妙な知識をつけたクーラに保護者はどう動くか

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十年以上前に書いた黒歴史けーくー小説です。
第一章は兄が担当して、それ以外は私が書きました。


祭日

第一章 発端

「ねーねーけーだっしゅー」

 栗色の髪をした少女の声に、壁にもたれかかって携帯端末を操作していたKは、表面上なんの反応も示さなかった。ここで暮らしていくための日本語学習に飽きたのか、机から振り向いたクーラはさらにKへ身を乗り出して言う。

 なぜだかそれが気にくわなくて、この部屋内における第三者、元ネスツの情報士官ダイアナは、無意味にボールペンをカチカチと鳴らした。

「ねー……けーだっしゅーってばぁー」

 バキン、とボールペンがへし折れた。

 手の中の燃えないゴミを震える手で握り締め、ダイアナはクーラの声に戦慄する。さりげなく、そしておそるおそるクーラの表情をうかがい、ついで奥歯を噛みしめた。

 うにゃー、とでも言いそうなクーラの、あの幸福そうな顔。

 まるで――まるで――Kに、話しかけることそのものが嬉しいみたいじゃないか!

み、認めない! 認めないぞ! ええ、決して認めないっ! Kなんかに心を許しちゃダメだ! それだけは許さないよ。ええ、一週間ばかり仕事が立て込んでいたからフォクシーもわたしも相手してやれなかったからとはいえ、最近妙にあんたたち距離が近づきすぎなんだからッッッ!

「今日さあ、この国の〝エンニチ〟ってお祭りらしいよー」

なぜだろう。震えが止まらない。エアコンの温度設定を上げる。季節としては夏真っ盛り、暖房よりも冷房が必要なはずなのに。ガチガチと歯をならしながら、気をとりなおして別なボールペンを手に取った。

「どんなだろうねー。お祭りお祭りー! 行ってみたくないK?」

そう、この書類を――この書類さえ仕上げれば、あとはクーラをこのラグナロクなインフェルノから連れ出すだけだ! 待っててクーラ、わたしがKの毒牙から……。

ぶつぶつ呟くうちにクーラはいつの間にか机から離れ、とことことKの目の前まで歩いてきた。

さすがに無視するわけにもいかなくなったのか、ようやくKはクーラを見た。一瞬二人の視線が交錯し、Kは不機嫌そうに目を逸らし、クーラはそれにしてやったりと笑う。

それが、あまりにも可憐で。

……ちょっ! ちょっ! ちょっ! ちょっ!

ドグシャァ。

ダイアナの手の中でプラスチック製のボールペンが砕け散る。

心の中で煮え滾る殺意のすべてを視線に込めて、死ねマジ死ねとばかりにKを睨みつけた。

殺意には敏感なKである。んだよ、と見返してくるイラつきながらも不思議そうなKに、ますます憎しみが高まっていく。

決めた。

Kを――……殺そう。

クーラはそんなダイアナの心の――否、魂の叫びを知らぬげに、ちょっとだけ恥ずかしそうに頬を染め、「えへ」なんて言いながら爆弾を投下した。

「……ね、けーだっしゅ! 〝でーと〟しよ?」

「は?」

 図らずもKとダイアナが発した言葉は同じものだった。

 そしてこのとき、かつてネスツで情報兼医学士官としてその人ありと呼ばれた才媛は、脳内でオールバックで金髪の、アンディなんとかに似た男が「レイジングストォームッッッ!」と雄叫ぶ声を、確かに聞いた。

           *

 フォクシーの携帯端末にダイアナから緊急着信が入ったのは、その日の午後三時だった。

「どうしたのよ? 血相をかえて」

 電話に出るなり「認めぬ! それだけは決して認めぬ!」と錯乱するダイアナを、落ち着かせるようにため息をついて彼女は言った。

「私もね。ネスツの最新型クローンが生き残っているって情報を受けてから、その捜索に忙しいのよ。なにより情報が断片的すぎるの」

 そもそもマイケル・ジョーダンをモデルに、バスケットボールと拳法を組み合わせたまったく新しい戦闘スタイルを組み込んだクローンなんて、誰に需要があるのかしらね?

