会の委員長を抑えておけるわ。さっさと彼女を正気に戻してフランシスとかいうのを討ちましょう……まさか、生徒一人一人を治して回ろうなんてつもりじゃないでしょう?」

”確かに……”

 

事態を収拾したいならば大本を止めればいい、確かにその通りだ。

現状の戦力はヒナ、イオリ、ハナコ、ヒフミ、アコ。ヒフミに前衛へ回ってもらうなら、あと一人強力な前衛が居ればフランシスへの強襲も可能だろう。

「もう一人の方はトリニティの二人で抑えてもらえるかしら。私と先生でツルギをやるわ、アコはサポートをお願い」

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

ツルギを1対1で抑えるなら、安全のために追加の装備が欲しい。そう語ったヒナを連れて、私は近くの倉庫室へ向かっていた。

 

「……なんだか楽しそうね、先生」

”うん、思ったより早く事件が解決しそうだからね”

 

この状況で、最高戦力の一人のヒナが正気だったのは大きい。

生徒たちに望まぬ思考や行動を強制させる――絶対に許せることではない。フランシスを止めることで早期に解決できるなら、それを優先すべきだ。

 

「そっか……――――からじゃないのね」

この先の行動に思考を割いていたため、ヒナの言葉を聞き逃した。

 

”なんて言ったの?”

「いいえ、なんでもないわ、なんでも。それよりもそこが倉庫なんでしょ? 早く中を探しましょう」

 

ヒナに急かされ倉庫へと入る。中には多くの武器、弾薬、備品、什器が積み上げられている。空調は適切な温度と湿度に管理され、窓には遮光カーテンが取り付けられていた。

 

私は奥の方を探してくれと促され――背後で、ガチャリと、鍵の閉まる音を聞いた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

ヒナは色彩の影響に打ち勝っているという考えは、半分は正しく、半分は間違っていたのだろう。

ゲヘナ風紀委員長としてのヒナは強靭な理性で耐えていた。しかし、信頼している人と密室に居るという、本音を出せてしまう状況ではどうだろうか。

 

「先生……」

音に振り返った私は、そのままヒナに抱きしめられていた。

腹部に密着した顔からくぐもった声がする。鼻を擦りつけ、熱く湿った吐息がシャツを通して腹を撫でていく。

 

「先生、どうしてあんなことしたの?」

 

ヒナは首を上げ、少し潤んだ上目遣いで私を見上げる。

 

”あんなこと?”

「やってたでしょ、イオリに。あんなに愛情たっぷりに……私にも、ちょうだい?」

 

ヒナの両手が私の顔面に近づいてくる。

左手で顎を引っ張って口を開け、右手の人差し指と中指が口内に差し込まれた。

 

細く、滑らかな指が口内を優しく、しかしはっきりとした意思を持って巡っていく。

舌の表面を二つの指先が撫でる。かと思えば上下にはさみ、その弾力を確かめるようにくにゅりと曲げた。

 

彼女の性格を表すかのように綺麗に切りそろえられた爪先、甘皮の処理された根本。

さかむけの無い滑らかな第一関節はハンドクリームの甘い香りがする。

 

「ねえ、先生……私だって、イオリやアコにしてること、してほしいんだよ?」

 

ヒナは両手を口から離し、私の両肩を押してしゃがませる。私の目を見つめながら、足元に置いていた何かを私の右手に握らせた。

 

それは――拘束具と、鞭であった。

 

 

「違いますからね!?」

 

爆音と共に砲弾が窓を破壊し、爆音に負けず行政官の声が響き渡る。

 

「先生、委員長相手は無理だ。 撤退する!」

そのまま私はイオリに抱えられ、窓から外へと飛び出した。

 

 

 

一人残された倉庫の中で、ヒナはぽつりと呟く。

「やるじゃない、アコ。いつ気づいたのかしら」

 

◇ ◇ ◇ ◇

戦車の中、誰にも聞こえない声量で、ゲヘナ風紀委員行政官は独り答える。

「……わかりますよ。わかるように、なったんです」

エデン条約の騒動の際、ヒナの不在が発生したのはなぜか、その後ヒナが復帰できたのはなぜか。己は信奉者であり理解者のつもりであったが、崇めている限り支えることはできないのでは――

 

信奉者だった少女は今も悩み続けている。他の余計な考えなど構っていられないほどに。

 

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