小学校卒業時に後輩に告白されて「じゃぁトレセン来て私に勝ったらいいよ」とか言ったら、そもそも自分が既にピーク迎えてて入学時点でこれから走りが鈍くなるよって絶望突きつけられた
完全に後輩を失念してジュニア級蹂躙して引退して、ようやく冷静になった所で「あれ、今の私ヤバくね?」ってなる話
「私、先輩が好きです! 付き合ってください!」
憧れた少女漫画のワンシーンにも似た台詞。あの漫画では確か、主人公の女の子が憧れの先輩に告白していたのだったか。確かに彼女にとっての私はある種の憧れなのかもしれないと思えば、共通項は幾つかある。だが漫画の中と違うのは、まだ自分達は小学生という事だろうか。あの作品の彼女らは高校生、ずっと年上の世界の話だ。
そしてもう一つ、決定的な違いがあった。
「……本気で言ってる? 私達、お互いウマ娘だけど」
そう、私たちはウマ娘だ。娘と付く以上は女性であり、そもそもウマ娘という種族自体が人間から派生した女性種族なのだ。当然私が実は男でした、なんて事は無い。勿論告白してきた彼女にだってそれは無い。
なにせ彼女が憧れたのはきっと私の脚、今日まで彼女を圧倒してきた私の走りだろうから。ここまでの剛脚を、ただのヒトは繰り出す事が出来ないのだから。
「ウマ娘かどうかなんて、そもそも性別なんて関係ありません。私はそんなの抜きに先輩が好きなんです、だから付き合ってほしいんです。ずっと傍に、先輩と一緒に居たいんです!」
嘘を言っている様子は無かった。耳も尻尾も、驚くほど彼女の姿勢と共にピンとしていた。少しでも嘘や冗談の類であれば、まだ肩書小学生とはいえ、これからトレセン学園への入学が決まった私の視線に中てられれば乱れるはずだ。
粘り強いのか、そう思いやや強く睨みつける。しかしそれにも怯まず、ただただ自分の意思を通そうという気概が滲み出る。少しぐらい気圧されてくれてもいい物だが、それぐらい意思が強いという事なのだろう。
「……分かったよ、考えてあげる」
そう答えれば、彼女は顔を綻ばせる。余程嬉しいのか、尻尾も耳も忙しなく動き回る。それに気づいて、瞳をキュッと丸くして赤面する様は愛らしいの一言に尽きた。
考えるといった手前、私も彼女を好きにならねばフェアではない。少しでもそう思えるように、可愛い所や良い所を今から見つけていこうと思う。尤も、卒業式が今日であったので次に彼女と会うのは早くて来年なのだが。
「うーん、そうだな……貴女が私より速く走れるようになったら、付き合ってあげる。それでどう?」
「……条件付き、という事ですか」
ちょっとした意地悪だ。喜んでくれた手前もあって少々気は引けたが、当分の間は彼女の為に恋愛周りはフリーにしなければならない。それを考えれば、これぐらいは可愛い物だろう。そもそもレースに向けたトレーニングがあるので、実際にはそんな余裕は無いのだろうが。
「そう、貴女が私より速くなるその時まで待ってあげる。あんまり長引くと私も困るから、なるべく早くお願いね?」
約束は守る方だ、例えそれが今回のような事であっても約束は約束。だから、もし今回の事が彼女の気の迷いだったとしても、ケジメとして彼女は私と走る事となる。
もしも彼女が本当に私より速くなったなら、それだけの努力を積めるだけ本気だったか、素質があったかのどちらか。彼女の言う事に従おう。
逆に追いすがってくる事も出来なければ、スッパリと関係を切ってしまおう。トレーニングの質の違いなんかも出て来るだろうが、トレセンに入学して最初の一年なんて大した事も出来ないだろう。だから関係をリセットして、ただの先輩後輩の仲になってしまえばいい。お互いに後腐れの無い関係になれればいいが。
「……分かりました。必ず先輩よりも強くなります、……必ず先輩を私のモノにして見せますから、待っていてくださいね?」
暗に私が言わんとした事に気付いたか、仄暗い雰囲気が彼女を覆った。少し言い方が悪かったか、言い方が悪かったかと逡巡するがもう遅い。
彼女が俯いたと思った直後、顔をゆっくりと上げて向けられた視線に背筋が凍った。
じっとりと、ねっとりとした視線。その奥にあるのは凍てつくような、それでいて劫火の如き熱であり、同時に極寒の如く冷えたモノ。
いま彼女を支配しているのは、私達ウマ娘が生来持って生まれる物だ。独占欲や執着心、そういう物が彼女の胸中に渦巻いていると理解できた。彼女は本気で、私を捕りに来ようとしている。
「……っ、いいね、ワクワクしてきた」