 目撃者の一人である、ダイアナとフォクシー派のネスツ構成員の言はこうだ。

「いやあ、僕も間近で見たことは一回しかないんですがね。ありゃあ戦闘用とか汎用だとかチャチな思想で造られたわけじゃないっすね。そもそも〝格闘〟だとか〝戦闘〟だとかとは質が――いえ、ジャンルが違うように感じたっすよ」

 なお、クローンはバスケットボールを常に携帯しているが、実はそちらに「核」とでも言うべき心臓部があるそうで、人間形態の部分はバスケットボールの指令により遠隔操作されているらしい。

「……ていうか、ネスツってそこまでバカな組織だったのね」

 クローニングの素体は誰なのかしら?

 今更ながらフォクシーは苦笑した。

 だが、彼女の話をダイアナはほとんど聞いていなかった。

「そんな『ヘルバウッ!』が必殺技のかけ声っぽいクローンのことなんてどうでもいいよ! いいから今すぐ帰ってきてフォクシー! わたしたちのクーラが大切のKで狂気のハートを盗んでいきましたで……とにかく大変なんだよ!」

 錯乱しているのはおまえだと思いつつ、それをおくびにも出さず、とりあえずは冷静にフォクシーは聞く。

「はあ、……で? つまるところどういうことなの?」

「だからクーラとKがデートだとさ!?」

 ガシャン!

「は?」

 携帯端末を耳に当てながら器用に薙ぎはらった抜き打ちの西洋剣が、目の前のパソコンを破壊する。ネスツの最新型クローンのデータがすべて抹消されてしまった。

しかしフォクシーはここ数日が水の泡と消えたことにはまったく関心を示すことはない。彼女の意識は、不吉な携帯端末の向こう側へ、なにもかも持っていかれてしまったのである。

「クローンなんてどうでもいいわ! あんなロリ男に私たちのクーラを取られるくらいなら、Kと刺し違えたほうがマシよ!」

 取るものもとりあえず、フォクシーは撤収する。

 ……後には、結局一度も発言できなかったマキシマだけが残された。

「やれやれ、お姫さんもまた、ぶっそうな保護者に恵まれたもんだぜ」

 口調とは裏腹ににやにやとした笑みを浮かべ、ひとりマキシマはクローンの追跡を再開した。

           *

「ふん」

「あー! いまけーだっしゅわたしのことバカにした!」

「……なにも言ってねえよ」

「し・せ・ん! この国には〝メハクチホドニモノヲユー〟って言う言葉があるの。Kの考えなんて丸わかりよ!」

 えへんと胸を張るクーラから忌々しげに目をそらし、

「くだらねー」

「けーだっしゅって勉強嫌いだもんねえ? そんなんじゃ生きてけないよ?」

 この国で。

「……」

 したり顔のクーラに、Kはもう反論したりしなかった。

第二章 まつり

 じりじりと真夏の太陽がアスファルトを焦がしている。蝉の鳴き声が耳に残る夕方。惨劇の舞台となる場所はK達のアジトから二駅程離れた場所にある公園に決まった。そしてこの場所に主要登場人物が集結した。

「……」

「わー、けーだっしゅ〝ヤタイ〟がいろいろあるよ!」

 近くの公園では夏祭りが開催されていた。クーラはある人物から祭りの情報を仕入れ、この場所を聞いていた。無邪気で何にでも興味を持つ彼女は喜んで参上したわけである。

「……おい」

……ちなみにクーラは、ちょっとした入れ知恵をされていた。それは『必ず二人で行くこと。それもKと一緒に』との事である。こんな固有名詞を出されているが、クーラはとれも嬉しそうに「うん、分かった!」と頷いた。

「なーに? けーだっしゅ?」

 クーラの隣で訝しげに周りを見渡してるのはKだ。

「ウロチョロすんじゃねえよ」

 Kをここに連れて来るには一筋縄では行かなかった。「けーだっしゅ。お祭り行こ!」や「けーだっしゅ。公園行こ!」などと、直接的に言っては、黙殺されてしまう。だからクーラにこの場所を教えた人物は、もう一つクーラに知恵を授けた。それが「けーだっしゅ。これ○○○○(伏せ字)から渡された」である。そうするとKはクーラから面倒くさそうに封筒を奪い、器用に外側だけ灰にした。そして片手で中の手紙を読み終えると、Kはゆっくりと立ち上がった。

「ガキの子守はしたくねえが、今回の作戦にてめえが入っていやがる」

「くーら〝ガキ〟じゃないもん!」

 クーラは頬を膨らまして抗議したが、Kは見ていなかった。

「……早く準備しろ」

「うん!」

 クーラは満面の笑みを浮かべ、Kと共にあの公園に向かった。

「あ、アイスキャンディーが売ってる!」

「おい」

 クーラはこの祭りの雰囲気を楽しんでいるが、Kにとって縁日など興味はなかった。

「……チッ」

 Kは忌々しく舌打ちをし、己の懐から携帯電話を取り出しある男に連絡をした。

「お! 来たな!」

 夜の9時を過ぎた辺り、マキシマはK達のいる公園から少し離れた草むらに身を潜めていた。

『……作戦はどうなった?』

 ドスの聞いた声を聞き、明らかに相手の機嫌が悪くなっているの感じ取ったマキシマは

「心配するな。予定通りだ」

 と宥めるような口調で言った。

『……誰も心配なんてしてねえよ。だがな……作戦の時間はとうに過ぎてるじゃねーか!』

 それについてマキシマも不審を抱いていた。当初の予定では、既に敵方の動きがあるはずなのだ。

「敵さんも何かと忙しいんだろうよ」

 その時、マキシマの近くからピピッと目覚ましのような金属音が聞こえた。

『何があった』

「大した事じゃない。俺の携帯だ」

『……は? てめえ何言ってやがる』

 マキシマは二つめの携帯電話を手に取り、発信相手の名前を確認した。

「こんな暗い所に一人でいるのは寂しいからな。携帯を二つ持ってきたわけだ。どうだ、驚いたか」

 確かにマキシマは、不安を感じていた。それは孤独ゆえではなかった。その内容が何であるか分からないが、何か良くないことが起きるような予感を感じていた。

『……気付かれたんじゃんねえだろうな』

「お前さんも心配症だな。半径十メートルには誰もいない。安心しろ」

 サイボーグ化されたマキシマの体には、多くのセンサが内蔵されている。その一つが温度センサである。もしマキシマに近づこうものなら、それが生き物である場合「体温」から居場所を感知し、その情報をマキシマの脳に信号を送る仕組みだ。