引きつった笑みが浮かぶ。彼女の放つプレッシャーは、今までの模擬レースでだって感じたことが無いほど重く苦しい物だった。
ほぼ反射的な物だった。抑えることも出来ないまま、けれど恐怖に引きつるのを堪えた結果、強がって微笑んだように見えてくれたら僥倖だ。
彼女とのやり取りは、それを最後に終わった。
油断すれば、比喩なしに狩られる。最初の一年ぐらいは環境に慣れる事に専念しようだなんて、ぬるい発想は吹き飛んだ。節度は守る、だがあの後輩に成す術なく狩られるのは性に合わない。早ければ来年度には彼女もトレセン学園に来るだろう、それまでに備えなければ。
けれど現実はあまりにも無慈悲で、残酷な物だった。
───☆☆☆───
『速い速い! もはや独走! 彼女に追いつけるウマ娘は居ないのか!?』
最終直線、後続に7バ身差を付けたままコーナーを抜け、最後の約474mを疾走する。気持ち長めの直線、後方脚質のウマ娘が徐々に迫る。コーナーの時点であった差はあっという間に4バ身、3バ身と詰められていく。
しかしそれだけだ、如何に脚を貯めて居ようとも、最後の200mからが本当の勝負所。
『先頭は依然としてフェヴガリオネイロ! リードは2バ身に縮まり、残り200!! ジュニア級重賞連覇ウマ娘、このままG1ウマ娘達成となるか!? それとも差しきられてしまうのか!?』
「……!」
目前に急勾配の坂が迫る。後三歩、二歩、一歩。そこで、私は歩幅を変更する。坂へ顔を叩きつける勢いで前傾になり、そのまま脚の稼働範囲を制限する。必然的にストライド走法は物理的に封じられて、ピッチ走法へと切り替わる。条件反射的な肉体の保護機能を利用した極めて強引な走法シフト、当然甚大な負担が掛かるが、意図的に発動できる分タイミングさえ逃さなければロスも発生しない。非常に使い勝手が良い裏技だ。
そのまま坂で加速し、後続を突き放してゴール坂を駆け抜けた。
誰でも出来る、だが誰もやろうとしないのは怪我の危険が付き纏うから。だが私は出来る、怪我よりも恐ろしい物に付け狙われているから。
入念な検査とケアを繰り返す羽目にはなるが、私はどんな技術だって取り入れなければならない。すぐに私の血肉となるなら、なんでもいい。
私には、ジュニア級にしか居場所が無いのだから。
『1番人気、フェヴガリオネイロ! 朝日杯フューチュリティステークスを勝利し、今日挑むは年末のジュニアG1『ホープフルステークス』!! 阪神ジュベナイルフィリーズ勝者、ブリッジコンプは脚部不安により回避したので、ジュニア王者の名を欲しいままにするか、はたまた他のウマ娘がそれに待ったをかけるのか、目が離せないレースとなりそうです!! さて、2番人気は──』
ジュニア級最後のレース、泣いても笑ってもラストラン。まだ公表はしていない、する心算も無い。トレーナーには、クラシック本戦で盛り上がり始めた頃にでもひっそりと公表してくれと頼んでいる。大々的にする必要は無いのだ。
生まれるのが早すぎた怪物は、それ故に衰えるのも早く、ただ腐り落ちて沈むだけ。
『各ウマ娘、ゲートイン完了。──スタートしました! するりと抜けてハナを取る3番──』
大舞台では初めての2000m、7枠13番と外に寄った配置からのスタート。スタート直後から外目中団に位置取り、最初の坂に備えて既に半ばピッチ走法のまま突き進む。通常よりはスタミナを使うが、内側へ入れなかった前を走るウマ娘の後ろに入ればスリップストリームの恩恵を受けられる。これでプラマイはゼロ。普段先行策を取る私からすれば、それ以上にスタミナを温存できている。
そして周りを見れば、いつもなら先行策をとる私がこの位置に居るのを、これ幸いとばかりの執拗なマークを受ける。デビューから今まで短距離を含めた重賞を連覇したがゆえ、中距離に分類されるこのレースならば、マークしてスタミナを減らせば落とせると踏んだのだろう。
『1番人気、13番フェヴガリオネイロは普段より後ろ、中団で脚を貯めている! 1番人気の宿命か、あっという間に後方脚質のウマ娘に囲まれ──いや最初の坂を難なく上り順位をあげた!! 中山のペース配分に慣れないウマ娘達が坂で僅かにバラけた隙間を縫って先頭集団へ合流したぞ!! これがジュニア級最多重賞ウマ娘の実力か!!』
しかし現実はそう甘くない。私が直面しているどうしようもない現実と同じ様に、揺るがない絶対は確かにそこにある。