「お姉ちゃんから着信だぜ。そっちに繋げてやろうか?」

「……」

 無言で通信を切られてしまった。

「……やれやれ」
 そう呟くと、マキシマは着信の鳴っている携帯電話に視線を移し、その厳つい手で通話マークを押した。

「弟さんは爆発寸前だぜ」

『あらそう』

 相手の声は女性である。

「おいおい、一言で片付けてくれるなよ。もうちょっと愚痴を聞いてくれたって減るもんじゃないぜ」

『……時間が減るわ。早いとこ作戦通りに行動して貰わないと、こちらとしても身動きがとれないわ』

「そうは言ってもな……俺の力じゃどうにもならないんだよ」

『どういう事?』

「……カウンターを入れるためには相手の攻撃が必要になるが、相手が何もしない限り、決してカウンター攻撃をする事ができないわけだ」

『良く分からない例えをありがと。つまり敵方に何も動きがないわけね』

「ああ、そういう事だ」

『……おかしいわね』

「おいおい、しっかりしてくれよ。お前さんからの情報だぜ。今さらガセって事になると、公園でデート中のアイツに大事なもみあげが灰にされてしまうぜ」

 マキシマは苦笑を浮かべ、自分のもみあげをさすった。

『分かったわ。こちらの方でも出所にあたってきるわ』

「……ん? この計画を立てたのはお前さんじゃないのか?」

 電話越しの彼女から渡された封筒を見つめた。

『作戦を立てたのは私よ。……ただ、ここにネスツの工作員が集まるっていう情報の発信源はダイアナよ』

 その「ダイアナ」という言葉を聞いた時、急にマキシマの表情が呆れ顔へと変化した。

「……こういう事はあまり言いたくないんだがな」

『……』

 通話口からため息が聞こえた。

『最後まで言わなくていいわ。分かってる』

 その穏やかな言葉を聞いたとき、マキシマの表情も緩んだ。

「ならいい。……それじゃ、俺の与えられた配役に戻るとするか」

『……ええ。良い演劇を期待しているわ』

 そう言われ、通話が切れた。

「……舞台のままであることを願うぜ」

 マキシマが独りごちたこの言葉も、携帯電話の明かりと共に暗闇へ消えていった。

「……チッ」

 忌々しげな舌打ちと同時に携帯電話を切ると、屋台に夢中になっているクーラを一瞥した。

 クーラは「りんごあめ」やら「わたあめ」に夢中で、何事もなく祭りに参加しにきた子供ようにはしゃいでいた。

「ま、餌としての違和感はねえがな」

 そう呟くとKは近くのベンチに腰を下ろした。懐からサングラスを取り出して目に掛け、視線を分かりにくくさせてから周囲を見渡した。

K達に与えられた作戦内容は、この公園内を彷徨くというごく単純なものだった。だがKはこの作戦にいささか不満を感じていた。いうなればK達は囮であり、本来戦闘のためだけに生み出された彼からするとこの行動は性に合わなかった。

「ねーねー、けいだっしゅ。くーら〝しゃてき〟やってみたい!」

「……」

Kは声が聞こえた方向に振り向くと、満面の笑みを浮かべたクーラがいた。

「……」

Kはすぐにクーラから目を離し、周りの観察を続けた。……するとクーラはKに近寄り、頬を膨らませてKの肩を揺すった。

「ねえねえ行こうよー! けいだっしゅ!」

 何度も何度も揺すったが、Kは何の反応も示さなかった。

「ふーんだ。ならいいもん! 私一人で行くからね!」

 ようやく諦めがつき、クーラは「しゃてき」と書かれた屋台へと足を進めた。

 Kはクーラが去っていくのを見届けると、マキシマに連絡をつないだ。

『どうした?』

 野太い声がKの耳に響いた。

「テメエには見えてんだろう。アイツが向かった先を調べてくれ」

 マキシマは改造手術された目によって、二㎞先まで見渡せる。さらにネスツの人工衛星にアクセスすればこの世界どこでも閲覧する事ができる。

『向かった先? あのライフルゲームの所か?』

「ああ」

『ちょっと、待ってな。……それにしても射的か。俺がやったら景品を全てとれる自信があるぜ』

「……楽しめるかどうかは別だがな」

 全ての行動が自身に内蔵されたコンピュータによって計算されてしまうマキシマには、高得点は出せるが人間として遊ぶには難しいかもしれない。

『お! 来たぜ! 女王様からの返信だ』

 Kから「調べてくれ」と言われた瞬間、マキシマは既にウィップという軍の人間に連絡を取っていた。

今回ウィップへの連絡手段には携帯電話を使用してはいない。だが代わりにマキシマ自身の内部にあるコンピュータから直にアクセスし、ウィップへと送信した。

この方法は主にメール等の簡易な連絡や、飛行機やホテルの予約といったようなコンピュータネットワークを介する取引にも使用できる。

『……』

「おい、どうした?」

 受話器の奥からため息が聞こえた。

『ちなみにお前さん……どうしてあの場所が怪しいと思ったんだ?』

 マキシマはそう言い放った瞬間、ずどん!と重い音が聞こえた。

「……今の音はなんだ?」

『俺が打ち上げた花火さ。祭りにはつきものだろう』

 Kはその言葉を聞くやいなや、真っ先にクーラの向かった屋台へと走った。

「何人だ?」

 Kは走りながら尋ねた。

『さあな』

 マキシマでも把握しきれていない敵の数に、Kは眉間にしわを寄せる。

『少なくともここにいるお姫さん以外の目に付く人間が俺達の敵なのは間違いなさそうだぜ!』

ずどん! ずどん! と電話口から鳴りやまない衝撃音が響いていると、横から急にバスケットボールがKの顔めがけて飛んできた。Kは冷静に右手を振り上げた。するとその軌道に沿って炎が現れ、そのままボールを灰にした。

飛び道具を投げつけたと思われる方向に目を向けると、そこには白目をむいて倒れている欧米人の姿があった。この人物は身長が高く、体格は細身だが強靱な筋肉がついており、もしかすると本当にバスケットボールの選手だったのかもしれない。

Kは目先を屋台に戻すと再び走り出した。

「……マジかよ」

 「しゃてき」の屋台に到着すると、そこには既にクーラの姿はなく額から血を流している数名の人間がいるだけだった。その横たわっている人間の中には浴衣を着た男や着物姿の女が混ざっていた。

『お前さんとこに20弱が集まってるぜ。耐えられるか?』

「さあな」

 Kが後ろを振り向くと、いつの間にか多くの人間がすぐ側まで迫っていた。走る者や歩く者、早足な者とそれぞれだが、全員進んで来る方向は一緒だった。

「まるでゾンビだな」

『後4分程で応援が到着する。通信を一旦切るぞ、お互い忙しくなりそうだからな。……ゾンビ狩りがゾンビにならないようにしてくれよ。いまどきB級ホラーでもそんなオチはないぜ』

 このマキシマの言葉を最後に通話が切れた。それとほぼ同時に走ってきた最初の男がKに襲いかかった。手には小型ナイフを持っており小さいが殺傷力は十分にある。……Kは顔に振り下ろされたナイフを半歩引いてかわし、即座に足を振り上げ、男の顎にカウンターを喰らわす。

「……言葉を話せるだけマシか」

 男の肉体が宙に舞う。……しかしそんな男の姿を見ても、敵は怯むことなくKに押し寄せてきた。Kは一つ息を吐くと、周りの暗闇に同化するような早さでその人溜まりに突撃する。