目先の欲に囚われて、私をマークしようとしたウマ娘達をなぎ払いにかかった。坂に入ると同時にスリップストリームから抜け出して揺さぶり、意識を私に逸らしたがために僅かに坂への対応が遅れた彼女達を更に動かして、隙を作り出し纏めてごぼう抜きにした。
現在先頭集団は私を含め先行策が3人、逃げが2人の計5人。後方集団の面々は、私をマークするため無理に付いてこようとした。要は、見事に掛かった。第1コーナーからの坂を考えれば、直ぐに冷静になれない限り、もう脅威ではないだろう。
『フェヴガリオネイロがレースをコントロールする展開、中団が一斉に掛かってしまった様子! 第1コーナー回って第2コーナー、ここから向こう正面にかけての下り坂! 逃げウマ娘はどう立ち回る!?』
少し前までの定石は、坂はゆっくり上ってゆっくり降りる。しかし最近のトレンドはその逆だ。
とはいえそれはクラシックやシニアのウマ娘が考えること、まだ身体が出来きっていないジュニア級には荷が重い。負担を減らす技術があれば話は別だが。
無論、私はどちらもある。忌々しいことに、両方ともこの身に備わってしまっている。
だからここで私がすることは。否、このレースで私がすることは最初から決まっていた。
『現在先頭は3番、ジュニア級の逃げウマ娘としては十二分に整った身体はクラシック級にも引けを取らないでしょう。ややスローペースで坂を下っていますが、このまま脚を貯める作戦でしょうか?』
『近年では坂は勢い任せにという風潮ですが、これは堅実な走りだと思います。坂を下りきってからが本番でしょう』
実況と解説が先頭のウマ娘について言及してくれたところで、約800mを通過。坂も中頃だが、いい具合に前を行くウマ娘達が内ラチ沿いに固まっている。
残り1200mは長いとも言えるし、今からスタートだと考えれば短距離レースと同じだとも言えた。
今日は、後者で行くと決めていた。
『ここでフェヴガリオネイロ動いた!! まだ残り1200はあるこのタイミングで、第2コーナーからの下り坂半ばからスパートをかけた!! この大一番で、超ロングスパートでの勝負に出る心算なのか!?』
その通りだ。声に出さないままに、実況の言葉を肯定する。
スタートから大した脚も使わないまま中団から始まり、スリップストリームでただでさえ少ない消耗を更に減らす。そのまま第1コーナーまでの400mをほぼ体力を削らないままに全体のペースに乗って走り、第2コーナーを回って下り坂半ばまでの400mで中団から先団に移行。そのついでに、中団でマークをかけて来た者たちを纏めてなぎ倒し脅威を減らす。
そして極めつけに先頭を走る逃げウマ娘がスローペースへ移行した事で、私は自分の走りになんの憂いも無く移る事が出来るのだった。
『速い、速い! ここでまさかの暴走か!? フェヴガリオネイロ、単独で突き進む! みるみるうちに5バ身、6バ身と差が開く!! 3番の子は追わない!! 暴走に付き合う気はないとばかりにどうにかペースを保っています!!』
『この判断が吉と出るか凶と出るか、他の子たちも動きを見せ始めましたね!』
3番の逃げウマ娘は追ってこない、良くも悪くも堅実だったらしい。他の勘のいい子達は慌ててペースを上げる、しかし何故ペースを上げようとするのか分からない者たちが混在するためにチグハグなペースメイクが展開される。ペースメイカーである逃げウマ娘達が揃って、私を暴走と判断したのが運の尽きとも言えた。
『第2コーナーの下り坂を超え、バックストレッチを驀進するフェヴガリオネイロ!! まるで短距離レースさながらの走り、1000m通過時点でのタイムは59.9!! 800mまでを平均ペースかややスローで進行していた事を鑑みれば、スパートから最初の1Fをかなりのタイムで駆け抜けた計算になります!!』
『下り坂で一気に加速したことを加味してもかなりのタイムだと思います。これが作戦なのか暴走なのか、どちらにせよ目の離せない波乱のレースとなりました!!』
平坦なバックストレッチを駆け抜ける。足音から察するに、後続との距離は既に10バ身以上は離れている。言ってしまっては悪いが、現在の彼女たちは私の敵ではない。かと言ってクラシックに上った後、私が彼女たちに同じように勝てるかと言えば「ノー」である。
単純な話で、私が早熟過ぎたのだ。地元で負け知らずなんて当たり前だ、その時点で既に通常のジュニア級レベルに身体が出来上がってしまっていたのだ。それに気づいた時にはもう遅い、元々のんびりするつもりは切り捨てた身であったが、それをさらに上回る勢いでの電撃デビューとなった。
それからは激動の日々だった。身体を壊さない程度に、けれど過密なスケジュールでトレーニングを重ねてはレースへ挑んだ。デビュー後はすぐに重賞レースなんて当たり前で、中距離以上に適性があると宣ったトレーナーが函館ジュニアステークスに出走登録をした時は正気を疑ったし、その後もマイルレースを交えた計5つの重賞レースを連覇。京都ジュニアステークスには出走しないと言われた時には、癇癪を起しかけた。
5つ目であった朝日杯フューチュリティステークスに勝利後、ようやく念願の中距離レースへと出られる事となったのだ。いっそクラシック期も少しだけ残って京成杯とか、弥生賞にでも出るかと思っていた矢先だった為、とても嬉しかった。
閑話休題。そんなこんなでこのレースに挑んだ私に告げられた作戦は、自由に走ってこい。
そんな無責任なと思わなくも無かったが、しかし同時に悪くないとも思った。最後の公式レース、ノビノビと走るのも良いなと考えたからだ。
そんな中で頭を過ったのが、一緒に走るウマ娘たちには少々意地悪なレースプラン。しかし今まで短距離やマイルで走ってきていた私だから出来るレースメイクだと思い、今までの私を見て来たファンたちには、最後まで私らしさを見せつけるのも良いと思って採用した。その結果がこれだ。
『第3コーナー回って第4コーナー! もはや独走! もはや蹂躙!! 圧倒的な速度で駆けるフェヴガリオネイロ!! 後続も粘りどうにか12バ身差をキープしているが、待ち受けるのは短い中山の直線だ!! これはもうセーフティリードか!!?』
『ゴール前の坂でフェヴガリオネイロが速度を落とすかどうか、そして他のウマ娘たちが坂を物ともせず駆け抜けられるかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。せめてどこまで差を縮められるのかで、彼女たちの実力如何が試されるとも言えますね』
既に何人かがラストスパートへ移行した気配。コーナーの真っ只中であろうに、ぶっつけ本番でコーナーを回りながらのスパートを仕掛けたらしい。この程度で怪我をする温いトレーニングはしていないだろうが、それはそれとして不安には思う。
だが私も負けられない、負けてはやれないのだ。クラシックは私抜きでやればいい、だがジュニアでは私が全て貰って行く。傲慢だと言われようが、だからと言って手を抜ける物でもない。
今この瞬間は、私が他の全てを圧倒したというだけなのだ。
『フェヴガリオネイロ、4コーナーを抜け最終直線! 後続も追いすがるが何処に貯めていたのか、フェヴガリオネイロもここでペースを上げた!! 縮まらない、縮まらない!! 最終直線、ゴール前の坂ですら彼女を止めることは出来ない!! 差は10バ身から縮まる事無く、今……ゴーーール!!』
誰一人として追いつく事は許さない。許されない。
他を圧倒するだけの力を有して、接戦だなんて温い事は許されない。
『重賞6連覇!! 短距離、マイル、そして中距離! 全ての距離でジュニア級重賞を制覇したウマ娘が今誕生しました!! これからの活躍が今から楽しみでなりません!!』
実況の言葉を耳にして、けれど心に響く事は無い。入学して間もなく理解した事だ、今日この日を最後とする為に今まで過密なトレーニングを行ってきたのだ。今更何もないのだ。
だというのに。
「おめでとうございます、フェヴガリオネイロさん。……血も涙もない魔神なんて言われてましたけど、ちゃんと泣けるんですね」
2着の子が声をかけてきて、その発言で気付く。
ああ、頭で理解はしていてもやはり私は走りたいのだ、と。
───☆☆☆───
4ヶ月が過ぎたある日、ついにこの日が来た。
春は出会いと別れの季節、去年彼女と別れた時が懐かしい。今年は彼女が入学する事を書類上で知っている、何を隠そう生徒会のメンバーへ2ヶ月程前にスカウトされたのだ。
現生徒会のメンバーへはもうトゥインクルシリーズを走らない事を伝えはしたが、それでも構わないと物好きな会長は言った。なんであれ、そういった事情もあって新入生の情報はかなり早い段階で知ることが出来たのだ。
「それにしても、主席合格とは……凄いなぁあの子」
「実際凄かったですよぉ、何せ勉学も実技も文字通りのトップですもん。あんな子に追いせがまれるなんて罪なウマ娘ですねぇ、このこのぉ~」