 マキシマはある経路から入手したドイツ製の小銃ワルサーWA2000を使い、複数のターゲットに向かって射撃を行っている。

「いい加減……姫さんも協力してくれないかねぇ」

 マキシマはここ5分くらい休むことなく10㎏近い狙撃銃を打ち続けた。さらに2㎞先にいる相手の眉間を狙っていたが、打ち損じは一発たりともなかった。

「疲労が全くない……コンピュータ計算による射撃ってのは卑怯かね?」

『……さあね。一つだけ言えるのは羨ましくはないわ。疲れがあるからこそ成長できて喜びも感じられると思うわよ』

 小銃を撃っている最中、いつの間にかウィップと連絡とっていた。

「俺は楽しいけどな。景品があれば言うことなしだ」

『そう。どうでもいいけど、後一分でそちらに着くわ。……クライアントと一緒にね』

 その言葉を聞くと、マキシマの顔が急に強ばった。

「……一言断っておくが、お姫様はとても祭りを楽しんでいたぜ」

『あら、なんでそんな事を言うのかしら?』

「ま……念のためだな」

 もう標的が少なくなってきたのか、銃声が響く間隔が段々と長くなっていった。

『私達の出番はなさそうね。とりあえずご苦労様』

 とだけウィップが言い残すと、そこで電話が切れた。

 マキシマがいる暗闇に銃声だけが空しく鳴り響いていたが、やがてブレーカーが落ちるようにプツリと止まった。

第三章 願い

「あのデカブツも気付いていたのね」

「……ええ」

 クーラ達がいる公園に向かっている乗用車の運転席には白衣を着たダイアナ、助手席は軍服を着たウィップが座っている。

「すまないね。騙したりして」

「フフ……あのおじさんも何だかんだ楽しんでいたし、いい運動になったと思うわ。……それにしてもあの子のためだったなら、一言言ってくれれば協力してあげたわよ」

ウィップがドアにもたれながらダイアナを一瞥する。

「……まあ、クーラにも気付いて欲しくなかったからね。この国には〝敵を欺くには先ず味方から〟という言葉もあるらしいわ」

 ウィップ達が乗っている車が停車すると、前後にいた数台の車両も止まり、そこから軍服を着た人間が続々と飛び出してきた。

「……本当にそれだけ?」

 ダイアナはその問いかけには答えず、運転席を開き僅かに灯った祭りの残り火を目印に歩を進めた。

「ちなみに今、私達のアジトには誰もいないわよ」

 ウィップも続いて助手席から降りて、ダイアナの後ろ姿にそうポツリと漏らした。……ダイアナの足が止まった。

「全て分かっているのね。さすがだわ」

 ダイアナは後ろを振り向かずに答えた。

「……ええ。旧ネスツの残党、あるいはその技術を付け狙う者達。あなたは彼等にわざと情報を流し、その一派を掃討しようと考えていたのね」

 ダイアナは静かに歩き出した。

「歩きながら話しましょう。クーラ達が待ってるわ」

 ウィップもダイアナの少し後ろから歩き出した。

「彼等をおびき出すには、餌が必要だった。……それも極上のね。だからK達を利用した」

 ダイアナ達が歩いている所が刻々と明るくなってきた。

「あなたは敵を分散しようと考えた。Kとクーラ……彼等にとってはどちらも良い研究素材になるからね。当初の予定ではKはアジトに残らせ、あの子だけをここに来させるつもりだったんでしょう」

 現場に到着すると、クローンの死体と意識を失った工作員がその場に点々と転がっていた。

「……随分と几帳面な男だね。クローンは殺処分で人間は生かしておくなんてね」

「……」

 その光景に一瞬、ウィップは言葉に詰まってしまった。

「こいつらには殺してあげるのが一番の幸せなんだ。言葉も喋れない考える事もできない。生きたまま死人にさせられてしまった……あのM型はそれを分かっててこんな決断をしたんだろうよ」

 ダイアナは地面に膝をつき、眉間を打ち抜かれて絶命したであろうクローンの目を閉じた。

「遮ってすまない。続けてちょうだい」

 ダイアナは立ち上がって、公園の奥へと歩き出した。

「そうね。私はあなたからここに彼等が集まると聞いたとき、最初はあの子だけ呼ぶ計画を立てていたわ。……でも私は疑問に思ったわ。どうして戦場をここにしたのかって」

 ダイアナとフォクシーがトップに立つ新しいネスツの方針では、一般人を巻き込むのは出来るだけ最小限に留め、決して事を荒立ててはいけない。というのがある。そして今日、この公園には伝統あるお祭りが開催されている。彼女たちの考えだと、敵を網に掛ける場所としては不整合である。

「あなたがこの場所を選んだ理由は、ただ一つ……あの子のためね」

 突然ダイアナが立ち止まり何かをじっと見ていた。ウィップがその視線の先を辿ってゆくと、真っ黒な灰が地面に四散しておりその近くには白目を向いた背の高い欧米人の姿があった。