「やめてくださいよデジタル会長、こっちは気が気じゃないんですから。ただでさえもう一緒に走れないのに、あれじゃ早くて来年……遅くても再来年には私が残した記録全部抜かれちゃいますよ」
「私も会長なんて座に就いてなければ、そのお話だけで薄い本が厚くなる所だったのですが……しかし会長になっていなければとっくに卒業! そもそも貴女方に会えないし知れない!! 神は何故こんなにも無慈悲なんでしょう!!」
「平然と身内をネタに本を描いたかも宣言しないで貰って良いですか?」
アグネスデジタル生徒会長。かつてはあるウマ娘の大舞台出場を阻み、その上で覇王を討ち取った魔王だとか言われていた事もあった。だがその過程や後の結果、特に彼女自身のその後の海外での活躍を含めた異常とも言える戦績が良い方向へと呼び名を変えた。ある人は勇者とも、しかして彼女の内面を知る人はローテーション含めて変態とも。
そんな彼女が生徒会長になったのは数年前、前生徒会長であったスペシャルウィークに世間話の流れで「来年の生徒会はおねがいね」と言われ、あまりに自然な会話の中であったが為に「お任せください!」と威勢よく答えてしまい言質を取られたのが運の尽き。結果として逃げ道を失い、彼女は生徒会長の座に就くことが決まったのだった。
「まあ冗談はさておき、ヒュプノシスポボスさんですっけ? 何が理由でそんなに好かれちゃったんですか?」
「正直、よく分からないんですよね。ただ私が走らなくなった理由も、気付いてないわけが無いと思うんですよ。なのでもし走りに憧れてとか、そういう部分でって言うなら開幕で失望しましたって諦めてくれるのが理想ではあるんですが……」
「打ち負かす気満々なのにです? そういえばオネイロスさんより速く走れるようになったらって条件ですよね? というかその条件ってちゃんと詳細詰めてます? もし直接勝負ってなったら惨敗確定なの理解してます? 当時条件を詰めてなかったから譲歩してくれる余地はあるかもしれませんけど、後輩を立たせるならこれ以上なくオネイロスさん負け確定の条件が整ってる事にちゃんと危機感覚えてますか?」
「……えっ、なんですか急に。そんな詰め寄らないでくださいよ、というか普段イエスウマ娘ちゃんノータッチとか言ってるのに滅茶苦茶近いじゃないですか……」
何気ない曖昧な憶測を漏らしたら、急にデジタル会長が真剣な顔してがっつき始めた。コワイ。
何かが琴線に触れたらしく、私の指摘にも何も怯むことなく壁に追いつめられる。
「私の予想ですが、たぶんかなり重めの愛向けられてますよ。それこそ走らなくなった事なんて都合が良いと思われてても可笑しくないです、だってオネイロスさんが残した結果は確かに凄いですが塗り替えるのはご自身で言ったように容易でしょう。直接勝負ともなれば更に容易、言い換えれば簡単に手籠めに出来るって事なんですよ?」
「えっ、何それ怖い……いやいや、会長の描くような本じゃ無いんですからそんな事……」
「本当に? 無いと言い切れます? 「私のモノにしてみせます」宣言を去年にされているのに?」
そういえばそうだった。あの時は言葉のあやかと思っていたが、最初からそうするつもりで話していて、それに対して私が暗に「時間が解決するだろう」みたいな半端な言葉で返したと考えれば彼女の最後の様子も納得がいく。
初めから私と付き合う事は方便で、私を手籠めにするなり所有物にするなりを主目的としていたならば、あの時の態度は確かに当然の反応だ。
デジタル会長との会話で、ようやく自分の中での危機感が強まった。確かに前々からも思ってはいなくも無かったが、それだってあくまで「後輩の大切な時間を一時の気の迷いで私と過ごす事に使われるのはどうかと思う」という一心の物だ。先輩である身としてはかなり重要な事だと思っていたのだが、それを言ったらデジタル会長に「あ、ダメですねこれ愛され鈍感ヒロインの典型です。もう諦めて愛されちゃった方がいっそ幸せになれますよ」と匙を投げられた。
今まで感じていた心配事が全て勘違いの産物であり、実際の所は最初から最後まで一貫して私の身体の危機であった事実に呆然としそうである。というよりは泣きそうである。
自分の走れなくなるまでのタイムリミットと戦いながら、自分の戦績はせめて華々しい物としようと必死になっていた裏で、実はそんな事があったと思えば泣いても許される気がする。
しかしそんな余裕も無いままに、新入生の入学式は刻一刻と迫っていた。