「本当に馬鹿な組織だね」

 ダイアナは誰にも見えないように小さく笑った。

「……あなたも気付いてたんでしょう。あの子が本当の願いが」

 歩みを進めていくと、二人の視線の先にクーラとKがいた。クーラがKにちょっかいを出して、Kはベタベタ触るクーラにあくまでも無視を決め込んでいた。

「……」

 ダイアナは答えない。真っ直ぐとクーラ達の方を見据えてる。

「あの子の『祭りに行きたい』という強い願い。それは決して1人のモノではなかったわ」

 ウィップが話し終えると、ダイアナは懐から連絡用の無線機を取り出した。

「……なんだ。そうか……ああ……感謝する。……ああ。もうやっていいぞ」

 それだけ伝えて、また懐に無線機をしまった。

「一般人の保護はすんだ。この近くの神社に監禁されていたらしい」

 この公園と『蛇の神オロチ』を奉っている神社は隣同士にある。人質を見つけたのはウィップ側が動かした軍の人間ではなく、ダイアナが個人的に連れてきた部下だった。

「……あなたの電話でちょっと気になったんだけど、最後の『やっていいぞ』ってどういう事かしら」

 ダイアナの部下が日本人であったため、連絡も日本語で喋っていた。ウィップはその『やる』という言葉の意味について良からぬ事も含めて様々な憶測を立てていた。

 もしもの場合に備え、いつでも背中に掛けてあるウットドゥに手を伸ばす準備は出来ていた。

「なあに……後始末さ」

 ダイアナが不敵に笑う。するとどこからともなく耳を劈くような爆発音が響いた。

「……っ!」

 ウィップがすぐさま神社の方に目を向けた。……だが不安とは裏腹にそこに火の手は上がってなかった。

「ははは! すまないね。ちょっとからかいすぎた」

 ウィップは呆れたようにため息をつき、伸ばし掛けたウットドゥから手を引いた。

「安心しな。監禁された人々は私達組織が責任を持って無事に家まで送り届けるよ。」

「じゃあ、今の音は?」

 今まで笑っていたダイアナの顔が、急に引き締まった。

「……その事については謝らなけりゃならない」

 ダイアナに深々と頭を下げられると、もう一度ウィップは大きくため息をついた。

「だいたい、想像はつくけど……どうせまた、私達のアジトを爆破したんでしょ」

 ダイアナは何も言わず、ただずっと頭を下げていた。

「……別にいいわ。どうせあの場所も敵が進入する事は予測していたから重要な物は何一つ残してないわ」

「本当にすまない」

 ウィップはダイアナから目を逸らし、クーラ達の方に目を向けた。

「……あの子達はなんて言うか分からないけどね」

 ウィップは自然と顔が緩んだ。

「それにしても、Kがアジトに留まったらどうするつもりだったんだ」

 いつの間にかウィップの後ろにマキシマが立っていた。ダイアナは顔を上げた。

「……変わらないさ。同じように爆発させるわ」

 ダイアナもクーラ達に視線を移した。

「ま……私はあの色黒坊やが大嫌いだからね。……ぶっちゃけると本来の目的は奴を殺す事なんだよね」

「ほう……だからKの姿を確認してから愛しのマイホームを爆破するように連絡したのか。とても良くできた計画だ」

 マキシマはニヤニヤしながら、右手で自慢のもみあげを整えていた。

「趣味が悪いわね。……だったら分かっていると思うけど連絡が来たのは部下の方からよ」

 ダイアナが使った線を傍受し、マキシマは無その時交わされた会話を全て聞いていた。

「どちらにしろ命令を出せる立場にあったのは事実だぜ」

「……」

 ダイアナは押し黙ってしまった。……暫く静寂が続いているとウィップが口を開いた。

「これも推測にすぎないけど……Kとクーラが一緒にやって来ることはあなたも知っていたんじゃないの?」

 ダイアナは黙ったままだ。

「あなたは私すらも利用し、あのアジトを空にした。……そしてあそこに進入してきた連中を用意していた爆薬で吹き飛ばす。」

「……フフ」

 ダイアナから微かに笑い声が聞こえたが、ウィップはかまわず続けた。

「現時点まで、あなたの計画通りに事が運んでいたと思うのは……私の考えすぎかしら」

 ウィップがダイアナの後ろ姿を見据える。

「……どうかしら。私にも何が自分の望みだかよくわからないわ。……ただ一つ、クーラには辛い思いをさせちゃいけない。それだけは心の奥底にある確かな願いだから……」

 そうダイアナが話し終えると、マキシマがK達の方に歩き出した。

「ちょっとKの様子を見てくる。……アイツそろそろ爆発寸前だからな」

「……そうね。私達も行きましょうか」

 マキシマに続いてウィップもK達の下に向かったが、ダイアナは逆の方向へと歩き出した。

「私は遠慮させてもらうわ。まだやり残した仕事もあるし」

 ダイアナは歩きながら後ろにいるウィップ達に向かって手をヒラヒラさせて、ダイアナ流の別れの挨拶をした。

「……ちょっと、待って」

 ダイアナは歩くのを止めない。

「私達の今日の宿代、いつもの口座に振り込んでね」

 了解。とでも言うようにまた右手を挙げて後ろ向きに振った。そのすぐ後にはダイアナの姿は見えなくなった。

 歩きながらウィップとマキシマはある相談をしていた。

「とりあえず……なんて伝える?」

「ま……正直に話すさ。家が爆発されて宿無し生活が始まるってな」

「納得してくれるかしら」

「するさ」

「……なぜ言い切れるの?」

「こんなのも……よくあることだからな」

 それだけ言って、Kとクーラに合流した。

 

   了




読んでいただきありがとうございました。

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